第24話 テレワークは有効か?
火曜にアップできました!
次は金曜日あたりかな。
「うー、また国会か…」
「…当番どうします?」
「臨時国会開会」のニュースに、木村と鳥越が呻く。室の窓口担当の二人は、国会が始まれば、国会質問と質問主意書について「待機解除」の連絡が来るまで少なくともどちらかが部屋に待機していなければならない。そう頻繁に当たる部屋ではないため、室の飲み会などのときは総務課にお願いして、近くにいるので何かあったら電話してくださいと言うこともあるが、連絡が到着した瞬間から交渉ごとのデッドラインへのカウントダウンが始まるため、基本的には自席待機だ。通告などで役人に残業させることに批判があることから最近かなりマシになってきて、頻繁に遅くなることはないが、お迎えで早帰りの必要がある木村の場合、家族を含めた全体的なスケジュール調整が必要になる。
「とりあえず、旦那のとこと擦り合わせなきゃ…」
「あと、補佐の場合は飲み会ですね。」
「…すみません。」
「本来、僕だけでやれと言われてもおかしくないので、気にしないでください。」
「ありがとうございますぅ…」
しょぼんとする木村がかわいそうになって、遥は口を出した。
「そもそも、そうやって調整しなきゃいけないのが変ですよね。働き方改革とか言ってても、結局残業とか定時まで前提で仕事のスケジュールが決まってくっていうのが。」
「んー、まぁ、それこそ20代の頃は過労死ラインまで仕事してたし、それはそれで楽しかったし?」
「…案外Mだったんですね。」
「むしろ若い頃Mっけがないと辛いかも。」
何故この人と話していると話が変な方向に行くのか。その割になんだかんだで納得させられていることも多いのが腹立たしい。
「まぁ、他省では個人のスマホで職場のメールが見れたり、特殊なUSBメモリー持って帰ったら自宅のパソコンから繋げたり、内線がそのまま携帯に転送されたりするらしいけど。それはそれで寛げないからやーよねー」
「確かに、ミルクをやりながら主意書の対応とかぞっとしないな。」
絶賛イクメン活動中の喬木が口を挟む。帰宅後のミルクとおむつの担当は喬木らしく、最近かなりまとめて寝てくれるようになってだいぶ自分も寝れるようになったと言っていた。
「緊急時だけならまだいいんですよ。なんか、聞いた話、そういうとこ、結構気楽に局長とか課長とかが『明日までに資料よろしく、家でできるでしょ?』とか言うらしくて。」
「マジか…」
「子育てまともにやってないオッサンはこれだから…」
喬木と木村曰く、もっと大きくなれば 別かもしれないが、少なくとも乳幼児の間はその対応に時間を際限なくとられ、寝るときは一緒に寝入ってしまい、帰宅後は恒常的に仕事が出来る状態ではないという。起き出して仕事をすることもたまになら不可能ではないが、寝入ってしまって起き出すと、仕事が終わったとしてもしばらく寝られなくなって、睡眠不足や体内リズムの崩れから体調を崩すことに繋がる。なお、残念ながら、喬木の上の子もまだ就学前で、大きな子には政策推進室は縁がない。
「てーか、電話してたら『かまえ!』ってギャンギャン泣き出すし。」
「パソコン開けば動画見せろーとかな。」
「あと、マウス持ってバンバン机叩いたりとかもありますね。」
「あるな。」
「ウチの子なんか、寝てても夢うつつでママを探して、居なかったらギャーって泣いたり…」
「木村さんが飲み会だと大変ですね。」
「主に深夜2時過ぎくらいからだから、電車で帰ればなんとかなるかな。」
けろっとそんなことをいう木村。それでも睡眠不足が続くとてきめん体調に来るようで、子供を産むまでは下手したら週2ペースで行っていた飲み会は可能な限り月2に抑えているようだ。復帰直後に何度か高熱を出して学んだらしい。
いずれにせよ、そんな状態の相手に大して急ぎでもない仕事を気楽に振れるという点では、システムが向上すればいいというものでもないのかもしれなかった。
***
テレワークの推進、ということで、省全体で幹部を含めた体験をやってみることになったのはそんな話をしたすぐあとのことだ。管理職は可能な限り参加、それとは別に室で1名、という担当部局からの指定がある。
「室長はお願いしたいのですが。あとは、メリットありそうなのは…木村さんがトップですか?」
鳥越の発言に喬木も木村も困った顔をする。
「うちは、幼稚園児と乳児だから、家で仕事なんか無理だぞ。」
「うちは保育園入れてるから仕事は出来るけど、私の仕事は打ち合わせしないと進まない…」
木村は妊娠中に体調が優れなかった際、テレワークを積極的に活用していたそうだ。それなのに、なのか、それだから、なのか、マイナス面もばっちり記憶に残っているようだ。
「あんなの、保護者会だなんだで三時間時間が余るとかいうときには便利だけどさ。」
「フルでは辛いですか。」
「だいたいの仕事は顔を合わせないと進まないよねぇ。資料作成とかの自分一人で完結する仕事なら出来るけど、方向性とか擦り合わせるときに自宅じゃね。」
せめて気負わずにビデオ通話が出来るならなんとかなるかもしれないが、現状はメールと共有フォルダにアクセスできるというだけで、業務に支障のある他の要因がないときにまで積極的に活用しようという気にはならないという。
「だいたい、国会始まって、40分後に会館で問取りレク!とか言われるときに家にいたって仕方ないじゃんねー。答弁つくって紙で資料配付60部とかさー。」
「…結局、そういう場合はどうするんですかね?」
「代わりに誰かに行ってもらうんだわー」
「…はぁ。」
「でさ、毎回残って現場にしかできないことをさせられる部下とか同僚はめっちゃ貧乏くじだよねー」
「つまり?」
「少なくとも、当たりそうなときは自分もこっちで待機。」
なんか不毛である。
「会館がWi-Fi飛んでて、こっちにもビデオ通話システムがあって、問取りも局長レクも大臣レクもオンラインで出来るならいいけどねー。技術的には出来るだろうけど。」
「あと資料配付は掲示板に貼るかメール送付でいいようになれば…」
「別にテレワーク関係なく、それが楽なんだけど。まぁ、紙をパラパラめくるほうが、いちいちそれっぽいファイル名のやつを開くより楽だ、という見る側の気持ちもわかるけど。」
「補佐、たぶんアレですよ。仮にそうなったとしたら、全部PDFにして、通しでページ番号つけて1ファイルにまとめてから送れとか言われますよ。」
「作業量は変わらんか…」
つくづくアナログな職場である。数年前は「データで残してます」と言ったら紙で資料は残すものだと怒られたそうなので、まだマシになっているのかもしれないが。
「あれ、でも木村さん、妊娠中は週2、3ペースでテレワークしてたって…」
「あれは特例措置。可能な限り根回しして、下手したら週1でしか出勤できないけどどうするか、結構高いレベルまで話をして、資料作成の類いを一切合切引き受けた代わりに、職場にいなきゃいけない業務は全部他の人に振って。総務課からも人を借りて。」
「そこまでしないと無理だったと。」
「っていうか、あわや入院みたいな状態だったのね。人がすぐには回ってこないから、休むか少しでもやるか、という2択なら、半人前でもいいから出来ることだけでもやってね、みたいな。」
「あぁ…」
「でも、特に幹部との打ち合わせにキャッチアップできないから資料もちゃんとしたものにならなくてね…」
未だに悔しそうな顔をする木村に、コメントできないその他の面々であった。
***
なんだかんだ言いつつも、まぁ、1日くらいしゃーないか、ということで、喬木と木村はテレワーク体験をすることになった。喬木は上の子の延長保育が取れた木曜日、木村は国会が当たりそうにない水曜日に実施する。
「ま、家にいると仕事の合間に洗濯とか煮物とかできるのは楽だけど。」
「それはサボり…」
「さすがに材料切るとこから始めたらサボりだけど、勤務時間の前に煮はじめて、トイレのついでに様子見て火を止めるくらいは許容して?」
「…なるほど。」
あと、通勤がないのも相当楽らしい。結局、仕事のクオリティが下がるのが問題なので、仕事の形態としてはとってもオススメということなのだ。
ただし、内線は使えないので、携帯電話は自分のを使ってもらうことになる。職場にかかってきた電話に、木村はテレワークです、と応答し、
『あー、お休みですか。じゃ明日かけます』
『お休みなのにメール来るんですか?』
という反応が帰ってくるのは、周知があるにも関わらず、職員の意識は「職場にいない=お休み」ということなのだろう。
「アイツいねーと静かだな。」
「寂しいですね。」
午後、空気の重さに息苦しくなったらしい喬木に、遥はにっこりそう返す。木村が来る前は一日黙って仕事をしていたと聞いているが、あの空気感に馴れると戻れないもののようだ。
「仕事しないで遊んでんじゃねーだろな、木村。」
「むしろやれる仕事を見つけるほうが大変だと言ってましたよ。」
「とりあえずメールは返信来ますから、パソコンに貼りついてはいるようです。」
「うーん、そうなんだよな。適した仕事がねーんだよなー。俺、明日困ったなぁ。」
仕事の内容については、管理職の喬木は木村以上に自分でやれる作業がない。更に、さすがに上の子は夕方まで預けるそうだが、それでも常時同じ家の中に赤子と妻がいる状態である。しかも、机があるのがダイニングしかないため、必然的に同じ部屋にいることになる。その辺りは結局今日に至るまで解決できなかったらしい。
「まぁ、やってみて考えるしか。」
「まぁな。」
そんな、慰めになるかわからないようなことを口に出してみる遥と、気持ちだけ受けとる喬木であった。
***
金曜日。
「俺、もういいわ…」
登庁後、開口一番の喬木の台詞はそれだった。
「どうでしたか?」
遥が訪ねると、喬木はふー、とため息をつく。
「電話を始めりゃ『今やっと寝付いたのに!』、集中してりゃ『お昼何にする?』、挙げ句にゃ『そこにいるなら離乳食くらい作ってよ!あやしなさいよ!泣いてるの聞こえないの?』だとさ。」
「あらら。今何ヵ月でしたっけ?」
「七ヶ月だな。」
「あー、ママがトイレにもいけない頃だ。」
「そうなんですか?」
いわゆる後追い期であるらしい。
「つっても、俺も休日じゃねーからさ。あんまり手も出せんだろ。というか出し始めたら際限ないからな…」
「とはいえ、赤子と地頭には勝てませんなぁ…」
「お前は地頭には勝ちそうだけどな。」
「否定しませんけど、その場合たぶん勝てるだけの立場を築くまでが大変なんですよ。」
「なんの話ですか。」
喬木と木村が絡むと、どこに話が脱線するか目が離せたものではない。
「とにかく、子供を見ながら一日テレワーク、ってのが非現実的なのは分かった。」
「ある程度大きくなれば、宿題とかドリルさせてる横で、とかも出来るんでしょうけどね。やっぱり小さいうちは。」
結局、体験するまえのコメントをなぞるような形になり、鳥越も含めて四人でふー、とため息をついて顔を見合わせる。
「…まぁ、半端に午後2時からとか、幼稚園の行事があるときなら…」
「現状でも、休むよりはマシなんですよね。確かに。」
「アンケートにはそう書いとくか。」
「あと、ビデオ通話モードつけたらちょっとマシ、ってのも書きましょう。」
なんとも言い難い結論に、微妙な顔になりつつそれぞれの仕事を始める遥たちであった。
このあたりは、省によっても大幅に意識や環境が異なりますので、霞が関全体がこうだというわけではありません。
ただ、完全に在宅で仕事ができるようになるにはもうしばらくかかるかなぁ…




