閑話休題 お留守番たちの事件簿
久しぶりにアラサーズを書いたら楽しくて楽しくて。するする書けました(笑)
遥さんめっちゃいい人!
今週は、室内が静かだ。
「室長と鳥越さん、今、何してますかね?」
遥がつい口に出すと、木村が苦笑する。
「寝てんじゃないかな。向こう、朝の四時だわ。」
「あ、そっか。そうですね。」
「室長、飲みすぎてなきゃいいけどね…」
「あの体を抱えて帰るの大変ですよね。」
「二日酔いで出張もキツいよ?」
真顔の木村。これはアレだ。経験あるやつである。
「…やったことあるんですね。」
「…一日目に勧められて飲みすぎて、午前中はどうにかごまかしたけど、お昼ごはん一切入らなくてバレた。午後、車で山道入っていって死ぬかと思った。」
つくづく外さない人である。
室長と鳥越がいないことで仕事が滞るということはないが、それは勤務時間にそれなりに制約のある木村が三人分やるということでもある。むろん、できるものは前倒し・後ろ倒ししており、どうしても無理なもののみ木村が対応している状況だ。
「鳥越さんがいないとメールチェックの精度が落ちる落ちる。なんかヤバイもん見落としてないか冷や冷やだわ。」
言うに事欠いて恐ろしいことを言い出す木村だが、主意書や国会関係の当たりなど本気でヤバいものは当たった時点で電話が来る。外すものはほとんどないのが普通である。
…通常ならば。
***
「木村!何だこれは!」
課長から怒声が上がり、遥は首をすくめた。先程呼び出されて木村は課長席に行っており、遥からは見えない。
「すみません。」
「何やってんだ。こんな見落としあり得ないだろ。何年やってんだお前。」
「…10年目です。すみません。」
「喬木と鳥越がヨーロッパまで遊びに行って、お前まで旅行気分じゃないのか。」
「今後気を付けます。」
ひたすら謝る木村。どうも、他省から来たメールを見逃し、あわや大事故になるところだったらしい。提出がないことを訝った先方から確認が来て発覚したとか。
しばらく課長からの説教は続き、「まぁ結果的に何事もなくて良かった。ちゃんと気を引き締めて仕事しろ。」との言葉を最後に解放された木村がパーテーションを抜けてくる。怒られちゃった、と苦笑してみせる木村だが、地味に堪えているのが見てとれた。
(人間誰しもミスくらいあるじゃない。あんな言い方しなくても。)
遥は木村の代わりにムカムカして仕方なかった。
***
「えー、だって課長、喬木さんがヨーロッパ行ってんのが気にくわないんだもん。反省はしてるけど八つ当たり感は否めないよねー」
昼食に誘う頃には木村はだいぶ気持ちを立て直していた。いつもは鳥越がカバーしているのであまりバレないが、根が大雑把な木村である。一年生の頃から幾度となく注意を受け、それなりに気を付けて対策も取ってきているが、それでも過去何度かやらかしているらしい。遥もカバーしてやりたいところだが、こういった判断を伴う定形外の業務を非常勤職員にやらせるのはご法度である。学生バイトに店舗運営やエリアマネージャーまでやらせるチェーン店が少ないのと同じだ。
今日のランチはインドカレー。お洒落な商業ビルの上階にあるここは、昼は眺めが、夜は夜景が綺麗で、1500円でバイキング形式とコスパもいい。特別美味しいというわけでもないが、たいていなにを食べても外れがないし、地上にでなくていいし並ばなくていいといったところで使い勝手がいい店である。
「課長も行きたかったとか?」
「それはどうだろう、飛行機辛いし。でも、国際交渉とか、もっとバリバリにシビアな海外出張経験してればお遊びに見えても仕方ないよね。」
「それでも行ってるのって…」
「慣例だから、で決裁通してくれるうちの局はそれなりに甘いと思うよ。」
「…ですよね。」
顔を見てのコミュニケーションが大事、とはいえ、言ってしまえばお勉強である。研修という形で短期や長期の留学などの制度があるとはいえ、通常の業務の一貫として押し切るのはなかなか贅沢な使い道だと遥も思う。
「まぁ、日本のことしか知らない人間もどうかと思うし、行ってみるのももちろんすごくいろんなことを吸収して帰ってくるんだけど。」
「ヒリヒリするような必要性があるかというと…」
「まぁ、ヒリヒリするような必要性があるものだけに限定しちゃうと、大所高所からものを見れる人は居なくなっちゃうよね。」
遥もたまに話を聞くクレーマーの皆様からよくいただくご意見でもある。曰く、現場を分かって仕事してるのか、ちゃんと現場に行ってモノを見ろ、と。
「でも、あんな言い方しなくても。」
「課長はね、あれはあれで本人あと引かないから。いい人だよ。」
木村にかかるとたいていの人はいい人になる気もする。そういうと、彼女は、うーん、と微妙な顔をする
「早山さんは合わないからなぁ…」
「いや、むしろ10年以上仕事してて、壊滅的に合わなかったのが早山企画官だけってのが異常です。」
「後輩にも一人いるし。」
「二人だけでも十分異常ですよ!」
喬木と鳥越には早く戻ってきてほしいものである。
「だって、仕事しに来てて、好きも嫌いもなくない?」
「…木村さん、職場で好きと普通と嫌いってどれくらいの割合ですか。感覚で。」
「…3.5:6:0.5?」
「普通は2:6:2くらいです。」
えー、そりゃ男女として付き合えるかどうかで考えたらそうだけど、同僚としてなら別によくない?とかぶつぶつ言う木村を眺める。鳥越ではないが、人間関係のレンジが広すぎる気がする。それに。
「今は特に恵まれてるけどね。上も下もいい人ばっかりで。はるちゃん、ありがとね。」
不意打ちでそんなことを言われたら、返事に困るじゃないか。
***
帰りになんとなく寄ったバー「ジュエル」には、時間が早いせいか他に客はいなかった。マスターというには渋味の足りない店主、マルオにジャーマンポテトをリクエストし、モヒートを飲みながら出来上がりを待つ。
「へぇ、木村さんがねぇ。」
「人があんなに怒られてるの久しぶりに見たよ。人前であんな言うかなぁ。」
「俺はそういうの嫌で、組織抜けたクチだからなぁ。よくやるよね。」
マルオは経歴を詳細には語らないが、ホストを皮切りに水商売をいくつか渡り歩いているらしい。だんだん裏方のほうが向いてるって分かってきたんだよね、と笑うマルオだが、頭の回転が早く、この店は9時過ぎからは男女や年代を問わず客足が途切れない。
「人なんだから、見逃しとかあるじゃない。そのためのチェック体制あって、総務課にも若手の人がいるのに見逃してるし。うちだって鳥越さんが本来やってて、木村さんはピンチヒッターで。」
今どきあのやり方はさすがにパワハラと言われても仕方ないように思う。
「木村さんなら、わかってるかもしれないね。課長さんの甘えでもあるって。」
「甘え?」
「室長さんには言えないから八つ当たりなんでしょ?それに、今回の件も、若い子には嫌われるの怖くて言えないんじゃないかな?」
「木村さんなら言ってもいいってこと?」
いきり立つ遥に、うーん、と曖昧に笑うマルオ。
「課長さんがどこまで自覚してるかは俺にはわかんないけど、人間ってけっこう弱いからさ。」
「だからって…」
「木村さん、ああ見えて冷たいところあるから、多分見切ったら相手にしなくなると思うよ。そう言わないってことは、まだ事情分かってて許容範囲なんじゃないかな。女の人って、切るときは上司とか部下とか関係ないから怖いよね。」
さすが、ホストやクラブの黒服の経験者は言うことが違う。
「八つ当たりってこともわかってるなら、怒られるようなことをしちゃったのは悪いと思ってても、もう気にしてないんじゃない?」
「そんな感じ。」
「うちの店のお客さんにも、全員ににこにこしてるように見えて、やんわり距離おいてる人いるもんね、木村さん。はい、できたよー」
ジャーマンポテトをオーブンから出してくる。いろいろ作り方はあるが、ここのはじっくりオーブンで焼くタイプだ。専門の調理人がいない割に美味しい。
「やっぱいいね。」
「余計な油使わないからしつこくないよね。よく出るよ。」
二時間ばかりお喋りして、店を出てきた頃には遥はずいぶんさっぱりした気分になっていた。
***
今週の金曜は、プレミアムフライデーだ。
「あと三時間で今週もおしまい!」
子供の発熱などに備えて有給を温存している木村は、プレミアムフライデーの恩恵は受けない。…まぁ、そうでなくてもこの界隈であんまりとっている人は見かけないが。
「木村、喬木はいつ帰ってくるんだ?」
うーんと伸びをしていた木村に、珍しくひょっこり政策推進室に顔を出した課長が声をかける。
「来週には戻ってきますよー」
「お、そうか。一週間ご苦労だったな。」
「課長にもご迷惑おかけしましたが、なんとかなりましたー。ホッとしますね。」
「まぁな。上も下も休みだとな。」
「休みじゃなくって出張ですよぉー。」
「いーや、休みみてーなモンだよ、あんなの。何なんだヨーロッパ一週間て。」
「あはは…」
「ま、とにかくお疲れさん。」
「ありがとうございます。あと三時間頑張りまーす!」
おう、よろしく頼むわ、と返事して出ていく課長を見送って、遥は可笑しくなった。木村のそばにいき、小声で話しかける。
「…あれ、フォローのつもりですか?」
「うん。可愛いとこあるでしょ?」
こちらもひそひそ声で、しれっとそんなことを言う木村。目が笑っている。
「普段仏頂面なのに。」
「ああ見えて、けっこう気がつく人なのー。」
(あぁ、だから大丈夫ってことなのか。)
納得して仕事に戻る。PC画面を眺めながら、遥は、今日の仕事がおわったら、報告を兼ねてジュエルに行ってみるかな、等と考えていた。
お読みいただきありがとうございました。
次話は火曜か水曜です。多分夜の投稿かな?