番外編3 欧州道中膝栗毛3
お待たせしました。
次話はお留守番中の遥さんと木村さんです。週末更新できるか、どうか…
「勝手にランキング」ジャンル12位。応援ありがとうございます!
※商品名が入っていたことに気付き改稿しました。内容に変更はありません。(2018.7.11)
三日目の日程は現地見学にヒアリング一件。
午前中は山野の案内で、昨日短時間でざっとみたところとは別のところを見学、体験した。午後は利用者の団体から話を聞く。端から見れば素晴らしく恵まれていると思っていたところだが、さすがストの国。日本ではきめ細かくしているところが大味だったり、そもそも年に何週間も人員が1/4減ったり、バカンスシーズンに引き継ぎがきちんとされなかったり。いろいろと利用者からは言いたいことがあるようだ。何もかもが素晴らしいなんてことはないらしい。
***
それはそうと、喬木が具合悪そうである。
「昨日、どうだった?」
「僕らと落ち合う前にもどこかで飲まれてたようです。そこからフロントに店を紹介してもらって、けっこうお洒落なレストランだったんですけど、そこから三人で白と赤合わせて三本空けました。」
「僕らはそんなに飲んでないんですけど、喬木さんが…」
コンサルの平野と松谷曰く、美味いのと安いのでテンション上がって相当飲んだらしい。どう贔屓目に見ても二日酔いである。
(ったく…)
と言っても、嫌いな上司ではない。昨日はコンサルに任せてしまったが、そろそろこっちで引き受けるべきだろう。
「室長、大丈夫ですか?」
「…おう。」
声が小さい。
「お昼もだいぶ残されてましたけど、どうします?ホテルに戻って寝てますか?」
「山野さんにも無理言って予定空けてもらってるし、悪いだろ。」
「私は大丈夫ですよ。」
「こちらでのお話も聞きたいですし…サクッと行きましょうサクッと。」
言い張る喬木。これからでどれだけ効果があるかわからないが、とりあえず自分用に持ってきていたウコン入りの栄養剤を渡す。
「何なら食べれます?」
「…フランス料理はもういい。」
本当はお粥とか食べたいんじゃないだろうか。パリにあるか知らないが。
「そうですねぇ。他の皆さんもそろそろ日本食が恋しくなられたんじゃありませんか?オペラ座の近くに、料亭で修行されてた方が出してる和食のお店があるんですよ。」
山野が救いの手を伸ばす。正直、パンとチーズと肉ばっかりのメシに早くも飽き飽きしていた昌樹にもありがたかった。
***
「いらっしゃいませ。」
落ち着いた風情の着物姿の女将が迎えてくれたそこは、日本だった。
「予約の山野です。」
「はい、お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
何気ないやりとりが新鮮に感じる。フロントの大男など、通訳を介さなくても親切な人はいた。それでも、日本人の顔で日本語を話す人が目の前におり、日本語のメニューがあって周りから日本語が聞こえてくるということがこんなに目新しく、更にはほっとするものなのか。
「喬木さんはお粥にされますか?」
「いや、普通に食います。もうそんなにひどくないですから。」
「では、40ユーロ(約5000円)のコースで。」
下から2番目だ。飲み物は別であることを考えるといいお値段である。
「お飲み物は…」
飲み物メニューを見て瞠目する。
「日本酒1合、13ユーロ…」
日本では1合700円程度の酒が、約1700円。いかに異国の料亭でも、おいそれと頼めない。
「日本のものはなんでも高くなりますね。」
苦笑して山野が注釈した。
「日本酒でなくても、たとえば辛口のワインやピルスナーなどのビールでしたら合いますよ。日本で飲むとその辺りは逆に高いですし。」
おすすめに従ってドイツビールにする。さっぱりしていて何にでも合うそうだ。
「俺は…」
「室長は炭酸水でいいですね。」
「…おう。」
とりあえず、明日は移動だ。パリ北駅から約四時間。三日酔いは避けていただきたい。
「こちらの方は、家族の繋がりが濃いんですか。」
一段落ついたところで、世間話の体で一番気になることを聞き出す喬木。
「うーん、うちの夫も五年くらい日本で働いてたので、親離れできないってことではないと思いますよ。でも、両親好きな人は多いかな。親族でよく集まってパーティーしたりですね。最初は言葉も全然聞き取れなくて、ぽんと親族の中に放り込まれて辛かったですよね。」
「うわぁ…」
昌樹の妻は関西の出身だ。本人からは基本的に関西弁は出てこないが、たまに地元に戻るとたちまち戻り、昌樹は疎外感を味わうことが多い。何を話しているかわかる日本人同士でさえそうなのに、文化も顔立ちも何もかもが違うなかに放り込まれたら辛いに決まっている。
「帰ろうとは思わなかったんですか。」
「年に一回か二回帰ってますよ。でも、反対を振り切ってこっちに来た手前、ねぇ。それに、こんなに長く暮らしていればもう自分の親戚みたいなものですよ。」
微笑む彼女からは、苦労の影は見えない。克服したということなのだろうか。
「それに、このお仕事をしていると日本語を話すでしょう?すごく、救われている部分もあるんですよ。最初は帰国費用を稼ぐために始めたんですけどね。」
子供ができる前は、日本語学校の先生をしていたという。
「フランス語がある程度できなくてもどうにかなる仕事って、和食のお店か日本語学校の先生か、そんなのしかなくて。資格は一応取ってたし、ビザの関係もあって。」
「ビザ、って、ご結婚は…」
「法律婚したのは子供ができてからですね。」
さすが自由恋愛の国である。聞いた喬木も感心している。
日本食が恋しくなった仕事相手をよく連れてきたり紹介したりするというこの店は、しっかりと和食の味がした。
「…染み渡るな。」
小鍋の〆に雑炊をつくってもらった喬木がしみじみしている。ただ、昌樹は美味しいは美味しいにせよ何か物足りない気がして少し首をかしげる。
「水がどうしても違いますから。ダシがうまく出ないんですよね。」
微妙な顔をしているのがばれたらしく、苦笑してそう補足する山野に、昌樹は曖昧な笑顔を向けた。
***
翌日、パリ市の担当者にヒアリングをしてフランスでの仕事はお仕舞いだ。
少し早めに終わったこともあり、タリスの時間までしばらくある。
「オランダでもあるのかもしれませんが、今日を含めてあと三日ですよね?もし日本のものが恋しくなられてるんでしたら、リトルトーキョーとは言いませんけど日本の商品やお店が集まっているエリアにご案内しましょうか。」
そう言ってくれた山野に感謝して、案内してもらう。とはいえ。
「…そうか、メシはせめて湯煎ができないといかんのか。」
「味噌汁…カップ入りのものはかさばるし、フランスと一緒なら部屋にポットもカップもないですよねぇ。」
「インスタント麺も同じですね…」
「たくあん…あ、切るものがねーな。」
なかなか旅行者に最適なものはない。出発前に木村が「鍋持ってく?旅行用のあるよ?」と言っていて、「いやいやいや、それはないでしょ」と半分呆れて流したのをちょっとだけ後悔した。どう考えても重いので、ちょっとだけだが。ちなみに、当の木村もやっぱり鍋は重いので、ベルギー勤務中の三日間以上の長期の出張や休暇では台所つきの部屋を確保していたそうだ。受け入れ側はともかく、民泊って便利よねーとか言っていた。
仕方がないので、昼御飯用に各自お弁当を買うことにし、昌樹はそれに加えて一口サイズの羊羮を買う。喬木は二日酔いに懲りたのかレトルトのお粥と小さなパック入りの梅干しを、コンサル二人はそれぞれおかきや煎餅を少量買っている。
***
山野はパリ北駅まで付き合ってくれた。
「ここまでわざわざありがとうございました。いろいろお世話になりました。」
喬木が挨拶をのべる。
「いえ、こちらも楽しかったです。またお会いできる日を楽しみにしてます。」
微笑む山野に昌樹も黙って頭を下げた。
「では、そろそろ…あら、大変!」
「どうされたんですか。」
面食らった昌樹たちに、ホームが変更になった旨を告げる山野。出発間際での駅の端から端の変更に、山野への礼もそこそこに四人で走る昌樹たちであった。
***
「はぁ、はぁ…何だコレ。」
「よくあるそうで…」
「ひどくねえ?乗ったらすぐ動いたぞ。行き先あってるよな?」
「えーっと、大丈夫、です。」
予約席のコンパートメントに落ち着くと、とたんに汗が噴き出す。冷汗か、はたまた走った故の生理現象か。
「鳥越さん、お水どうぞ。」
平野に出された水を礼を言って受け取ってごくごくと飲む。久しぶりの猛ダッシュだった。
「あ、水、駅で買おうと思ってたのに…」
ばたばたしてすっかり忘れていた。そもそも日本のお弁当に合う飲み物は水くらいしかない。日本でも有名な青ボトルの軟水は貴重な心の支えである。特にこんなときは。
「自動販売機とかありますかね?」
電車はけっこう綺麗で、椅子の座り心地もいい。この分ではあるかもしれないが、なんせ調べようにも聞こうにも、言葉ができないためどうしようもない。
「車内販売が来るそうです。しばらく待ってみたらどうでしょう?」
席においてあった時刻表を見ていた松谷がそう言う。学生時代に東南アジアを中心にバックパッカーをしていたという彼は、旅行レベルの英語は問題ないらしい。しかし、タリスの発車は13時過ぎ。いい加減腹が減っている。
「んー。」
「ダメ元だけど、食堂車な。2個後ろにあるな。」
「あ、そこなら自動販売機が。」
「日本じゃねーから、飲み物の自動販売機はないと思った方がいいと思うけどな。水が紅茶かあんじゃねーかな。」
確かに、紅茶ならお弁当と合わせても悪くないかもしれない。昌樹は恐る恐るコンパートメントを出て食堂車に向かう。
(…誰もいねーな。)
食堂車には、メニュー表がある持ちかえり用らしきカウンターと、かごに入った小ボトルの水はあったが、肝心の販売員か居なかった。
(無用心だなー、水持って帰るぞ。)
捕まるとまずいのでやらないけど。と、たまにファミレスのレジ辺りに置いてある鈴を発見してチン、と鳴らしてみる。
「アロー?」
何気にフランス式の挨拶をしながら、奥から若いにーちゃんが登場した。
「えーと、ディスワン、プリーズ。」
ペットボトルを指差す。サンキューとこのフレーズだけあれば間違いなく何かしらは食っていける、と木村のお墨付きだ。ちなみに次に覚えるべきは道の聞き方らしい。
問題なく水を購入すると席に戻る。一昨日苦労したことは誰にも言っていないが、一緒に喜んでくれる人がいるのはありがたいものだ。
昼食を食べてしばし。トータル四時間あまりの乗車時間に、座り心地のいい椅子のある昼下がりの電車。ごとんごとんと揺れる心地よい震動に身を任せると、甘やかに睡魔が訪れる。
(いかんいかん。)
無理矢理まぶたを開いたが、なんと3人ともうつらうつら船を漕いでいた。
(ま、いっか。貴重品だけしっかり持ってりゃ。どうせ行ってもスキポールだ。)
睡魔の誘惑に負け、貴重品をしっかり抱え直して再びまぶたを閉じる昌樹であった。
お読みいただきありがとうございました!




