第二話 歓迎会
その日の昼休み。遥は困惑していた。
(…どうしよう、この人喋んない……)
10人ほどの室メンバーが全員参加した昼の歓迎会だが、「主賓だから」と言われて真ん中に座らされたものの、同じく主賓である木村は更に上司の喬木室長らと話すのに忙しく、配置的に遥は鳥越と話さざるを得ない。得ないはずなのだが、なんせ鳥越は全く口を利こうとしない。こちらから話しかけたら答えてはくれるのだが、こちらから聞くばかりでだんだん尋問のようになってきたので諦めたのだ。
鳥越にならって黙々とカレーを口に運びながら、遥はだんだん泣きたくなってきた。
(歓迎会って、これ歓迎されてないよぉ…)
午前中は木村の異動などでざわついていたが、昼休みに感じたお通夜のような雰囲気は午後の執務時間中も続いた。
木村は
「復帰の挨拶にいってきまーす」
と言い置いてほぼ不在。
鳥越をはじめ、他の部屋のメンバーは皆、神妙な顔でパソコンに向かっている。仕事の指示や電話などはあるが、遥はその重苦しい雰囲気に押し潰されそうだった。前の職場が和気あいあいとしていたこともあり、ギャップに心がおれそうになる。
ようやく終業時刻となり、逃げるように帰宅の途につく。
(やっぱり、官庁の役人なんか真面目な人ばかりなんだ…こんなの耐えられるかなぁ…)
***
転機が訪れたのは翌日の午後だった。
打合せなどで室員の大半が席をはずしたとき、木村が潜めた声で話しかけてきたのだ。
「ねね、柳澤さん。なんかこの部屋空気重くなーい?」
「…木村さんもそう思われます?」
「うん。私、喋ってないと死んじゃうタイプなんだよねー。この部屋って仕事以外喋っちゃダメみたいじゃん。苦しくってさー。」
「…なんか分かります。私もこの空気苦手で。雑談から得られるものもあると思いますし…」
苦笑しながらそう答えると、木村も苦笑いを返してきた。
「じゃーさー、とりあえず柳澤さんには話しかけていいってことでいい?空気少し変わるかもしれないし。」
「もちろん!」
「私、根が田舎だからかもしれないんだけど、こういう真面目な雰囲気苦手でさー。」
「あ、東京じゃないんですね。」
「うん、A県なのー。大学までそこでー、大学院で東京に来て学歴ロンダリング?」
「…いやロンダリングって」
「この業界ではたまにあるよー?文系は大学院のほうが入りやすいんだよねー」
「そ、そうなんですか…てかA県って、私学生のころ含めて10年近く住んでましたよ!」
「あ、そうなの?やったー地元民発見ー!」
いつのまにか回りが戻ってきたことにも気づかずに、ひとしきり地元トークで盛り上がるアラサー二人。遥はやっとこの室でやっていけそうな気がしたのだった。