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番外編3 欧州道中膝栗毛2

お待たせしました。

そして書きはじめてちょうど一月。読んでくださる皆様のおかげで書き続けられました。ありがとうございます!


先日からページ下に「小説家になろう 勝手にランキング」タグをつけさせていただいてまして、告知もしてなかったのですが皆様のご投票で現在ジャンル15位。こちらもありがとうございます!

 翌朝からはヒアリングと現地調査だ。


 今日のアポは午前一件、午後一件。それぞれ二時間ほどの予定だ。見学の後、担当者にインタビューをする。合間に現地を通訳の案内で視察することになっている。


 通訳がホテルまで迎えに来てくれ、メトロで移動する。通訳は現地でもう20年も住んでいる日本人女性で、昌樹より10歳ほど年上だろう。山野さんというそうだ。


「まだ日本国籍は手離していないんです。結婚して、永住権はあるんですが。」


 微笑んで語る彼女。聞けば、日本で今のフランス人の夫と恋に落ち、親兄弟の反対を押しきり夫を追いかけてこちらに来て子供も出来、義父母も同じ市内に住み、濃い付き合いをしている苦労人のようだ。子供の手が離れはじめた頃から通訳の仕事をはじめ、通訳歴はもう10年ほどになるという。彼女とは今日から明後日の午前中まで、足かけ三日間の付き合いとなる。


「ご予定があるんでしたら、夕飯をご一緒にともお誘いできませんね。」


 喬木が残念そうにしている。山野は今日は、義理の両親、夫、息子二人と会食の予定ということだった。これから3日の付き合いとなるから親しくなっておきたい、という意味でも、更に馴れない都市でのガイドという意味でも女性が一人でもいた方が殺伐としないという意味でも、できれば通訳さんと一緒にメシでも、と昨日も言っていた。


「今日は無理ですが、明日でしたら。それに、今日もお昼はご一緒させていただきますし。」

「それはありがたいです。よろしくお願いします。」


 午前中のアポは肩慣らしと挨拶を兼ねて、似たような仕事をしているフランス政府の担当者に話を聞くことになっている。現状の説明や日仏の違い、その理由など、裏話的なところまでざっくばらんに話が出来、なかなか有益な時間だった。人を介して聞いたり、文書で問い合わせてもなかなかこうはいかない。メモ取りをしてヒアリングの概要の報告資料を作るのはコンサルの仕事だが、重要と思われるところは自分でもメモを取る。


 移動と昼食を経て二件目のアポ。ちなみに昼食は山野にお任せして、可愛らしいカフェで定食らしきものを食べた。店は可愛らしいのだが、出てきた店員はオーナーらしき大男のおっさんでギャップが激しい。


 午後のアポは民間の有力者で、日本にも何度か来たことがあるという壮年の女性だ。生活基盤をこちらに置きつつ、日本のこととも比較して話せる人ということで見つけ出した本命の一人である。


『ようこそパリへ!いい街でしょう、私はここが大好きなのです。次に好きなのは皆さんの街、トーキョーですけどね。』


 にこやかに、かつ自信たっぷりに話す。聞けば、日本語も少し、英語は相当に話せるとのことで、一挙手一投足からエリート感がただよう。


(…何だろう、この補佐とのエリートオーラの違い。)


 身近なエリート(?)の女性を思い浮かべ、昌樹はふと苦笑した。木村にも自負も自信もあると思うが、彼女には基本的にこういう「私は仕事出来るのよ!」というオーラは皆無だ。たまに揉めた時など、カウンターパート相手にくわっと顔を出すから、オンオフ機能でもつけているのかもしれない。


 インタビューはつつがなく済み、続いて彼女の職場を解説つきで見せてもらう。日本に比べて空間的にゆとりがあるオフィス、自由な服装、雰囲気だけでため息が出る思いだ。役所ではそこまで感じなかったのは、役所は万国共通で無駄遣いできないものだからなのか。


 ***

 喬木が話を切り出したのは、今日は夕飯の支度があるという山野と別れてからだった。


「鳥越、スケジュールはこれで終わりだったよな?」

「えっ、はい、今日のスケジュールはこれで…」

「じゃ、エッフェル塔行こう、エッフェル塔。そのあと凱旋門回って…あとさ、メシは本場フレンチのコースとかどうだ?コンサルも誘ってさ。」


 完全にただの観光客と化している。就業時間は終わっているので特に文句はないのだし、言ってなかったので誘われるのは仕方がないが。


「…僕はルーブルに行きたいのですが。今日は10時近くまで開いていますし。」


 子供が産まれる前まで一人の時間は美術館巡りをしていた昌樹は、ルーブルとオルセーの両美術館を巡るのを楽しみにしていたのだ。オルセーは夜間開館のスケジュールが合わず涙を飲むしかないが、せっかく今日はルーブルが遅くまで開いている。興味もない観光スポットのあと時差ボケの頭にアルコールを入れるなど、個人的に言語道断であった。更に、男四人でゴージャスなレストランに行くなど昌樹の趣味ではない。それに、深夜23時まで頑張れば、朝起きた妻と娘とビデオ通話もできる。


「そうか。」


 少し寂しそうにそう言うと、喬木はコンサル二人を誘う。しつこくない上司はありがたい。コンサルはこのあと記憶の新しいうちに今日の概要をまとめたいとのことで、エッフェル塔と凱旋門は断られたようだが、夕食は一緒に食べることになったらしい。地下鉄までは一緒に歩く。


「お前、メシどうすんだ。メシだけでも一緒にどうだ。」

「ホテルの周りまで戻ってくるの、10時過ぎますんで。その辺で何か買って食います。」

「コンビニはねーぞ。」


 忘れていた。


「…ホテルで聞きます。」

「おう。夜遅いから、気を付けてな。」

「ありがとうございます。室長も。」

「じゃ、明日な。」

「明日はご一緒できますので。」

「おう、サンキュ。」


 ***

 喬木の姿が見えなくなると、昌樹はふぅっと大きく息をついた。考えてみれば、丸二日半近く寝るとき以外は喬木たちと一緒だったわけで、いくら喬木がしつこくない、それなり以上に気遣いのある上司とはいっても、こちらも気はつかう。自分で思う以上に気を張っていたらしい。


(聞きます、って、俺どうやって聞くんだろ。フランス語はもちろん、ほとんど英語もできないのに。)


 よほど逃げたかったらしい自分に気づき苦笑する。ちなみにルーブルの情報については公式の日本語サイトがあり、そういった至れり尽くせりのところが逆になんとかなるような気にさせたのかもしれなかった。


 貴重品の入ったバッグを小脇に抱え直し、あくびを噛み殺して気合いをいれる。緊張が弛んだのと時差ボケで、自然に任せていたらパリの地下鉄(スリのメッカ)でうとうとしてしまいそうだった。


 1番線に乗り換えると、「お手荷物にご注意ください」と聞こえるはずのない日本語が聞こえてきて驚く。日本人などほとんど見かけないのに、わざわざ日本語のアナウンスが用意されているとは、どれだけ言っても日本人は警戒が薄いということなのかもしれない。


 長い名前の最寄駅から徒歩で少し。ピラミッド型のガラスの建物と、その奥にある壮大なルーブル宮を見るだけで感動するとは思ってもみなかった。


(すげぇ。)


 チケットを買って、日本語の案内パンフレットを見つけて。まずどこから回るか、あまりの広さに戸惑いを通り越して途方にくれる昌樹なのであった。


 ***

 22時13分。閉館ギリギリまでルーブルを堪能し、ホテルの最寄り駅に戻ってきた昌樹は、ぐーぐーなる腹をもて余し、ひっきりなしに出てくるあくびを噛み殺していた。貴重品への配慮だけは必死にキープしている。


(…なんか食うとこあったかなぁ。)


 なんせ繁華街の中のビジネスホテルである。近隣のレストランなら空いているだろうが、一人だしアルコールは不要だし、がっつり食べる気もしない。昼間にパン屋は見かけていたが、さすがにこの時間には閉まっているだろう。


 結局なにも発見できずホテルに戻る。木村の言葉を信じて、フロントに立つアフリカ系らしき大男に声をかけた。さすがに観光業の人は英語ができる。はずだ。


「Excuse me,ええと…where is ..えーと」

「Okay sir. Slowly.What can I do?」(大丈夫ですお客様、ごゆっくりで。何をご希望でしょうか)


 何か簡単に食べれる物を買えるところはないか、そう聞こうとしただけなのに、いざ喋ろうとすると全く出てこないということは分かった。にっこり笑って手で押さえるような仕草をされる。落ち着け、と言われているようだ。


「えーと。アイム、ハングリー。えーっと」


 うんうん、と頷くフロントスタッフ。


「Sould I look into a restaurant?」(レストランをお調べすれば?)

「No.えーっと、、」

「Would you like to go to a supermarket?」(スーパーマーケットに行かれたいのですか?)

「いえす。えーっと」


 ごそごそカバンをあさり、メモ用紙とペンを出す。


「ぷりーず、ひあー、えーっと…」


 ペンをもってコンコンすると、笑顔のスタッフは頷いて地図を描いてくれた。


「The opening hours are until 23 o'clock.」(営業時間は23時までです。)


 あと30分ないくらいだ。まずい。英語が思った以上に出来なかったというショックよりも空腹が勝り、そのまま駆け出す昌樹であった。


 ***

 スーパーはホテルから徒歩5分ちょいのところにあった。果物や野菜が生で積まれているところは日本と少し違うが、かごをとって商品を入れていくスタイルは同じだ。とりあえず、りんごと洋ナシを1つずつ取る。


(おっ。)


 パンの棚を見つけ、悩んだあげく大きめのチョコクロワッサンにする。ホテルの朝食でも出るが、フランスだけにクロワッサンならきっと外れないだろうという判断だ。更にパックに入ったシーチキン入りのサラダと、チキンの照り焼きらしきものをかごに入れる。少し多いかもしれないが、腹が減っているときにスーパーに来るといつもこうなる。


(あとは、飲み物だな。)


 コーヒーは嫌いではないが、カフェインがてきめんに効く体質だ。時差ボケで辛いのにこれ以上睡眠のリズムを崩す訳にもいかない。オレンジジュースを手に取る。


「Bonjour」(いらっしゃいませ)


 レジに行くと、横幅的な意味でも迫力のあるおばちゃんがギロっとこちらを睨んでそう言う。


「ぼ、ぼんじゅー…」


 ボソボソと口のなかで返事をする。かごから出してきちんとベルトコンベアーに置いたし、なんの問題もないはずだが、こちとら英語も相当に怪しいただの旅行者である。どうもびくびくする。


「cinq euros vingt.」(5ユーロ20セントです)


 何を言われているか全くわからないが、表示窓に出ている数字が会計だろう。おばちゃんは相変わらずにこりともせずこちらをみている。


(なんなんだよもう…)


 哀しくなりながらごそごそとかばんの奥底から財布を出すが、外国の紙幣はどれがどれだか分かりづらい。もたもたしてしまい、更に焦る。なんとか探し出した頃には冷や汗が出ていた。


「Bonne nuit」(おやすみなさい)

「…ばいばい。」


 疲労と眠気に空腹も相まって惨めな気持ちになりながらホテルへ戻る。しかし、買ってきたものを食べてシャワーを浴び、起きたばかりの嫁と娘の姿をタブレット越しに見たら全て吹き飛んだ。


「ぱぱ?」

「パパだよー!いい子にしてるか?」

「いい子だよね?」

「ウン。」


 電話を切り、もう、ほんとに天使すぎて芸能事務所に入れてもいいんじゃないか、などと思いながら、幸せな気持ちで眠りにつく昌樹であった。


≪続く≫

まだまだ続きそうです。

せっかく欧州まで行くので仕方ありませんが、何故一週間も日程組んだ、昌樹。


ちなみに新婚旅行のときはツアーだったので、食事には困らなかったようです。あと、作中の英語とかフランス語が違ってたらすみません 汗


次回は木か金の更新。せめてフランスは脱出してほしいですが…

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新連載はじめました。更新は不定期になりますが、よろしければこちらもどうぞ。
「Miou~時を越えて、あなたにまた恋をする~」

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