番外編3 欧州道中膝栗毛1
割と長くなりそうなので、何回かに分けます。次は週明け…月曜か火曜の予定です。遥さんと木村さんは出張に来れなかったので、鳥越昌樹氏の視点でお送りします。
シャルル・ド・ゴール空港。
日本語(?)でそう呼ぶと無性にお洒落な気がする名前のこの空港についたのは、13時間弱のフライトを終えて、現地時間の夕方だった。日本時間ではもう深夜だが、まだサマータイムなこちらではまだまだ明るい日の光が窓から入ってくる。ちなみに、英語風に言えば「エアポート カール・オブ・ゴール」。有り難みが減る気がする。
昌樹は大あくびをする上司、喬木を横目でさっと見た。
「室長、大使館の人が迎えに来てるはずですから。」
事実のみを告げ、さっさと入国審査の列へ向かう。別に公用パスポートだからといって特別扱いはしてくれない。たんたんと入国審査を済ませ、預け入れ荷物の引き取りレーンについた。
今回は、喬木と昌樹、それに業務委託のコンサルタント会社の社員が二名の男四人で海外での現地調査だ。ヨーロッパ慣れしている木村は、子供が小さくてさすがにまだ1週間も家を空けられないと言ってお留守番である。最後まで行きたかったと愚痴っていたが。
飛行機は日系だったので外国に行く感覚はあまりなかった。まだ空港内なので、英語も相当にあるが、フランス語表記も並列しており、異国情緒は満点だ。荷物はまだ出てきておらず、昌樹は喬木が近くにいることを確認しつつ、ふぅっと息をつく。
(英語、通じないんだよなぁ…)
今回の日程は、パリで丸二日、そこから電車で移動してアムステルダムで丸二日、移動日込みではフルで1週間である。関係の分野の担当部署の人から話を聞いたり、業界の大物と会ったり、こちらでの現場を視察というか体験したり、と諸々詰め込んである。
空港からホテルまでは在パリ日本大使館員が一人付き合ってくれることになっており、13時間近くのフライトの末にまず市街地まで出てホテルを探して彷徨う、といったことはしなくていいだけ楽だが、その後は自分たちだけで行動し、アムステルダムまで行かねばならない。ヨーロッパ経験はコンサルタント業者の一人が新婚旅行でイタリアに行った程度、しかもツアー、というメンバーではなかなか辛いものがあった。
(インタビューとかは通訳つくからいいんだけどさ。補佐こそ適任なのにな。)
英語は結局そんなに上達しなかった、と苦笑していたが、ベルギー勤務ありでフランス語でも軽い雑談までこなせる木村がいれば気分的に相当楽だったろう、と思う。来れないものは仕方ないし、木村本人はその辺りは心配しておらず、「大丈夫、1週間くらいなら中1前半の英語が使えれば生きていける!」と豪快に笑っていたが。
「鳥越、疲れたか?」
「少し寝たので大丈夫です。昼便は楽だと木村さんが言ってましたが本当ですね。」
「携帯は使えるようになったか?」
「ホテルで設定しようかと。」
「おう、頼むわ。ついてすぐ寝ると明日からがキツいから、部屋ついて一息入れたら、コンサルと大使館の人にも声かけてメシいくか。」
「…そうですね。」
職場の人と夕食はぞっとしないが、たしかにこのまま寝てしまいそうだ。荷物を置いて職場で借りた海外用携帯の設定をしたら、貴重品だけ持って一緒に出よう、と心を決める。
預け入れ荷物を受け取ってセキュリティーエリアの外に出ると、「日本国大使館」と書かれた小さなプレートを持った若い日本人の女性が待っていた。
「在パリ大使館から参りました、長谷川です。よろしくお願いします。」
外務省では、任期つき職員としてある程度の語学力のある人材を日本で採用し、各国大使館で勤務させる制度がある。長谷川はその任期つき職員らしく、現在2年目、あと1年半弱で任期が切れるとのことだ。
コンサルと別れてタクシーに落ち着き、そんな話をしているうちに空港は遠ざかり、近代都市の街並みが近づく。長谷川に夕食の予約と同席の約束も取り付けてひと安心だ。
「いよいよ通りますよ?凱旋門です!」
「「おおっ!」」
いきなり普通に現れて驚いたが、タクシーは凱旋門の周りをぐるっと回る。タクシーの運ちゃんも心なしか得意気である。
「エッフェル塔も見えますよ。あっちです。」
「「おお~」」
ただのおのぼりさんと化した喬木と昌樹をにこにこ見守る長谷川。しかし、ちと危ういと判断したらしい。
「気を付けてくださいね。スリは普通にたくさんいますし、治安がいいとはとてもじゃありませんが言えません。お金ならまだいいですが、公用パスポートを紛失すると手続きが大変ですから。」
「うっ…」
「気を付けます。」
「何かあったら私のところまでお気軽にご連絡ください。フランス国内であれば対応できますので。」
頷く喬木と昌樹に、にこにこ案内を続ける長谷川。木村とは違う方向だが、割にしたたかなタイプのようである。
ホテルで長谷川にチェックインを済ませてもらい、いったん分かれて自室に入る。英語の案内紙を発見して自分のスマホとタブレットにWi-Fiを設定し、支給の国際携帯の設定に移る。
なんとかアンテナが立ち、稼働状態となる。ふと自分のスマホを見ると木村からメッセージが入っていた。
『フライトお疲れ様です。無事につきましたか?飲みにいくなら最低限のお金とカードだけ持って、パスポートは部屋のダイヤル式金庫においていった方が安心ですよー』
(至れり尽くせりの上司だなぁ…)
思わず苦笑が漏れる。抜けたところも多々ある年下の上司だが、こういった気配りにホッとすることは多々あって、職場には珍しい気のおけない仲となっていま。送信時刻は六時間ほど前。退勤中にぱぱっと送ったのだろう。だいたい寝かしつけと一緒に寝ているというから、本人は夢の中に違いない。
***
長谷川が予約してくれた店は、木のテーブルにチェックのシンプルなテーブルクロスのかかった、気取らない店だった。それでいて、照明からカトラリー入れから、ちょっとしたところがお洒落だ。
「お疲れでしょうから、フライトのすぐあとは立派なレストランよりこういったお店の方が喜ばれるんですよ。」
「すごいですね。おすすめのリストなんかがあるんですか?」
「引き継ぎを受けることもありますけど、自分の好き嫌いもあるので。基本は足で探します。」
「ほー。」
「最初はスパークリングでしょうか。」
「白ボトルで…」
「分かりました。料理は適当でいいですか?」
喬木と話しながらもメニューを見ていた長谷川は、なんとかかんとか、と何やら注文している。
「フランス語がわからなければ注文もできませんね…」
「英語のメニューがあるお店も多いですし、簡単な英語ができるウエイターさんもいますから。こういうお店だと、別にコースで頼まねばという訳でもないので、お店の人に適当にお願いすれば予算内で組んでくれますよ。」
「はぁ…」
(こっちはそんなに英語できねーよ…)
昌樹は脳内で突っ込むと共に、「中1の英語で十分」と言った木村にも脳内で若干恨みがましい視線を送った。たぶん彼女は受信していないが。とりあえず、メニューを見てもスープかサラダかメインかすら分からないのだ。
やがて運ばれてきた料理はしかしとても美味く、さすが華の都という感じだ。ちなみにシェアはお行儀がよくないとのことで、オードブルは最初から一人ひとつの皿に何種類か盛ってある。ワインも日本で飲むよりはるかに安いのに美味く、長谷川も話上手で場は盛り上がった。
「やっぱフランス男に口説かれたり?」
「こちらの人にとっては挨拶ですからね。ありますけど。」
「ハニトラじゃねーの?要人と会ったりもすんだろ?」
「大臣とかはさすがにないですけど、局長さんくらいならよくご飯ご一緒しますね。」
「それだよー、ハニトラ気を付けろよー?」
「それは私には魅力がないと?」
「そういう意味じゃない。」
眠気もあって早々に出来上がった喬木は、敬語も配慮もぶっとび始めている。
(コレ拾って帰るの…ま、コンサルに任せるか。)
内心で一人決め、ワインをあおる。肉料理の皿と一緒に運ばれてきた重めのワインは、肉とこってりしたソースを洗い流し、口のなかを酸味と渋味でさっぱりさせた。
≪つづく≫
到着してご飯食べたら1話終わってしまったという(笑)
自分で驚きました。




