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第23話 要求の裏側

意味深なタイトルですが、いつもの政策推進室です。

 

「ん~~~」


 木村がパソコンを睨んで唸っていたかと思うと、くるっとこちらを向いた。


「はるちゃん、ポンチ絵作ってぇ~」

「無理です。」


 さっきから木村が悩んでいるのは税制改正要望用のポンチ絵づくりらしい。ポンチ絵とは、絵や図示で施策の概要などを示した資料で、それをみるとあら不思議、なんとなく素人にも中身が分かる…というものだ。複数の内部の者曰く、なんとなく説明を聞いて分かったような気になるだけらしいが。


 税制改正要望とは、税の特例としての減税措置などについて、制度を所管している財務省(国税)や総務省(地方税)の担当部署に新設や時限措置の期限延長をお願いしに行くことである。遥にはまだ縁がないが、住宅ローン減税などが一般に身近だ。こういうのは、税の担当部署が単独で決めるものではなく、住宅ローンなら住宅政策を担当する部署が、「こういう住宅の取得を応援したいので、そういう住宅を借金して買った人には減税してください」と頼みに行くのだという。


「でも、同じ霞が関でしょう?なんかお願いとか、違いませんか。」

「あっちはキング・オブ・官庁、こっちはしょせん、その他大勢ー」


 とはいえ、知り合いもいるし出向もするし、別にだからどうこう、という訳ではないらしい。少なくとも最近は。


「たとえば、向こうの財産を管理するとこからこっちに『この規制はどういう趣旨ですか?』と聞いてきたりするし、そういうときは普通に向こうが丁重だし。」

「はぁ…」

「ただ、査定してばっかの人だと何か勘違いするらしくて、無性に偉そうな人もちらほらいるねー」

「あ、やっぱりいるんですね。」

「仕事で行ってんのに最初からふんぞり返ってタメ口、罵詈雑言とか?」

「うわぁ…」

「若いうちは素直にびくびくしてたけど、正直イタいよねー」

「…確かに。」


 まともに受け取るのがアホらしい、ということらしい。


「だいたいさ、いつどんな要因でお願いする側とされる側が逆転するか分かんないのに、そんな偉そうにできる意味が分かんない。」

「それはそうですね…」


 ちなみに木村は後輩や部下などには基本的にタメ口だが、大臣室のゆっきー氏や部下の鳥越などから指示やらお願いをしたりされたりすることは多く、ナチュラルに「忙しいところすみません、お願いします」「はい了解でーす」とかやっている。たぶん彼らが上司になっても、お局的なポジションを確保してそれなりにうまくやるだろう。


「それはそうと、ポンチ絵だよぅ、明日の朝11時までって言われても出ないもんは出ないよーう。」

「どうしたんですか。」


 せめて愚痴くらいは聞いてやるか、と水を向ける。


「この税さ、6年前にできたんだけど、2年前にほぼ同じ条件で、より優遇されるやつが出来てたんだよね。それがあるならこっちは要らなくない?実際、適用件数もないでしょ?って言われてるのー」

「…至極妥当な指摘ではないでしょうか。」

「そう、妥当なの。でも政策目的が違うの、そして別のやつは他の省の所管なのー」

「はぁ…」

「たった六年で旗を下ろせないし、いつ終わるか分からない他省のものに依存するわけにはいかないのー、オトナの事情的にー」

「鳥越さんの代わりに言いますね。『補佐、棒読みです』。」

「だってどっちでもいいもん!」

「木村さん、本音が…」

「おっと。」


 要は、誰がみても無くていいんじゃないかという要求をして「無くていいだろ、ホントに要るなら、ちゃんと納得できる見積りと根拠を分かりやすく書いたポンチ絵を出せ」と言われて頭を抱えているという訳だ。


「もう()めたらいいんじゃないですか。木村さんの評価でも下がるんですか。」

「別にこれだけ好き勝手してて、もうこれ以上は評価下がんないからそれはどうでもいい。けど、コレ()めるには局長以下を説得して、かつ止める理由をペーパーに落として、関係各所にゴメンナサイしなきゃいけないのが癪だしめんどい。さっき言った理由で残せと言う人が絶対半分くらい居るはずー」


 ちょっと意地悪なことを言ってみたが、さくっと流された。たった六年前に創設した制度を諦めるとなれば、それはそれで諸々の根回しが要るということらしい。


「ていうか、最初は室として要らないって言ったけど、勿体ないから何とか理由つけて出せって言われたのー。これからまた取り下げを画策するくらいなら、それっぽいけど答えられてないペーパー作って向こうから切ってもらう方が楽なのー。」


 つまり合理的な選択肢を選んだ結果、頭を抱えている、と言いたいようだ。


 昼寝用のクッションを抱えて、事務椅子ごとくるくる回りながらぷーぷー言っている木村に、会議から帰ってきた喬木と鳥越が呆れ顔を向ける。


「補佐、何やってるんですか。」

「んー、ポンチ絵が全く!思い付かなくて。」

「…あー、アレか。(すじ)、悪いよな。」


 喬木が納得して苦い顔になる。喬木は春の時点で取り下げを承認していたから尚更だ。


「だいたい、自分達の都合で頑張れって言っといて、指摘されたら『必要な理由はちゃんと納得できるものを持ってきて』なんて指示だけする税ラインが理不尽なんですよ。単純に、スクラップの財源を確保しときたいだけでしょ?」

「だよなぁ。」


 スクラップ、というのは、何かを新設するときに必要とされる、それと引き換えに失われるモノのことだ。予算にせよ税にせよ組織にせよ、スクラップ&ビルドが原則の霞が関では、何かを本気でやりたいときのために、どうでもいい制度やポストを可能な限り保持しておく、という本末転倒なことが行われている。


「スクラップもビルドもしばらく貯金しときゃいいんですよ。念のためとか言って取っとこうとするからー。」

「まぁ、必死にプレゼンしてもぎ取ったものが数年で要らないとなったらな…」

「今どき、一世代たつのに5年かからないって言われてるんですよ。ジジイの時代感覚で物事語るから遅れてるって言われるんです。」

「まぁ、お前の言いたいことも分かるがな…」


 喬木、とにかく今は愚痴を引き受けるしかないと腹をくくったようである。いきり立つ木村を何とかなだめようとする喬木に、あんたら熟年夫婦ですか、と突っ込みたくなるのを抑え、遥はもともとやっていた資料作成に戻った。


 ***

「う~、できたよーはるちゃん。。」


 翌朝、けっこうグロッキーな木村が登庁してきてそんなことを言う。昨日は遅出だったため、残業して仕上げたようだ。


「遅かったんですか。」

「んー、10時くらい?だんだん目がしぱしぱしてきたからやっつけ仕事で帰った。」

「早くないですか?」


 飲み会では12時近くまで飲んでいることも珍しくない。


素面(しらふ)だとそんなもん。ほぼ毎日寝かしつけと一緒に寝ちゃうから、睡眠パターンは9時半~5時半とか。今日も6時前に目が覚めたのー」

「それは…早いですね。」

「テンション上がってるからなかなか寝付けなくて、寝たの一時半過ぎてたしね。三十路にコレは堪えるわ。」

「結局いいのは描けたんですか?」

「まぁ、それっぽくは見えるかな?」


 そういって見せてくれたペーパーは、確かにカラフルで、イラストなども入っておりとても分かりやすく感じる。しかし。


「…これ、なんというか」

「はい。」

「減税措置があるからお買い得ですよ、としか書いてなくないですか?しかも、適用されるかどうかも書いてない。」

「ばれるよねー。まぁ、これ以上書いたら嘘になるからもういいやっていうね…」


 サラリーマンらしき人が客に「これは減税措置があり、今なら安く買えます」と説明し、客が「なら買おうかな…」などと漫画の一コマ風に書いてあるそのポンチ絵は、説明しているようで、実際にどの特例が利用されているかどころか、客が買ったかどうかも分からないという微妙な仕上がりだ。


「まぁ、昨日も言った通り、適用されようがない税だからこれ以上書けないのよね。」

「先方のリクエストには…」

「あんま答えてないけど。いいんだ、室長がおっけー出せば提出できるから。」


 割に適当である。


「とにかくがんばったことで認めてもらえる場合もあるから!」

「何なんですか、その体育会系な…」

「私にもよく分からないけど、先方が体育会系なんじゃない?」


 ぷーぷー、と口でいいながらコーヒーを淹れ、お茶菓子に手を伸ばす。


「もうちょっとこう、なんというか…」

「大事なやつは大事にされてると思うし、要求する方も気合い入ると思うよー。こういう筋悪(すじわる)なやつは仕方ない。向こうは原則にしたがって落とそうとするし、こっちは組織防衛的な意味で残そうとするし、それって政策論じゃないから。」

「まぁ、そうですが…」

「極論言えばたぶんどっちでもいいその他大勢なんだよね。もっと筋悪なやつだと、制度は使われてるけど適用実績は10年ゼロとかで、制度が税制特例ついてるってことで説得力が増えるから無くさないでくれって業界に強く言われてるとか。」

「実績がないということは…」

「査定側からしたら、『使われないってことは要らない筈だよね』と言われるわねー。」

「そうですよね…」


 法律を確実に閣議決定したいがゆえに予算をくっつけるとか、そのためにセットで必要とされる、事実上はあんま必要と思えない税の特例を考えるとか、そうやって作られた税制特例の適用がないのに二年前に頑張った手前更に延長を要望するとか、大変に不合理なことが多々行われているようである。


「スジ論からいえば言いたいことは分かるんだよね。ホントにやりたいなら予算だろうが税だろうがとにかく考えうる手段をガシガシつけたい筈だ、とか、2年前に『どうしてもやりたいんですお願いします』といっておいて、手の平返したように次に『もうイイっす』って言われたら、アレは何だったんだ?ってなるとか。」

「そういう風に言われたらそういう気もしますけど。」

「けど、大局で見ると全然不合理な訳じゃない。なんか、すごーくムラ社会な感じ。」

「…お話聞いてると、はず、とか、べき、とかが多いんですよね。」

「そうなの。その、はず、とか、べき、ってのが間違ってるんじゃないか?とかは考えないのかね?」

「どうなんでしょう。」


 二人で顔を見合わせて首をかしげる。優秀と言われる人たちの中でも特に選りすぐりの人が集まると、よくわからない現象が起きるのだろうか。


「おーい木村、できてるなら俺に見せろよー。11時までだろ?」


 いつの間にか着席していた喬木の声で我に帰り、木村は慌てて返事をしながらプリントアウトを持って喬木の席に向かう。その背を見ながら、遥はなんとも言えない気分になっていた。


 ***

 喬木や税ラインをして、やっぱり「いやーコレ何にも言ってないな、何かないのか?」と言わしめ、「すみませんこれで限界です」で押しきった例のペーパーを提出して一月半。


「補佐、税のマルバツ来ました。残ってます。」

「…残ったか。」

「うーわ、また後任が苦労する…」


 懸案の税の特例の延長が決まったことを告げる鳥越に、半分うめくように返事をする喬木と木村。本来なら喜ぶのだろうが、ブツがブツである。


「ていうか、アレで通っちゃうんですか…」


 遥はそっちに驚く。


「言った通り、割と体育会系なんだよね。どれだけの量仕事したかみたいなことでやる気を判断されたりとか…」

「…それってどうなんですか。」

「おかしいよねぇ。税金扱ってんだから、ちゃんと国全体のこと考えて欲しいわ。」


 今回なぜ残ったかは謎だが、往々にしてこういうことはあるらしい。なんだかなぁ、という以外に感想が出てこないが。


 今年の忘年会のお店候補リストを眺めながら、遥は三人と一緒に、ふぅ、と溜め息をつくのだった。

お読みいただき、ありがとうございました!


…最近、一話が長すぎるんじゃないかと思い始めました(今更?)

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新連載はじめました。更新は不定期になりますが、よろしければこちらもどうぞ。
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