第22話 水族館とデート
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ミンミンと鳴く蝉の声で目を覚ました。
今日は三連休初日。大手の建設会社で設計士をしている夫、聡太もカレンダー通りの休みだ。もう起きているらしく、がたごととお風呂の方で音がしている。汗っかきの彼は、夏は起きてすぐシャワーを浴びるのが日課だ。
「おはよー」
声をかけて朝御飯の準備を始める。コーヒー、トースト、ヨーグルト。今日は時間に余裕があるので、卵を取り出してスクランブルエッグを作る。インテリアデザインにもこだわりがある夫が家具を配置して何かがたごとやっていたリビングダイニングは、築30年近い借家とは思えないほど居心地がいい。キッチンは作り付けのものだが、棚や隙間収納を駆使して、これまた使いやすい空間になっている。
「おっ、今日は豪華じゃん。」
「少し時間があったからね。」
髪の毛を拭きながらからかうように言う聡太に、そう軽く返す。プチトマトを添えたら出来上がりだ。
「今日は何しよう?」
「しなきゃいけないことは特にないね。」
食べながら今日のプランを練る。
「せっかく関東にいるから、いる間にいろいろ行ってみたいけどな。」
「あと半年ちょっとか。早いよね。」
聡太は、もともとA県での採用だ。昔ながらの価値観が残るA県の長男だから、就職時に県外に出るという選択肢はなかった。ただ、聡太の勤める建設会社には30前後の若いうちに2年間、希望者には同僚3人からの推薦さえ取れれば東京の本社で修行をさせるシステムがあり、それを利用して東京に来た。相当にしごかれる代わりにぐんぐん力がつくらしいし、二人とも東京の暮らしというのを体験してみたかったというのもある。二年間終わったところで引抜きがあったりもするそうだが、そのときどうするかはまだ決めてない。
「もうちょっと涼しければ温泉も行けたんだけどなぁ。さすがに35度超えるとなぁ…」
「冬はけっこう行ったじゃん。」
「まぁ、そうなんだけどさ。」
「そういえば、木村さんが今月日本酒フェアがあるとか言ってたような…あぁ、来週か。」
「惜しいな。でも来週はそこに行こう。」
木村からの情報は割と話題に上る。おすすめの場所に外れが少ないのは、出身が近いせいか。
「今週は、別のところでビールフェスタやってるみたい。木村さんなら、『向こうで飲んだら1/4以下!』とか大騒ぎしそうだけど。」
「ベルギー勤務があったんだっけ?なんかグローバルな仕事してるよなぁ。」
「基本は飲み歩きだったとか、ベルギービールはそんなに好きじゃないとか言ってたけどね。グローバルなのは聡太の会社だってそうじゃん。」
「俺には関係ないよ。」
引き抜かれて本社勤務になれば世界じゅうどこが仕事場になるか分からないが、A県に戻るなら、せいぜい同じ地方の中で現場が変わるくらいだ。今とても楽しそうに仕事をしている聡太だが、一生本社勤務がいいかはまた別なのだろう。
「木村さんは女性だろ?子供もできて、これからどうすんだろな。」
「けっこう、女性でも小さい子と一緒に行ってる人いるみたい。向こうではシッターさんとかもいるし。」
企画室長の前嶋も前任地はヨーロッパだ。子供二人を連れて行って、夫が単身日本に留任していたと聞いた。ちなみに、赴任先は遥の周りにヨーロッパが多いだけで、アメリカや、それからたまに東南アジアやアフリカなどもいる。
「へぇ。…今日はそうだな、あとは…あ、この「毒のある生き物」展とか面白そうだな。」
「いいんじゃない。午前中はそこの水族館にしようよ。…そういえば、木村さんに近くのランチの美味しいお店を聞いてたような。」
「守備範囲広いなぁ、木村さん。一回会ってみたいな。」
「よかったら今度家においで、って言われてるけど、お子さん小さいと遠慮しちゃうよね。」
「どう対応したらいいか分かんないしな。」
二人とも甥や姪はいるものの、子供については修行の2年間を終えてからと決めている。
「あとは、聡太が『ジュエル』に来るかじゃない?」
ジュエルは、帰宅方向が途中まで一緒の木村とよく行くバーで、霞が関からだと電車で20分ほどかかる駅にある。二人とも定期の途中下車で行けるので、木村と二人で飲みに行くときの行きつけだ。
アラフォーだがチャラいにーちゃんであるマルオが経営するそのバーは、割と本格的なカクテルやいい雰囲気と、常連客との弛い会話が楽しく、遥は何度か聡太とも一緒に行ったが、聡太と木村が遭遇したことはない。
「それはアリなんだよなー。タイミング合えばいいんだけど。」
「フローズンダイキリが美味しかったよ。」
「…あぁ、一昨日行ったんだよな。俺、残業だったしなぁ。」
「ごめん。マエノさんもいて楽しかった。」
「あの人は毎日飲んでんな。」
「いない日がないねー」
しょうもないことを話しながら朝食を食べ、出掛ける準備をする。デートにはお洒落が必要だ、とは言っても、そろそろ結婚6年目にもなればそう気合いを入れることもなくなる。その居心地のよさがありがたい。
***
水族館は混雑していた。
「うわ、すごっ。」
「とげとげ…」
いろいろ話しながら、人を掻き分けて歩く。深海魚は変な形だし、アジや鰯を見れば唾がわく。豚を見てもときめかないのに魚を見ると酒がほしくなるのは日本人ならではか。水族館とはあまりにもベタかと思ったが、案外楽しい。そんなとき、
「くるちゃん!」
と聞きなれた声が聞こえ、遥はキョロキョロあたりを見回した。
「どした?」
「今、木村さんの声が…」
「マジか。」
聡太もキョロキョロしているが、木村を知らないのに見つけられるわけがない。
「くーるーみー!もう行くよー?」
「いーやーだ!」
今度は間違いなく木村の声と、それに抗う小さな子供の声が聞こえ、そちらを見る。部屋の水槽の1つ、くらげの展示にはりつく女の子と、困った顔のジーンズ姿の木村、それに、苦笑する同い年くらいの男性が側にいる。
「噂をすれば、かな?」
「外は暑いし、ここ木村さんの家からも近いしね。」
聡太と顔を見合わせて小さく笑い、遥は声をかけた。
「木村さーん。」
***
「水族館がよほど楽しかったらしい。」
木村が苦笑する。どうせだしいい時間だから、と全員で場所を移して、焼肉屋だ。二歳になる木村の娘、くるみは、現在、木村の夫、祐希とシール貼りに夢中である。
「貼りついてましたね。」
「食べる方も好きだから、よくお皿に乗るんだよね。泳いでるの見たの面白かったんじゃないかなー。ペンギンとかには微妙に反応悪かった。」
なかなか渋い趣味をお持ちの2歳児である。ちなみに量もかなり食べるそうで、木村の家族は三人で三人前のビビンバ定食を頼んで、店員さんに聞き返されていた。
「木村さん、ほんとにお母さんだったんですね。」
「くるみの話はよくしてたじゃん?」
「なんか生活感なくて。」
「職場だからねー。」
話しているうちにシールに飽きたらしいくるみがだっこだっこーといいはじめるのに手を伸ばしつつ、あっさりそう言う。抱き上げられたくるみはにこにこだ。ほほえましい光景を見守りながら、何かくるみの顔に既視感を覚える。
「しかし木村さん、ほんとにくるみちゃんとそっくりですね。」
聡太が感心したように言い、遥はパズルのピースがぱちんとはまったように納得した。くるみのぷくぷくした幼児顔に目が惑わされて気づかなかったが、クローンといわれても納得するレベルで母子がそっくりだったのだ。
「そうなんですよ、祐希の要素どこに行ったんだろ。まだ大人と子供だから区別つくけど、私が子供の頃の単独写真だと、画質の違い以外に区別つかなくて。見ます?」
「うわー、これスゴいですね。」
「本人に見せても、この私の写真見て『くるちゃん』って言いますよ。」
「でしょうね。」
木村曰く、眉毛と鼻とあごが、少なくとも彼女の曾祖母の代からずっと女系遺伝してきているそうだ。本人によると角度によっては明らかに違い、今回見せたのはネタ的に特に似て見える写真を撮ってきているそうだが、それにしても遺伝子コピーを疑うレベルである。
「僕の要素はどこにもなくて。」
「…耳?」
「地味だな!」
「性格?」
「それ、けっこう後天的じゃ…」
木村、家でもボケ倒しているようだ。祐希のツッコミが優しく、子供ができてもこうありたい、と思ってしまう。
話しているとビビンバ定食と、遥たちが頼んだ上カルビ定食が運ばれてくる。
「すみません、子供用の器とスプーンフォーク、それにハサミいただけます?」
ハサミ?と思ったら、ナムルなどはまだ固くて噛みきれないため、適当に切ってやるらしい。
「あついからねー、ちょっと待ってねー」
「くるちゃんがぱたぱたするの!ぱたぱたちょうだい!」
「はいはい。」
流れるようにリュックから団扇(!)と扇子が出てきて、子供用の取り皿に取り分けたビビンバを祐希とくるみが扇ぐ。くるみは「ぱたぱた」そのものが楽しいらしく、大にこにこで明後日の方向を扇いでいる。むしろ、祐希の扇子にばちばち当てて邪魔する勢いである。
「も、あちゅくない。」
「熱くないかな?よし、おっけ。」
「くるちゃんがね、ぱたぱたしたからね、もーあちゅくないの。」
どや顔でそう言うと猛然と食べ始めるくるみ。エプロンにこぼす量が1/4くらいあるように見えるが、それにしても立派な食べっぷりである。
鳥越の娘は写真で見ただけだが、素で芸能界行けるんじゃないか、というレベルだ。一方で、木村の娘はくるくる変わる表情が子供らしく、これはこれで違う魅力がある。
くるみが食べはじめてから、祐希と木村もお互いにくるみの様子を見ながら自分達のビビンバに手をつける。器を落としそうになったら支え、「ぱぱ食べさせて!」のリクエストにこたえ、と大忙しだ。
「…嵐ですね。」
「これでもマシになったかな?離乳食はじめて1年くらいは、基本は全部食べさせないといけないから…」
「ていうか、最近でもけっこう手はかけてるけどな。梓は割に放ってるもんな。」
「祐希がマメなんだと思うけど。」
「そうかなー。」
「一事が万事?」
「まぁな。」
木村は、料理以外の家事全般は苦手、料理もどーんとした煮込み料理やオーブン焼きは得意だが、アスパラの肉巻きなどの繊細な作業は嫌だと公言する大雑把人間である。当初は木村が掃除や洗濯をしようとしたときもあったそうなのだが、晴れた日でも可能な限り乾燥機に突っ込もうとしたり、室内をワイパーで適当に掃除して隅っこに埃がたまったりに祐希が耐えられず、今の分担に落ち着いているらしい。文句いうんじゃなくて自分でやってくれる人でよかった、と笑う木村だが、地味に古風な考え方の彼女がその境地にたどり着くまではそれなりに葛藤があったようだ。
くるみがほぼ8割のビビンバ(もちろん大人サイズ)を食べ終えてひと息つく頃、大人も全員食べ終わる。木村と祐希はそれぞれ1.1人前を食べた計算だ。
「…食べましたね、くるみちゃん。」
「…食べるんですよ、この子。」
食べると言ってもせいぜい半分じゃないのかと思っていた遥の期待を裏切り、更にしっかりジュースとデザートまで平らげたくるみに思わず若干呆れた声を出すと、木村も苦笑してそう答える。
「ちなみに体重はここ数か月変わってないので、普通なら発達とか気にするレベル。でもこれだけ食べてぷくぷくなら気にしなくていいって。」
そりゃそうだろう。標準より大幅に大きな身長に、こぼれ落ちそうなぷくぷくの頬。むしろ相談したという方がおかしい。
お会計を済ませ、帰宅して家族で昼寝だという木村たちと別れる。最後にはハイタッチしてばいばーいと手を降るくるみに笑顔がこぼれる聡太と遥。
「あー、子供いいな。」
「欲しくなっちゃったね。」
ぽかぽかと湧いてくる温かい気持ちに、ほんの少しの羨望。遥はいろんな気持ちを聡太と繋いだ手にぎゅっと込めて、駅への道を歩き始めた。
久しぶりでしたがいかがだったでしょうか?
今後は一週間に2~3回の更新予定です。




