第20話 就活生、悲喜こもごも
官庁訪問は一度6月中に書きたいテーマでした。
梅雨もそろそろあけようという7月はじめ。今年は国会の関係で異動がずれ込んでいるらしく、まだ異動の声は聞こえてこない。遥は霞が関に勤めはじめて1年、そろそろ非常勤職員としては中堅となる。7月採用の新人を見ると、その気合いの入りようや苦闘ぶりが微笑ましく、つい声をかけたり手伝ったりしてしまう。
そんなある日、リクルートスーツ…の、上着を脱いだ格好に身を包んだ若者とエレベータで一緒になった。少し誇らしげで、少し不安げな彼は、遥たちのフロアとは別の階に降りていく。
(……?)
その後も、しばらく何度か似たような服装の男女と遭遇し、一人に至ってはヒールのかかとが取れてしまって相当に動揺していた。近所の修理屋を紹介すると、ホッとした顔で何度もお礼を言われる。
「あー、官庁訪問だー。」
木村に話をすると、そんな答えが返ってきた。
「官庁訪問、ですか。」
「就職活動というか、そのメインの面接なんだけど、国の役所は独自システムがあるから、そういう言い方をするのー。そっかー、最近の子は上着着ないのね。暑いもんね。」
懐かしそうに話す木村。
「ちなみに一般職はまだ一次試験の結果が出てませんし、採用もブロックごとだったりします。システムもだいぶ違いますよ。」
手が空いていたのか、鳥越が口を挟む。
「結局、官庁訪問があることと、試験の合格だけで採用はされないことは一緒だけどねー。割に面接重視なのよ。」
「公務員試験の成績順に採用が決まるのかと思ってました…」
素直に負け(?)を認める遥。
「公務員試験は言っちゃえば足切りだから。ある程度、専門性を含めた学力と常識と論理性はあります、ということしか測れないしー。そもそも、合格しても総合職だと最終的に合格者の1/3しか採用されない。」
「そうなんですか。」
「ちなみに、知ってる人で、何人かは官庁訪問1回失敗して2年目に採用されてるし、トップ合格してもどこにも採用が決まらなかったひとも一人知ってるし。あと、後ろから数えて二人めだった職員とか。いかに成績が採用と関係ないかだよねー。」
木村、例によって謎の人脈力である。
「ちなみに私は、今で言う総合職試験は通ったけど、一般職試験は落ちてるんだよねー。一般職の試験は出題範囲が広いから、あれ通る人はすごいと思う。」
「補佐、マジですか。」
鳥越が珍しく本気でびっくりしている。そんな可能性は考えてなかったらしい。
「そうよー。話を戻すと、総合職志望の子はこの時期、人事院が指定したルールに従って各役所を回って、就職活動をするのね。技官だと、省によっては1回か2回面接して判断、てのもあるらしいんだけど、事務官だともれなく、上手くいけば1日拘束してみっちりと。それが2週間位だったかな?」
「みっちり…」
そりゃ疲れるよね、と、これまですれ違った若人たちに思わず同情する遥。遥とて独身の頃は民間会社の総合職でバリバリ働いており、そのために就職活動もしっかり行ったが、1日に2つも面接が重なればくたくただったものだ。
「役所側は、だいたいは採用を担当する部署のスタッフがこの時期は増強されてそっちで対応するんだけど、総合職の官庁訪問で特異なのは「原課面談」でね。○○に興味があります、というと、その分野に詳しい人のところに案内されて、その人の話を聞くの。1日に何回か。」
「ええ?仕事中にですか。」
「そうそう。だから、管理職にはざっくり言うと『ご協力よろしくね☆』って文書がくるよ。」
いや、星はつかないだろ、と思ったが、この人相手に突っ込む方が面倒くさい。
「それなりに若者受けが良さそうなタイプが駆り出されるから、私のほうはあんま当たらないけどね。」
「ご自身の立ち位置、分かってるんですね…」
「意識高くて夢を語れる人が駆り出されてるよ。若い頃はもうちょい声かかってたけど、だんだんかからなくなって、最近の1回は『ちょっと圧迫よろしく、そこから立て直せるか見たい』とか言われたー。ひどくない?」
けろっとそんなことを言う。確かに、本気のときのこの人の迫力はなかなかの圧を誇るから、依頼の意図も分からなくもない。
「なんかバシバシ切り捨てるタイプだと思われてる節があるんだよねー。…一方で、『来てくれた人はみんな愛情を持って来てくれてるんだから、お断りするにしてもできるだけ丁重に』とか言われるんだわ。何この無理ゲー。そもそも、会ってすぐの人間罵倒できるほどSじゃないし?」
「どうしたんですか?」
「仕方ないから、極力愛想よく全発言を潰しに行ったよね。だいたい、圧迫のイロハも知らない奴によくやらせるよ。」
愛想よく、とはいえ、木村のマジモードで発言を潰され続けたら、5分で涙目になる自信がある。遥は、ある意味使いどころを心得た採用チームに感心すると共に、見ず知らずの犠牲者に心の中で哀憐の情を禁じ得なかった。
***
そんな話をしてから数日後、木村は採用チームからの依頼で一人の女性志望者と話をした。
日程が進んだ今頃に木村クラスの人間と面談しているのは、おおむね面接が順調に進んでいるとは言えない人らしい。本人もそれは分かっているようで、最初の頃に出会ったような誇らしげな若人と異なり、たたずまいが不安一色だった。遥もお茶を出したときに少し話を漏れ聞いたが、話が弾んでいるとは言い難く、重苦しい雰囲気がその場を包んでいた。
40分後、彼女は木村の名刺を大事そうに持ち、お礼を言って去っていった。しかし、その顔はやはり暗く、遥は追いかけていって「そんな顔で採用チームの部屋に戻ったら逆効果だよ!」と声をかけたくなったが、さすがに悪いかと自重した。
「どうだったんですか?なんか、暗い感じでしたけど。」
そのぶん、木村にもやもやをぶつける。その木村も、苦いものを飲んだような顔だ。
「うーん、あれは救えない…チャンスあるとしたら切り替えて来年、かなぁ。」
「厳しいじゃないですか。」
「さすがにさ、『女性で、制限ある中で家庭と両立している人の話を聞きたい』って言ってきて、座ったと同時に『私どうせダメなんです、それは知ってますけど、どこが悪いか一緒に分析してください』って悲壮な顔で履歴書出されたら救えないよ…」
「…それは、予備校か大学就職センターのお仕事ですねぇ。」
「頼まれたからそもそも志望動機から一緒に考えてあげたけど、結局家庭との両立については一言も話してないし。採用チームにどう報告したらいいやら…まぁ、実際どうだったか言うしかないわねぇ。」
はあぁ、と深い溜め息をついて椅子の背にもたれかかる木村。そっとチョコレートを差し出す鳥越が執事のようだ。
「まぁ、困ったちゃんは少なくない、というか私に回されるのがそういう子ばっかりの可能性は否定できないけどさー」
礼を言ってチョコを受け取りつつ、ぶーたれる木村。かの志望者女史のネガティブが伝染したのかもしれない。
「ただの興味ですけど、困ったちゃんの例を聞いてもいいですか?」
鳥越が不謹慎ながらちょっとワクワクした顔で聞く。…遥もちょっと聞いてみたい。
「とにかく上から目線の子とか、逆にガチガチに緊張しすぎて会話にならない子とか?」
「あぁ…」
「特に前者。政策を頑張って説明したら、『そんなしょーもないことまでやるんですか』とか言われた日にはね…」
「「それはひどい。」」
思わずユニゾンする遥と鳥越。
「夢を語れるタイプの後輩が人事課から資金渡されて昼ご飯とか行ってる横で、そんなんですわ、ワタクシ。」
「あ、そういう人もいるんですね。」
「そうなのー、正直、そういうやつは暑苦しいのー。ぐっちーめ…」
「原口さんですか。」
「たしか六年前だね。あいつ外面はいいから。」
木村、メシに関しては執念深い。
ちなみに資金は幹部から寄付金を集めているそうで、税金は投入されてないとのことだ。
「あとは、さっきみたいに人生相談はじめちゃう子とか。ライトなやつだと、『キャリア組』とかそういう系の煽てに憧れてるだけのミーハー?」
「煽て…」
「人生相談、これがはじめてじゃなかったんですね…」
鳥越は煽て、という木村の言葉に反応し、遥は変なところに感心する。山田や原口に「姐さん」と呼ばれているのは伊達ではなく、木村は実は割と面倒見がいいタイプである。人生相談を持ちかけるのは、面接という意味で正解かどうかはともかく、人生全般においてはある意味正しい選択かもしれなかった。なんとなく、「○○の母」とか呼ばれる占い師と共通する何かがある。
「そうなのー。クビになったら占い師か小料理屋でもやろうかな。昔、研修で使った建物の集会所にバーカウンターがあってさー、中で女将やったら大モテしたのよねー。」
苦笑してそう返す木村にも、その辺りの自覚はあるらしい。さすがにそれだけで小料理屋をやるのは無謀にもほどがあるとは思うが。
***
結局、今年政策推進室を訪れた志望者は彼女ひとりだけだった。今日は内定を勝ち取った若者たちと現職の職員有志の飲み会らしい。
「木村さん、行かないんですか?」
「うーん、正直どっちでもいいかなー。そもそも私、総合職至上主義じゃないし。研修とか、割といろんな場面で分けられてるけど。」
至上主義、という言い方はともあれ、少なくとも木村は技官や一般職にも自然体なのは確かである。そのあたり、首都圏ではなく地元大学出身なのも関係しているかもしれないが、特に働いていて威圧的なひとがいるかというとそうでもない。
「覚悟が足りない奴とか見て、総合職なのにその程度かい!って思うことはあるけどね。その辺は染まってるのかなぁ。でも、結局仕事しやすいかどうかだよね。壊滅的にできない総合職も、めちゃめちゃできて、かつ法改正でも国会でもどんとこいや!みたいな、肝の座った一般職もいっぱい見てきたし。」
「職種転換とかないんですか?」
「どうなんだろ、少なくともメジャーじゃないと思う。」
「そうなんですね…」
「育成する方向が違うからね。基本的に、総合職は渉外とそのための基礎資料を作るのに精通するようにシステム組まれてて、一般職は主に中での作業とか、連絡とかそんな感じ。広報事務のプロとか、鳥越さんみたいに裁判事務のプロとかいる。いきなり総合職の仕事と言われても、積み上げが足りないからなー。」
そうは言っても、たとえば制服官庁などは制服組と背広組でほとんど同じ仕事をしていたり、事務官と技官で比較的同じような仕事をしていたりする官庁も存在するらしい。その場合、ポストの譲り合いや交代制などはあるようだ。
「僕は補佐の仕事をやりたいとは思わないですね。残業時間も人生トータルでは総合職のほうがはるかに多いですし、残業代は出ないし、決めなきゃいけないことが多すぎて。補佐の歳で国会議員と話詰めてこなきゃいけないなんて荷が重いです。」
鳥越があっさり肯定する。
「地方に出ても、もう少し若手の20代後半で課長とかだもんね。年上部下の結婚式に上司として祝辞をのべるとかよく聞く。私は出産で機会をロストしたけど。」
それは来賓もびっくりだろう。木村は洋装からの卒業を公言しているので、今もし鳥越が結婚式を挙げたら典型的に「姐さん」な写真が撮れそうだが。山田はじめ、ネタ的な意味で大喜びする人が複数いそうだ。
それはともかく、職種の転換システムはあったほうがいいと思うが、基本的に別の仕事をしているのであればあまり利用はないのかもしれなかった。
ふと窓の外を見ると、夕暮れにはまだ遠い青空が広がっている。一年で1番日が長いこのシーズンは、雨さえ降らなければ気分が明るくなる。
(さて、退庁時間までひと踏ん張りするか!)
遥は再びパソコンと向かい合い、旅費の計算と格闘を始めた。
あんまり「喜」がないのは、おおむね木村さんのキャラクターのせいです(笑)
あくまでフィクションですので、もし参考にされるかたが居られてもその辺りはご了解いただけますようお願いいたします。




