第19話 銀座へのお出かけ
今日は久しぶりにからっと晴れている。
こんな日は外に出たくなるもので、木村と遥は喬木を誘って銀座までランチに出た。
「暑すぎなくていいですね、この時期は。」
「夏にはいると、風すらもわっとしてるからなぁ…。」
すたすたと大股で歩く喬木に合わせ、遥も木村も小走りだ。行き先がコリドー方面であったため、日比谷公園を抜けていく。日比谷公園は光がまぶしく降り注ぎ、紛れもない初夏の気配を見せていた。噴水が涼しげで、景色に風情を添える。
「庁舎のなかにもレストランありますけど、外に出ると気分も変わっていいですね。」
「…あれはレストラン扱いしていいのかなぁ、料金はそれなりにレストランしてるけど。」
木村がさらっと酷いことを言う。確かに、庁舎のレストランは多少割安ではあるが、それでも定食で1000円近くはする割に味はいまいちだ。
ちなみに食べ物系としては、渡り廊下などで繋がっている複数の庁舎の合計では、コンビニや蕎麦屋、スパゲティを中心としたカフェ的なものや、麺類などのチェーン店も入っており、けっこうバラエティに富んでいる。地下鉄の駅を経由するものまで含めれば選択肢は相当広がり、雨に濡れないという点だけ見れば地下鉄経由で銀座なども含めてかなりいろいろ行けるのは霞が関のいいところだろう。
「むしろ、お弁当の屋台のほうがいいな。」
「あぁ、木村さんはよく買いに行ってますね。」
「ちなみに、だいたい「日替わり唐揚げ弁当」だよー。概念矛盾がひどいよね?」
「…結局、唐揚げ弁当なんですよね?」
「サブのおかずと、味付けが日替わりなの。醤油とか油淋鶏とか塩とか。」
「はぁ…」
唐揚げが好きなのもあるだろうが、この上司の場合、飲み会などでそのネタを披露するために買っている可能性が否定できない。
「ちなみに一番ひどいご飯系の持ちネタは、『ヘルシー系食べ放題レストラン』だよー。」
「…食べ放題なんだよな?」
黙って聞いていた喬木が、思わずという感じで突っ込んだ。
「ひどくないですか?確かに、中身は精進料理みたいのが多かったですけど。デザートもケーキとかはなくてゼリーとわらび餅、みたいな。」
「行ったんだな…」
「学生のときに一回だけですけどね。けっこう流行ってましたよ。」
当然、という顔で返事する木村。ネタを追求する姿勢は昔かららしい。
「よくやるな…」
「あとの持ちネタは、新人の頃、銀座の餃子が大きいことで有名なお店に連れてかれて『一皿全部食べきったら認めてやる』とか言われたり?」
「…パワハラ?」
「ま、認めさせたけどね。」
「そこは最初から誰も疑問にすら思ってません。」
「…にゃー!」
「猫が怒るなら『シャー!』です。」
どうでもいいが、猫派ならきちんとお約束は踏襲していただきたい。
「……。ちなみにそのチームではよく食べる人が多くて、全部付き合ってたらだんだん体重が増えてきたから、『メタハラです!』『女子力主張します!』とか言って途中から半分くらい断ってたかな。」
「…1年生ってそんなもんでしたっけ?ってか、メタハラ?」
「メシハラなんて言葉、そのときなかったから。メタボリック・ハラスメント、略してメタハラだー!と主張してた。」
「ハラスメントなのに、心の広い先輩たちだったんですね…」
「正直、感謝の念を禁じ得ない。ネタとして美味しいし。今でも普通に仲良いよ。」
わいわい言いながら日比谷公園を抜け、高架の下をくぐる。
今日のお店は、夜に行ったら飲み物別で五桁は軽く行く割烹の出しているランチだ。鉄火丼のセットが木村のお気に入りで、焼魚や煮魚などの定食も、小鉢やミニデザートもついて1500円とは思えないクオリティを誇る。喬木が知らないと言うので、是非一度、と前々からチャンスを狙っていたのだ。
店は、夕方になればパピヨンやらを連れた着物の綺麗なおねえさんが行き交う通りの雑居ビルの8階にある。出る前に予約したこともあり、3人はスムーズに席についてそれぞれ注文した。
「アレだな、ここ。同伴用の店だな。」
喬木がひそひそと囁く。…つもりが、地声が大きいためけっこう周りに聞こえている気がするのはご愛敬だ。水槽にいる鱧がにょろにょろと動いた。
「個室もありますから、接待にも使えるかと。カウンターからは中庭と花板さんが見えるので、同伴にいいかもしれませんね。」
「高いんだろ?夜は。」
「20000円超えるって聞いたことありますよ。」
「うわー。俺らには縁がないな。まぁ、こんな店があるなんて知らないと、こんなビルに来ないよな。」
「ここじゃありませんけど、話の種と誕生日のプレゼントを兼ねて、夫と似たようなお店に行ったことは何度かありますよー。」
「どうだった?」
「やー、美味しかったですよー。天ぷらなんか、うどん屋の天ぷらとは別の食べ物でしたね。」
「すごいですね。」
遥が感心する。
「ただ、食べ物だけで5000円超えると、あとは満足度としてはあんまり変わらないかな、私にとっては。焼くだけ煮るだけなら、材料買って自分で作ったほうが美味しいとか、普通にあるしね。」
この飲ん兵衛は、スーパーにはほとんど行かず、酒も魚も肉も行きつけの店があるそうだ。自作と言っても相当に材料を吟味しているのだろう。
「そういうものですか。」
「子供できてからは、子供の世話も必要だし、家のほうが気楽。」
「なるほど。」
話していると、三つのお盆が運ばれてきた。
喬木と木村は、鉄火丼セットだ。切り身と中落ちのダブル鉄火に、下手をすればそれだけでミニ丼ができるかもしれない量のいくらが目に眩しい。胡麻醤油ベースのたれは別添えだ。
遥は本日の魚定食。からっと揚げられた白身魚に、丁寧に仕事をされた甘酢あんがかかってつやつやしている。ご飯は白く輝く、粒のたったもの。小鉢は共通で、くこの実が飾られたごま豆腐、それに香の物と味噌汁がつく。
「うわぁー!」
同時に丼や鉢の蓋をあけた3人は感嘆の声をあげ、そのまま箸を取って中身を口に運ぶ。ひとしきり食べることに集中する3人。
「…話すの、忘れてたぁ。」
半分ほど食べ進めたところで木村がふぅ、と息をついてそう呟き、喬木と遥も頷いた。
「こりゃ美味いな。お前らだけでこれまで独占してたなんて、早く教えて欲しかったぞ。」
「喬木さん、前々からお誘いしてたじゃないですか。…定食もすごく美味しいですよ。」
「うん、あんかけ美味しそうー。できればどっちも食べたいくらい。」
「珍しいですね。海鮮丼派の木村さんが。」
「あんが美味しそうだもん…」
むー、と頬を膨らませる木村。何度か食べてみます?と聞いたことはあるが、遠慮することが多いので遥も最近は聞かなくなった。
「今度は、そっちにしてみるー。」
「なかなか、これからの季節はな。暑い中ここまで歩くのは辛そうだな。」
「そうなんですよね、汗だくになります。」
そんなことを話しながらも食べる手は止まらない。喬木がまず食べ終え、遥が続き、最後に木村が惜しむように最後の一口を口に運ぶ。
「はぁ~、美味しかった!」
「これは満足度高いな!」
ごちそうさまでした、と手を合わせる木村。
「あとミニデザートになります。」
「まだ出るのか。すっかり忘れてた。」
様子を見て器を下げにきていた仲居さんに声をかけられ、すっかり終わったモードだった喬木が座り直す。
しばらくして運ばれてきたデザートはミニサイズのわらび餅だった。
「すごい、香りが違う。」
「きな粉もしっかり味が。」
ほんの少しのわらび餅は、味わう間もなく喉の奥に落ちていく。口の中に残る風味と後味が、100%デンプンで作られたそんじょそこらの物とは違うことを明確に主張する。
「あの安っぽい味も好きだけどね。」
いたずらっぽい顔で、こっそり囁く木村。地下のコンビニでもよく見かけるが、黒蜜はともかく、きな粉は飛び散って仕事になるまい。
「「「はぁ~、食べた…」」」
3人で再度ため息とも感想ともつかない声を出し、満足して席をたつ。そんなに量がないように見えて、けっこうおなか一杯だ。
「さぁ、帰ったら仕事かー!」
「うー、この幸せな気持ちのままおうちに帰りたい…」
「木村さん、『仕事ですから』ですよ。」
「鳥越さんの生き霊がー」
腹ごなしを兼ねて、雑談しながら来た道を戻る三人。庁舎に戻った木村は余韻を味わう間もなく午後イチで局長に呼び出され、昼寝を優先してお留守番していた鳥越に慰められるのだった。




