第一話 顔合わせ
「あっつ…」
梅雨の晴れ間のカンカン照り。
遥は汗をぬぐいながら地下鉄霞が関駅を出て歩いていた。
今日から勤める某省の入っている、中央合同庁舎F号館にむかうためである。
遥を採用した某省某局総務課政策推進室は、組織上は総務課の一部ではあるが、事実上は局長直属で、局長のオーダーによる調べものや、他の課では受けきれないポテンヒット的な仕事に加え、一定の範囲での局内のとりまとめを行っているそうだ。しかし、前任の非常勤からの引継ぎによると、主な仕事はコピー等の事務補助業務に加え、局長秘書がいないときの代理や、各種手当てや出退勤の計算や記録であり、政策的な意味での専門性や業務の中身への精通は問われない。直属の上司である係長は男性で無愛想だが不親切ではないらしい。
その上の課長補佐は遥と同じ7月1日で異動してくるアラサーのワーキングマザー。室長は40代後半男性で、ここまでが日常的に付き合いのある上司とのことだ。
非常勤の始業時間は職員より30分早い。ごみ捨て、コピー用紙の補充、トナーの交換、ポットとコーヒーメーカーのお湯の交換など、就業前に済ませておいた方がいい仕事があるからだ。
その代わり、職員より30分早く終わるから、合理的なものである。
その始業前の仕事を、他の課の非常勤に確認しながら終わらせる頃、職員が三々五々出勤してくる。
その中には係長の鳥越もいた。
「おはようございます。」
「ああ、柳澤さんおはようございます。…そういえば、今日お弁当など持ってきてますか?」
「いえ、特に…」
「木村補佐と柳澤さんの歓迎会をしたいのですが、補佐は今日から育休復帰とのことで、しばらく夜は時間が確保できないんだそうです。お昼に省内の食堂で、と思ってるんですが…」
「ありがとうございます。大丈夫です。」
「わかりました。ではそれで。」
そう言ったきり、パソコンに向かって黙る鳥越。その横顔は取りつく島もない。
(…何したらいいの?)
途方にくれつつ、とりあえずパソコンに向かって仕事をしているふりをする。
しばらくそうしていると、扉のところでキョロキョロしている30歳くらいの女性と目があった。普通体型だがなんとなく威圧感を感じる彼女は、この暑いのにパンツスーツを着て大荷物を持っている。
バリバリキャリアウーマンです、という外見と服に似合わず、にこっ、というよりニカッ、というような擬音が合う雰囲気で破顔した彼女は、ツカツカと、というよりとことこと寄ってきて、
「すいませーん、ここ政策推進室で合ってますー?迷子になっちゃってー」
と気の抜ける口調で聞いた。
(なんだろうこのちぐはぐな人…てか大人が迷子って何…)
あとから彼女が有名大学の大学院卒、正真正銘のキャリア組で、昨日まで育休を取っていた、自分の上司の一人であることを知り、半分安心、半分はこの国の将来が不安になる遥であった。