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第13話 遥、国会のお仕事デビュー

今回、結構難産です。

 

 4月1日は、7月ほどではないが、人事異動のシーズンである。


 政策推進室では配属がなかったが、総務課本課と企画室にはそれぞれ1名の新人が配属され、彼らや、その他の関係の深い部署の新人が、当日にはリクルートっぽいスーツを来て緊張した顔で挨拶して回っていた。


 一緒について道案内と解説を兼ねているのは、昨日まで1年生として皆に可愛がられていた職員が多い。彼らもまた初めての先輩風をぶんぶんと吹かして誇らしげにしているのが、遥には微笑ましく感じられる。


「木村さん、うちの一年生です。バシバシしごいてください!」

「挨拶おつかれさまー。そういうキャラじゃないかなー、みんなのおねーさんだからねー。まぁ、よろしくねー」

「はいはい。この人こう見えてけっこう怖いからね。」

「ね?この扱いのひどさ。」

「ははは…」


 彼らは、数日間勤務した後、少しのインターバルを挟みながら比較的長期の研修に入り、生活が落ち着くのは6月か7月になる。木村曰く、


「まだ研修中は学生みたいな気分だし、泊まり込みの研修だから、みんなはっちゃけて毎年すごいことに…」


 ということで、なんとなくどうなるか想像がついてしまった遥は、武士の情けでそれ以上聞かないことにした。木村が匂わせた感じだと、少なくとも男性職員の一部は、終業後に関しては服が不要になる模様である。


 新人以外にも、育休から復帰する職員や、出向の任期がここで来る職員、それから彼らに影響されて異動がある職員など、けっこうたくさんの人数が異動となる。


 政策推進室では、こちらの関係で一人、異動があった。先輩職員の任期切れに伴い、大山が他省に出向となって、大山の同期の早瀬が同月半ばに着任することになったのだ。


 早瀬は関東某所にこれまた出向で出ており、割に遠いところに住んでいたことから、引っ越しを伴う転勤となった。そうなると、総務の仕事も兼ねている木村以下のラインは仕事が増える。


「早瀬さん、官舎希望だそうです」

「はーい。じゃ、本課に相談だねー」

「えーっと。平成以降築で、役所まで40分以内、新宿までも40分以内、1階か、譲っても2階、駐車場つき、」


 だんだん木村の顔が険しくなる。


「…何ですと?何様じゃそいつは。」

「あと、駅まで10分以内希望だそうです。」

「そんないい立地にいい建物あったら、民間に売っとるわ。役所はカネないのにー」

「ですよねー」


 遥もそう思う。公僕たるもの、このご時世で福利厚生に多くを期待してはいけない。たぶん。

 というか、一部の職員の私生活のためにお金を使うなら、業務でほしいものがたくさんある。例えば、もうちょっとサクサク動くPCとか。遥にはあまり関係ないが、貯まっている残業代をフルで払うとか。


「てーか我々、不動産屋さんじゃないしー。」

「まぁまぁ、補佐。これも仕事ですよ。」

「いいよ鳥越さん、適当にやろーよ。全部応えるの、無理だもん。」


 適当に、と言っても、希望を全部無視するわけにもいかないだろうが、割り当てがあるものを配分するしかない。


「はい、とりあえず早瀬さんには、全部は無理と言って優先順位を聞きます。メールは柳澤さんからお願いしていいですか?」

「わかりました。あとは、扶養手当とか通勤手当とか、その辺りですか?」

「そんなものだと思います。手続きはマニュアルに載ってるので、必要な書類を提出してもらってください。」


(それにしても、もう4月か…)


 去年の4月は、東京に出てきて、右も左も分からず不安でいっぱいだった。それが、あれよあれよと職場が見つかり、友人ができ、もう一年である。


(こんな場所で仕事するなんて、思ってもなかったなぁ。)


 ちょっと感慨に浸ってしまう遥なのだった。


 ***

 霞が関にとっての春は、法案審議シーズンでもある。


 提出は年度末までに終えてしまうが、国会は、3月までは予算と税法の審議が中心である。提出されていた法案は、4月以降に順次審議されることが多い。


 政策推進室の属する某局が担当部署である法律案も4月~5月に審議が予定されており、木村はそちらの手伝いに駆り出されることとなった。


 と言っても、今から内容に精通するなどは無理な話で、基本的にロジ面での応援だ。


「国会連絡室が手が回らないから、問取(もんと)りの手伝いだってさー」


 相変わらずの呪文のような台詞であるが、要するに、法案審議のときは一局に質問が集中するため、問取りレクを仕切ったり、議員事務所と連絡したりするのも、本来のロジ担当部署ではなく法案の担当局でやれ、ということらしい。


「ていうか、ロジの担当部署なんてあるんですね。」

「うん、普通はそっちが『問はこれで全部ですね』とか『その質問なら担当部署が違うので、担当者をこれから呼びます』とか、議員さんとのやり取りをやってくれるから、質問だけに集中できるんだけど、今回はそっちをやれって。」

「…慣れないと大変そうですね。」

「よくこういうので事故は起きてるー」

「でしょうね。」


 マニュアルと説明会があるとはいえ、普段とは違う人の組み合わせで、慣れない仕事をやると、やはり定期的にやらかす人間が出るらしい。


 更には、遥にも仕事が回ってきた。


「はるちゃん、これ議員事務所のリスト。」

「はあ。」

「ジャケット持ってる?」

「一応、最初に言われたので…」


 就職してすぐ、鳥越に「何があるか分かりませんので、ジャケットは一枚ロッカーにいれておいてください」と言われている。梅園のときもそれで対応したのだ。


「じゃ、議員会館に行って、リストの丸ついてる事務所にお届けをよろしく。これ資料ね。」

「へ?」


 国会議員と会うことのある仕事だとは聞いてない。


「大丈夫、よほどのことがないと本人は出てこないから。」

「…出てくることはあるんですね。」

「ごく稀にね。秘書さん出払ってたりすると。」


 内心びくびくしながら、遥は官用車で初めての議員会館に向かうのだった。


 ***

(うわあ…)


 近代的なビルが、国会の背中のほうに三つ子のように並んでいるのはなかなかの壮観だ。


 陳情と思われる、たすきや旗をもった集団や、修学旅行らしい制服の集団。それに観光に来たと見られる外国人などもちらほらいて、国会の裏側はにぎやかだった。


(まずは参議院議員会館…)


 遥の仕事は当然ながら複雑なものではなく、法案の関係資料のお届けのみである。先に説明されたところによると、法案そのものをはじめとした規定の資料に加え、配布で失礼します、というお手紙や、法律案を図解等で趣旨や新しくなる部分を解説した、いわゆるポンチ絵なども入っているそうだ。


 リストで指定された事務所にたどり着いてしまい、若干腰が引けつつチャイムを押した。


「はーい。」


 若い女性の声がし、扉が開かれる。意外と、と言っては何だが、普通の物腰の穏やかな人で、高圧的な対応を覚悟していた遥は拍子抜けした。


「○○省の者です。資料のお届けに参りました。」

「はーい、ありがとうございました。」


(1件おしまい、と。これなら行けるかな。)


 回ってみると、だいたいのところではにこやかに受け取ってもらえるが、ドアが開けっぱなしだったり、不在だったり、稀に不審そうに「…うちにですか?」と聞かれたり、割にバラエティに富んでいる。中も大抵は選挙用のポスターが貼ってあるだけだが、地元のゆるキャラのぬいぐるみが鎮座していたりする部屋もある。


 不在だったところを最後にもう一度回ってから、遥は歩いて省に戻った。


 ***

 法案審議は、その事前のお祭り騒ぎとは裏腹に、衆参それぞれ五時間程度、期間にして約2週間ほどであっさりと終わった。


 局長は今日はほとんど終日、法案成立のお礼に、議員会館を回っている。直接会う人、名刺だけおいてくる人など、役職やタイミングで対応は様々なようだ。


(でもこれ、世の中そんなに変わるのかなぁ。)


 見せてもらったポンチ絵には、法改正でこんな素敵な世の中が作れます、というようなことも書いてあるが、どうも遥にはピンと来ない。そんなにうまくいけばもっと生きやすい世の中になっていそうだ。


「まぁ、いくつも要因は重なってるからねぇ。一個法律できて万事解決なんてことはないし、私はあっちゃいけないと思うんだよねー。」


 木村は法律関係の仕事がそこそこ多い割に、そんなドライなことをいう。


「だって、そういう法律って、基本的に強権発動するやつだもん。世の中への説明としたら、こんな素敵な世の中になりますと言わないと『じゃー変えるな』って言われちゃうから盛るんだろうけど。」

「そうなのかもしれませんけど、それを中の人に言われちゃうと。」

「事実上は地味に最適化してる、ってことでどう?まぁ、最適だと思ってたら違った、みたいのも多々ありそうだけどねー。」


 そういうもんなのかなぁ、と思いつつも、木村に聞いた準備の大変さや、実際に少し巻き込まれた国会審議でのお祭り騒ぎと比べて、効果がなんとも見合わない気がして釈然としない。


「まぁ、だからってラフにやっちゃうとそれこそとんでもない条文できちゃうから、大変なのは仕方ないよねー。なんせ法治国家だし?」

「はぁ…」


 やっぱりなんか微妙だよなぁ、と思うが、とりあえず、きっと仕方ないことなのだろう、と無理矢理納得することにする。そろそろ早瀬から連絡がある頃だ。


「…早瀬さん、条件全部譲れないそうです。」

「…不動産屋に行かせた方が。」

「補佐、自分で言ってくださいねそれ。」


 政策推進室には、またいつもの日々が流れ始めた。


お仕事回はどうしても固くなるなぁ…(´д`|||)

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新連載はじめました。更新は不定期になりますが、よろしければこちらもどうぞ。
「Miou~時を越えて、あなたにまた恋をする~」

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