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第12話 向井さんの秘密

やっと木村さんの下の名前が出せました…

 企画室と政策推進室は、総務課(本課)を挟んで両翼に配置されている。


 本課との間はそれぞれパーテーションで仕切られており、直接顔が見えることはない。最近企画室長が替わり、この世代ではまだ珍しい女性総合職の前嶋となった。最近までほとんど何の関わりもなかった企画室だが、室長交代後、そこそこ頻繁に交流が起きている理由は。



「あーずー。いるー?」

「はーい、いきまーす。」

「そこでいーよー、今日お昼空いてるならごはんいこー」

「はーい、大丈夫でーす。いきましょー」


 前嶋が、政策推進室の課長補佐、木村梓を「あず」と呼び、昔の銭湯よろしくパーテーション越しに声をかけてくる仲(?)だったからである。


 ***

 本人曰く、「ぺーぺーというよりぴよぴよ」していた2年生のヒラ職員だった木村は、若手の女性課長補佐だった前嶋リーダーの下で法改正に携わった。調べものからコピーから、やることは山のようにあり、大変ではあったものの、法改正チームのメンバー5名、それはそれは仲良くなったそうだ。


「すんごい忙しくて、特に前嶋さんは役所に住んでるようなもんだったけど。なんかみんな馬が合って、わいわい言いながら仕事しててね。前嶋さんとは地元が近いってのもあって待機時間とかずーっと話してて。 」


 と、前嶋が来た当初、木村は大事なものを愛おしむように語っていた。メンバーは地方に転勤したりしてなかなか揃わないらしいが、今でもたまに同窓会をやっているらしい。


「内輪ウケということになるのかもしれないけど、条文ひとつ変えるのに、どこかでひっかかるとこんなに苦労するんかー、とかね。就職1年目はお作法とかを習ってそれはそれで勉強になったけど、役人として基本的なことは、前嶋さんのチームで働いてたときに身に付いた気がするなぁ。」

「それにしても、よく交流続きますね。」

「あのチームは特別かな?さすがに、あんなに気の合うことはめったにないよ。それに、なんか部活みたいな一体感というかね。寝食も忘れて打ち込む、みたいなさ。もうお互い子供もいるし、そういうのはこの先もきっとないんだろうなー。」

「なんか、わかったような分からないような。」

「あまりにわいわいやりすぎて、すごい軽やかにやってるように見えたらしくてさー。当時の局長に最後に改めて資料持ち込んだら、『え?こんなに量あったの?人数足りた?よくできたねぇ』って。ひどいよね?」

「え、それは…」

「人数足りないって前嶋さん、ずーっと局長に訴えてたんだよねー。なかなか唖然としたわ、アレ。」


 そういう関係だったことで、前嶋を筆頭とし、非常勤まで含めた総務課女子会をやったり、前嶋のところに木村がふらっと立ち寄っては何か案件を拾ってきたり、逆に押し付けてきたり、そういった交流が生まれるようになったのである。


 ***

 木村は割と人脈が広いというか、誰とでもそれなりに仲良くなるタイプで、彼女の席には先輩やら後輩をはじめ、人事の枠を越えた知り合いまでが来て駄弁っていくことも少なくない。そんな雑談から得られるものも多く、事態がよほど切迫しているときでもなければ、木村は来るもの拒まずで対応している。


 木村の同期の山田裕明は、けっこう常連さんの一人だった。なかなかに恰幅のいい彼は、木村を「(ねえ)さん」と呼び、「姐さんのとこには情報が集まるから」とにこにこしながら近くにくる用事がある度に木村のところに立ち寄る。木村がいなければ、机の上にある資料をぱらぱらめくって帰り、あとから「○○は姐さんがやってるの?」等、情報収集に余念がないらしい。


 プライベートは木村に言わせると「アイツもいい奴なんだけど、重さ0.1トンだからなー。」とのことで、三十路をいくつか越えても彼女はいないらしい。そろそろ既製品ではスーツがなくなってくると聞いては、確かに恋愛対象にはなりにくいかもしれない。


 その日の午前中も、山田はふらりと木村の席を訪ねてきていた。木村はあいにく不在で、顔見知りになっていた遥は山田に声をかけた。


「山田さん、いま木村さんは外の会議に出てます。午前中は戻られません。」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」

「会議の場所が六本木だからと、『会議終わったらー、ギロッポンでシーメー♪』とか歌いながらさっき出ていきました。」

「…アイツは。」

「ご伝言あれば伺いますよ?」

「いや、大丈夫です。また明日辺り来ますね。」


 そういうと山田は顔を扉の方に向けた。一瞬はっとしたような顔をし、すぐに顔色を改め、挨拶をして出ていく。


 入れ替わるように、向井が部屋に入ってきた。仕事のことを聞こうとした彼女を制し、遥は確認する。


「あれ?いま山田さんとすれ違った?」

「山田さん?」

「知らないひと?」

「うん。さっき出ていったぽっちゃりしたひと?」

「そうそう。木村さんの同期なんだって。」


 山田は向井のことを知っているように思えたのだが、どうも知り合いではないらしい。なんだろう、と遥は少し気になった。


 ***

 六本木の高層ビルでの会議を終え、ひとりでついでにランチをしてきた木村は、遥にお土産を買ってきてくれていた。


「うわー、美味しそうなシュークリーム!」

「こっちはプリンー。好きな方取ってね。ランチのお店の横がお菓子屋さんでさー、誘惑に勝てなくて。」

「うーん、悩むー。」

「…どっちも食べる?」

「いえ!それは。主に体重的な意味で!」

「わかったわかった。」


(そもそも、しっかりお昼食べてるのに、どっちも食べるとかいう選択肢は普通浮かばないと思う…)


 やはり胃袋の構造について木村を今度問い詰めよう、と思った矢先、遥の選択がしばしかかりそうだと踏んで午前中のメールのチェックに戻っていた木村が不審そうに声をあげた。


「あれ、はるちゃん。午前中、向井さんと山田、ここに来た?」


 向井と木村は、前嶋が主催した女子会で同席している。その後、遥が間に入って前嶋も含めて何度かランチに行ったりもしたため、実は四人はかなり親密な方である。


「はい、ほぼ入れ違いで。どうしました?」

「山田、私と向井さんと3人でお昼ご飯いきたいって。」

「…はい?」

「正確には、企画室の若い女性、って。一人しかいないよね?さすがに前嶋さんは若いにカテゴライズされないだろうし、そもそも有名人だから知ってるだろうし。」

「確かに、他にはいませんね。」

「…惚れたか?」

「…マジですか。」


 恋愛は確かに自由だが、山田と向井ではちょっと見た目に釣り合いがとれない。山田は悪い人ではないと思うが、体重の問題に加え、テンションが空回りしているというか、なんとなく売れない芸人を彷彿とさせる、少し残念な雰囲気を纏っている。


「キャリアさんだからっていう自信…」

「うーん、それを売りにできる奴は、もう歳的に売り切れてるなー。しかも、それで釣れる嫁は大したことない。とっかかりならありだと思うけどー。」


 ばっさり切る木村。あまり頭が良さそうに聞こえないしゃべり方と裏腹のこの切れ味に、一部オジサマ(えらいひと)にファンがいるとかいないとか。少なくとも彼女の夫はこの割り切りの良さに惚れたに違いない、と遥は踏んでいる。


「向井さんのキャラじゃありませんね。」

「だねー。しかも、そのなんか変に仲人ちっくな立ち位置でさー、私は何を話せばいいのよ。」

「…確かに。」

「まぁ、彼女に聞いてみて、OKというなら…さすがに前嶋さんを誘うのは公開処刑っぽいから、はるちゃん付き合って。」

「了解です。」


 そんな会話を経て木村から向井に意向を確認したところ、返答は意外にもYesだった。


(どうなってるの?)


 遥は悶々と悩むことになってしまったのだった。


 ***

 翌週の水曜日、木村と遥に向井と山田を加えた四人は、老舗の大衆割烹にランチに来ていた。


 ここは、気取らないが落ち着ける雰囲気と新鮮な魚がサラリーマンに人気の、銀座のかくし玉というべき店で、遥たちも魚の気分になるとよく訪れる。特に焼き魚と刺身が美味しく、刺身派の木村は大盛り海鮮丼を、焼き魚派の遥は季節の焼き魚定食か、西京焼き定食を頼むのが常だ。今日ここになったのは、お世辞にもしゅっとしていない山田を女子力高めのレストランに連れていくのもかわいそうだ、という理由での木村セレクトである。


「えー、じゃ山田はその件に関しては何も動かないのー?」

「俺がどうこうする話じゃないしね。姐さんはほっとくの?」

「うーん、ちょっとがっつり絡むのは守備範囲から外れるかなー。ふらっと課長の顔見に行ってみるくらい?」

「なんか出てきたら教えてよ。」

「はいはい、情報ソース様には還元しますよー」


 山田と木村はさっきから仕事の話をしており、向井とは、最初からずっと遥が話をしている。木村はときどきこっちを気にしている素振りがあるのだが、山田はかたくなにこちらを見ようとしない。


(…なんのために昼ごはん一緒になんて言ったんだろ?)


 だんだんイライラしはじめた頃、とうとう木村が匙を投げたように言った。


「てーかさ、山田、私と話すんじゃなくて向井さんと話したいんじゃなかったの?」


 その言葉に、向井と遥も山田に注目する。


「いや、お願いしたのは俺なんだけど…」


 急にキレが悪くなる山田。


「なんか、いざとなると話しにくくて。」

「いや、いい天気ですねーとか、ご出身はどちらなんですかーとか、無難な話はいっぱいあるでしょ。」

「…お前は初対面の異性と話すときに固まるようなことがないんだろうな。」

「うーん、まぁ、基本的に友達とか同僚から始まるからねー。」

「…そんな奴に俺は。」

「言い出したのは君だ。」

「すみません仰る通りです。」

「どうするの?」

「…向井さん、すみません。もし良かったら、木村抜きでもう一度チャンスを貰えませんか?」

「…えっ、そんな…」


(向井ちゃん、断っていいんだよ?)


 そんな気持ちをできるだけ目線に込めてみたが、向井はこちらを見ることなく。


「えーっと、…はい、こんどまた二人でごはんでも…」


(えっ、えー、えーー?!)


 なんとなく初々しく俯く向井と山田。呆然とする遥と、呆れたような顔の木村。昼休みはカオスのまま終わるのだった。


 ***

 翌朝、遥は給湯室で遭遇した向井を問い詰めた。木村には、「お昼に付き合ってくれてありがとう、って伝えてねー」と暗に大人の対応を推奨されたのだが、我慢できなかったのだ。


「昨日のアレは何?次、本当に行く気なの?」

「う、うん…」

「…どういうことか、説明してくれるよね?」

「なんか、マスコットみたいで可愛いし…それに、あんな恥ずかしがる人、新鮮で…」


 要約すると、向井の美人度故、これまで告白された相手は芸能人もびっくりするほどのイケメンか、または自信過剰の勘違い男。しかし、重度のブラコンの彼女は、


「弟が、100kg超えてるんだけど、ぽちゃぽちゃってお肉のさわり心地もいいし、安心感があって…」


 と、普通~痩せ型の体型は対象外。


 需要と供給の一致がなされなかった結果、これまでまともにお付き合いした男性がいなかったそうな。


「山田さんは、なんかお仕事もできるし、勘違い男とも違う感じで、すごく新鮮で。それに、一生懸命なのがすごく可愛く思えちゃって。」


(くっ…どこに何が転がってるかわかったもんじゃないな、霞が関…)



 そこはかとない敗北感を感じながら、二人の幸せを祈るしかない遥なのであった。


 ***

 一月後。


 前嶋、木村、向井、それに遥は、銀座の某所で女子会をしていた。


 夜景が綺麗に見えるそこは、暗めの照明に蝋燭の光が映える、素敵女子ご用達な創作イタリアンレストランである。週末になると結婚式や二次会の予約で埋まるというのも納得だ。


「…ってことで、今日は向井さんにその後のことを是非伺おうと。」


 木村がニヤニヤと話を振る。


「えー、でも、進展ってほどはないですよ?今度の連休に鎌倉に行こう、みたいな話はしてますけど…」

「「進展してるよ!!」」


 思わずユニゾンする木村と遥。前嶋はにこにこと3人を見守る。


「でも、あのあと2、3回ご飯に行ったくらいで、特に遠出とか、告白とかは…」

「…十分だし。しかも来週遠出するんでしょ?」

「まぁ、そうですけど…。進展なんですか?」

「進展なんですよ。」


 酔いも手伝い、わいわいと盛り上がる四人。恋する向井はいつも以上にキラキラして見え、


(ま、本人が幸せならいっか。)


 遥は幸せを分けてもらったような気持ちで、グラスを空にするのだった。

まさかの向井さんD専。残念美人の名を欲しいままにしそうです。


木村さんが後輩や部下をあだ名で呼ぶのは、前嶋さんの影響が拭えないような気がします。

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