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第11話 オフィスプラムと政策推進室

 

 その日、政策推進室の面々は困惑していた。


「・・・このFAX、本物なのか怪文書なのか。」

「柳澤、電話では確かに「オフィスプラム」って言ったんだろ?」

「はい、確かに。でも、それがほんとにオフィスプラムなのかは・・・」

「だよねー、名乗るだけなら誰でもできるよねー」


 面々が囲んでいる、先ほどピー音と一緒に吐き出されたFAX用紙には、


『大臣との面談の申し入れ』という題と、「オフィスプラム代表 梅園万由里」という署名が燦然と記されていた。


 ***

 梅園万由里といえば、押しも押されもせぬ日本の大キャスターの一人である。


 学生時代からその美貌と知性で男子学生に大人気。海外留学を経て、テレビのキー局の名物アナウンサー、そして独立して十数年。木曜夜の冠番組「プラム・タイムズ」は、深夜帯にも関わらず驚異の視聴率を誇る。


 そんな梅園の個人オフィス「オフィスプラム」から、所詮役所の一部署にすぎない政策推進室にFAXが送られて来、そして「今送ったので見てください」という内容のそっけない電話が来たのだ。

 電話を受けた遥も、まさか梅園の事務所からの電話とは思わず、機械的に対応しており、FAXの内容を見て呆気に取られ、そして室内に大急ぎで知らせたのだ。


「…いや、仮にさ。」

「はい。」

「ホンモノだったとしてさ。これ、どうする?」

「…大臣に会いたいって言ってるんで、とりあえず大臣室には話を入れなきゃでしょうかねぇ。」

「まぁ、そうだよな。」

「てーか。梅園万由里って大物なんだし、大物らしくちゃんと大臣に直電とかしてほしいと思うんですけどー」


 木村がそう言ったところで、木村の席の電話が鳴る。遥は電話を取り、木村に繋いだ。


 ***

 結論から言うと、オフィスプラムは大臣にも直接アクセスしていた。


 議員としての個人サイトに公開している地元の事務所宛に手紙を投函するという方法で。


「くっ…どこまでもアナログな。んで、ゆっきーさん、私らどうしたらいいの?」

「とりあえず、大臣これ見ちゃったんで、早いうちに対処方針決めて説明しに来てください。」


 大臣室のゆっきー君によれば、件のお手紙は事務所で大臣の目に触れ、そもそも彼女が問題にしている件自体がどうなっているか気にしているとのこと。


「まぁ、こっちから事情を説明に行ったり、『本物か?』とかいろんな偉い人に聞かれる手間が省けて良かったですがー。」

「大臣が気にしてるってことは、時間がタイトだな。今日来いってことはないだろうが。」

「明日の午後が割と空いてるので、そこでお願いしたいそうですー」

「おう。じゃ、サクサク資料作って局長上げるか。前に似たようなので作ったのあったろ。」

「はーい。えーん、結構事態が動いてるんでリバイスがめんどいー…」

「僕やりましょうか?」

「やーん鳥越さん優しい!素敵!イケメン!ありがとう!」

「…褒めてもなにも出ませんよ。」

「資料が出てくる!」

「あ、そっか。」


 ***

 どやどやとスーツを着た喬木以下の面々が戻ってきた。ホッとした顔をみるところ、大臣への説明(役所用語でいう「大臣レク」)はつつがなく終わったらしい。


 曰く、「方針は了解しました。局長のほうで対応よろしくお願いします。」とのことで、梅園対応は結局政策推進室で引き受けることになったそうだ。


 しかし、その後追加で送られたファックスに書かれていた梅園万由里の問題意識を見て、喬木以下は再度頭を抱えることになった。


「てーかこれ、そもそも本質的にウチの省の話じゃないってことじゃーん。」

「説明したんだろ?それ。」

「オフィスプラムの担当者ですって言った人に言いましたよー、でも梅園の指示で御省に、としか言わないんですもん」

「権限与えられてないパターンだな。それでどうしろって?」

「大臣に会えないなら、オフィスプラムの主催する勉強会で説明してほしいそうです。」

「なんだそれ?」

「流行りの朝活の一環みたいですよー。クラブプラムのプレミアム会員が参加できるやつで、週に1回先着50名。駅直結の豪華コワーキングスペースの会議室を使い、コーヒーにサンドイッチがつく素敵仕様。」

「あー、、あるな…なんにせよ、一般の人が来るやつか。なんかなー、最近『プラム』がアレなんだが。なんだっけ。」

「ゲシュタルト崩壊。文字に関してですけどね。」

「それそれ。…うーん、そんだけ梅園シンパの一般の人が集まるなかで『ウチじゃありません』って説明してくるのも何だかなぁ…」

「ですよねぇ…」

「…とにかく、一回梅園氏に説明しに行くか?」

「お願いしてみますか!」


 木村は方針を局長に確認後、さっそくオフィスプラムに電話をし、アポを取った。


 ***

「梅園万由里でございます。この度はわざわざご足労いただきまして。」

「局長の羽野です。先生にはお時間をいただきまして恐縮です。」

「あら、あなたが局長さん?とてもイケメンでらっしゃるのね、お仕事もお出来になるんでしょ?素敵だわ。」

「いえいえ、先生にお褒めいただくほどでは…ほら、汗をかいてしまいますな。」


 梅園と局長の内々の対面は、そんな社交辞令の応酬から始まった。

 間近でみる梅園万由里は、テレビでいつも見る通りの美貌ではあるが、少し疲れたように見えた。しかし、見るからに高級な、有名海外ブランドらしいスーツに身を包んだ彼女は、やはりオーラがある。


 遥はもともとお留守番の予定だったが、「いいなー、ナマ梅園」と呟いたのを木村に聞かれ、「普通にメモとるふりしてたら非常勤職員だなんてバレないから来てみる?」と言われたため、しれっとついていくことにした。このためにわざわざ肩書きのない名刺まで作っている。


「お若いのにバリバリお仕事してらっしゃるのね、すごいわね」

「あら珍しいお名前ね」


 梅園はメンバーそれぞれにコメントをつけながら名刺交換していく。きっと、こういう細やかさがテレビ局のスタッフなどにも大ウケにちがいない。たぶん。


 しかし、会談の結果はあまりパッとしなかった。弊省には関係ない話であり、もっと積極的に話を聞きに行くべき先は別にある、せめて彼らも同時に呼んでほしい、と15分ほどかけて話をしたのだが、結局、要約すれば「お話は承ったけれど、それでも私は勉強会の場であなた方からお話を伺いたいの」としか彼女は言わなかったのだ。


 ならば仕方ない。喬木以下のメンバーは、全力で「当省の言えることはここまでです」という趣旨の配布用説明資料と、「この件についてはこう聞いてますが、ウチではなく○省の担当です」というあんちょこ紙(計100ページ)の作成に邁進するのだった。


 ***

 勉強会は、開始後10分とたたずに紛糾した。


「あんたたちは、根本的に解決しようという気がないんじゃないのか?」

「的はずれな説明を延々しやがって、ふざけてんのか。」

「私たちはあなたがたに聞いてるのよ!ちゃんと答えなさいよ!」


 出席者から次々と叱責と言っていい発言が飛ぶ。喬木、木村、鳥越、そして遥は、見つからないようにこっそりと視線を交わし、


(…うん。こうなるよね、知ってた。)

(…奇遇だな。俺もそんな気がしてた。)


 そっとため息をついた。



 そんな中でも局長はめげずに、

「そちらに関してはこう聞いております」

「わたくしも組織の人間でございまして、これについてこれ以上申し上げますのは…他省の立場もございますし」

「わたくし個人としては、皆さまのおっしゃることもごもっともだと思います。是非それを○省に言っていただきたい。そのために担当を紹介するなど、できることは責任をもってやりましょう」

 などとギリギリの範囲で受け答えをしている。


 しばらくそんな混乱が続き、やおら、すっくと梅園が立ち上がった。パンパンと手を叩く。

  「皆さん、落ち着かれて?」


 あれほど騒がしかった会場は水を打ったように鎮まる。


「局長さん、お話ありがとうございました。わたくしたちの訴えを、きちんと受け止めて下さらなかったのはとても残念ですけれど。」

「梅園先生。先程来申し上げておりますとおり…」

「局長さん。わたくしたちは、政府の一員としてのあなたにお話しておりますのよ?自分の任にないとおっしゃるのは、あなたの逃げにすぎませんわ。」

「所掌というものがございます。自分の担当以外のことを無責任に語るわけにはいきません。担当外のことは担当へ繋ぐのが正しい責任のあり方かと。」

「見解の相違ですわね。私から言わせれば、典型的にタテ割り行政に毒された官僚答弁ですわ。」


 そういうと、梅園はこれで話は終わりだ、というようにうなずき、会場に眼を向けた。


「皆さん、お時間になりましたので今日はこれで。この問題について、たくさんのご担当がいらっしゃることがわかっただけでも今日は収穫でしたわね。この問題については、今後も掘り下げていきたいと思いますので、またのご参加をお待ちしております。本日はありがとうございました。」


 ***

「…結局何しに行ったんだ?」

「『うちじゃないでーす』って言いに?」

「…だよな。」

「まぁ、他省にも聞くって言ってたから、一応うちの目的は達したというか…」

「まぁな…」


 省に戻ってきてからもぐったりしながら、喬木と木村が話している。


「そもそも、なんでうちでお返事できないんですか?」

 遥は、ずっと気になっていた根本的な疑問を木村にぶつけてみた。

 どんぴしゃのことはやっていなくても、政策推進室でも結構似たようなことはやっているのだ。逆に言えば、だから「うちで言えるのはここまで」なんていう資料がつくれたのだが。


「うーん。なんて言うんだろ。たとえばさ。」

「はい。」

「政府が、アルコール、ノンアルコールどっちも扱ってる飲料会社だとするじゃない。そのとき、例えばワインの買い付けしてる部門の長に、『おたくのブドウジュースをどうこうしてほしい』と言ったとして、世間話的な返事か、『担当に伝えます』以外の回答できると思う?」

「たしかに、無理ですね。」

「モノが政策だからわかりづらいけど、今回の件はそんなかんじー。どうしたって一人で抱え込める量じゃないから、行政の仕事って。中で付き合いあることもあるから、紹介とか、できることはあるけどねー」

「誰か、政府内で統括したりとか…」

「…総理?」

「そっか。」

「あと官房長官とかもいるけど。結局、ナントカの件で、というとそこから担当に降りてくるだけだけどね。彼らは大きいことに対する判断はするけど、細かいことは知らないし。」

「まぁ、そうでしょうね。」

「今回の件は、とにかくウチが相手をしなかった、ちゃんと問い合わせたのに木で鼻をくくったような返事をしたという『事実』を作りたかっただけのような気はするけど。ただ、それをもって何を主張したいのかはわかんないなー。」


 木村が仕事に戻ってからも、遥はしばらく考え込んでいた。しかし、やはり関係する者を全員呼んでくるくらいしか思い付かず、頭を振って目の前の広報資料と格闘しはじめた。


クレームもそうですが、割と文筆とかマスコミさんとかでも「…いや、それをウチに言われても」系の話はよくあります。おっしゃることそのものはごもっともだったりすることも多々あるので、正しい部署に繋ごうとするのですが、かたくなに拒否されたりだとか、たらい回しだと言われたりだとか。でも、お互いに不幸じゃないかな、と思うんですがね。。

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