第七話 拳を合わせて
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「文化祭?」
小牧の発言に皆は首を傾げ、疑問を呈した。この非常時にそんなことをしている場合ではない、そもそも人員と規模の問題でしたくてもできないだろう、と。蓮も同意見で、いくら小牧の提案とは言えど無理があると主張した。
しかし当の提案者はというと聞く耳を持たない様子だった。
「いいや、皆が前を向くためにも、こんなときだからこそやるべきだぜ。インターネットで呼び掛ければきっと他の生存者たちも集まってくれるし、折角だから盛大に行おう」
そして小牧がそう言うだけならまだしも、
「いいね! やろう、文化祭!」
などと雪乃が便乗したものだから、小牧はますます勢いづいてしまい、半ば強引に文化祭の開催が決定されてしまった。そしてそれが、つい先程の話である。
「けどやっぱり、お前はすごいよな」
期待と羨望の入り交じった声でそう呟く蓮とそれを聞いて不思議そうな顔をする小牧の二人は、校舎の屋上に来ていた。
「そうか?」
「そうさ。だって──」
小牧は、クラスメイトたちに希望を持たせた。皆が現実を突きつけられたときもそうだったが、文化祭をしようという提案も、そうだったんだと蓮は思う。
たしかに現状、文化祭を開催するなどということは現実的ではない。しかし事実クラスメイトたちは、
「まじかよやるのかよ」
「そんなことしてる場合じゃないと思うんだけど」
などと口々に言いつつも、そう言う声はどこか上ずっていたのを蓮は記憶している。朝の惨事が嘘のように、いきいきと、だ。
前を向くために、こんなときだからこそ文化祭をやるべきだなんて、そんなものはただの理想だと、蓮は思っていた。それは今でも変わらない。
しかし人間とは絶望的な状況下にこそ、理想を語る者にすがるのかもしれない。そんな理想を恥ずかしげもなく語る小牧の姿がクラスメイトたちに希望を与えたのだと蓮は思う。それは何より、皆を明るくしたいという一点のみを考える雪乃とは違い、理想を本気で現実にしてしまおうと考えそれを可能だと感じさせてくれる小牧にだからこそ、できたことなのだ。
隣に立つ小牧を見て蓮がそう分析していたところ、小牧は大きく背筋を伸ばしながら空を眺め始めた。その視線の先にあるのは漂う雲か、あるいは飛んでいる鳥なのか。蓮にそれはわからなかったが、ただひとつ、彼は下だけは絶対に見なかった。
「俺が無茶を言ってるってことくらいわかってるんだぜ。正直言って、具体的なプランは何もない。でも……」
小牧は背筋を伸ばすために振り上げたその手をおろし、ため息まじりに言う。
「親や知ってる奴が死んでさあ、こうでもしなきゃこの先やってけないんだよ。俺も、皆も、世界も」
そう言う小牧の身体は、わずかに震えていた。こんな状況になってから初めて見た、弱音を吐く小牧の姿。その姿を見た蓮は、自分が小牧を聖人のようなものと思い込んでいたことに気づかされた。
たしかに、小牧は下を向かない。皆に希望を分けようとしている。そしてそれは、小牧が一切絶望していないからこそできることだと思っていた。
しかしそれは違う。小牧もまた皆と同じく、不安を感じていないはずなどなかった。何度も何度も絶望しかけたに違いない。そのうえで皆が絶望しないようにと心がけてきたのだろう。
──俺たちは小牧に頼ってばかりだった。でも、だから今度は……。
自分たちの番だ。今度は小牧が自分たちを頼りにしてくれるような、そんな人間であらなければならない。そう覚悟をもったうえで、蓮は口を開く。
「……たしかに状況はかなりひどいみたいだな。この学校には知ってるだけでどれくらいの生存者がいたっけか」
蓮の問いかけに、小牧は指を折りながらその数を数え始める。
「3-Aが俺ら含めて十二人、3-Bが八人、3-Eが五人、3-Hが一人、他のクラス、学年と先生らは全滅。合計……二十六人ってとこだ」
「そっか。まあ、先生もいない状況で文化祭なんてできるのかなんて正直わからないよな……。けどさ、それでもやるんだろ、文化祭。お前が決めたことだよ、小牧」
蓮は左の拳をつき出し、それを見た小牧も右の拳をつき出した。そして、
「ああ」
青空の下、二人は互いの拳を合わせた。固い、意志をもって。