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楽園戦争  作者: 如月十五
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第五話 教室での一幕①

 ◆

「もう、本当に心配したんだからね」


 ぐすりと鼻をすすり、目の縁の涙を拭いながら話すこの少女の名は、柊雪乃だ。

 彼女と小牧とは幼稚園のときからの付き合いで、幸せな記憶はいつもこの二人とともにあった。蓮にとって二人の存在は家族と同じくらいに大切で、だからこそ今彼らが生きていることが蓮の心の支えとなっているのは間違いない。


「心配しすぎだよ、雪乃は」


 そう笑う蓮に雪乃は少し不満な様子で口をとんがらせる。


「するに決まってるよ。蓮くんは私がいなきゃダメなんだから」

「そう……かな、それを言うなら小牧の方が……」

「ううん、こういうときは健くんの方がしっかりしてるよ。現にこうして皆と連絡とってくれてるのも健くんなんだから」


 雪乃にそう言われて、こんな状況であるにも関わらず小牧がずいぶんと頼もしいことに気がついた。

 小牧は今もなお、他のクラスメイトとの連絡を試みている。それどころか、恐怖に震えるクラスメイトを励ます役割も小牧が担っている。この絶望的な状況下でクラスを引っ張っているのは、間違いなく小牧だ。


 ──あいつ、すごいな。ふだんからは想像もできないや。


 小牧も、蓮や他の皆と同じようにあの絶望を経験したはずなのだ。だと言うのに、小牧は一切、希望を捨てていないようにさえ見える。一度は全てを投げ出そうとした蓮は自分の情けなさを実感し、生き抜く覚悟をより一層強めた。


「でさあ、結局何なんだよこのクソみたいな状況は」


 そんななか、本題を切り出したのはクラスメイトの一人、来栖銀次だった。

 銀次はその大きな身体で机の上に腰掛け、腕を組みながらわずかに苛立ちの様子を見せていた。せっかく皆で団結しようというところでその態度が浮いている感は否めなかったが、その苛立ちは当然のものであって、それを責める者は誰もいなかった。


 そして何よりも、銀次の呟いたその疑問は、生き残った者たちの誰もが知りたいことだった。無論、起こってしまった以上、それを知ったところでどうにかなる話でもないのだが……。


「それはわからないんだけどよ、これを見てくれ」


 銀次の疑問──皆が同じく抱いている疑問に対して答えを持つ者などいるはずもなく、皆が黙りこくるなか、口を開いたのはやはり小牧だった。

 小牧は制服の胸ポケットから携帯電話を取り出し、その画面を皆に見せた。


「これは?」

「インターネット」


 それが何だよ、と蓮が言いそうになったとき、小牧は画面の一部分を指差した。


「2024……件?」

「そう、そこ」


 状況がわからず「えっ、どういうこと?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべる雪乃に、小牧は説明を始める。


「今回のことについて何か情報はないかなーと思って」

「うんうん」

「それでためしにインターネットで検索かけてみたんだけどよ」

「うんうん」

「この2024ってのがそれに該当すると思われる書き込みの数ってわけ」

「うんうん……って、えっ!?」


 相槌をうちながら小牧の話を聞いていた雪乃も、ようやく2024という数字の意味するところを理解したらしい。そしてその数字に対して雪乃はというと、


「そ、それってつまり、まだこれだけの人が生きてるってことだよね!?」


 よかったとでも言わんばかりに、きらきらと目を輝かせていた。

 ただ、それは良く言えばポジティブで、悪く言えば楽観的な感想だった。もちろん、他にも生存者がいるというのは紛れもない事実だ。しかしその2024という数字に対して蓮や他の皆が抱いた感想は、雪乃の抱いたそれとは全く逆のものだった。


「たったそれだけ……?」

「そうだぜ、たったこんだけ」

「こんなことが起こったら、ふつうもっと……」

「やっぱそうだよな」


 皆、何も言わない。言えない、あるいは言いたくないのだろう。言わなくてもわかってしまう、察してしまう。人類に降り注いだ災厄の、悲惨さを。

 しかしながらこの教室という空間のなかには、空気を読むということを最も嫌う人間がいた。その人物は何も言おうとしないクラスメイトたちに憤りを感じていたに違いなかった。


「つまり、あれだな。九月九日十時現在、人類はもうほとんど死んじまってるってわけだな」


 皆が口にしようとしなかったその現実を、来栖銀次は淡々と口にした。そしてその言葉に教室の空気はやはり、凍りつく。

 小牧はそのあと何か話を続けようとしていたようで、おそらくそちらが本題だったようだ。しかしその小牧でさえも、銀次の作り出したこの沈黙に口をはさむことはためらってしまった様子だ。


「ああ、もうそんな時間だったのか……」


 蓮にはこの空気をどうすることもできなかった。唯一できたことと言えば、そんな今はどうでもいいことを呟くことくらいだった。

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