第四話 生き抜くという覚悟
『おい蓮、生きてるか!?生きてるなら返事をくれ!!』
そのメッセージは、絶望のどん底にいた蓮に大きな希望を持たせた。
メッセージは、小牧からのものだ。それを確認した蓮がすべきことは決まっている。蓮はすぐさま小牧に電話をかけた。
プルルルル……、
『蓮か!生きてるんだな!』
一度目の呼び出し音が鳴り終える間もなく、携帯電話の向こうからは小牧の声がきこえてきた。
その声はいつもの小牧からは想像もできないほどに焦りの色が感じられた。しかしその声をきいた蓮はというと、この世界に他にも生き残りがいたということに安堵し、胸を撫で下ろしていた。
『おい蓮、おい! 生きてるんだよな!? おい!!』
蓮がほっとするあまり返事を忘れていたため、電話の向こうの小牧の声はますます不安げだった。
「あ、ああ……! 生きてるぞ……!」
腹から声を絞り出し、蓮は自身の生存を伝えた。当然まだ恐怖を拭い去ることができたわけではない。
しかし先程までとは別の感情が、蓮の身体を震わせていた。それは、喜びだ。
『おい蓮生きてるって!!』
蓮が返事をするなり、小牧は電話の向こうにいると思われる別の誰かに向けてそう言った。そしてその直後、電話ごしに歓声のようなものがきこえてきた。
「他にも誰か、いるのか……?」
『ああいるぜ。俺だけじゃない、お前の大好きな雪乃ちゃんも、銀次も、皆瀬も!!』
自分と小牧だけではない。他の大切な友人たちも、まだ生きている。自分は世界でただ一人──孤独になったわけではない。その事実に、蓮の胸中ではますます希望が高まる。
「雪乃も!? 本当に、本当なんだな……! クラスの皆が、いるんだな……!?」
『ああ。全員ってわけにはいかなかったみたいだが、半分は集まってるぜ!』
「集まってる? どこに?」
『教室だよ、教室! いいからさっさと来い! 待ってるかんな!』
ツーツー、という通話終了音をよそに、蓮は走り出した。
蓮の通う学校、神根高校までは徒歩で三十分とそこそこの距離がある。さらに通り道には上り坂が多いこともあり、その距離を休むことなく走り続けようものなら、身体にはそれなりの疲労が来てもおかしくない。
しかしこのときばかりは、疲労など一切感じることなく、ひたすら走り続けた。蓮の頭の中にあるのは、早く友人たちと会いたい、生きている者たちに会いたい──そういう願望だけであって、それ以外のことを感じている余裕などなかった。
そして、目的地にはあっという間にたどり着いた。
しかしこのとき蓮は、高まる希望にまだ確信が持ちきれないでいた。それは、道中で誰も生きている者に会わなかったからだ。常に生存者がいないか確認しながら来たが、やはりどこを見ても死体ばかりの地獄絵図。学校まで来ても結局、その景色が変わることはなかった。
──本当に小牧たちも、生きてるんだよな……?
校門付近にも、玄関にも、廊下にも、蓮と同じ制服を来た者たちが血まみれで倒れていた。そんな光景が続くことに不安になりつつも、蓮は教室で待っているという小牧たちの言葉を信じるしかなく、教室を目指して全力で走る。そして、
──3-A……。このドアの先に、皆が……。
思いきって、蓮はドアを開けた。そしてその向こうには、
──ああ……。
小牧がいた。他のクラスメイトたちもいた。十数人くらいと数は多くなかったが、ちゃんと生きたままの姿で、そこにいてくれた。蓮はただ、そのことがありがたかった。そして、首の皮一枚で繋がったような希望を抱いていると、
「蓮ぐぅぅぅん、生きででよかったよぉぉぉ」
涙でいっぱいのしわくちゃになった顔をしながら、一人の少女が蓮の胸にとびこんできた。
「雪乃……」
「お父さんもお母さんも死んじゃって、蓮くんまで死んじゃってたらどうしようって、ずっと、ずっと……」
──そうか、俺はまだ……。
正直、小牧たちも死んでいるのではないかと、そういう考えが頭のどこかにあった。自分が大切に思った人たちは皆、去っていくのではないかと、思っていた。そしてもしそうなら、自分も後を追おうと、まだそんなことを考えていた。
しかしそれは愚かなことだ。クラスメイトたちの顔を見て、蓮ははっきりと気づかされた。そして同時に、
──生き抜いてやる……!
そう、覚悟を決めた。