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楽園戦争  作者: 如月十五
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第二十四話 彼らの今後

 ◆

 小牧が死んだ。その事実は、すぐに他の生徒たちにも知れ渡った。皆は仲間の死を深く悲しみ、同時に恐怖と絶望を味わった。


 この血の地獄はまだ終わってなどいない。そして次に死ぬのは自分かもしれない。一人の人物の死が意味したのはそんな残酷な現実であり、それを前にして為す術などなかったのだ。


 さらに言えば、死んだのが小牧だったということの影響はかなり大きかった。

 負の感情に苛まれる皆を励まし続けたのも、文化祭をしようと皆を導いたのも、全部小牧だったのだから当然のことだ。希望の象徴のような側面も持っていた小牧が死に、皆は死に屈した。そんな彼らに勇気をくれる存在は、もうどこにもいない。


 ──怖い……。


 そして小牧の死から三日経った今朝も、蓮は恐怖に怯え、震えていた。

 体育館の隅で膝をかかえ頭を押さえている蓮の様子は、ふつうだったら異常なものだったに違いない。しかし今この状況において言えばむしろその方が正常だった。


 恐怖から逃げるように体育館に集まっていた生徒たちは、蓮と同じく生気の欠片も感じられない様子だ。もはや怒りを顕にすることも、泣き叫ぶこともできない。それもそのはずで、あれからさらに二人の死者が出たのだ。つい先日は文化祭をしようと意気込んでいたにも関わらず、今や見る影もない。


 ──もう、嫌だ……。


 小牧が死んでからずっと、蓮の心は絶望に支配されたままである。


 全てが始まった九月九日。あの日両親が死に、人類が死に絶えていく光景を目にしたときは、最初こそ絶望したものの、生き残る仲間たちと励まし合いながら何とか持ちこたえてきた。そうしてどこか冷静でいられたのは、自分や仲間たちが生きていることを実感し、自分に死がやってくることはないと勝手に信じ込み安堵していたからだと思う。


 しかしそれは間違いだと、ただの願望だったと、知らしめられた。これから先も生きていられる保証などどこにもないのだ。


 ──死にたくない……。


 そう、蓮や他の皆の心を追い詰めているのは小牧の死そのものではなかった。もちろん、彼の死は皆の心に深い傷を負わせた。それは事実だ。しかし血の地獄がさらに三日間も続けば、摩耗しきった心からは人の死を悲しむ余裕すら失われていくのだ。


 自分だっていつ死ぬか分からない。それは明日かもしれないし、あるいは今日かもしれない。残っているのはそんな死に対する恐怖と絶望と、あとは生に対する執着だけだった。


「み、皆さん。一ついいでしょうか……」


 皆が同様の思いを抱き体育館中がどす黒く重苦しい空気に包まれるなか、口を開いたのは藤咲だった。その声に一同は虚ろな視線を発言主へと向けたが、誰も何も言わなかった。外はどしゃ降りの雨で、その音だけが館内に響く。


「その、文化祭について、です……」


 藤咲はこの空気のなかで話すことに気まずい素振りを見せながらも、皆の今後について考えようとしていたのだ。彼女もまた、抗いがたい恐怖と絶望に押しつぶされそうになっているにも関わらず、だ。


 そんな藤咲の姿を見て、素直にすごいと蓮は思った。しかし自分には彼女のような行動をとる気力などどこにもないし、今は何も考えたくはない。蓮は皆と同じように、ただ黙り続けた。


「単刀直入に言います……。私は今でも、文化祭をやるべきだと思っています。皆さんはどう思いますか?」


 しかし無反応の一同のことは意に介さず、藤咲は語り始める。


「そもそも私がこの文化祭に同意した理由は、生き残った人々が協力し合うことによって悪意に屈することがないと示すためであり、今でもその思いは変わりません。ですが状況が状況だけに、そんな場合ではないという意見もよく分かりますし、だからまずは皆さんの意見を──」

「会長はおかしいよ……」


 藤咲の話は雪乃の発した一言によって遮られた。見ると雪乃の目は涙のせいで充血しており、悲しみと苦しみに満ちたその瞳が藤咲の方を見ている。


 演技ではなく今度こそ雪乃にそんな顔をさせてしまったのだ。蓮はそのことに自責の念を抱きながらも、怯えたままで何もできない自分を実感した。


「もうできるわけないじゃん……。文化祭なんて」

「し、しかしですね……」

「私たちだっていつ死んじゃうか分からないんだよ……? 何で会長はそんなに平然としてられるの……?」


 雪乃は、悲しみと苦しみをどこにぶつけていいのか分からないようだった。あれだけ文化祭に乗り気だった人物とは思えないその発言も、ストレスが極限にまで達しているはずであることを考えれば当然のことだろう。蓮にも、藤咲にも、他の皆にも、痛いほど理解できる。


 しかし雪乃の発言に間違いがあるとすれば、それは藤咲が平然としている、という箇所だろう。

 藤咲もまた、震えていた。死に対して相当敏感になっていた蓮の五感は妙に冴えており、彼女が必死に隠そうとしていた震えもよく見てとれたのだ。


 その震えを抑えながら、やがて藤咲はゆっくりと口を開く。


「私も、怖いですよ……」

「……」

「私は、死んでいった方々とは違うのだと、自分たちは彼らの分まで生きていけるものだと、決めつけていました。しかし現実はそう甘くはなかった。自分にも死がやって来るとして、怖くないわけありません」

「だったら──」

「けれど! けれど、ではこのまま怯えながら、ただ死を待つのですか? やれるだけのことをやろうとは思いませんか?」


 藤咲は、たとえ自分のなかに渦巻く負の感情を掻き消すことができなくとも、皆に必死に訴えかけようとしていた。

 しかしそれでも皆は前に踏み出すことができず、蓮もその一人としてただ下を向いているばかりだった。そう簡単に前を向くことができれば苦労はしないのだ。


 そしてそんな一同を見渡した藤咲はというと、


「お昼にもう一度ききたいと思います。それまでよく考えてみてください。お願いします……」


 そう言って一人、体育館を出て行ってしまった。


 結局、その後しばらくの間皆は誰一人として口を開こうとせず、身動きすら取ろうとしなかった。ただ止まぬ雨に、終わらぬ血の地獄を重ねることしか、できなかった。

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