第二十三話 絶望の瞳
──何だよ、これ……。
蓮は嘆き、絶望した。しかしそれらは声にはならず、細い吐息だけがわずかに喉から漏れる。
──何で、またこうなるんだよ……。
やり場のない感情が募る。蓮は鼓動が速まり圧迫された胸を掴みながら、今にも暴発しそうなその感情を抑えようとした。しかしそれをぶつけるあてなどどこにもなく、目の前に広がる光景はただ、蓮に残酷な現実を突きつける。
「六神……」
「……」
壁一面は飛び散った大量の血で汚れ、薄暗い倉庫のなかは血の嵐に包まれているかのようだった。
そんな凄惨な状況のなか、小牧の身体は赤く染まった壁にもたれかかりながら、地べたに座っている状態だ。伸びている足は血の湖に浸かっており、やや俯き加減の顔を見ると、口は半開きで、瞳にはもう光が宿っていない。
死んでいる、もう手遅れだと、すぐにそう直感した。目の前の小牧の姿は昨日嫌ほど見た数多の死体と何ら変わらぬように、全身が血まみれのただの肉の塊に成り果てていたのだ。
そんな姿を見た蓮の身体は、恐怖に震え上がる。
「……これも演技、なんだよな!?」
そして、やっとの思いで出た言葉がそれだ。そうではないと分かっていても、そう言うしかない。今の蓮には、ただ願望を垂れ流し、悲痛に叫ぶことしかできないのだ。
演技だと、冗談だと、ただ一言そう言ってほしかった。冗談であればずいぶんと悪質なものにはなるが、また陽気に笑ってくれればそれだけでよかった。しかし小牧からは何の返事もなく、小牧の身体はぴくりとも動かない。それでも蓮には現実を受け入れることができないでいた。
「何とか言えよ、小牧……!!」
蓮は小牧の元に駆け寄り、何度も何度もその身体を揺さぶった。しかし成すがままに揺れる小牧からは当然、何の返事もない。
「文化祭、やるんだろ!? お前が言ったんだぞ!!」
そう、元々文化祭は小牧の言い出したものだ。突拍子もないその発言も、生存者を集めようという明確な指針によって蓮たちの生きる活力となっていた節がある。
そして何より、常に前を向こうとする小牧のひたむきな姿に皆は救われ、希望を抱いた。蓮もその一人で、小牧のおかげで、こんな世界でも生きていこうと思えたのだ。
──なのに、なのに。
生前の面影などどこにもなく、あれほど希望に満ち溢れていた小牧の表情は、絶望に歪んでいた。
なぜそんな顔をするのかと、蓮は嘆く。他の誰でもなく小牧にだけは、そんな顔はしてほしくなかったのに。
「お願いだからさ、そんな顔しないでくれよ……」
気がつくと、頬には涙が伝っていた。それはありとあらゆる負の感情がごちゃ混ぜになった、そんな涙だった。
そんな状態になりながらも死者に訴えかける蓮の様子は、同様の感情を抱いているはずの周りの皆から見ても狂気に溢れたものだったに違いない。しかし実際狂っていたと思うし、誰にどう見られようと構わなかった。ただ小牧に目を覚ましてほしい、それだけだった。
そしてそんな蓮の願いも虚しく、黒く濁りきった小牧の瞳が光を取り戻すことはなかった。
 




