第二十話 自分らしさを
「おう、来たか」
体育館を出た蓮を、皆瀬たちが待っていた。蓮は、長時間待たせてしまったのではないかと心配したが、彼らも今着いたところらしく、さほど時間は経っていなかったようだ。
そんなメンバーたちはそれぞれがビニール袋をぶら下げ、中にはコーヒー、緑茶など、さまざまな種類の空き缶が入っていた。しかし──。
「会長のものも合わせて、全部で五十三個だ」
袋の中身を数え始めようとする蓮に、皆瀬が言った。
「五十三個かあ」
五十三個。望みが薄いなか、学校内でこれだけの数の空き缶があったことを喜ぶべきなのだろうか。少なくとも、何も無いよりかはましだと、そう捉えるべきなのだろうか。
しかしいずれにせよ、これだけでは足りない。少なすぎる。この空き缶アートを文化祭の象徴とするには、小物程度のスケールでは話にならないし、もっと多くの空き缶が必要となってくる。
「まあいいや。とりあえず、もっといっぱい集めてこよう」
「そうだな」
皆瀬が賛成し、他のメンバーたちも文句一つ言わずやる気を見せてくれる。こうして、今度は校外を探し回ることになった。外にはより多くの無惨な死体があるであろうことから、行きたくないというのが蓮の正直な気持ちでもあったが、そうは言っていられない。
蓮は新しいビニール袋を用意し、皆に配った。先程は二人一組で行動したが、今度は少しでも多くの空き缶を回収するため、単独での行動となる。それぞれが方角を決めて分担し、空き缶探しへと出発する。
──さて。
学校から見て南側を探しに行くことになった蓮は、南門へ向かって歩いていた。道中に見える時計台は午後一時を示しており、少し急ごうと思った蓮は、自然と早足になる。
「おお」
「何だ、六神か」
ところが、南門付近にまで来たところで人と遭遇し、蓮の足は止まった。
「銀次、たいへんだな……」
「まあ思ったよりも重労働だよな、これは」
そう言って銀次は、額の汗を拭った。季節は秋に入ろうとしており、気温も少し下がってきてはいるはずだったが、それでも暑いと感じてしまうほどの仕事量を、彼はこなしてくれている。上半身はタンクトップ姿の銀次は、すでにその表情に疲労を滲ませているというのに、まだそれを続けようとしていた。
「ほんとごめん、何か全部任せっきりで」
そんな銀次に対して、蓮は感謝の気持ちと同時に、申し訳なさを強く感じていた。しかし銀次の方は、そう思われることが少し気に入らないらしい。
「お前らは文化祭のことだけ考えておけばいいんだよ。余計なことは考えるな」
「銀次……」
「それに、これは俺がやると言ったことだ。そして男なら、やると決めたことは貫き通さねばならん」
そう話す銀次の真っ直ぐな瞳に、蓮は思わず気圧された。何が彼を、そこまで突き動かすのか。その正体を具体的に掴むことはできない。しかし何にせよ、そんな銀次に対して蓮は、尊敬の念を抱いた。
「銀次は、すごいよな」
「は?」
「……いや、何でもない。じゃあ俺は行くよ」
銀次だけではない。小牧も、雪乃も、皆瀬も、藤咲も、皆が蓮には無いものを持っている。そして彼らはそれを活かし、この状況下で蓮には到底できないことをやってみせてきた。だというのに、自分には何も無いし、何もできていないのではないか。そんな風に考え込みながら、校門を出ようとしたときだった。
「おっと」
銀次が頭を押さえながら、ふらりとよろけた。
「だ、大丈夫?」
「ああ、ちょっとふらついただけだからよ。お前はさっさと行けや」
銀次はそう言うが、放っておくわけにはいかない。自分は今、何をすべきか考えていたところ、蓮の視界には近くにあった自販機が映った。
「銀次、水分取ってる?」
「そういや、こんなことになってから飲んでないな」
「わかった」
これほどの仕事をしておきながら水分を取っていなかったのであれば、脱水症状を引き起こしていてもおかしくはない。
蓮はズボンのポケットから財布を取り出し、自販機へと向かった。そして適当な飲み物を選び、購入する。
「はいこれ」
蓮は銀次の元へと戻り、購入したスポーツ飲料を差し出した。銀次は最初、それを受け取るのを躊躇っていたようだったが、何とかこちらの好意を汲み取ってくれた。
「すまんな」
「いいよいいよ。あ、それから、銀次もしばらく休憩しろよ?」
「いいや、そういうわけにはいかねえよ……。甘やかされても困る」
そう言われて蓮は銀次の強さを実感する。身体能力もさることながら、その精神も強靭なものなのだろう。しかしだからこそ、そんな銀次を甘やかそうなどという考えは毛頭無かったし、それは間違いだと蓮は思う。
「甘やかしてるわけじゃあないさ。これからもっと働いてもらいたいから、今倒れられても困るってこと」
銀次は不思議そうな顔をしたが、やがてふっと笑い、その場に腰を下ろした。
そしてそれを確認したあと、校門を出ようとしたところで、ふと自販機に視線が戻った。
──そうだ、これなら……!
とっさに蓮は、自販機へと駆け寄った。そして財布の中を確認し、自販機内の商品に目をやる。
千円札が五枚。そしてこの自販機では缶に入った緑茶やりんごジュースなどが、一つ百円で購入できる。つまり五千円あれば、それらが五十個買える計算だ。
──よし。
蓮はそれらを購入、ビニール袋に入れるという作業をひたすら繰り返す。そんな蓮の姿を銀次は奇妙に思っていたようだが、関係ない。自分のアイデアがグループのためになるだけでなく、他のグループの皆のためにもなる。蓮の頭にあったのは、その閃きに対する高揚感だけだった。
「ふう」
そして袋いっぱいに缶ジュースを詰め終えた蓮は、体育館へと向かう。
大したことではない。閃きというほどのものでもないのかもしれない。しかしこのとき蓮は、自分を活かす方法を知った。それは頭を使い、理にかなった行動をすることであり、それが蓮の長所なのだ。そうすれば他の皆を補っていくことができるし、何より自分らしいと蓮は思う。
体育館前の出入り口まで戻ってきたところで蓮は袋を置き、自由に飲んでいいという旨を書いた紙に自分の名前を添える。蓮はこれで多少、空き缶集めの足しになるだろうと思いつつ、そして今度こそ、空き缶探しへと出発した。




