第九話 二人の距離①
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藤咲葵が立ち去った後の教室は、何となく気まずい雰囲気だった。文化祭をしようと意気込んだはいいものの、数少ない他の生存者たちに反対されるようでは、そもそも開催が危うい。
「えっと、どうしよっか……」
そんな空気のなか、雪乃はなぜか蓮に目をやり、意見を求めてきた。
「そ、そうだな……。やっぱり、まずは藤咲……会長を説得しなきゃな。ちなみに小牧は、会長をどうやって説得するつもりだったんだ?」
蓮は雪乃から自分へとふられた話の流れを、バトンを渡すように小牧へと流した。しかし小牧はというと、
「えーっとー……」
などと困った顔をしている。
「あの会長が文化祭なんて当然賛成するはずないし、何か説得する方法でもあるのか思ってたけど……」
「いやーそれはそのー……」
「ないんだな」
答えに窮する小牧を見て蓮がそう言うと、小牧は伏し目がちに、
「はい」
とだけ答えた。
その様子を見ていたクラスメイトたちは、少し残念がっていた。これまで小牧に頼りきっていた状況で、その小牧さえ頼れないとなると、そう感じてしまうのも無理はない。
しかしその場でたった一人、蓮だけはそんな小牧になぜか安心感のようなものを感じていた。
それはおそらく、そこにいつもの小牧を垣間見た気がしたからだ。今回のことが起こってからの小牧はずいぶん頼もしかったが、その前まで――ふだんの小牧にはどこか抜けている面があり、むしろその一面の方が強かったと蓮は思う。そしてそんな一面を垣間見ることは、一瞬でも、まるで平穏だったあの頃に戻ったかのように蓮を錯覚させたのだ。
ただ、それだけで割りきることができない者もいた。藤咲の言う通りになることには納得がいかない銀次は、腕を組んで壁にもたれかかりながら、トントンと床を足で鳴らしていた。そして案を出せないクラスメイトたちは、その音をききながらただ黙るしかない。
──だめなんだ、このままじゃ。
そのとき蓮が思い出したのは、屋上で決めた決意だった。いつまでも小牧に頼ってばかりではいられない、今度は自分の番だ。その決意が、蓮の身体を突き動かした。
「俺、説得してくる……!」
皆にそう言い残して、蓮は教室を飛び出し、藤咲の元へと向かう。正直に言うと蓮に彼女を説得する自信はないし、何より蓮は藤咲葵という女が苦手だ。しかしそれでも、あのとき蓮は決意した。そしてした以上、それは貫き通さなければならないのだ。
──ふぅーっ。
深呼吸をして、蓮は3-Bの教室へ入った。しかしそこに藤咲の姿はなく、ただ四、五人の男女がこちらを見ていた。彼らによると、藤咲はつい今しがたどこかへ行ってしまったらしい。藤咲の居場所について彼らは、こっちが知りたいと言わんばかりだったが、しかし蓮の方には心当たりがあった。蓮は3-Bの教室をあとにし、早速その場所へと向かって走った。
『図書室』
そう書かれた教室札の下までたどり着いたところで、蓮はもう一度呼吸を整えた。蓮の心当たりが正しければ、おそらく藤咲はこの部屋のなかにいる。そして蓮はその藤咲を、今から説得しなければならない。
──よし……。
息を整え終えた蓮は思いきって、ドアを開けた。ドアはガラガラという音とともにスライドし、蓮の視界には室内の光景が入ってきた。
──やっぱり、ここか……。
図書室の中には、藤咲がいた。彼女は入り口から最も離れた長机の一角に、こちらに背を向けた状態で座っていた。そんな彼女は何か調べものをしている様子で、机の上には何冊もの本が積んであった。
蓮は彼女の醸し出す雰囲気に話しかけづらいと感じつつも、とりあえず彼女の元へと、おそるおそる近づいていく。そして勇気を振り絞り、
「あ、あのさ……、藤咲」
何とか一言、そう言った。しかしそれに対して藤咲は身体を向けることもないまま、
「誰かと思えばあなたですか、六神くん」
ぶっきらぼうに、そう言った。




