プロローグ
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死とは何か。自らの死に直面したとき、少年の頭をよぎったのはそんなことだった。
哲学的なその疑問は、人類にとってはあまりにも大きい、永遠の課題である一方、今から死に行く者にとっては取るに足らない、些細なことなのかもしれない。
しかしながら、少年にとってはそうではなかった。
──ああ、俺もとうとう死ぬのか……。
朦朧とする意識のなか少年は死について二つの可能性を考えた。
ひとつは死後の世界が待っているという可能性。行き着く先が天国であるか、はたまた地獄であるか。少年にそれを知るすべはないが、どちらであってもかまわない。それは大した問題ではない。ただ死後の世界が実在してくれていればそれでいい。そうであるならば、死んでいった家族や友人たちに会うこともできるかもしれない。
しかし、もうひとつの可能性──死を迎えた先にはただ無が広がっているだけなのではないかと、少年は感じていた。
理屈ではない。本能がそう告げていた。現に今、少年が味わっているのは、自分自身がほどけていき形を失ってしまうかのような感覚だ。それは痛みでも、苦しみでもなく、ただ全てが無に帰そうとしていた。
──ああ……。
体温とともに思考は奪われ、身体がそこにあるという実感もなくなっていく。見えているはずの世界は暗闇に侵食されていき、聴こえてくるはずの音も遠ざかっていく。
『───が──いか?』
しかし次の瞬間、最後に僅かに残った聴覚がその声を微かに捉えた。そしてそれと同時に、失われたはずの少年の五感は再び、彼の身体へと流れ込んできた。その結果、男のものか女のものかすら分からなかったその声も、鮮明にききとることができた。
鈴のような音色の声。そして、まだ僅かに幼さの残る舌足らずな少女の声だった。
『であるならば、チャンスをやろう』
少年が声のする方へと焦点を合わせると、そこには声から想像していたとおりに、少女の姿があった。
十歳くらいの見た目の少女だ。オレンジ色の空を背景に、少女はその地につきそうなほど長い漆黒の髪を風に揺らしながら瓦礫の山の上に立っていた。そしてその少女の真紅の瞳の向かう先は、紛れもなく少年だった。
「なん……だよ、おまえ……は……」
自分はなぜ、死んでいないのか。そしてこの少女は何者なのか。意識と感覚を取り戻してまだ間もない状態であったこともあり、少年はこの異様な状況に思考を追いつかせることができずにいた。何もかも訳がわからないまま、やっとの思いで出た少年の言葉に少女は少し困ったように、
『我か?そうだな、我は……神とでも言っておこうかな』
その容姿と声にはとても似つかわしくないような口調と一人称で、そう言った。