密かに計画される陰謀
通学途中の蓮華には多くの視線が集まっていた。それも無理はない。スクルータがインゲニオスに勝ったのだから。それも一分とかからずに。
「レン。おはよう」
蓮華の後ろから聞き慣れた声が聞こえる。
「よお、アキ」
「どうしたの? 浮かない顔して」
「いや。周りの視線がうるさくてな」
「ああ、それね」
蓮華と秋久は一緒にため息をつく。
だが、それだけ注目されているということだ。当初の目的のためだったらこのくらいあった方がよい。
「別に注目されるのはいいんだけど、こう……なんていうかうっとおしいよな」
「注目されてる人ならではの悩みだね。ちょっとうらやましいかな……」
そう言って秋久はうつむく。なんともわかりやすい反応だ。
蓮華にとってはそういう姿はあまり見たくないのでフォローをいれておくことにした。
「アキ、あんまり自分を卑下すんなよ。おまえの悪い癖だぞ」
「……そうだよね。能力のどうこうで人間の価値は決まんないし」
「うんうん。それにジェンティーレってだけで普通の人間よりは強いしな」
蓮華はいつものようにお気楽な顔をしている。秋久は知っている――蓮華がすごいことを知っている。このような余裕の笑みを浮かべられるくらいの強さが彼にはあることを……自分にはないものを持っていることを――知っている。
だから秋久は自分を過小評価しすぎるのはやめた。スクルータであることを逃げ道にせず向き合った人が今となりにいるのだから。
「ねえレン。僕は強くなれるかな?」
そう言って、秋久は立ち止まる。
この問いに蓮華は答えられない。秋久が言っている強さが蓮華にはわからないからだ。
「さあな、これからのお前次第じゃね?」
秋久は強く拳を握る。そして息を吸って吐く、これを三度繰り返して決意を言葉にする。
「僕、強くなるよ。君のようにとはいかないかもしれないけど、僕なりのやり方を見つけて追い付いてみせる!!」
蓮華はハトが豆鉄砲を食らったかのような顔をしている。正直蓮華は秋久はこんなことを言うタイプではないと思っていた。
「え……えーと。少なくともそういう決意表明は朝の八時にすることじゃないと思うんだけど。なんか今はさっきとは違う意味で見られてるし」
蓮華が考えていたように秋久は自分でもらしくないと思っていたこともあり一気に羞恥心がこみあげてくる。それはもうわかりやすいように。
この場にいるのが耐え切れなくなったのか何か叫びながら学園に向かって逃げて行った。
蓮華はそんな親友の姿を見えなくなるまで目に焼き付けた。
「プッ。ふふ、あははははは。普段やらないようなことするからだよ。ったく…………がんばれよ」
◆
学内トーナメント2回戦。会場内には蓮華の一回戦の結果を聞いてきたのか前回よりも多くの観客が入っている。
もちろんフィルミネスやマリたちも蓮華の応援に赴いている。
マリは試合が待ち遠しいのかうずうずしているのがよくわかった。
「霧ヶ谷くんはまた驚かせてくれるだろうか。なあ? アンナ」
「どうかしらね。でも、マリの期待を裏切りはしないんじゃないかしら」
アンナは闘技場に入ってきた蓮華を見て言う。マリはもちろんフィルミネスたちもそれにつられて目を向ける。
蓮華はいつものようにアクセプションにウィースをこめる。しかし同じなのはその一連の行動だけであって蓮華の手には剣ではなく槍が握られていた。
「よし!」
「よし……じゃないわよー! 奇策で乗り切れるほど学内トーナメントは甘くないっての!」
フィルミネスが反射的にそう叫ぶ。だがそれは無理もない。なぜならこの中で誰一人蓮華が槍を振る姿を見たものはいないのだから。
秋久はフィルミネスを少しでも落ち着かせようと試みる。
「ま、まあ。蓮華には考えがあるのかもしれないし。それに蓮華って結構器用だから」
「……」
「凛もなんか言ってあげて」
自分には無理だと分かった秋久は凛に助けを求める。
「あいつのことだから負ける理由を作ろうとでもしてるんじゃないの?」
「そういうことじゃないよ僕が求めてるのは。カル、バトンタッチ」
カルは同意するようにうなずき、フィルミネスの前に立つ。
「大丈夫だよ。蓮華はああ見えてちゃんとやると思う。それにフィールは蓮華が強いことは身をもって知ってるでしょ?」
「……でも。あいつめんどくさがりだし。凛が言ったようにわざと負けようとしてるのかも」
フィルミネスがそう言うとカルはあきれたのか小さくため息をつき、もう一度フィルミネスと向き合う。そして正論をぶつける。
「わざと負けるつもりなら一回戦で自分の校章壊すなりするはずだよ」
こんなことを言われてはフィルミネスは納得せざるを得ない。蓮華はわざと負けようとしているのではない。そんなことはみんなわかっている。
しかしこの際そんなことはどうでもいいのだ。問題は槍が扱えるのか否か。剣だろうが槍だろうが実戦で使えるまでには相応の時間がかかる。
そしていつの間にか試合開始まで一分を切っていた。
残り十秒のカウントが始まったところで蓮華は首にかけているヘッドフォンを耳に装着する。
「バトル……スタート!!」
最初はどちらも動き出さない。だが蓮華の対戦相手は足にウィースをためているのに対し蓮華は特になにもしていない。
今回の蓮華の武器は槍。剣よりも細かい動きはできないということを理解したうえで対戦相手は間合いを一気につめる。
蓮華は正面から突っ込んでくる相手に一突きしたがあっけなくかわされる。それをチャンスとばかりに横から蓮華に仕掛けるが蓮華は槍を地面につきそこを中心に円運動、ウィースを集中した足で相手に蹴りをお見舞いする。
少し二人の距離が開き今度は蓮華が間合いを詰め、先ほどの突きよりも速いスピードで薙ぎ払う。そして、蓮華にとってちょうどいいくらいの距離になったところでフィルミネスとの決闘で使った球状のアクセプションを相手に向かって投げ込む。
ここで蓮華はいつもの笑みを浮かべ一言つぶやく。
「準備完了だな」
白い煙が広がり始め、蓮華は槍を投げる体勢に入る。ここからは蓮華の一方的な戦況。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
そう叫びながら蓮華は煙の中に槍を投げ込む。
相手は投げ込まれた槍を間一髪で回避する。しかしその瞬間彼の校章は飛んできたナイフによって二つに割られてしまう。
このとき蓮華には槍がかわされることは想定内だった。いやこの解釈は少し違う。かわせるように槍を投げたのだ。しかも相手が蓮華から見て右にかわすように誘導して。そうすれば蓮華のほうに校章が向き狙いやすくなる。
だが蓮華には槍以外にも銃やナイフといった中距離攻撃に適したアクセプションは所有している。
なぜ後者の二つではなく槍なのかというと、それは銃の場合は銃声が大きいため相手に警戒されてしまいうし、何よりかわしにくい。この時の蓮華にとっては攻撃を当てることよりもかわさせることが目的であった。
ナイフの場合は迫力の違いにある。ナイフと違い槍は単純に大きい。そのため風を切るような音も大きく同じ音でも銃声とは違い警戒心ではなく恐怖心を与えることができる。
そんな恐怖が視界の悪いなか突然見えてくるのだ。あわてるなという方が無理な話だろう。
煙がはれてきて状況が確認できるようになるとそこには落ち込んでいる対戦相手と闘技場を出ようとする蓮華の姿があった。
割れている校章の確認が済み、いつもの勝利者コールが聞こえる。
「勝者……霧ヶ谷蓮華選手!!」
「……今度は疑問形じゃないなー。よし」
「勝っちゃった……」
フィルミネスがそうつぶやくと秋久たち三人もそれに相槌を打つように続ける。
「蓮華って槍もちゃんと使えたんだね」
「しかも時間もそれほどかかってない」
「で……でも、あれくらいならあたしもできるかなー…………たぶん」
凛だけは相変わらずの負けず嫌いを発動しているがいつもの覇気は見られない。実際、彼女も内心は相当驚いているのである。
「どうだアンナ、やっぱり霧ヶ谷くんはおもしいだろう?」
「……そうねマリ、例えるなら彼は何がでるかわからない――『びっくり箱』ね」
「おお、それは彼を表現するのにうってつけだな!」
「蓮華、おつかれ」
ため息を吐きながら控室から出てくる蓮華にフィルミネスが声をかける。
「ああ、すげー疲れた。これあと何試合あるんだ?」
「さあわかんない」
そうこの試合にはトーナメント表などない。試合は毎回ランダムで選ばれいて、わかることは一度負けたら即終了ということだけ。
「例年通りならあと二、三試合か」
「そうね。私ちゃんと勝ち残るからあんたも頑張りなさいよ――ていうかわかるなら聞かないでよ」
「ほかのみんなは?」
そう言って蓮華は周りを見るが特に見知った顔はいなかった。
「会場の外で待ってるわよ。みんなでご飯食べに行こうって。あんた何か食べたいものある?」
「……ぜんまいの煮物」
「…………渋いわね。好きなの?」
「うるさい! 仕方ないだろ。なんか食いたくなってきたんだから!」
◆
明かりが一切ない暗い空間。高い位置にあるたった一つの小窓から月明りが差し込む。外からの話し声はなく波の揺れる音が静かに聞こえてくる。
しかし中からは話し声が聞こえてきた。その声から察するに五人組の男性のようである。
「リーダー、次はどんなやつなんだ?」
その問いにリーダーと呼ばれた男が応じる。
「次のターゲットはこいつだ」
リーダーの男は胸ポケットから写真を一枚取り出して見せる。ほかの四人は差し出された写真を覗き込む。
「今回は女の子ですか。なんか良心が痛むな」
「どの口が言うんだよ。今までも何人も殺してきたじゃねーか」
「しかしこの娘かわいいなぁ。なあリーダー殺す前に少し遊んじゃダメかなぁ? 最近溜まってて」
しばしの沈黙が流れ、なんだか気まずい空気になる。
「いくらなんでもそれは……」
「だって俺童貞だし……」
リーダーの男は顔をにやつかせた。
「俺もそう思ってた。せっかくの機会だみんなで卒業しよう。もともと今回は殺す前に捕まえようと思ってたからな」
「マジか!」
「ただ依頼の遂行が先だ。そんなことをしてる時間がないってときはあきらめろ」
反対していた者も結局は賛成のようで浮かれている。だがそれと同時に今回はジェンティーレのたくさんいる神楽坂第三学園の学園島のため油断はできないとも思っていた。
そんな時一人の男がゆっくりと手をあげる。
「リーダー……俺たちが一緒にこんなことをしてもう一年近くになる。そこで提案なんだか互いの呼び方を決めないか。任務中に本名呼びそうになるんだ」
その提案に全員が納得した。確かによくよく考えてみれば今まで『おい』とか『おまえ』としか読んでいなかった。
「コードネームってやつか。よし、そうしよう。やるからにはかっこいいのがいいよな……番号とかそれぞれの誕生日の月とか……ってそんなことよりまずはターゲットの身辺調査だ念入りにやるぞ!」