開催! 学内トーナメント
オレンジ色の剣を高く上げると炎が闘技場を埋め尽くした。まるで誰かに自分の力を誇示するように派手にその炎は揺れ動く。
「勝者! フィルミネス・シオン!!」
実況席にいる理事長がそう叫ぶとフィルミネスに向かって多数の声援が飛ぶ。フィルミネスはその声に右手を挙げて答えた。
観客席に蓮華を見つけたフィルミネスは彼を凝視し、剣の切っ先を向ける。彼女の目は――次はあんたの番よ。と、そう言っていた。
◆
「アキくん。フィーちゃんこっち見てるよ」
凛は笑いながらフィルミネスに手を振っている。
「次は蓮華の番って言ってる」
「カル、言わなくてもわかってる。あの目はそう言ってる」
「蓮華も大変だね」
これでフィルミネス、凛、カルミラが勝ち残った。次は誰であろう蓮華の試合がある。
「それよりさー。実況してる人って理事長だよな? 暇なのか?」
「レン、それは今すごく関係ないよ。そんなことより昼からレンの試合だよ! 緊張感がないよ」
「そんなこと言われても……」
いつも通り凛が嫌味を言ってくる。
「次は霧ヶ谷かー。前に食堂でうちのクラスの男子にあんなこと言ったんだから無様に負けたりはしないでよねー。まあ、無様じゃないなら負けてもいいんだけど!」
凛は口元を吊り上げてにやついている。蓮華はこの顔を見ると無性にイラついてくる。
負けろって言ってるようなものじゃねーか。
「そんなこと言っていいのか?」
凛は言葉の意味を理解できないのか首をかしげる。
「アキ、次の試合俺負けていいかなー?」
「なに言ってんのレン。勝たなきゃダメでしょ」
「だってさ、つ……き……し……ま! お前の大好きなアキはああ言ってるぞ」
今度は蓮華の顔に笑みが浮かび、何も言い返せない凛はあたふたしている。
「そ、そうね。勝たなきゃだめよ霧ヶ谷!」
凛の顔は焦っているのが目に見えるようで、なんとかして言葉を口に出した。
こいつは本当アキには頭が上がんねーよな。
「えーなんでですかー? なんでお前の頼みを聞かなきゃならないんですかー。っていうか勝ってほしいならもう少し頼み方を考えなきゃ」
「なんであたしがそんなこと……」
凛が何か言おうとしたが、追撃と言わんばかりに蓮華の口は言葉を発していく。
「アキは俺に勝ってほしいんだってさー。で? お前はどうよ? お?」
「別にアキくんが本心で言ってるわけじゃないし。あんなの場の空気っていうか……そんな感じだし!」
「ほう。じゃあ、もう一回聞いてみるか? アキは勝ってほしいよな?」
答えるものはいない。二人は同時に秋久とカルミラがこの場からいなくなっていることに気付く。そしてもう一つ……二人は周りから注目の的にされていた。
「なんでいねーんだよ」
「あたしたち、バカみたいね」
「言うな……」
◆
「おいアキ、カル。なに勝手にいなくなってんだよ」
「いやフィールのことを迎えに行った方がいいと思って」
「うん。私も同意見」
そう言ってカルミラはうなずく。
「でも、待ってくれてもよかったじゃん。あたしすごい恥ずかしかったんだけど」
蓮華もそれに同意するように頭を上下に動かす。
向こうから蓮華たちを呼ぶ声がする。その声に気づき発生源を見ると、フィルミネスが駆け寄ってきた。
「ごめんフィーちゃん。迎えに行こうと思ってたんだけど」
「ううん。大丈夫」
「フィーちゃんすごかったね。かっこよかったよ」
それに続く形でほかの三人も声をかける。
「お疲れフィール」
「やっぱりフィールはすごいねー。僕もあんな風に炎出せたらいいのに……」
そう言った秋久を横目に凛は「やっぱり、そうだよね」とこぼし、それを蓮華が偶然聞いてしまった。何かあったのだろうかと思ったが追及はしない。
とりあえず蓮華は聞かなかったことにして先ほどから何か言ってほしそうな顔をしているフィルミネスに体を向ける。
「あんな勝ち方したら負けたほうがかわいそうだろ。少しは手加減してやったらいいのに」
思っていたことと違うことをを言われたのかフィルミネスは少し不満げな表情をした。
「勝負で手加減したら相手に失礼でしょ」
それを聞いた蓮華はいつも通りフィルミネスをおちょくる。
「なるほどねー。じゃあ、あれがお前の本気だってことか。ふーん。俺勝てるかもなー」
冗談のつもりだったのだがフィルミネスは頬を膨らまして蓮華をにらんでいる。蓮華は怒らせちゃったかな、と思い身を引いてしまう。
ほかの三人はそんなことはどうでもいいように昼食をどこでとろうかなどという話をしていた。
しかし、フィルミネスは蓮華の予想に反し、
「た……たまには、その、ほめてくれてもいいじゃない」
て……照れてる……だと!?
雷に打たれた――フィルミネスのいつもと違う様子に蓮華はそんな感覚になった。言葉では言い表せないような変な緊張が走る。
「ええと。その、なんだ、あれだ」
じっと目を見つめてくるフィルミネスに蓮華は目をそらして言葉を探す。自分の語彙力の引き出しを限界まで広げる。というかその引き出しをとった。
「あれだよ。あれ。わかんない? えーと、そのー…………あれだよ!」
「なによ」
「……なんつーか。一回戦突破おめでとう。その、がんばったな!」
最後が少しやけになってしまった。蓮華はなんだか情けなくなってしまった。あんなに考えたのにこんな安い誉め言葉しか言ってやれない。
だが、フィルミネスにとってはあの蓮華が素直に自分をほめてくれたのが意外すぎて逆に羞恥心を感じている。そのせいか耳を赤くしているのがはっきりとわかる。
「レン。なに顔赤くしてんの?」
秋久にそう言われ蓮華は自分が赤面しているのだと悟った。
「別になんでもねーし。にやついてんじゃねーよ! まったく」
「ふーん、まあいいけど。ここのレストラン行こうよ」
秋久は端末を見せたが蓮華は特に確認もせずに、
「もうどこにでも行ってやるよ。ほらフィールいつまで赤くなってんだ。行くぞ」
「……うん」
しかしピクリとも動かない。
そんな時に凛とカルミラがフィルミネスの両脇に立ち腕を引いてやる。
「ほらフィーちゃん行くよ」
「ちゃんと自分の足で歩かなきゃダメ」
そうして五人はまだ見ぬ目的地に向かって歩き出す。
いい話みたいになってるけど、目的地ってレストランだから。五人で昼食食べに行こうってだけだから。
◆
昼食を終えた五人は現在闘技場にいる。蓮華はそこの中心に、ほかに四人は観客席に座っている。
「蓮華、緊張はしてないみたいね」
「まあ。レンこういうの大丈夫そうだし」
そこで凛とカルミラがトイレから戻ってきて早々凛は相変わらず遠くの蓮華をにらみつける。
「あの全然動じてないって顔が少しむかつく」
なぜ凛がそこまで蓮華に対抗するのか、その理由をカルミラが的確につく。
「凛は緊張しまくりだったからね」
「そんなことないし! てゆーか勝ったんだからいいじゃん!」
凛はむきになって否定する。
そうこうしていると、蓮華が彼らを見つけ手を振ってくる。その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
それが気に食わないものは凛のほかにもいるようで耳を澄ますと蓮華に対する罵りが聞こえてきた。
「あいつがスクルータの出場者か」
「なんで出たんだろうね。どうせ負けるってわかんないのか」
「一年生だし、目立ちたかったんだろ。バカだな」
フィルミネスと秋久は思わずその罵倒が聞こえた方向をにらみつけるが人が大勢いるため誰が言ったのかはわからない。
「あらフィールさん。やっぱり見に来てたのね」
試合を終えたらしい女性二人がフィルミネスに話しかけてくる。
「アンナ会長とマリ先輩。来たんですね」
この言葉にマリは当たり前だとでも言いたげに胸を張る。そして、蓮華の試合が楽しみなのかマリの体は左右に揺れている。
「ああ、彼に学内トーナメントに出ろと言ったのは私だからな」
この会話に凛が反応する。めんどうくさがりなあいつがトーナメントに出てる理由が分かったと、納得したようにうなずいた。
「アンナ、どうかしたのか?」
「さっきから霧ヶ谷くんずっと手を振ってるけど……誰か返してあげたら?」
先ほどの顔とは打って変わって蓮華はなんだか寂しそうにしているのがフィルミネスたちにはよく伝わった。
「ったく、何だよあいつら。手くらいふってくれりゃいいのに」
蓮華は一人で不満を並べる。
しかし、そんな蓮華の心情はどうでもいいように実況席にいる中年男性のの声が闘技場に響く。
『あの、理事長少し黙っててください』
緊張感ねーなーというような空気を観客席から感じる。
『実況はわたくし新聞部の滝沢が務めさせていただきます。解説席には……』
そこで滝沢と名乗った女の子の声は途切れ、先ほどの中年男性の声が聞こえてくる。
『解説の鳴海です。よっろしくー』
どう反応していいかわからないという雰囲気の中蓮華は思わず吹き出し、口を左手で抑え肩を上下させている。
「理事長っておもしれーなー」
◆
闘技場には観客席を守るシールドが張られておりそのシールドは時折光を反射して輝いている。このシールド自体とても頑丈でそう簡単には壊れないようにできている。透明な鉄の壁のようなものだ。
『それでは試合を開始します』
滝沢のそのアナウンスとともに闘技場にいる全員に緊張がはしった。
――残り三秒。
フィルミネスたちは蓮華の試合をしっかり見届けようとする。
――残り二秒。
マリは期待の目を蓮華に向ける。
――残り一秒。
蓮華の口元には無邪気な笑みがわずかに浮かんだ。
『バトル……スタート!!』
滝沢のその合図と同時に蓮華はアクセプションを展開しながら地面を蹴る。蓮華の剣に同じく剣で相手は待ち構える。
剣と剣がぶつかる音が響き、剣閃がきらめく。
蓮華はすぐに相手から距離をとる。しかし蓮華の両手には剣が一本ずつ握られていた。アクセプションをしまい、蓮華は大きく体を伸ばす。
「ああー、終わったー」
「まだ勝負は終わってないぞ」
相手は蓮華に向かってそう言ったので、蓮華はため息をつき地面に落ちている割れた校章を指さす。
『しょ……勝者、霧ヶ谷蓮華選手?』
誰もが唖然とする中、そんなことはどうでもいいと言いたげに蓮華は闘技場を後にする。
「なんで、勝利者コールが疑問形なんだよ……」
◆
「今、何が起こったんですか? っていうか蓮華同じ剣をいつの間にか二つ持ってたし」
マリもアンナも驚きを隠せない。アンナは両の目を見開き、マリは両手が震えているのが見てとれる。武者震いといういうやつだ。
一瞬、言葉が詰まったがアンナはフィルミネスの問いに答えていく。
「霧ヶ谷くんは最初から剣一本で戦うつもりはなかったみたいね。彼は一つ目のアクセプションを展開すると同時にもう一つのアクセプションに手を添えていたわ」
マリは腕を組みアンナの言葉に続くように付け足していく。
「そして、相手の剣とぶつかった直後、もう一方のアクセプションを剣と腕の間を縫うように展開する。ちょうど剣の切っ先が校章にくるようにな。なにより、開始直後に間合いを詰めにかかったのがよかった。戦い慣れていない一年生ならあれだけで動揺してしまうからな」
「というか器用ね。それに何も考えていないように見えるけど案外頭を使っているのかしら。マリの言う通り霧ヶ谷くんっておもしろそうね」
マリは大きく息をはき蓮華を見据える。自分にあんな真似ができるだろうか? 自分にはあのやり方を思いつく頭があるだろうか? マリは年下の男の子より自分は劣っているのかもしれないと正直にそう思った。
「私にはあんな戦い方は絶対できないだろうな」