インゲニオスとスクルータ
みんな唖然とし、誰も一言も発さない。デュエルに勝ったフィルミネス自身もなんだかよくわからない。デュエルを見ていた者たちも当の本人たちも誰もが蓮華の勝利を確信していたからだ。
「まぐれだったんじゃないか? スクルータがインゲニオスに勝てそうになるなんて」
誰かがそう言うと、次第にみな合点がいったような顔をしてその場を去って行く。
蓮華が鼻を赤くして、起き上がった。
「いやー。負けた、負けた。俺の完敗だよフィルミネス」
「え……でも」
「悪かった。胸さわっちまったことも、入学式にうるさくしたことも謝る。ごめん」
蓮華はもう負けを認めているようだ。
本当はめんどうくさいだけなのだが……。
「別に、いいわよ。本当はその場の空気っていうか。なんていうか……その、実際はそんなに怒ってないから」
フィルミネスがそう答えると蓮華の顔に笑みがこぼれる。
「よし。昨日の敵は今日の友ってね! 君のことはなんて呼べばいい?」
「フィールでいいわよ。私もあんたのことは蓮華って呼ぶけど、いいわよね?」
フィルミネスはそう言って、かわいらしい無邪気な笑顔をみせる。
その顔を見た蓮華は少し見とれてしまう。
「あれー。照れてるー? 照れてるでしょー!」
「うるさい。黙ってろ」
こうして二人の間にあったしがらみは解消されたのだが、この雰囲気の中秋久だけは一人そわそわしていた。
入学式の件は僕も悪いし、謝った方がいいかな……。
◆
生徒会室でマリは何やら調べ物をしている。今年の一年生の入試の結果である。
「マリ、今日はどうしたの? デスクワークなんていつもやらないじゃない」
そう言ってさりげなくコーヒーを差し出す。マリは「ありがとう」と一言礼をいいコーヒーをすする。
「にっが! これ、ブラックじゃん。コーヒーに砂糖は必須だって」
「見た目はクールなんだからブラック飲まなきゃ、絵にならないわ」
マリは不満そうに頬を膨らます。その姿が面白いのかアンナはクスクス笑っている。
「それより、アンナは気にならないのか?」
「気になるって、何が?」
「霧ヶ谷蓮華だよ」
そういって、パソコンの画面を見せる。
《入試結果》
【名前】霧ヶ谷蓮華
【ウィース】スクルータ
【学力】E
【近接能力】A
【射撃能力】B
【総合】D
「学力がEって、バカなのかしら」
「直球だな。そこがなぜかはわからないが最後のここも見てくれ」
アンナに見てほしいところを指さしながら思わず吹き出してしまう。
「そういうこと……だからあんな負け方したのね」
【体質】猫アレルギー
◆
「それではそろそろ、学級委員を決めたいと思う」
この声の主は望月巴。蓮華たちE組の担任である。見た目はとてもきれいで黙っていれば大和撫子のようだと学園中でいわれているが、性格は男勝りでキレたら殴る。彼氏いない歴イコール年齢の女性である。
「推薦でもいいのだが、誰かいないのか? いないのならくじで決めるがいいかー?」
全員が不服そうな顔をし、反論するが谷崎の一睨みで教室が静寂に包まれる。だが、彼らの気持ちもわからなくはない。学級委員になったら評議委員の会議に参加しなければならなくなる。差別される場所が増えてしまうのだ。
「もう、わかった。じゃあ明日もう一度この話をするからそのとき決まんなかったら私が決める。いいな?」
クラスの人間がざわつく中、いつも通り蓮華は窓の外を眺め、暇そうにため息をついていた。
蓮華と秋久は食堂で昼食をとっている。最近は購買のパンではなくここでの日替わり定食が二人の中で流行っている。
「アキ。お前、学級委員やれば」「レン。学級委員向いてると思うよ」
二人が口をそろえる。自分がやりたくないのがみえみえだ。
「……」
「「ないないないない」」
その時、急に横から秋久にだきつく者がいる。
「アキくーん! 久しぶり。私がいなくてさびしかった?」
「ちょっと凛。はなして」
蓮華には状況がまったくわからない。この女と一緒にいたのかフィルミネスともう一人蓮華の知らない女の子がついてきた。
「蓮華。これはどういう状況なの?」
「俺にもさっぱり。アキ、イチャイチャすんのはいいんだけど、こいつ誰?」
蓮華が質問をすると凛と呼ばれた少女が蓮華をにらむ。
「フィーちゃんから話は聞いているわ。あんたがアキくんの周りをうろちょろしてるやつね! あんたこそ誰なのよ」
なんか、めんどくさそうなのが現れたな。
「俺は、アキくんの周りをうろちょろしてるやつでーす。んで、あんたは?」
「私は月島凛。わ・た・しのアキくんが世話になってるわね」
明らかに対抗心むき出しの目を蓮華に送る。
「気にすんな。俺とアキはBLとかじゃねーから」
フィルミネスはBLという言葉が分からず首をかしげている。
「BLってなに?」
後ろの女の子に聞いてみると、その女の子は表情も変えずにフィルミネスに近づき耳打ちする。すると、少しずつフィルミネスの頬が赤くなる。
BLの意味を理解したようだ。
「ちょっとどういうこと!」
「なにお前は顔赤くしてんだ。赤いのはお前の髪で十分だっつーの。うっとおしい」
「なんでそうなるの! あんたがBLなんて言うからでしょ!」
周りにも聞こえるくらい大きな声で言う。
蓮華はめんどくさくなりのフィルミネスの後ろに目をやる。
「……んで。その子は?」
「無視しないでよ! 余計恥ずかしいでしょー!」
そういって、蓮華の背中をたたいた。それを蓮華は「いたいいたい。いたいですー」と言って適当にあしらう。
「私は、カルミラ・ストローク。カルでいい」
「おう。よろしくな、カル。俺は霧ヶ谷蓮華。蓮華でいいよー」
「僕のことも秋久って気軽に呼んでいいよ。よろしくね」
蓮華と秋久が簡単にあいさつをすると、今度はフィルミネスと同じA組と思われる男子が数名やってくる。
「三人とも何してるの? もしよかったら僕たちと一緒に昼食をとらない?」
この男子は蓮華と秋久の制服を見て嫌味を言ってくる。
「なんだこの二人スクルータじゃないか……」
「おい、お前ら席をあけてくれないか? 今から僕らがここで食べるから」
あまりにも理不尽な物言いに秋久の表情がくもる。
「どうして? 僕らが先にここで食べていたじゃないか」
「僕らは君たちと違ってインゲニオス。君たち落ちこぼれとは違う」
蓮華は蓮華らしくこう思う。
――本当にめんどうくさそうなのが来たな、と。
◆
ジェンティーレは常人よりも身体能力が高い。そのほかにも傷の治りが早かったりする。しかし、ジェンティーレには二種類の人間がいる。それはインゲニオスとスクルータ。簡単に言えば天才と落ちこぼれみたいな意味だ。
インゲニオスとスクルータの違いは能力の有無で決まる。フィルミネスの『炎を作ると』という能力はインゲニオスとしての才能である。
学園でインゲニオス認定されたからといっても全員が能力を所有しているというわけではない。能力は20歳までに発現すると言われている。まあ、大抵は思春期のうちに変化が現れる。しかし、あくまで能力の発現率が高いというだけで、もしかしたら一生発現しないかもしれない。つまり、学園では能力が発現した生徒または発現の可能性が高い生徒がインゲニオスとされている。
この学園ではA組からD組までがインゲニオス。E組、F組がスクルータとなっている。インゲニオスの制服には赤のライン。スクルータの制服には灰色のラインが入っている。
結局、何が言いたいのかというとジェンティーレを育成する学校ではスクルータを見下し差別する傾向があるということである。学校のシステム上でもインゲニオスが優遇される規則が存在している。そのおかげでスクルータはいつも肩身が狭い思いをしてきたのである。
◆
秋久が何か言い返そうとすると、フィルミネスが手でそれを止める。
「ねえ、少しは言い方を考えたら……」
そこでフィルミネスの言葉は止められる。
「フィルミネスさん。僕らはインゲニオスだよ。彼らスクルータとは付き合っちゃいけない。生徒会の一員ならそういったものの節度は守らないと」
「でも、付き合う相手くらい……」
フィルミネスは助けてほしそうなまなざしを蓮華に向ける。
それを見た蓮華は、
まったく、しょうがないな、とでも言うようにリーダーっぽい男子を一瞥する。
「えーと、そのーなんだ……お前らの目は節穴ですか? 席ならほかにもたくさん空いてるだろ」
そう言って開いている席を指さす。だがそんなことを言われるのが気に食わないようで「なんだと」と言い蓮華をにらみつける。
「だーかーらー。席ならたくさん空いてるからよく周りを見ろって言ってんの。もしできないんだったら眼科に行くことをおすすめするよ。ちゃんと見えてる?」
「きさま、スクルータの分際で僕に説教するのか?」
蓮華はあきれたように肩をすくめる。
ちょろいな。
「インゲニオスとかスクルータとかは今どうでもいいの。一般常識の話をしてるの。わかる? 一般常識だよ。いっぱんじょーしき。そんなことも知らずにスクルータの『分際』なんて言われてもなー」
食堂は時間が止まったように静かになる。多くの視線が二人に向けられる。
蓮華は相手に反論のチャンスを与えないくらいに話を続ける。
「あっ!」
蓮華は口に手を当ててわざとらしさを存分にアピールする。
「もしかして入学してからまだ一か月も経っていないのにもうお山の大将気分ですか? あーあ、見苦しい」
男子は苦い表情をして言い返そうと口を開きかけるが先ほどと同様、蓮華は間髪入れずに続けた。
「まあ、お山の大将気分なのは別にいい。ただ、いつ俺たちはあなたの傘下に下ったんですか? もしかして、勝手に入れちゃってます? みんなあんたを認めてると勘違いしてます? いやー、困りますねー。インゲニオスだから何ですか? その程度の理由で俺はあんたの後ろを従順について回ったりしない」
男子は頭に血が上り何も考えられなくなる。感情に任せて蓮華に殴りかかってしまったが蓮華はその拳を簡単に払いのける。
「すぐ、暴力にでるー。でも……感情任せに繰り出したあんたのパンチを防ぐなんてかーんたーん」
皮肉たっぷりに蓮華は言った。完全に蓮華のペースだ。
周りの視線にやっと気づいたのか男子もその取り巻きもは居心地が悪くなりその場を去って行った。
「あんなこと言っちゃってよかったの?」
秋久が心配そうに蓮華を見ると、蓮華は何事もなかったかのように座ってみそ汁をすする。
「別に。思ったことを言っただけだしなー」
女子三人はなにが起こったのかよくわからないという顔をしている。
E組担任の巴が五人に近づいてくる。
「お前ら何してんだー。問題は起こすなよ。私に仕事が回ってくるから」
「はーい」
蓮華は何気ない返事をする。本当にどうも思っていないようだ。しかし、ほかの者はそうは思っていないようで、
「見てたんだったら助けてくれればいいのに」
「でも、あの先生はレンと同じでめんどくさがりな所あるからなー」
そんなことを話していると谷崎が何か思い出したように振り返る。
「あ、そうそう。霧ヶ谷、明日決まんなかったらお前E組の委員長な」
そう言い残し、その場を去って行く。
「……。あの人今なんて言った」
「いや、よく聞こえなかった……」
突然の不意打ちに二人は巴の言葉を聞き逃してしまった。そんな二人の疑問ににカルミラが真顔で答える。
「蓮華が委員長だって……」
「「………………」」
「レン、よかったね!」
「バカにしてんのか、アキ。その顔は『よかったー。これで僕が委員長の可能性はなくなったよ』って感じの顔だよなー?
ちょっとせんせーい。お話がありまーす」
しかし、蓮華の声に答えが返ることはなかった。というかもう巴は全力疾走で食堂を去っていった。
後日、蓮華は本当に委員長になりました……。