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mistel  作者: ぽむぽむ
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第二章

第二章   mistel


自衛団入団をかけて行われたエルランドからの入団試験は結果だけを言えばエルランドが呼び出しを受けたことによる中断・保留であり、続きは翌日に持ち越しとなった。しかし最後の瞬間には結果が出ていた。アマデウスが最後に振るった一刀は確かにエルランドの喉元を捕らえる寸前にあった。だが、それより先へと刀を振り切ることは出来なかった。

アマデウスは顎下に居座ったエクスカリバーの存在感を確かめるように顎下から喉元を触った。

「いたっ。」

 触れた部分に痛みが走った。そろーっと確かめてみると皮膚がただれていた。おそらくエクスカリバーの放つ光の熱が原因だと思われる。見てみれば服もあちこち焦げ、体も服が擦れてひりつくところがいくつかあった。

「本気で来られていたら何度死んでいたかわかりません。」

 あまりの力の差に諦め呆れているような声とは裏腹に唇を噛みしめ拳を固く握りこんだ。

「兄様!大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。」

 アマデウスを心配してアリスが袖を振り乱しながら駆け寄ってくる。固く握られた拳を開きアリスの頭を優しく撫でた。

「すみません。負けてしまいました。」

「ううん、アリス、こそいつも兄様に任せてる。ごめん。」

「いいんです。アリスを守るのは兄である僕の役目です、謝らないでください。」

 アマデウスの言葉には何一つ意思と思えるものが含まれていないように感じられた。ただ役目だからするただそれだけのこと、業務連絡と何も変わらないようにアリスは少し顔を曇らせた。

「でも、兄様惜しかった!もう少しで勝てた!」

「そんなことありませんよ。あの人全然本気じゃなかったですし・・・。もっと鍛錬しないとだめですね。」

「うー、牛の人相手だったら兄様勝って試験も合格、絶対!」

 服を握りしめ溢れ出しそうな悔しさを小さな体に抑え込んでいむアリス。まるで戦い、敗れたのが自分であるかのように悔しがるアリスを見ていると、アマデウスは心がじわりと温かくなり何かで満たされていくような感じがした。

「ありがとうございます、アリス。僕のためにそんなに悔しがってくれて。でも勝負に『たられば』はありません。偶然も奇跡もない、あるのはそれまでの自分が導いた結果だけです。」

「うー、兄様もっと悔しがる!」

 年齢に不釣り合いな大人な物言いで淡々と結果を受け入れ次の一歩に備えるアマデウス。アリスはそんな兄に自分の悔しさを分けてやるとでも言うように、兄の胸に力いっぱいの掌底打ちを入れた。

「エルランド・メランデル!次兄様が勝つ、絶対!」

 スカッと晴れた気持ちのいい青空目がけ啖呵を切るアリスをアマデウスはやれやれと言った顔で見守っていた。


「へっくしゅん!」

 『メルマリア王国』自衛団本部。その会議室で書類を確認していたエルランドは大きなくしゃみで書類を巻き上げた。

「大丈夫、エル?」

 日曜昼に無気力にテレビ鑑賞する父親のような態勢で空中をスライドする少女が、気だるげに心配の声をかける。見た感じ五~六歳のボーイッシュな少女は全身から淡い光を発していた。

「ええ、私は何ともありませんよ。心配していただいてすみません、エクス。」

 エクスと呼ばれた少女は体を捻りこみ水泳のターンみたく空中を蹴り、エルランドに向って進行方向を切り替え突進した。

「そんなことはどうでもいいんだけどさっ!さっきの子すんごい強かったな!アタシちょー楽しかった!明日また遊べるんだよな?」

「どうでしょう?確かに明日とは言いましたけど、ギルドはたくさんありますし他のギルドに所属する、という可能性もありますから。」

 顔のすぐ前で大きな身振り付きで興奮を伝えてくれる少女を避けつつエルランドは散らばった書類をかき集めた。

「え~、なんでえ!ならさっきの合格にしとこうよ!あんなに戦えるのそうそう居ないじゃんか!もったいないじゃん!」

 かき集めた書類が摘まれた机をバシバシ叩きながら全身を大きく使って少女は抗議した。当然書類は再び宙を舞いエルランドの苦労は全てリセットされた。

「はあー、あなたが遊び相手を欲しがっているだけのように聞こえるのですが。」

「うっ、そ、そんなことないもんねー。魔法使ってアタシのこと確認したわけでもないのに、アタシが生きてるって気づいたんだよ。それも一撃目で!そんな子初めてじゃん!絶対もったいないよ~。」

「ですがルールはルールです。あの試験での合格条件は彼が私に一撃を加えること、これは彼も同意したことです。そしてその結果、彼は私に一撃を加えることは出来ませんでした。であれば彼が不合格になるのは当然のことです。」

 まさかの書類拾いのリテイクに思わずため息をつきながらも同じ作業を同じように行う。その姿にはエクスに対し自分は仕事があるから構ってはいられないと無言の圧が感じられた。

 拾い集めた書類の束を机で整えるエルランドの右腕にしがみつき、おねだりする子供のように大きく体を揺らすエクス。エルランドの無言の圧力はエクスには感知不可能であったらしい。


自分が行きたいと思うところへ行くのが一番だと考えるエルランドからすればどうするかなんていうのは当人の自由でありこちらの都合を押し付けてはいけない。それでもいつまでもこうしていては仕事にはならないしアマデウスが戦力として欲しいというのも事実だった。

 『どうしたものか・・・』と少女に揺さぶられながら目を閉じ思考していると扉の開く音がした。

―――ガチャッ。

 開いた扉のすぐ奥に居たのは書類を抱えたエイラ・メランデル副団長だった。すでに扉は全開になっているのに、エイラは入室しようとせず部屋の外から顔色一つ変えずにただ冷たい視線を送っていた。

 エイラの目から見える景色にはねだり声を出しながら、少女におねだりされ悦に浸っている夫の姿があった。

「何をされてるのでしょうか、団長?」

「ああ、エイラ副団長、お疲れ様です。何をって、今は書類を・・・」

 思考を中断しエイラの問いに答えようと自分の現状を確認しなおす。そこには少女に迫られされるがままの自分が居た。

「いや、これはですね・・・」

――――シュ、コン。

 現状確認を行い報告義務を果たすべく顔を上げたエルランドを迎えたのは一本の投げナイフだった。エイラの手から放たれたナイフは『シッ』と音を立てながらエルランドの頬に直線を刻んだのち、後ろの壁で少しの間唸っってから黙り込んだ。壁に刺さったナイフは『あなたの意見を聞く必要はない』と言っていた。

「永遠の沈黙と死、どちらが良いでしょうか?」

 エイラは腰に備えられた二本目のナイフを取り出し、無表情のままエルランドに選択しを与えた。

「それは君の頭の中では同義になってはいませんよね?」

(もしここで発言を誤れば即デッドエンドですね。)

 あまりの緊張に冷や汗を流しながらエルランドは恐る恐る口を開いた。

 それに対するエイラの回答は、

――――スッ。

 無言で二本目のナイフを取り出す、だった。

「ちょ、ちょっと待ってください!これは誤解、誤解ですから。」

 両腕を前へ突き出した全身での抗議にエイラは二本目のナイフを納めた。

「あっ、エル。ここ血出てるよ。」

 先ほどまでエルランドの右腕で駄々をこねていた少女は腕を引き剥がされるとエルランドの右頬に付いた傷に気づいたらしく、顔が並ぶ高さまで浮遊して


―――ペロッ。

 いつものことと、さも当たり前のように傷口に舌を這わす。傷口は舐められたところから治癒していき舐め終わった時には跡形もなくなっていた。

「これで良し。」

傷があったところを至近距離で見つめ具合を見る。

「あっ、まだ血痕が・・・」

 そう言って少女が舐めとろうと舌を近づけたとき。

――――シュ、コン。

 同じ軌道を辿り二本目のナイフが一本目が刺さっているその穴に割って入った。

「ちょっとエイラ、何すんの!治したばっかなのに、また傷が出来たじゃん!」

「黙っててください。手元が狂って団長を殺してしまいます。」

「えっ、殺されるの私なのですか?」

―――シュッ。

「大体、命にかかわるような傷でもないものを一々治癒しないでいただけますか、エクスカリバー。任務のとき以外は人型で居ることを許可しているだけでも大きな譲歩なのです。これ以上団長を堕落させないでください。」

「あれ?もしかして『大事な旦那が寝取られちゃう~』とか思ってるの?」

―――シュッ、シュッ。

 発光する少女改めエクスカリバーはどうやら空気が読めない上にどうしようもなく悪ガキ気質のようで、エイラの逆鱗を無邪気に愛撫でしていた。

「今は勤務中であり、そこに居るのは団長のエルランド・メランデルで私は副団長のエイラ・メランデルです。夫だとか妻だとかそう言った私事は一切関係ありません。第一エルランドの私に対する愛情はその程度のことで揺らぐようなものではありません。」

―――シュシュシュッ。

 エイラが夫エルランドとのことを仕事に持ち込まないというのは二人が結婚する際に自衛団全員の前で宣誓されたことなのだが、その時点で大分私事が自衛団内に影響を与えたことをエイラは理解していない。そして今現在、メランデル夫妻に関する話題はむしろ団員たちが自らタブーとしていた。

「とか何とか言ってホントは、」

「ストーップ!」

 忘れられかけていた当事者の一人エルランドが次の口撃に移っていたエクスカリバーにストップをかけた。

「エクス、止めてください。それ以上続けられると、いよいよ私が死にます。」

 見ると六本のナイフが衣服をとらえエルランドの体を壁に貼り付けている。

「エルはなんでそんなとこに貼り付けられてるの?」

 『あなたのせいですよ』とエルランドが目眉で訴えていると視界の端でエイラが動くのが見えた。

「待ってください、エイラ!」

 エルランドの必死の叫びにその動きを止めたエイラの手にはナイフがしっかりと握られていた。

「大丈夫ですよ。私はあなたが生物として機能していなくても愛せますから。」

「いや、エイラが大丈夫でも私が大丈夫ではありません。生きていなければエイラのことを愛せないではないですか。」

 ぽっ、と音を立てて顔を赤く染めると照れていることを隠したいのか顔を引き締め怒りに似た表情を作り体を小刻みに震わしている。

「そ、そんなことを言っても騙されませんよ!どうせエクスカリバーにも同じようなことを言っているのでしょ!」

「何をバカなことを言っているのですか。エクスは私の相剣であって愛剣ではありません。私が愛しているのは妻であるエイラ、あなたただ一人です。」

「・・・・・わかりました。あなたの言うことを信じます。」

 ナイフを仕舞いツカツカと部屋の中に入ってくるエイラ。その足取りは軽く横顔からはなぜか機嫌の良さが感じられた。ひとまず嵐が去ったことにエルランドはほっと胸を撫で下ろした。

「ちょっと、さっきの本気でエルのこと殺す気だったよ。あんなのが奥さんで本当に、」

 エルランドの耳元にエクスカリバーが寄ってきたかと思えば、とんでもないことを言い出すのでエルランドは慌ててとっ捕まえ口を塞ぎ込んだ。

「それで・・・」

 エイラがそんなタイミングで口を開いたものだからエルランドは心臓を締め上げられたようだった。その緊張はエクスカリバーにまで、伝わりエクスカリバーまでもが目を白黒させた。

「それで・・・、アマデウス・レンクヴィストはいかがでしたか?」

 まったく予想していなかった言葉にエルランドは思わず黙り込んでしまった。

「・・・?さっきまで居なかったのは試験場に行って彼の事を見てきたからではないのですか?」

「あ、ああ。はい、そうです。見に行ってきました。」

「それで、彼はいかがでしたか?」

「エイラの話から想像していたのとは全然違っていました。状況的に自ら攻める必要があったからでしょうが、ずいぶんと攻撃的なスタイルでした。ですがあなたの言う通り、根本的には守備的なスタイルのようですから体に馴染んでいない様に感じました。それでも素晴らしい戦闘技術とセンスを持っています。戦いの中で成長を感じさせてくれるほどでしたから。・・・まだまだ強くなりますよ、彼は。」

「その口ぶりですと団長自ら彼の試験を行ってきたようですね。」

「うっ。」

「そのことは別に咎めません。何か事情があったのでしょう。それに勝負しても構わない状況で強者を前にしては、あなたに我慢など出来るわけがないとわかっていますから。」

 さっきのように怒られるかと思い、『しまった』と思ったがエイラの様子は想像と異なり優しく包む妻の顔をしていた。

「エクス、さっきの質問ですが、こういう時に彼女が妻でよかったと感じます。私のことをちゃんと理解して支えてくれる。私が無茶をしてもちゃんと帰ってくる場所を守っていてくれる。そう感じさせてくれる時に、エイラを妻にして良かったと、そう感じるのです。」

 そう言ってエルランドがエイラを見つめる顔は、剣であるエクスカリバーにでさえ『これが愛なんだな』と、そう思わせるものだった。


「でも、それは残念ですね。今日アマデウス君に合格を出さなかったとなればアマデウス君が自衛団に入団することはなさそうですね。」

「ええっ!」

「どうしてですか?」

「実は今日、『戸陰』に行ったときに『ミスティル』のラウラ・ラーゲルベックに会ったので彼女にも彼のことを教えたのですよ。」

「そう言うことでしたか。『ミスティル』の・・・。」




 自衛団入団試験場前広場。エルランドとの試験戦を終えたアマデウスはまだ広場から移動もしていなかった。

「兄様、どうする?」

「そうですね。今日の宿も試験で受かっっていれば団員専用の寮になっていたのですが、野宿するしかないでしょうか。」

「野宿・・・・・。お風呂、ベッド、ご飯・・・。」

 昨日も旅商人の荷馬車に泊めてもらいもう一週間ほどまともな寝床では休めておらずお風呂にも入れていない。せめてアリスだけでもまともなところで休ませてあげたいがアリスを一人にすることは出来ない。

(どこかの店にでも一晩だけ泊めてもらえるようにお願いしてみるか、ギルドホールに行って人員募集をしているギルドに入れてもらうか・・・。)


「何やお困りのようやな。」

 あーでもないこーでもないと思考を巡らすアマデウスの後ろから聞き覚えのある言葉使い・声が聞こえてきた。

「ラウラさん、一体どうしたんですか?」

 金髪のショートカットの人間の女性、名はラウラ・ラーゲルベック。入団試験に向かっている途中、ラウラがオーガ達に追われていたところをアマデウスが助けている。

「今晩泊まれるところをお探しやとか。」

「はい。実はそうなのです。今はお金がなくて宿には泊まれないし、入団試験も不合格になってしまったので、行く当てがないのですよ。」

 ニヤリ。この瞬間のラウラの顔は悪徳業者も顔負けのしたり顔だった。

「そうか。ほんなら二人揃ってうちへおいで!」

「えっ!ラウラさんのお家ですか?そんないきなり悪いです。」

「ちゃうちゃう。うちが今所属してるギルドっちゅうか、ファミリーの事務所っちゅうか寮みたいなもんやから。ん、でも普段からそこに住んどるし結局うちの家っちゅうことになるんか?」

「??」

「まあええわ!これから行かなあかん所あるわけとちゃうんやろ?ほな付いといで。」

 説明を途中から投げ出したまま、半ば強引にアマデウスの手を取るとラウラは足を進めた。


 ラウラを先頭にアマデウスたち兄妹は『メルマリア王国』の西側国境を出て外に広がる森の中を一五分ほど進んだ。

「そろそろやで。」

「・・・清水の匂い。」

 ラウラの言葉にアリスは鼻をスンスンと鳴らし周囲の変化を匂いで感じた。

 日も傾き始め暗がり始めた森の中、前方に光で満たされた場所が見えてきた。近づくと西日が目に注ぎこまれ視界をくらませる。暫くすると目も慣れその景色が姿を現した。

「きれい・・・。」

 開けた場所には大きな湖があり、これこそが目をくらませた正体だった。湖に降り注いだ西日が湖に反射して森へと差し込んでいたのだ。広場は直径一㎞ほどの正円形をしていて湖は長径二〇〇m・短径五〇mほどの楕円形をしていた。そして、その奥、

「あれが、うちらの家『ミスティルmistel』や。」

 湖の奥、ラウラが指さしたところにあったのは、大きな大きな一本の木だった。軽く二〇〇〇~三〇〇〇年は生きているだろう。

 近づいてみるとまたその大きさに驚かされる。建造物にはない生物独特の存在感が感じられた。だけどそれは決して人を圧するものではなくむしろ全てを受け止めくれるようなそんな存在感だった。

 よく見ると木にはドアや窓が取り付けてあり、中から明かりがこぼれていた。晩御飯の準備を始めているのか良い匂いがしていた。

「二人とも、覚悟は出来たかな?・・・ほんなら、お二人様ご案内~!」

 兄妹が頷くのを確認するとワザとらしく溜めを作りそのドアを開いた。

 大きな木の扉をくぐり中に入るとそこには思っていた以上に広い空間が広がっていた。入り口から奥までは二〇mぐらいありそうだが、扉の付けられた壁を見ると木の表皮まではまだ三mぐらいありそうだった。壁に沿って階段が取り付けられている。外で見た窓から四階まであるようだった。中の照明には魔法火が使われているようだった。オレンジに近い暖かみのある優しい光に溢れている。

「おかえり、ラウラ。その子たちがあんたが仲間にしたいって言ってた兄妹か。」

「ただいま、アル姉。せや、この子らめっちゃキュートやろ?おまけにこっちのお兄ちゃんめっちゃ強いねん!」

 部屋の奥には広間とは区切れるようになった一部屋があった。そこに居る一人の女がやたらと長い煙管をふかしている。

 ラウラにアル姉と呼ばれた彼女はとにかく色気を感じる女性、そんな印象だった。、エルランドと同じぐらいに背の高さがありながら、その上底の高いピンヒールを履いているものだから頭の位置がその辺の男どもよりも高い。遠目からでもはっきりとわかるほどにボディーラインの強調されたタイトな服、短いスカートの下に履かれた黒のストッキングがより艶めかしく見せていた。きつめの服に締め上げられた見事な巨乳はその存在感をより一層盛り上げている。肩に掛かったコートがボディーラインをさりげなくカバーするはずなのだがそれさえも色気をUPさせる増幅装置でしかなかった。

「こんなに離れてちゃ、ちゃんと見れんな。」

 ダンッとその場で踏み切った彼女がふわっと舞い上がったかと思えば、

―――カカンッ。

 一息に兄妹の目の前に降り立った。

「これでよし。」

 先ほどまで遠くてはっきりとわからなかった彼女の顔は目口が大きくはっきりとした顔だちをしていて強めのウェーブがかかった赤髪ロングヘア―の隙間から覗く耳は人間と比べると少し尖っているように感じた。

「あんたたち、名前は?」

「アマデウス・レンクヴィストです。こっちは妹の、」

「アリス。」

「アマデウスにアリスね。私の名前はアルヴァ・フォルシアン、よろしく。」

そう言ってアルヴァはニカッと笑顔を作って見せたあとかけていた眼鏡を外しずいっと顔をアマデウスに近づけ見つめる。

五秒ほど見つめると次はアリスに顔を近づけ見つめた。アリスは少し長めに七~八秒ほどかかっただろうか。ひとしきり見つめ終わるとアルヴァは突然立ち上がりこう宣言した。

「決めた。あんたたち二人、今日から私の家族になんな!」

 両手を腰に当て、兄妹たちに向かって腰をくの字に折り曲げて宣言するとまたニカッと笑顔を作った。


「ちょおっと待ったあ!」

 ただ顔を見つめられただけで家族に迎えられることになろうとしていたこの瞬間、右側の部屋から大きな抗議の声が上がった。

「意義あり!意義あり!意義あり!意義あり!意義ありいいいいい!」

 意義を唱えるごとにボルテージを上昇させながら一人の男が速足で距離を詰めてきた。

「こんなクソチビが新しい家族になるだなんて俺はぜってー認めねえ!」

 彼はアマデウスの目の前で立ち止まると人差し指を突き立て怒鳴りたてた。

「なに?クー公、あんた盗み聞きしてたの?てか飯は?」

「ちょっと待ってくださいよ!この格好見たらわかるでしょう!絶賛仕込み中ですよ!厨房に居たら嫌でも聞こえますよ!」

 アルヴァから粗末なものを見るような冷めた視線を受けるクー公と呼ばれた男は確かに調理中の姿をしている。肉の油と複数の香辛料の粒を付けたままのナイロンの手袋を両手にはめ、足首辺りまである長いエプロンに三角巾まで装備している。

 銀色の髪に鋭い目と大きな口、口内には鋭い牙が並ぶところから見るに人間ではなさそうだ。

 アマデウスが観察していると、視線に気づいたクー公が眉間にしわを寄せ下から視線を捲ってきた。

「おいこら、クソチビ。お前今俺のこと『ハッ、何この子、自分の方が小さいのにクソチビとか呼んですごく・・・無様!』とか考えてただろ?おお、コラ。」

「そんなこと全く思ってません。・・・確かに僕より小さいですけど。」

 アマデウスはまだ一〇歳の子供なのだ。たとえ思ったことをそのまま口にしてしまっても誰も責められまい。

 クー公は顔や全身の雰囲気から二三歳ぐらいに思われたが一〇歳のアマデウスより一五㎝ほど背が低かい。こんな状況で口にしないなど子供には到底不可能なことだ。

「何だとコラァ!もう一回言ってみろや!八つ裂きにしてくれるわ!」

 チンピラの標準装備的なフレーズを振りまきながらクー公はアマデウスの胸倉を掴みにかかった。


 繰り出したままその手はそれ以上前へは進まずにその場で固まっていた。クー公の体もろとも氷漬けになって。

「全く何やってるのよ。こ~んなに可愛いい子に暴力なんてサイッテー。しばらく頭だけじゃなくて全身冷やしとけばいいのよ。」

 突然後ろから誰かが寄りかかり耳元で話し始めた。

「大体聞きたくない話なら耳栓して料理してればいいのよ。ねえ、そう思わない?」

 凛として雪解け水のような澄んだ美しい声だった。この声で頼まれれば何でも言うことを聞いてしまうのでは、そんなことさえ思った。

声のする方へと首を回すとそこに居たのはとても清く美しいハーフエルフの女性が居た。エルフの美しさは幻想的で自分は今夢を見ているのではと錯覚させると言うが、彼女は幻想的なだけでなくどこか儚くより夢のように感じられた。

「おりゃあああ!」

―――バキァン!

全身を氷漬けにされていたクー公が氷を砕き復活する豪快な音が部屋に響いた。

「この、クソビッチが!よくも氷漬けにしてくれやがったな。」

「ちっ。・・・別にいいじゃない。あんた去年の雪まつり見逃したって騒いでたでしょ?ちょうど良かったじゃない。」

(あれ?ビッチ?舌打ち?)

 先ほどまでの儚げな美人のお姉さんはどこへやら、そこに居るのは高飛車で気の強そうなお姉様だった。

「ふざけんなよ。俺は雪まつりを見たかったんだよ!勝手に出場サイドに加えてんじゃねえ!・・・気を付けろよ、クソチビ!こいつはエルフと雪女のハーフでショタコンかつロリコンの幼児限定両刀超肉食系女だかんな!」

(なるほどー、半分が雪女ということはさっきの感覚も雪女の妖力が影響していたのですねー。)

 などと冷静に解説しつつアマデウスは

(女の人って怖いなー。)

 と男が人生で必ず学ぶことになる大きな問題との初対面を迎えていた。

「あんたこそドワーフでウェアウルフ狼人間のくせに女に声もかけられない超草食系ヘタレ童貞じゃない。どうするの、もう二三なのよ。魔法使いまでのカウントダウン始まってるわよ。このままだとあなたの部屋に漁船が間違えて突っ込むわよ、イカ臭くて。それに・・・」

 ビッチVS童貞なんて勝負になるわけがなかった。試合のゴングがまだ響いているうちに即死コンボが炸裂、童貞は体力が底をついてもなおをコンボは続きサンドバッグと化したその体は宙を舞い続ける形となった。

「そのぐらいにしときな、ヘレン。クーが泣いちゃうだろ。それに端から見るとただの弱い者いじめになってるぞ。」

 レフェリーの居ない野良試合に終了の合図を出したのはこの家の責任者でありながらなぜか通りすがりの傍観者ポジションに居座っていたアルヴァだった。

「まあ、アルヴァが言うなら。・・・ごめんね、クー。私も調子づいてたわ。お願いだから泣き止んで、ね。」

「ふざけんじゃねえ、泣いてねえから!大体なんだ調子づいてたって、『調子に乗ってた』だろうが!絶好調か!?ゾーン状態ナウ、とでも言いてえのか!」

 下を向いたままだったクーも顔を上げた途端目くじら立ててまくしたて始めた。怒っているはずなのだがその様子もどうしてかアマデウスにはとても楽しそうで見てると胸の奥に穴が開いてるような空虚さのような寂しさのようなものを感じた。

「なはははは!ならヘレンには私たちがスローモーションに見えてるって訳だ!なははは。」

「姐さん何笑ってんですか!俺のこと弱い者扱いするのもいい加減に止めてくださいよ。ラウラてめえもそんなとこで黙ってんじゃねえ!そもそもはてめえが連れてきたクソチビが発端だろうが!」

 アルヴァに首根っこを掴まれて空中でジタバタ暴れるクーをヘレーナが突っつくとクーが一層大きく暴れる。未だに他種族同士が憎み合い、本当に分かり合うことなど叶わぬ夢のように感じるこの世界にこれだけ気の置けない関係で居ることはとても素敵で、兄妹二人だけで過ごすアマデウスにとっては羨ましい光景であった。

「どない?これが今のうちの家族や。皆おもろいやろ?」

「はい。すごく・・・素敵だと思います。」

 このときアマデウスが作った笑顔は彼が見せた年相応の屈託のない見ているこっちまで楽しくなるそんな笑顔だった。


「改めて、私が『ミスティル』の大黒柱アルヴァ・フォルシアンだ。父親は違うけど母親は人間だから。まあ、父親に関してもそのうちわかるわ。今は説明が面倒なんで時が来たら教えるということで、よろしく。」

「私はヘレーナ・フェーリーン。さっき言ってたかと思うけどお父様がエルフでお母様が雪女なのよ。二人が亡くなった後アルヴァに出会ってここでお世話になってるの。」

「クルト・ブラードだ。ウェアウルフ狼人間とドワーフのハーフだ。・・・ってちょっと、姐さん。こいつら本当にこのまま家族になるんですか!」

「なに?私の決定に何か意見でもあんの、クー公?」

「ちょ、犬みたいに呼ばないでくださいよ。・・・いや、ほら俺の時は実力が見たいって言って試験したじゃないですか。俺も彼らの実力を知っておきたいっていうか。彼らだけ試験しないってのはずるいっていうか。」

 アルヴァの気迫に目がマックス泳ぎながらも主張するクルトには何だか応援せずにはいられない気にさせられた。

「試験って何?私やってないわよ。」

「うちも試験なんかしとらんよ。」

「えっ?もしかして俺だけ?」

「当たり前だろ。あんた初対面で私に弟子入りしたいとか言いだして、怪しい事この上なかったんだから。何度断っても諦めないし、無視してたら今度は家の前に泊まり込み始めるから。」

「う~わ、キモッ、クー公先輩マジありえへんっすわ~。でも、そんな人よー家族にしたな、アル姉。」

「まあ、根負けってやつよ。二週間も家の前に張り付いてるもんだから試験をクリア出来れば家族にしてあげるって言ってやったのよ。」

「そうなんだよ。その試験ってのがさ、カイセ火山に住んでる六m級のファイアボアを狩ってこいってのでさ、これがまた大変だったんだよ。なんか一週間くらいかかっちゃってさ。」

「私もまさか本当に狩ってこれるとは思わなかったわ。」

 意気揚々と武勇伝を語っていたのに、それがまさかの諦めさせるための無茶ぶり試験だったと今になって知らされるクルトであった。

「と、とにかく俺はこれから家族になるヤツの実力を今の内に見ておきたいわけ!わかっていただけます?」

 自分は望まれず入ってきた子じゃない、とクルトは必死に自分を奮い立たせた。それでもこれ以上のダメージは避けようと自然と話題転換させていた。

「まあ、それは一理あるわね。彼の戦いを実際に見たことあるのはラウラだけだけだからね・・・。」

 『そうだねー』と考え込むアルヴァ。ヘレーナとクルトがすっと視線を部屋の外に向けた。アリスも同じ方向を向いた。

「兄様、何か来る。」

 アリスが警戒心を外に向けたまま袖を引っ張るのでアマデウスも外に目を向けるとドアの窓越しに物影が近づいてくるのが見えた。

「よし、外のやつらの討伐!これを試験にするわ!」

――――バキャン。

外から飛んできたのは牛ほどの大きさの岩石だった。バラバラと崩れるドアには気にも留めず。『ミスティル』の面々はクルト以外が外に出てきた。

「あれ?クルトさんは出て来てませんが?」

「クーはいいのよ。大切なものを取りに行っただけだから。」

 そう言って、ウインクして見せたアルヴァはどこか楽し気に見えた。


「なるほど。あんたたち、最近ほんの少し名前が売れていい気になってるって噂の『レッドファング』だね?」

「そんな、人を舐め腐った噂に聞き覚えねえが、・・・。確かに!俺たちこそあの悪名高き『レッドファング』だ!」

 シャキーンと効果音でも流れそうな感じにポーズを決めているが何分人数が多すぎる。どこを見ればいいのやら、などと悩んでいただけで結局誰の決めポーズも頭に残ることはなかった。

「しかし、一体何人連れて来たんだい、こいつは?」

 レッドファング御一行様ぞろぞろと広場を囲う木々の間間から姿を現していたが、その最後尾はまだ視界にとらえることが出来なかった。

「んっふっふ、気になるか?その戦力差!いいだろう、教えてやる!絶望するがいい!その数なんと・・・」

「五〇〇。」

「おや?この短時間に数えたのかい、アリス?」

「数える必要なんて、ない。」

「すごいわね~、アリス。可愛いだけじゃなくてそんなことも出来るなんて。お姉さんがご褒美にハグしてあげる。」

 ヘレーナのハグを瞬時に回避しアマデウスの後ろに隠れて威嚇するアリス。そんなアリスを見てさらにヘレーナは身を悶えさせていた。

「アリス。他にも何かわかることはあるかい?例えば、あの中で一番強いのは誰か、とか?」

「・・・・・あれ。」

 じっとアルヴァのことを観察するように見つめた後アリスは御一行様の奥を指さした。

「ん?なあヘレン、あれは確か北の森を縄張りにしてたっていう・・・。」

「うん、間違いないと思う。双子のトロール兄弟だよ。」

「あれ?ほなさっきから偉そうに喋っとるあのリーダーっぽいオーガはなんなん?」

 ラウラの問いにアリスはただ無言で首を横に振った。

 無言でジェスチャーのみの返答はアリスがまだ警戒心を解いていないからではなく、幼いながらに空気を読んでしまったが故の行動と思われた。六歳の少女が目一杯気を使ってとった行動を無駄にしないためにも明言することは控えた。それでもこの絶対実力主義の世界にあって実力のないお飾りの指揮官など目も当てられない。

「あー。」

 非常に痛々しい相手指揮官に嘆息にも似たリアクションをミスティル一同でとってしまった。

(なんちゃって将軍。)

(客引きパンダ。)

(お飾り指揮官。)

「おい。お前ら、なんか失礼な称号つけてるだろ?」

「全然。」

「その残念なものを見る目も止めろ!」

 これ以上自分の恥部を裏から責められてはたまらないと止めにかかったが恥部いじりは思いがけず波及していた。

「ごめん、俺らリーダーがそこまで強くねえの知ってた。」

「わざわざ言わなくていいよ!何?俺のことずっと陰で笑ってたわけ?」

・・・くすっ。

「笑ってんじゃねえよ!ここは笑っちゃダメでしょうよ。もう少し気い使えよお、お前らさあ。」

「大丈夫か?泣くなよ。」

「泣かねえよ!てかこのタイミングでの優しさなんて余計に傷広げるだけだわ、空気読めよ!」

 まさかの仲間の裏切りにお飾りのキャプテンは半泣きになっていた。きっとこれまで実力がないなりに仲間をまとめるために苦労をしてきたのだろう。

「なんだか、あいつ・・・不憫だな。」

「そうね。さすがにちょっと・・・。」

「うるっせえ!相手に気い使われたくなんてねえよ。・・・大体、用があるのはてめえらじゃねえんだよ!」

「そうなのか?ならここに何しに来た?」

「ここに金髪のピュアヒューマン純人間の女が居るだろ。」

(ここに居る金髪のピュアヒューマン純人間と言えば・・・)

 全員がシンクロしてラウラを見る。

「えっ、うち?」

「そうか、てめえか。今日俺らの仲間を滅多打ちにしたってのは。」

 『今日』『レッドファング』と言えば確かに試験場に向かう前にレッドファングの連中には会っている。だがその時は、

「いやいやいやいやいやいや、滅多打ちにしたんはうちやなくてこの子や。」

 ノーシンキングタイムで自分より幼いアマデウスを差し出したラウラはきっと、ただの正直者なのだろう。自分たちの身内のことだ、きっとそうに違いないと誰もが信じた。

「そう、滅多打ちにしたのはそのガキだ。」

「ふう、助かった。」

「おい!」

 利己心全開の身内には総ツッコミが入れられた。「そんなんボケに決まっとるやん!皆ナイスツッコミやで!ツッコミが居ってこそボケは生きるんや!」などと襲撃を受けているという状況など忘れて談笑を始めるミスティルの面々に、オーガは神妙な面持ちで話を続け始めた。

「確かに実際に戦っていたのはそこのガキだ。・・・だけどな、満身創痍の仲間が俺にこう言ったんだ。・・・『気を付けろ。あのガキを差し向けたのは野蛮な言葉使いの金髪のピュアヒューマン純人間の女だ。かつて鬼と同一視され恐れられていた俺たちオーガをまるで虫ケラを見るような目で見たまま、俺にとどめをさせとガキに命令した。俺たちよりよっぽど鬼みたいだった。いや、やつは悪魔だ。』と。」

「なははははは・・・。ラウラ、あんた私の知らないうちに悪魔に転生してたのか?」

「ふふふ・・・、ばれてしもたらしゃあないのお。せや、わしがあん虫ケラをやれ言うたんや。・・・・・って、んなわけあるかあああああ!」

 前髪をかき上げてオールバックにしてまでの子芝居からの~ノリツッコミ、まったく無駄のない見事な流れであった。

「こんな美少女捕まえといて、言うに事欠いて悪魔とはどういう要件じゃワレ!責任者出て来んかい!」

「まあまあ、とりあえず落ち着きな。」

 怒り狂うラウラの脇をアルヴァが抱え上げるたもののラウラは空中で体をバタつかせ口から火を噴きそうなほどに怒っていた。それでもアルヴァが声をかけた途端。

「まあ、アルヴァが言うなら。」

 それまで怒っていたのは冗談だとでも言うようにピタリと静止した。

 アルヴァが止めるまでにラウラの口から発せられた言葉はかなりアレだったらしく、卑怯で下劣なことに定評があるレッドファングの面々も心の柱を砕かれたようだった。腰砕けの恰好で隣の者と体を支え合い涙目で足腰をガクつかせていた。アルヴァに言われて後ろに下がるラウラの後ろ姿目がけてお飾りが中指を立てた。

「ああん?」

 とんっでもなく不機嫌そうにラウラが反応する。コンマ二秒、オーガたちの脊髄はラウラの視線を危険と判断したらしい。瞬時に体を一本の棒のように硬直させた。アリスは気だるげにろくに体も首も反転させずに首を倒して後ろの生意気な声の主を確認しようとした。

「のぉ?誰か今うちに向かってろくでもないこと願わんかったか?」

 オーガたちの首が一斉に右左に振られた。

「ホンマやろのぉ?」

 レッドファング御一行に対しラウラはズボンのポケットに手を突っ込み中腰前かがみの姿勢で睨みを利かせていた


「いい加減にしな。」

 とん、とラウラの頭にアルヴァの手刀が下ろされた。

「あーあ、おもろいとこやのに。」

 わかりやすくぶーたれながら片足を軸に反転した。

「先戻ってドア直しとるから皆も早よ戻ってきてな。」

 『あとはよろしく~』などと言いながら頭の上で手を大きく振りながら家の中に戻っていった。

 状況変化に置き去りを食らったオーガたちは三秒かけてようやく現状に追いついた。


「って全部、演技だったのか!ふざけんな!戻って来い!」

現状に追いついたものの時すでに遅し。ラウラの姿は屋内に消えた後だった。

「建物に引っ込んだってんなら、そいつごとぶっ殺してやる!全員構えろ!」

 さんざんいじり倒された挙句、相手には逃げられてしまったリーダーは完全に自棄になっていた。号令に合わせ火の灯された矢をが一斉に構えられた。

「そうか。ならあんたらも覚悟するんだな。私の家族に手を出そうとしてんだ。五体満足で監獄に行けると思うなよ。」

 アルヴァから感じる圧力がその場を飲み干していく。とても重たく熱い、息を吸うと喉が渇き目まいがする。真夏の日差しでも受けているかのように肌がひりつく感覚に襲われる。だがアマデウスにはこの感覚がどこか懐かしく感じたのと同時に、胸の奥の奥ぽかんと開いた穴の中がひりつくほど熱くなった。

「放て!」

 アマデウスが胸の奥の熱源に気をやっているとレッドファングの一団はリーダーの号令で一斉に火矢を放った。

「遅くなってすいません。・・・って、うわっ!何だこりゃ!」

 大切なものを取りに行っていたというクルトは二mもある赤い大剣と一六〇㎝ほどの長さの真っ黒な大太刀、白銀のレイピアを持って戻ってきた。

「クー、いいタイミングで戻ってきたわね。私の寄越しな。」

「うす!姐さん!」

 クルトが赤い大剣を投げ渡すと、アルヴァは受け取ったままに抜刀する。アマデウスは鞘からその剣身が見えた瞬間、エクスカリバーに近い圧倒的な存在感、でもそれとは全く異なる禍々しさを感じた。

「あれは・・・魔剣、ですか?」

「へっ、クソチビのくせにいい勘してるじゃねえか。そうだ、あれは現世界で唯一姐さんだけが使える魔剣、レーヴァテインだ。」

 ヘレーナにレイピアを渡したクルトは自分のことかのように自慢げな表情で説明した。

 

 空から雨のように降り注ぐ矢の群れに対し自分の身長よりも大きなレーヴァテインを軽々と構えるアルヴァ。構えられたレーヴァテインはその身を染める赤色を一瞬炎のようにゆらり、と揺らめかせた。

「はあっ!」

 まだ一〇mはありそうな矢の群れに向かってアルヴァがレーヴァテインを一振りするとその剣身は炎を巻き上げ、矢の群れを一瞬にして消し飛ばしてしまった。

「それは、この国の王ドグラス・フレイヴァルツが愛用してたっていう魔剣じゃねえか!なんでてめえがそんなもん持ってんだ!」

 メルマリア王国の国王ドグラス・フレイヴァルツはまだ多くの種族が入り乱れての大戦が幾度となく繰り広げられていたころレーヴァテインを手に多くの戦場に終止符を打ったという。野望に絶望、怒り、恨み、憎しみ。混濁したこの世界の中でその強さの元多くの種族を束ね、『メルマリア王国』ほどの大国を築いた物語は全ての国民が子供の頃に読み憧れた。


「・・・だが、」

 空に出来た炎の壁を突き破るようにドアを破ったものよりも数段大きな鉄鉱石が二つ、炎を纏ったまま向かってくる。

「これなら燃やせねえだろ。さっさとくたばっちまえ!」

「はあ。クー、ヘレン。」

「おっしゃあ!いくぜ、同田貫!」

 アルヴァ同様に自分よりも長い刀『同田貫』を首をくぐらせななめに肩にかけると、クルトは自分の雄たけびを追うように鉄鉱石目がけて飛び出した。

 抜刀され姿を現した刀身は鞘以上に濃く、美しい漆黒を纏っていた。色ムラもなく美しい孤を描くその姿は剛毅直諒と言った感じだった。

「どおりゃあああああ!」

鉄鉱石に対し真っ直ぐに打ち込まれた刀は何者にも妨げられることなくただ振り下ろされたままに鉄鉱石を二つに分かち通過した。斬り裂かれた鉄鉱石は左右に逸れ家を躱して地面に突撃した。

「私、戦うのあんまり得意じゃないんだけど。・・・・・ま、今日は可愛い子たちの前だしお姉さん頑張っちゃおうかな!」

 前に仁王立ちしたヘレーナは両手を前に突き出すと燃える鉄鉱石に狙いを付けた。

「はあー・・・・・・はあっ!」

 ヘレーナが力を籠めると手の内から強力な冷気が流れ始めた。掛け声とともにヘレーナの手から強力な冷気が燃える鉄鉱石目がけ放たれ、吹き抜けた。後に残った鉄鉱石は周囲を氷の膜が覆い完全に死に体となっていた。

氷を纏ったまま自由落下してくる鉄鉱石を見ながらヘレーナはレイピアを抜いた。全身を白銀に染めた剣はヘレーナの表情も相まって極めて冷徹なものに見えた。 

 自由落下を続ける鉄鉱石に狙いを定めるヘレーナはさながら獲物を狙う狩人のようだった。

「やあっ!」

 ヘレーナがレイピアを突き立てると鉄鉱石は破裂するように砕け散った。

「・・・まじかよ。」

 三m近い大きさの鉄鉱石まで軽々とあしらわれオーガたちは慌て始めていた。一方アルヴァはそんなオーガたちに対し呆れ果てていた。

「この程度でよく私たちに勝てると思ったわね。せめて街で私たちについて少しでも調べてくるべきだったわね。」

 飛んできたリンゴ大の鉄鉱石のかけらを受け止めるとオーガたちに向けて突き出し素手で砕いて見せた。

「ひっ!」

 ゴブリンたちの内何割かの者は情けない声を上げ前を向いたまま下半身は逃げ始めていた。

「前情報入っちゃったらきっとここまで来れてないですよ。」

 クルトの切り替えしに『それもそうだな』などと言って笑うミスティルのメンバーはアマデウスたち兄妹にとって初めて出会う可笑しな人たちだった。

これまで出会った者といえば盲目的に戦いを求め、築き上げた地位を背に他人を支配しようとする者か、戦いを避け続け時には自分より弱い者を盾に争いの嵐を凌ぎ逃げる者ばかりだった。幼い彼らにとって世界は自分勝手で理不尽なただ醜いだけの世界で、その中で生きる者は支配する者と支配される者の二種類だけ、そう考えずには居られなかった。

「ぶおおおおおおお!」

 逃げ腰の入ったゴブリンたちに喝を入れたのかはたまたいつまでも動かない戦場にしびれを切らしたのか、トロールの一体が突然大声を上げた。

「ぶおおおおおおお!」

 兄弟の雄たけびに呼応するかのようにもう一体も大声を上げると雄たけびは共鳴し合い地響きを起こした。

「おらあ!お前らビビってんじゃねえぞ!五〇〇対四だぞ!一気に囲んでやっちまえ!数は力だ、どれだけ強かろうが数で押せば関係ねえ!」

「うおおおおおお!」

 トロールの雄たけびをきっかけに息を吹き返した『レッドファング』は周囲を囲うように左右に広がりながら一斉突撃を始めた。押し寄せる試験の相手、さすがの数の多さにアマデウスにも緊張の汗が見えた。

(こんなにも多いとゴブリン相手とはいえ捌き切れないかもしれない。でも、やってみないとわからないですよね!それに・・・)

 それに、気になった。これまでに会ったことのないタイプの彼女たち『ミスティル』のことが。有り余る強さを持ちながら欲を感じさせない。彼女たちは何を求め、何のために暮らしているのか。どうして彼女たちを見ていると感じる高揚感の正体はなんなのか。

 アルヴァにヘレーナ、クルトそしてアリス、皆の顔を順番に眺めると、アマデウスはフードを深く被り前に出た。

 

 ゆっくりと歩いてくるアマデウスの周りをオーガたちが取り囲むと前後から同時にワンテンポ遅れて左右からもゴブリンたちが突っ込んでくる。

「僕を舞わせてください。」

 ゴブリンたちの攻撃に対し間を縫うように体を運びそれらを躱していくそして躱した先の無防備なゴブリンの体を叩く。今日目にしたばかりのエルランドの攻撃を思い出せば受け止めたくなるほどに遅い攻撃だった。だが、一度に向かってくる攻撃の数、倒しても次々に補充される敵、アマデウスの体力が先に底をつくことなど火を見るよりも明らかなことだった。


「あーあー、んんっ。姐さん?」

 わざとらしい咳払いの後、クルトはアマデウスには届かないぐらいの声でそわそわしながら声をかけた。

「なんだどうかしたのか、クー?」

「いやー、なんと言いますか最近あんまり任務もなかったじゃないですか。・・・ちょーっと運動でもしたいなーと思うのですが・・・。」

 腕をぶんぶん振り回したり伸びをして運動不足ですよアピールをするクルトにアルヴァは思わず吹き出してしまった。

「ぶっ!なに?クー、あんたアマデウスのこと手伝ってやりたいの?なら素直にそう言いいなさいよ。まあ、あんたから吹っ掛けた手前あまりの無茶ぶりに『大人げないことしたな~』なんて申し訳なく思ってるとは恥ずかしくて言えるわけないわよね!」

「そ、そそそ、そんなわけないじゃないですか!本当に運動がしたくなっただけですよ!」

「まあいいわ、そんなこと。」

 クルトが自尊心を保てるかどうかの土俵際をアルヴァは『そんなこと』で一蹴し蔑ろにしてしまった。おかげ様でクルトは目が点になったまま口をぱくぱくさせている。

「皆であれ、三分の一ずつやりましょ。」

「あれ?それって私もカウントされてる?」

「当然。可愛い子たちのために頑張るんでしょ?お・ね・え・さ・ん。」

 自分の発言を引き合いに出されてはヘレーナは黙って前線に出るほかなかった。


 アマデウスは森の中にぽかんと開いた広場の中央でオーガたち『レッドファング』に囲まれていた。二、三十人ほど倒したもののその数は一向に減っている気がしない、それどころか包囲を狭めてくる分数が増えているようにすら感じる。

「随分とてこずらせてくれたな。だがさすがに疲れが見えてきたか。てめえをやったら次は向こうの奴らを順番にやってやる。」

(向こうの奴ら・・・?)

 アマデウスの視界がゴブリンの群れをかき分けその向こうを捕らえる。

(アリス!)

 そこにはアマデウスのことを信じるアリスの強い瞳があった。

(僕がここで倒されたら、アリスは、僕の唯一の家族は・・・。)

 どれだけ頭でそう思っても体がついてきてくれなかった。振りかぶるオーガの姿は見えている体に怯みがあるわけでもない、それでも一瞬気を逸らしたためか今日一日での連戦の疲れか腕も脚も首でさえもピクリとも動き出そうとはしなかった。

「安心しな!お前をやった後てめえの妹も向こうの奴らと一緒にしっかり殺しといてやるよ!」

(あの子だけは僕が守らないと!)

――――――ゾクッ。


オーガが振り下ろした両手斧は宙を舞い森の中へと吸い込まれていった。

クソガキを一人仕留めたと思ったその瞬間、眼の前を冷気が駆け抜け斧を握る拳を凍てつかせた。握力を奪われたところで斧はかち上げられ吹き飛ばされた。

冷気が駆けてきた方向、右手を正面に突き出したヘレーナの姿があった。青白く繊細な髪はより青みを増し、白い肌は夕日を受けきらめいていた。突き出した右手の平ではまだ氷がパキパキと音を立てている。ヘレーナの姿を視界が捕らえると眼球の奥視神経が凍り付くように感じた。

即座に目を逸らし標的の子供が居る方向に向きなおすとそこには小さな狼が長い漆黒の刀を両手で構え唸っていた。混じりっ気のない純粋で真っ直ぐな殺意が獣の形をしてそこに居た。だが、それ以上に、狼の後ろに居る得体のしれない何者か、それがどうしようもなく恐ろしかった。狼の陰に隠れて姿も見えないがそれでもそこに居るのは感じる、人でも獣でも妖怪でも超獣でもない、何者か。

オーガは腰を抜かしその場にしりもちをつくことも出来ずにその場に固まったまま汗を滝のように流していた。

「全く、あんまりにもだらしないから出てきちまったぜ。・・・とでも言ってやろうかと思ったが余計なお世話だったか、クソチビ?」

 ウェアウルフ狼人間の姿になったクルトが振り返るとそこには刀を構えたアマデウスの姿があった。

(すごく自然な構えをしてるな。どこも意識していないようで、どこもかしこも全てを意識しているようにも感じる。それに一瞬とんでもなくデカイ力を感じたような・・・。)

 どこかぐったりとしているようにも見えるアマデウスは息を切らしながら顔を上げ口を開いた。

「いえ、助かりました。あれだけの攻撃、躱すだけでも精一杯で・・・。」

 アマデウスがそう言って見せた苦笑いは本当にへとへとで辛そうに見えたが。

(本当に疲れているのか、それとも・・・)

「アマデウス!試験内容は変更する!これからは私たちも参戦しよう!君の試験はトロール二体の撃退だ!それ以外は私たちが引き受けよう!いいな?」

 アルヴァがレーヴァテインを担ぎカツカツと戦場に向けて進みながら大声で試験内容の変更を呼びかけてきた。

「あ、はい!。」

「そんなに気にしなくてもいいぞ。最初から五〇〇対一なんてやらせるつもりもなかったんだからな。」

(さっきのが何だったのか、気にもなるが今はいいか。)

「誰かさんが文句を言わなければ試験自体なかったんだけどね~。」

「よ、よーし、いっちょやったるかー。」

 ヘレーナに痛いところを突かれクルトはしれっと戦場に乗り出していった。

「あいつもあんなこと言ってたけど、さっきアマデウス君が戦ってるの見て君のこと家族に迎えていいって思ったみたいだよ。」

「そう、ですか。」

「ヘレン、さっさと来ねえと全員倒しちまうぞ!」

 気が付けばアマデウスを取り囲んでいた敵はアルヴァとクルトの襲撃で広場のあちこちに散り散りになり遠くで戦いを始めていた。遠くから見ているとクルトの戦闘はまるで刀が独りでに暴れまわっているように見えた。アルヴァが暴れているところに至ってはもはや火事になっていた。

「ああもう、アルヴァが暴れるとすぐこうなるんだから。」

 やれやれと言った様子でヘレーナは湖へと向かった。彼女が呪文を唱えると湖の水は龍の姿で立ち上がり炎に向かい突進するとそれらを飲み込み鎮火した。

「いい加減戦うたびに辺り一面火の海にするのやめてよね、アルヴァ。」

「なはは、まあいいじゃない。そのためにそこに湖があってヘレンが居るんだから。」

 アルヴァに抗議するヘレーナの背後にゴブリンが忍び寄っていた。

「ヘレーナさん!」

「大丈夫、わかってるよ。」

 炎を食らいつくした水龍でそのまま背後のゴブリンを捕らえると水龍はそのまま天目がけて立ち上り巨大な氷の柱となった。

「す、すごい。」

「アマデウス君、よそ見してちゃダメよ。あなたの試験対象が来てるわよ。」


――――ズズウン・・・。

アマデウスの背後で試験対象たちの大きな足音が響いた。振り返るとそこには三mはありそうな大きな巨体、ゾウのように厚い皮膚、一人は大きなこん棒もう一人は幅の広い片刃の直刀を手にしていた。

「・・・よし。」

 二人のトロールを前に装備確認すると一言気合を込め刀を構えた。重心は体の中央に据えられその真下に刀を構える。

(呼吸は薄く、意識を空間に溶け込ませる。相手をよく見て流れを捉える。)

 薄く長く息を吐きだすと体の余計な力は抜け、意識が相手を中心に研ぎ澄まされていく。

「ぶおおおお!」

 力任せに振り下ろされる直刀に対し刀の背を合わせ軌道を変える。水龍が走った後の地面はぬかるみ刀はその身の半分を地面に沈めた。続けて振り下ろされるこん棒を地面に刺さった直刀を飛び越え躱すとこん棒は泥をはね上げ直刀を持ったトロールの視界を奪った。

「ごああああ!」

 両目の上に一文字に塗り付けられた泥を拭い取ろうと顔を両手で掻きながらもがくトロールにアマデウスは次なる刃を向けた。

――――ふっ。

 アマデウスの体がもがくトロールへの追い打ちに向いた瞬間大きな影が被さった。

――――ズドォォォン・・・・。

「ぶおあああああ!」

 打ち取った。全力で叩き込んだこん棒の先を見つめ不気味な笑みを作ると勝利の雄たけびを上げた。

「何を興奮しているのですか?」

「ぐあ?」

 もう聞こえないはずの子供の声が自分の足元に聞こえた。視線を落とすとそこには自分の右手に握られたこん棒の下でミンチになっているはずの子供の姿があった。

(おかしい。確かに振り下ろされる寸前までこん棒の真下に居たはず、それも意識は他に向き回避する素振りすら見られなかった。なのに・・・)

「ごがああああ!」

 そこに居る子供の存在を否定するようにこん棒を振るい両手で叩き下ろす。手ごたえがない、そもそもそこに居るのが本当に生き物なのかどうかさえ疑いたくなってくる。さっきからそこに居るはずの子供目がけてこん棒を振るっているのにかすりもしない、ひらりひらりと宙を舞う花弁のように掴もうとする手を躱していく。

「ごあっ!」

子供が躱した先に蹴りを入れる。その足さえも体を回転させ躱す。

――――カクン。

 トロールの体を支えていた左足は折れ曲がり三mの巨体はその場に崩れ転がった。何が起きたのかトロールは認識できずにいた。さっきまで攻め続けていたのは自分だったはず、それなのにどうして今自分は地面を這わされているのだろうか。

左足は全体重を支え切れずに負傷、使い物にならないようだった。それでも片腕で上体を起こし、こん棒を振り下ろす。こん棒をくぐり躱したアマデウスはこん棒を握る小指を抱え拳の上を背面飛びのように飛び越えた。腕を捻られたトロールは再びその体をぬかるんだ地面に押し付けられた。

「ぐ、があ。」

 腕を捻られたときに右肩の関節は外れ、もはや身動きなど取れなかった。

「まず一人目です。」

 高く飛び上がったアマデウスをトロールは顔だけで追いかけた。夕日を背に宙を舞うアマデウスは美しくトロールは目を奪われた。

――――ザン!

 持ち上げられた顎に対しアマデウスは体を回転させながら一閃を描いた。トロールの大きな頭は糸の切れた操り人形のようにその場に力なく落ちた。

「ふぅ。」

 一山越えアマデウスが一つ息を吐いていると次の山がもうすぐ後ろにまで迫っていた。

 アマデウスの小さな体は伸びてきた影にすっぽりと覆われた。影はゆっくりと右腕を持ち上げる。アマデウスはもう一つ、今度は大きく長く息を吐いた。

「ごああっ!」

 二回戦開始の咆哮とともにトロールは初撃を振り下ろした。アマデウスは宙を舞うと地面に突き立てられた直刀の上に降り立った。直刀の上をそのまま駆け上がりトロール対しアマデウスは速攻をかける。右腕の上をかけ上げるアマデウス目がけトロールは左パンチを繰り出す。だが、そんな攻撃アマデウスにとっては簡単に躱せる単純な攻撃だった。


「きゃあ!」

 突然上げられた悲鳴にアマデウスは体を止め振り向かずには居られなかった。

――――ズム。

 悲鳴に気を取られた瞬間普段であれば取るに足らない攻撃だったはずのパンチがアマデウスの体を捉えた。歓喜の声を上げるトロール以上に、アマデウスには悲鳴の主が気になって仕方なかった。後ろによたつきながら悲鳴のした方向を確認する。

「アリス!」

 アマデウスの視線の先では妹のアリスに迫りよるゴブリンの姿があった。

「アリス!すぐに助けに行きます!」

 アリスの元へと駆け出すはずのアマデウスは後ろへと跳躍した。

――――ザンッ!

 目の前にはトロールが振り下ろした直刀が壁になっていた。

「きゃあああああ!」

 目の前に立ちふさがる巨体の向こう、ゴブリンたちが今にも妹に手をかけようとしていた。

「アリス!」

 トロールを躱してアリスの元へ向かおうとしても体が思うように動かない。

さっきほどの攻撃のダメージがアマデウスの足を引っ張る。『早くアリスの元へ』逸る気持ちから体のリズムが乱れる。トロールの攻撃を躱す余裕などなく守りを固め受け続けることしか出来ずに居た。その間にもゴブリンたちはアリスへと詰め寄っていた。


「くけけ、せめて一人だけでも。」

 ゴブリンの一人が斧を振り上げた。

(そんな、目の前でもう一度大切な家族を殺されるなんて。絶対に嫌だ!)

 そんなことをどれだけ思っても何も起きない。力なき者はただより強い力を持つ者によって与えられる運命を受け入れるしかない。これこそがこの世で唯一で絶対のルールなのだ。

叫びを上げるアマデウスに無常な運命が降り注ぐ。

――――――。


ゴウッ!

 目を逸らしたアマデウスの耳に飛び込んできたのは、脳内で準備されていたものとは全く異なる音だった。視線をふらつかせながらもアリスが居た方へと向けるとそこにはまだアリスの姿が傷一つない状態で存在していた。

 ゴオオ・・・・。アリスの周りには球状になった炎が燃えていた。ゴブリンが振り下ろした斧は刃が全て溶け落ち芯となっていた木材は先端から半分ほど炭と化していた。

「あんたたち、つまらないことしてんじゃないわよ。」

 一瞬にして斧を鉄材と炭にされただけで既に腰を抜かしていたゴブリンは地響きのように腹の奥に響いてくる声に身を凍り付かせた。

「あらら、あの子たちアルヴァを怒らせちゃったわね。」

 ゴブリン一〇人ほどを相手にしながらヘレーナはへらへらと笑っていたが、アルヴァのことを見て笑っていられる者など居るわけがない本能がビシビシと危険信号を発しているのを感じた。

「他の奴らに敵わないからって弱そうな子を狙ってんのにも腹ァ立つけど今はどうでもいいよ。あなたは私の子供に殺意と刃を向けたんだ。」

 知らぬ間に支配領域をずいぶんと広げた夕闇の中から舞う火の粉とともにアルヴァが出てきた。アルヴァが一歩一歩と地を踏みしめる毎に足元からは火の粉が舞った。闇の中で光る瞳は獲物に狙いを定めた爬虫類のそれのようだった。

「・・・当然、あなたにも殺される覚悟があってのことでしょうね?」

 アルヴァに同調するようにレーヴァテインが大きく炎を噴き上げた。一瞬の明かりでよく見えなかったがアルヴァの手足は赤い鱗を纏っていた、そんな風に見えた。

 ゴブリンたちはアルヴァの放つ殺気だけで失禁した挙句泡を吹いて崩れ落ちてしまった。『あのそばに居なくてよかった』トロールさえもそんな顔をしていた。

「何よ。まだ何もしてないのにあなたたち失礼じゃないかしら?」

 夕闇から姿を現したアルヴァはアマデウスがこれまでに目にしていた姿をしていた。

「全くこんなのでもちんぽ付いてるのかしら?」

 もうすでに戦闘不能になった相手に対してまだ精神ダメージを与えるアルヴァを見て、流石に相手に同情したくなってしまった。だが、自分の妹の危機に怒ってくれるアルヴァを見てアマデウスは合点がいった気がした。

「そうか、・・・この人は・・・・・。」

「アマデウス。」

「は、はい。」

「アリスのことは私に任せなさい。あなたもトロールごときにいつまでも遊んでちゃダメよ。さっさとケリつけなさい。」

「はい!」

 自分の背中を支えてくれる人が一人増えただけなのに、不思議と力が湧いてくる。さっきまでの体のダメージも疲れも感じない、それどころか今日一番体が軽く感じられた。

「ぶあああああああ!」

「ごめんなさい、さっきまでの僕とは別人なので気をつけてください。」

 アマデウスの言葉は真実だった。トロールがどこをどう狙おうが直刀を振り下ろし始めるころにはアマデウスはもうそこには居なかった。体の感覚を確かめるかのようにトロールの攻撃を躱しながら舞を舞う。手足刀の先まで長さを目一杯使用した大きく力強い舞は美しく刀や髪、衣服が反射させる夕日はとても神々しかった。

「うん、いい感じです。」

「うがあっ!」

 一瞬動きの緩やかになったところに渾身の一刀が振り下ろされる。

 ふわり、と宙に舞い上がったアマデウスはそのまま直刀の上に降り立つと直刀、腕を駆け上がった。

「ぎいやっ!」

 再び横から飛んできたパンチを今度は見もせずに掻い潜るとそのままトロールの顔目がけて踏み切った。

「これで、僕の勝ちです。」

――――ズバァン。

 刀で顎を打ち抜かれたトロールはそのまま顔から地面へと倒れこんだ。


「兄様!」

 炎の球を飛び出したアリスはアマデウスの元まで駆け寄ってくると勢いそのままに愛する兄の体に飛びついた。戦い終わりで完全に体の力が抜けていたアマデウスは勢いそのまま仰向けに押し倒されてしまった。

「兄様、ごめん。」

 ダメージを受けたアマデウスの体に気づきアリスは慌てて上半身を起こした。

「僕の方こそごめんなさい。アリスを危険な目に合わせてしまいました。」

「大丈夫。アルヴァ、守ってくれた。アルヴァ、すごい!」

 アリスは立ち上がりアマデウスの手を引いて体を起こすと小さな体を最大限利用して興奮をアピールした。

「でも兄様、一番!」

 大きな興奮でキラキラさせた瞳が突如ズイと近づけられ思わずドキリとした。大きい赤紫の瞳、アマデウスにとってすでに見慣れたはずの瞳、それでも鼻がくっつきそうなほどの近さ、これほど近くで見ていると飲み込まれてしまいそうな、不思議な魅力を持っていた。

「兄様の敵、一番大きい!兄様一番!」

(そうか、僕トロールを二人倒したんですね。)

 きゃっきゃ言いながら抱き付いてくるアリス越しにアマデウスは地面に突っ伏した二人のトロールを眺めた。

「これで試験は合格ね。」

 トロール兄弟以外、すべてのオーガとゴブリンを倒したアルヴァ、ヘレーナ、クルトの三人とすでに入り口の修理を始めていたラウラが少し距離を空けて並んだ。

「勝手に入団試験みたいなことまでさせておいて今更なんだけど私たちの家族になるかどうかはあなたたちが決めなさい。ここは『ミスティル』逆境を耐え忍び困難に打ち勝つ、そのための場所よ。私たちは家族のためならば逆境を耐え忍ぶための盾にも困難に打ち勝つための矛にもなるわ。でも、何かを乗り越えるためには前に進む心がないと意味がない。だからあなたたち自身がどうするのか決めなさい。」

 てっきり流れのままに仲間になるものだと思っていた。にも関わらずこんな質問を突きつけられると途端に不安になる。アマデウスにとってのこれまでの選択は全てアリスのための選択だった。アリスのために集団に属しアリスのために戦い、アリスのために逃れてきた。だから今回も・・・。


――――ぐいっ。

アリスの意見を聞こうと顔を向けると両手で頬を押し返されてしまった。アマデウスが唖然としているとアリスがアマデウスの手をとり自分の胸に引き寄せた。

「兄様頑張るの、いつもアリスのため。だから、兄様望み言う。・・・戦ってるとき兄様笑ってた。」

「えっ?」

 自覚していなかった自分の感情を人から教えられる、これほどに驚くことはなかった。ゆっくりとアリスの方を向くとアリスは満面の笑みを作って見せてくれた。

「逆境とか前に進む心とか正直よくわかりません。ですが、今日皆さんとお会いしてからずっと心臓の音が大きくて早くてそわそわしていました。アルヴァさんがアリスを守ってくれて声をかけてくれたときそれが一つにまとまった気がしました。僕はまだアリスのことを一人で守り切れるほど強くありません。でも皆さんと一緒ならもっと強くなれる、そんな気がします。・・・・・だから、」

「なげえ!長すぎる!チビ助、男ってのはな、口にしなきゃいけねえ大事なことは短くストレートに相手にぶつけるもんだ。・・・お前はどうしたいんだ?」

 しびれを切らせたクルトが結論を急がせようと大声を上げるが、

「クー先輩、カッコつけとるとこ申し訳ないねんけど尻尾めっちゃ振れてますよ。」

「ぷふ。ちょっとクー、あんたお預け食らった犬じゃないんだから待ち切れずに吠えるなんてやめてよ、みっともない。」

 さっきまで真面目な雰囲気だったはずなのにたった二ターンで場の空気を入れ替えられてしまった。だが、このせわしなささえもすでにアマデウスにとっては心地よく感じられた。

「あんたたち止めなさいな。アマデウスが続きを話せないでしょ。」

 ヘレーナに食って掛かるクルトにそれを実況するラウラ、アルヴァの声に元に戻ると各々に埃を払い髪を整え咳ばらいをする。全員の準備が整うとラウラが『さあ、どうぞ』と手を差し出した。

(かえって話しにくいです・・・。)

 アマデウスがミスティルの面々を見ると期待の目で見返されるとなんだか今更な感じもしてきてすごく背中がむず痒くなる。アリスを見るとまた笑顔を返してくれた。

アマデウスは場と心を整えるために大きく深呼吸した。


「僕たちを『ミスティル』の家族にしてください。よろしくお願いします!」

「します!」

「・・・もちろん!こちらこそよろしく。クー、あなたももういいわよね?」

「まあ、実力もあるようですから。別に最初から誰が仲間になろううと俺は構いませんでしたけどね。」

「クー公は何で視線逸らして顔を真っ赤にしたままツンキャラ的セリフを吐いているのかしら?気持ち悪い。」

 もじもじそわそわしていたクルトはヘレーナの氷の視線と言の矢により射抜かれ地にひれ伏す形となっていた。ここからまた小競り合いが始まるかと思いアマデウスは傍観者に徹していた。

「・・・それはさておき、おめでとう!アマデウス、アリス!・・・そして私!」

 ヘレーナが大ジャンプで抱き付いてきた後クルト、ラウラも加わり三人に胴上げされた。ずっと輪の外側に居たつもりのアマデウスは宙を舞いながら、今自分は誰かと一緒に輪の中に居るんだと、そう強く感じ胸の奥が暖かさで満たされる心地よさに浸っていた。地面へと落とされるまでは。

久しく感じることのなかった心のぬくもりとどこか幸せな背中の痛みの余韻を感じているとアルヴァが手を引き起こしてくれた。

「いつもこんな感じだけど皆頼りになる良い子たちだから仲良くしてあげてね。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「これからは家族になるのだし、あなたのことアーデって呼ばせてもらうわね。私のことも好きに呼んでくれて構わないから。」

「ありがとうございます、アルヴァさん。」

「なはは、固いわね。まあ徐々に慣れればいいわ。・・・これからあなたたちは私の子供よ。間違いがあれば当然叱ることもあるかもしれない。でもね、あなたたちが私の子供で居る限り私は絶対にあなたたちの味方で居ることを誓うわ。たとえ相手が国であろうと世界であろうと戦ってあげる。そのことをちゃんと覚えていなさい。」

 アマデウスの頭に手を乗せ目線を合わせるように屈んだアルヴァはそう告げた。

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