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mistel  作者: ぽむぽむ
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序章

序章   喫茶『戸陰』


世界有数の大国『メルマリア』その城下町の一角にある茶屋『戸陰』。ひっそりとこじんまりとした資材がむき出しの木造建築。出入り口の脇に客用の長椅子が一つ、店主が商品を作るのであろう空間は大きく開け隔てる扉もなく外から丸見えになっている。そこは厨房と呼ぶにはあまりに狭く通りすがりの視線ですらその景色の全てを捉えられそうな広さをしている。しかしそれも茶屋としては一般的でノーマルで実に当たり前の景色であった。そんなどこにでもある茶屋同然の外観を持つ『戸陰』はそれでもこの国『メルマリア』では言わずと知れた有名店である。

有名店『戸陰』の店内には今日も心底惚れ込んだ一人の常連客が訪れていた。

「うんま―――――――――――――――――――っ!」

 『戸陰』のその慎ましやかな広さを押し広げんとする大声がお昼の飯時を乗り越えた午後二時、城下町に響き渡った。その声は叩き付けられるように発せられた乱暴な言葉遣いではあったが、活気に溢れお昼を済ましたばかりの満席の胃袋にすら一席空けてやろうかという気にさせる何かがあった。

「ホンマにうまいわ〰〰〰。やっぱおっちゃんの作る団子は世界一やで!」

「俺の団子を褒めてくれるのは大変嬉しいんだけどよ。もうちっと静かに出来ねえのかい?」

 このままでは近所迷惑だと訴えられかねない大音量で商品宣伝を流すスピーカーの元へ、店主は音量を下げようと厨房から出てきた。『戸陰』の店内には四人座りの卓が三つに一人席が四つで一六人分の席が用意されている。それでも満席になれば客の背中同士がくっつきそうになるほどの密度の高さとなる。そんな店の奥の卓にスピーカーは居た。 うなじが見えるほどのショートの明るい金髪の人間の女。年は一八、背は一五〇㎝と少し、凹凸の少ない細いボディーラインをしている。

「ふぅ。それは無理な相談やな。」

 店主に声をかけられた女は嘆息しながら振り返る。パーツが非常に大きく力強さのある顔の女は椅子の上に立ち声高らかに謳う。

「このラウラ・ラーゲルベック、『戸陰』への思いをこの胸に押し留めることなどたとえ世界が滅びようとも、絶対に出来まへん!」

 椅子の上で満足げな表情のラウラ・ラーゲルベックはさながら大観衆を前に渾身の一曲を歌い上げた歌手のようだった。きっと彼女の脳内では鳴りやまない大歓声が反響し続けていることだろう。

「・・・おい、ラウラ。」

「・・・・・・・・・ん、ん?何?」

 スポットライトに照らされたスターダムから帰ってきたラウラを出迎えたのは受け止めきれないファンの愛ではなく鬼の形相をした『戸陰』の店主だった。

「その愛してやまない『戸陰』へのツケは、今日こそ支払われるんだろうよな?」

「げっ!・・・・・・・」

「これまでの分、締めて一〇万ナクロだ。きちーっと耳揃えて払ってもらおうか?」

「・・・・・・・。」

 眼前に突き出された伝票と言う名の証拠物品を前に数秒の沈黙が生まれる。数秒の間ラウラの視線は紙に記された文字や数字をなぞり書くかのように見つめていた。しかしこれは、決して証拠能力の確認がされているわけでも潮時を迎えたかと腹をくくっているわけでもなかった。

「ごめんなさい!ツケでお願いします!」

 立っていた椅子の上から飛び降りるままに土下座。地面に額を擦り付ける女の姿。世間一般ではあってはならないようなことだが、こんなもの店主にとってはすでに見慣れた光景である。というのも、一年も前から積もり積もっての一〇万ナクロだ。今店主の網膜に映っている光景も一体何度目のものだか数えられたものでない。

「はぁ、いい加減アルヴァに報告しねえとな。」

「そ、それだけは!それだけは堪忍して~!」

 背を向けた店主の腰にはしがみつき泣きじゃくる女。店の外には大勢の人たちが視線を送っていた。

「はぁー。」

振り向く店主から全速力で逃げ出す通行人たちに店主の心はぽっきりと音が聞こえるほどにくじかれた。


「・・・おっちゃん、草団子もう一個ー!」

 

「あのな、ラウラ。今日の代金はツケにしとくとは言ったがな、追加で食っていいとは一言も言ってないぞ。」

「まあまあ、細かいこと気にせんと。せっかくのおいしい団子も価値が下がってまうで。」

 口いっぱいに団子を頬張ったラウラは幸せいっぱいの笑みを浮かべていた。

「そういうことは価値に見合った金銭を納めてから言えよ。」

「・・・。」

「おい!顔背けるな!」

「・・・・・それにしてもお客さん全然来えへんな。」

「無視するな。」

「でもやで、お客さん居てへんのはホンマやし、どないかせないかんのと違う?」

 店内にはラウラの他には客は一人も居なかった。昼下がりミセスたちがスイーツを求めて集まっていてもおかしくない時間帯。外を見れば多くの人が店内を覗き歩みを遅めはするがその足を止めることなく通り過ぎていく。

「ふっ。ふっふっふっふっ・・・。ラウラよ、もう三月も終わりだろ。」

「あー、うん。せやね。」

「そこでだ!四月の新作菓子作ってみたんだ。味見してもらえるかな?」

「おぉ――――!そうそう!こういう努力が必要なんよ~。おっちゃんもようやく商売がわかってったな。」

 受け取った皿に乗った菓子はいとくくり糸括の花をかたど模って作られていた。薄紅色の花弁が美しく広がり中心の雌しべの黄色が非常に映えて見える。本物の花を材料に用いているのか淡い花の香がする。

「ほな、いただきます。」

 口にした瞬間口の中にいとくくり糸括の花の香が広がり鼻から抜ける。外側の薄紅色の餡の中に白餡が入っている。外側は香付けがメインで甘さは淡いものだが練りこまれたいとくくり糸括の塩漬けの塩分がそれを際立たせている。内側の白餡はしっかりとした甘さがありつつも決して強すぎず口に残ることなく引き際をよく理解しているように口内から消えていく。おかげで重さを全く感じさせない、それこそいくつでも食べられるような菓子になっている。

 見た目は芸術品と言っても過言ではない。そして味も決して見た目を裏切ることがない。食べた者をその場で春に導いてくれる、そんな素晴らしい一品だった。

 押し黙ったままゆっくりと味わうラウラに店主の方が耐え切れずに口を開いた。

「・・・どうだ?」

「・・・・・・どないしよ・・・・。」

「まずかったか!?」

 黒文字を口にくわえたまま目を泳がせるラウラの姿に、店主はまるで恋人の指輪のサイズを間違えたかのように慌てた。

「言葉を尽くしても伝えきれんぐらい美味い・・・。」

「だったら素直に褒めろ!」

 声を荒げるもののその言葉には喜びと安堵の心でいっぱいだった。

「せやけどな・・・。」

「けど?」

 新作菓子の評価にほっと胸を撫で下ろした店主を嫌な沈黙が縛り付ける。

「・・・せやけど、なんでこの店こんなガラガラなんやろ?」

「ラウラ?お前言い難いことすんなりと言うのな。」

「いや、誰でも気になるってことやって。今更遠慮なんて出来んよ。」

「くそっ!菓子も茶も絶対の自信があるのに!どうして客が来ねえ。」

 卓を叩き付け本気で悔しがる店主はさながら初めて壁に行き当たった青年のようだった。

「まあ。原因は一つしかない、か。」

 頭を抱えて悩む店主の姿を見てラウラが言うと店主は顔を傾け目を向けた。

「原因?なんのことだ?」

「・・・ん。」

 ラウラの白く細い指はすぐそばにうずくまっている屈強なリザードマン蜥蜴人間に向けて伸びていた。

「・・・俺?俺か!?店が閑古鳥の巣になってる俺が原因だって言うのか!」

 言葉に憤怒の色を乗せて放ちながら勢いよく立ち上がるリザードマン蜥蜴人間。身長は2mを越え全身を牢固たる鱗が覆っている。切れ長の釣り目の奥には黄色い眼球おまけに片目は切り傷で閉じられている。口の中には白く鋭い牙がぎらりと並んでいる。手もごつごつと岩のようで大きく頑丈な爪が備わっている。

 今ラウラの前に居るこのリザードマン蜥蜴人間こそ茶屋『と戸かげ陰』の店主であり唯一の店員、調理長であり唯一の調理師なのである。『と戸かげ陰』が有名であるのももちろんリザードマン蜥蜴人間が営む王国唯一の茶屋だからだ。

「やって、『ちょっとゆっくりしよっかなー』、って思って店覗いてみたら片目のリザードマン蜥蜴人間が店内に居んねんで!『あっ、この店違うわ』、ってなるやろ!」

「いや、でも、・・・・・・」

「・・・なあ、おっちゃんなんでリザードマン蜥蜴人間なん?」

 口を閉ざしてしまった店主にラウラがさらに刃を突き立てる。

「そ、そんな・・・で、でも、・・・お、おおお、お客さんが全く来ないわけじゃないんだぞ!一概に俺だけに原因があるわけじゃないだろ!」

 長い舌を口内で暴れさせながら店主は吠えた。

「こんちわー。」

「ほらな!」

 なんともいいタイミングでのお客様の登場であった。しかし店主の頭では思ってもいなかったタイミングだったらしく脳は接客のコマンドを出し損ねた。

「すいません、取り込み中でしたか?」

「あっ、違うんだこれは!絶賛営業中!どうぞどうぞ。いらっしゃいませ。」

 遅れを取った脳が焦ってコマンドを出したためにバタついた接客が展開された。

 提供を一通り終えた店主はどや顔でラウラの元まで戻ってきた。

「な!」

「な!やないよ。二人来ただけやん。」

「二人だろうが客が来たことには変わりないだろうが。」

「はあ。」

 たった二人客が入っただけでこれだけ喜んでしまう店主にラウラは思わずため息をこぼしてしまった。

「な、なにが問題なんだ。」

「お客さんちゃんと見てみ?」

 ラウラに促され客に目を向ける。一人は犬、もう一人は猫の獣人のようだ。鎧を身に纏い机には両手剣が立てかけられている。

「自衛団の奴らじゃねえのか?今日入団試験があるって言ってたからよ。」

「で?」

「で?何もおかしなところなんてないだろ。」

「はあ、なんでわからへんかなー。あれ。」

 そう言ってラウラが指さすのは机に立てかけられた両手剣。多くの戦闘を経験してきたのであろう鞘には多くの傷が刻まれている。

「うちはよく来るから知ってんねんけど、この店のお客さんって自衛団とか戦闘系ギルドの人ばっかやねん。皆仕事の前とか終わってからとか来とるから装備もそのままなんよ。」

「・・・それで、余計に一般の人には近づきにくくなってるってことか。」

 軍人として人生の大半を戦場で過ごしてきた店主にとって武器が身近にある生活は当たり前のものだった。しかしそれは店主にとっての当たり前であって他人にとっては異常であるのかもしれないのだ。

「そこでや。」

 急にラウラがにかっとお天道さん顔負けの笑顔を浮かべ、

「うちが一般のお客さん呼び込めるようプロデュースしちゃる!」

「ホントにか?」

「もちろんや!で、プロデュース料なんやけど・・・」

「金取るのかよ。」

「当然。ビジネスであってボランティアとちゃうからな。」

 一体どこから出したのかラウラは、これでもかという長さのソロバンを弾き始めた。

(それ何桁の計算してんだよ。)

 何かしらよくわからない項目と値段を口にしながらソロバンを軽快に弾くラウラに店主は心の中で静かにつっこみを入れた。

「出ました!」

 未知の事業に対する料金を申告される。そう思うと店主は思わず生唾を飲んでしまった。

「締めて・・・・・一〇万ナクロ!」

「なんでやねん!」

 あまりに都合の良い料金設定に思わずつっこみを入れてしまった店主だった。

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