伝説のチョロブ米(米)
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ベッドの上のふくらみを引っぺがす。中から出てきたのは金髪セミロングの小柄な娘だ。
「うぇ……あと5分、あるいはそれ以上……」
「バカ言ってないで起きんかーい」
起きても寝言を言っているバカの肩をひっつかんで持ち上げる。空中でブラブラ揺らしてやると流石に頭が物理的に覚醒したようだ。
「うあっちょっ、起きる! 起きるからやめろバカ翔にぃ!」
暴れだした姫様をベッドに投げ出してそそくさと退室。このまま部屋にいるとスケベ兄貴の称号をいただくことは過去の経験から自明である。罵声の言葉を背に俺は居間へと戻った。
俺の名は久保翔也。妹の綾音と一緒に二人で暮らしてる。妹といっても綾音は俺の母さんが再婚した父親の子で血の繋がりはないんだけど。
父さんと母さんは2回目のハネムーンでドイツに行っており家にはいない。結婚から5年たった今でも仲睦まじくて良いことだが家事を投げっぱなしにするのはいかがなものか。といってもおかげで料理とか掃除とか家事全般がうまくなったんだけど。
綾音を起こすのも俺の朝の仕事の一つであり、この後作った朝飯を食卓に並べるのも毎日のルーチンワークだ。
「なんでこんな時間まで起こしてくれなかったのさ翔にぃ!」
ぷりぷりと怒りながら食卓につき、俺お手製のトーストエッグにかぶりつく。俺からすればまだまだ時間の余裕はあるけれど女の準備は時間がかかるらしい。
「お前があとちょっとーあとちょっとーって言うからギリギリまで寝かせてるんだろうが」
「いっつもギリギリでヤバいんだから早めに起こしてくれたっていいじゃん!」
綾音の向かいに座りながら反論する。しかめっ面でトーストエッグを口に運び、一瞬笑顔になったかと思うとまた怒ってるぞ、という顔に戻る。見ていて飽きない奴だ。
「いっつもギリギリなら自力で起きられるようにするんだな。親父も綾音がいつまでたっても一人で起きられないってこないだ電話で言ってたぞ?」
「ぐ……パパとは一か月は口きかないぞ」
こりゃ失言だった。すまぬ親父殿。
待って待ってと騒ぐ妹を置き去りに家を出る。あいつの支度につき合ってたら遅刻はせずとも走って駅まで行かなきゃならなくなる。朝から体力は使いたくないよな。
「翔くーん! おはよー!」
後ろから俺の名を呼ぶよく聞き知った声が聞こえてくる。振り返ると駆けてくるのは幼馴染の篠ケ瀬綺乃だ。馴染み深い赤いリボンで留めたカールがかった黒のサイドテールを振りながらこっちへ向かってくる。
何があったか知らないが嬉しそうな顔をしてるもんだから朝からこっちも元気になる。
「よ、おはようキノ」
キノは追いつくと俺と並んで歩き始めた。俺もキノも家を出る時間は大体同じなのでこうやって並んで通学することが多い。
「うん! なんだか嬉しそうだね、朝からいいことあった?」
「キノが楽しそうな顔してたからつられちゃっただけだよ」
「えへへー、そうかな?」
キノは今日に限らずいつもニコニコしている。いつでも笑顔なのはこの娘の魅力の一つだと思う。ひいき目に見てもキノは可愛いし彼氏の一つでも居そうなものだが今まで彼氏は作ったことはないらしい。もったいないことこの上ない。
「あー、となりまで学校行くの面倒くさいよなぁ」
「そうかな? 私は結構この学校通う時間好きだな」
「えー、変わってんなぁ」
なんでもない雑談をしながら歩く。
「うぅ……こういうのって普通女の子側からやるものだよぉ……」
「お兄様、タイが曲がっていてよ? ってか?」
「あはは、そうそうそんな感じ! ってお嬢様かーい!」
軽い冗談を言い合いながら笑いあっていると後ろからドンと衝撃を喰らった。何かと思って視線を下げると腰あたりに抱き着いている綾音がいた。身支度はしっかりやってきたらしく髪もいつものツインテールにまとめている。
「ふひー、やっと追いついたぞ! もう、先に行っちゃうなんてひどいぞ!」
「うるさいぞねぼすけ元気娘。一緒に家を出たかったらもっと早く起きなさい。というか早く離れなさい」
「いやだぞー、置いてかれた分駅までずっとこのままだからなー!」
「ええーい生意気な。これでもくらえ!」
「わっ、うわっ、やーめーろーよー!」
抱き着いてきている綾音の頭をぐしゃぐしゃっとしてやる。口ではやいのやいの言っているが実は楽しんでいるのは顔を見れば丸分かりだ。
「ふーたーりーとーも! 朝から何してるの!」
さっきまでのはどこへやら急に不機嫌になったキノが俺と綾音を引きはがす。
「ふふ……キノねぇ、羨ましいんでしょー」
脇からひょこっと現れた綾音が唐突にそんなことを言い出すとキノは顔を真っ赤にして反論する。
「な、な、別にそんなのじゃないもん! とにかく離れて!」
「まあまあ、キノもそんなに怒らないで……」
「翔くんも翔くんだよ! 綾音ちゃんだってもう高校生なんだから甘やかしすぎちゃダメだよ!」
しまった。なだめに入ったら飛び火した。
「キノねぇに言われたくないぞ! キノねぇなんてこの間家で……」
「わー! わー! わー!」
俺への火の粉に反応した綾音がかみつき返し騒がしくなる。この二人、昔は仲が良かったのにいつの間にやら顔を合わせれば喧嘩しているようになってしまった。いったい何があったのやら……。
俺が頭を抱えていると見覚えのある車が隣に留まった。
「おはよう、翔君」
「あ、おはようございます石倉さん」
開いた車の窓から顔を出したのは石倉遥奈。小さい頃よく遊んでくれたお姉さんだ。胸下あたりまで伸ばしたブラウンの髪とカチューシャが特徴的だ。
「もう、昔みたいに遥ねぇって呼んでって言ってるのに」
「いやぁ流石にそんな風に呼ぶ年じゃないっすよ」
俺だってもう高2だ。妹もいるしいつまでも子供みたいな呼び方はちょっと恥ずかしい。
「そう? 綾音ちゃんは遥ねぇって呼んでくれるし綺乃ちゃんのこともキノねぇって呼んでるじゃない?」
「あれはあいつが甘えん坊なだけですよ」
「翔にぃうっさい!」
ちっ、耳ざとい奴だ。
「じゃあ今日も乗ってく?」
「あ、じゃあお願いします。ほら二人とも喧嘩しないで早く乗れよ」
喧嘩組を呼ぶと二人ともふんと顔を背けつつこっちにやってきた。
石倉さんにはこうやって通学途中に偶然会ったとき学校まで車で乗せていってくれる。最初の頃は俺も遠慮してたけどなんだかんだ押し切られて乗せていってもらってるうちに習慣化してしまった。
。
「えっ」
「えっ?」
「ん?」
車に乗ろうと助手席の扉に手をかけた瞬間キノと綾音から声が上がった。
「なんで翔にぃが助手席なんだ?」
「え、いや普通じゃね?」
「ぜんっぜん普通じゃないぞ! 翔にぃ遥ねぇの隣に座りたいだけだぞ! スケベェ!」
なんか不名誉かつあらぬ疑いをかけられている!
「キノねぇが前で後ろはあたしたち家族が座るのが一番おさまりがいいぞ!」
「なっ、それはおかしいよ! 綾音はいつも翔くんといるんだから綾音が助手席に座ればいいでしょ!」
こいつら隙あらば喧嘩してんな。俺がたじろいでいると石倉さんが助け舟を出してくれる。
「まぁまぁ二人とも、助手席は忙しいし事故が起こったとき一番危ない席なのよ。翔君は二人を守るために助手席に座ってくれるのよ」
「そうだそうだー」
「ぐっ、そ、そうなのか……」
「そういわれると……しょうがないかぁ……」
二人とも納得したところで車に乗り込む。俺の後ろが綾音、石倉さんの後ろがキノだ。
「いやー、こうして送ってもらえると混んでる電車に乗らなくて済むんで助かりますよ」
「ふふ、こっちも一人で大学まで走るのは結構退屈だから助かってるわ、ありがとうね3人とも」
運転しながら受け答えする石倉さんはなんというか手慣れていてとても大人という感じだ。
「遥ねぇ大学ってどうなの? 楽しい? 大変?」
「楽しいわよー。自分で好きなように時間割が決められるしサークルも楽しいしね」
「手芸部でしたっけ? 遥奈さんのアクセ作るのすっごく上手いですしデザインも可愛いですよね」
「あら、ありがとうちゃん綺乃ちゃん」
大学のこととか他愛もないことを話していると石倉さんが思い出したように脇のカバンからなにやら紙を取り出した。
「そういえば翔くん」
「なんですか?」
「サークルの友達がね、遊園地のチケット取ったんだけど彼女に振られちゃって余っちゃったんだって」
それは気の毒だが振られる彼女がいるだけマシだ。俺なんてお付き合いしてくれる女子もいないんだぞ! リア充は爆死しろ!
「で、その子からチケット譲ってもらっちゃったんだけど、一緒に行かない?」
「えっ、本当ですか!?」
前言撤回。よく振られてくれた見知らぬ石倉さんの友達よ。あなたのおかげで美人なお姉さんと遊園地に遊びに行ける!
「ちょっとまったぁ! 何二人で行こうとしてるの!」
とっさに身を乗り出して異議を唱えてくるキノ。おまいも遊園地に行きたいのか。だが石倉さんと遊園地デートする機会を渡すわけにはいかん!
「別にいいだろ誘われたのは俺だぞ!」
「翔にぃだけタダで遊園地で遊ぶなんてずるいぞ!」
綾音も後ろから非難し始めた。おいこら席を揺らすな人様の車だぞ。
「お前たちも悔しかったら自分でチケット買ってくればいいじゃないか」
「ぐぬぬ、今月はお小遣いが……!」
「翔にぃ、来月のお小遣い……」
「前借はなしだからな」
財布をにらみつけるキノとがっくりうなだれる綾音。
「フハハ、家でのんびりミルクでも飲んでやがれ!」
「とにかく二人っきりはダメ!」
「なんでだよ!」
「あのー……」
謎の食い下がりを見せるキノを見かねたのかためらいがちに石倉さんが会話に入ってくる。
「その、一応このチケット、6人までは入れるらしいから……みんなで行きましょう?」
「ほんと!? わーいやったぁ! 遥奈さんありがとう!」
「ふひひ、遥ねぇとデート行けなくて残念だったな翔にぃ」
「うっせい」
畜生。めったにあるかないかのチャンスだったのになぁ……。まぁみんなで行っても楽しいだろう。
結局今度の休みにみんなで行くことにした。石倉さんが「6人までタダで入れるんだしせっかくだからお友達も呼んだら?」といわれたので学校の友達も誰か誘うことにしよう。とりあえずメルは呼ばなければ。
そんなこんなで俺たちの高校、梟作高校校門前に到着した。
「それじゃ送ってもらってありがとうございました」
「遥奈さんありがとう! 後で遊園地のことでメールしますね」
「ええ、いってらっしゃい」
「二人ともばいばーい」
別れを告げながら車から降りようとすると石倉さんが俺の手を引っ張った。体のバランスを崩して座席に倒れこむ。
「っとと、石倉さんなにを……」
「本当はね、二人っきりで行きたかったのよ?」
「え……」
「あんまり学校で女の子にちょっかいだしちゃだめよ?」
余りにも予想していない一言に間抜けな声を上げる俺。おまけによくわからない釘まで刺されてしまった。これは……期待していいのか!? やばい顔が熱い!
「なんてね、冗談よ。いってらっしゃい」
弄ばれた! 非モテ男子はおとなしく学校へ行くしかないのか。今度こそ車を出てキノと一緒に校門を通る。
「遥奈さんと何話してたの?」
「いや、ちょっとからかわれただけだよ」
「ふぅん」
キノが浮かない顔で聞いてくる。なんだ、トイレか?
そんなことを考えていると急にキノが俺の手を取って歩き出した。
「お、おいどうしたんだよ!」
「なんでもない! 行こ!」
何の説明もなく俺を引っ張っていくキノ。なんかちょっと恥ずかしいからやめてほしいがなんだか有無を言えるような雰囲気ではなさそうだ。しぶしぶ連れていかれるほうが得策な気がしたのでそのまま連れていかれた。
「おはよー!」
「お、おはよう」
キノの強制連行は俺達が教室につくまで続いた。流石にキノも恥ずかしかったのか教室に入るとスッと手を放して自分の机に戻っていった。
「おはようございます、翔也さん」
自分の席である窓際一番後ろの席に行くと俺の前の席の白いロングポニーテールの女の子が挨拶をしてきた。
メル・グレニス。外国生まれのハーフで親の都合で日本に来たらしい。日本では珍しいプラチナブロンドの髪で周囲から見ると結構目立つ。父親が日本人で母親が日本びいきのため日本国籍じゃないのにやたら日本語がうまい。
「おう、おはよう」
「ご存知ですか? 今日私たちのクラスに転校生が来るらしいですよ」
メルは開口早々面白情報を持ってきてくれた。
「お、そりゃマジか。女子かな、男子かな?」
「翔也さんは……やっぱり女子のほうが良いですか?」
「そりゃ、男だったら女子に来てほしいさ」
「そうですか……」
浮かない顔をされる。いや、男子ってそういうもんだと思うよ。
「あ、そうそう。メルは今度の休み予定空いてるか?」
「え、えぇ!? あ、空いてます! 何もありません! 何かあっても無理やり空けます!」
おおぅ、すげぇ勢いだな……。
「まぁなんだ、一緒に遊園地でも行かないかと思ってさ」
「ゆ、ゆ、遊園地……! 翔也さんと二人で……!」
なんだかぶつぶつ言っているがとりあえずオーケーということだろう。よかったよかった。さてあと一人、遊園地に誘うのは誰にするか……。
そんなことを考えているとできの悪いBGMみたいなチャイムが鳴り響き朝のホームルームの開始が告げられる。
「はーいみんな座れー。今日は転校生を紹介するぞー」
おっちゃん教師が入ってきて早速本日のメインイベントを通告すると教室はにわかにざわめきだした。
「ほら静まれ静まれ。転校生が入ってこれないだろうが」
ドンドンと先生が教卓をたたくと教室が静かになる。
「さて、それじゃあ転校生、入ってこい」
みんなが教室の扉に注視する。そんな中教室に入ってきた転校生は――
ガラッと音が響きドアが開くと、そこには金髪の美少女がいた。
「お、女子か!」
「うお、すげーかわいい……」
教室の扉の前に転校生が現れた途端、静かになった教室が再び、わっと騒がしくなった。
こげ茶色よりの短いくせっ毛の金髪やクリクリッとした眼は、明るくスポーツとか運動が得意そうな感じだ。
それに……
「なあなあ、あの子おっぱいでかくねー?」
「ヤベェ、もんもんしてきた!」
「ちょ、男子サイテー!」
「わ、わたしだって……アレぐらいはあるもん!」
ブラウスがぴっちりと張るほどの大きな胸に、教室がますますざわめきつく。 もう夏服なので着てはいないが、たとえブレザーを着ていてもハッキリ分かるだろう。 胸もすごいが、きゅっと締まったウエストなどなど、身が引き締まっていてスタイルがいい。
「うおい、うるせえぞ! そんなんじゃ転校生ちゃんが喋れねーだろーが!」
先生がドンドンと教卓を叩く。 何回か怒鳴り、ようやく静かになった。
「それじゃ、どこからでもどうぞ」
先生が言うと、転校生の女の子は教室に向かってにっこりと笑い、はきはきとした感じで自己紹介を始めた。
「コンにちは~! あたしは藍島紺といいます。 隣の市のおおわしの森ってとこから来ました~! よろしこ~~」
手をクイックイッとひねるポーズかかわいらしいが、なんか古臭い気もする……っていうかそれ、一世代前どころか二世代のアイドルのポーズだよ。 父親がテレビで何度も見ていたもんだから覚えちまったよ。
「では、お待ちかねの転校生に質問タイムだ。 質問したい奴は手を挙げろい」
先生がそう言ったとたんに手が幾つか上がる。
「しつもーん!」
一番前に座っているチャラい男が手を挙げる。
「ハイハイ、なぁに?」
ニコニコ笑いながら藍島さんは指名する。 なんか、笑顔がかわいいな。
「おっぱい大きいね~ 何カップ」
「えっ……」
教室がざわめく。
「ちょっっとアンタ、堂々とセクハラしてんじゃないわよ!」
男の隣の席の女の子が立ち上がったとみるや、バシィっと甲高い音が教室に響き渡り、そいつは床へとへばりついた。
「あたしのコレって、人からだと大きい方なんだぁ~、ふ~ん」
吹っ飛んだ男を尻目に、藍島さんは手で胸をぐいぐいとよせてあげてみせる。
「ねえ、キミ……」
にこにこしながら藍島さんは前屈みになり、床にぶっ倒れている男の顔を覗き込んだ。
「ねえねえ、おっぱいがおっきいと、どうなんの~? なんかいいの?」
「あっ、いや~~ッ……うわっ……!」
何を見たのか知らないが、興奮がピークに達したようで、男はブッと鼻血を吹いて卒倒し、意識不明の重体となった男は保険係によって速やかに保健室に搬送され、教室から消えていった。
「もうサイテー……あ、あたしだって少しはあるし……くすん……」
チャラ男を盛大にひっぱたいた、彼の幼馴染であるらしい子もそうだが、なんか周りの女子たちの目線がきついものになった気がする。 キノもなんか黙って睨み付けているし。
そういや小さいころキノと一緒にお風呂入ったとき、遥奈さんみたいな『大人』の人になりたいなんて言ってたな。 大人はきっとああいう発言も笑顔で躱せるんだろうから、これは大人びているということに対する嫉妬の目線なのだろう。
だが俺はそんなことより、あることに気づいてしまった。 気づいてしまうと、どうにも気になって頭から離れないのは性格だろう。 しかし、ほかの連中は気づいていないのだろうか。 居てもたってもいられなくなった俺は、おもむろに手を挙げるしかなかった。
「はいキミ、どうぞ~」
恐る恐る、俺は口を開いた。
「その、頭とか、スカートの裾から見えてるヤツとか……それって『本物』ですか?」
「えっ……」
藍島さんが一瞬こっちを見つめた。 その一瞬、その顔からは笑みが消えていた。
ちょっと間を置いた後、藍島さんは先ほどの明るくお茶目そうな雰囲気からは想像もつかないような気迫のこもった声で言った。
「『本物』って何のこと?」
鋭い瞳でじっと射抜かれるように見つめられる。 やはりこの質問はするべきではなかったのか……
「……あはは、やだなぁ、なんのことだかわからないよお」
しかし、もう藍島さんは先ほどの笑顔に戻っていた。だが、俺にはくすくすと笑っていながらも、その手がスカート押さえているのがちらっと見えた。
一瞬凍りついた教室が再び動き出す。
「まったくこのクラスのやつらは転校生ちゃんを困らせる質問ばかりしおって、じつにケシカランな……」
先生は額の汗をハンカチで拭いながらも、藍島さんを眺めている。
「ねえ翔くん、ほんものってどういうこと?」
キノが俺の顔を訝し気に見つめてくる。 こんな目で見られたのは中学校の時、自作のポエムで誕生日を祝ってあげた時以来だ。 「恥ずかしいからやめてってば~」って言ってたので、よっぽど嬉し恥ずかしだったのだろう。
「え、だってほら、スカートのとこから出てるだろ、なんかが……」
「翔くん……」
キノもこの怪しさに気が付いたか……!
「藍島さんはっちゃけてるけど、女の子なんだよ……その大きい胸は本物ですか~? とか聞いちゃだめだよ。 もしかしたら前の学校にいたときね、まわりにいるのは大きな子ばかりで、それでコンプレックス抱いちゃって、それで……ってこともあるじゃない?」
どうやらキノも気づいていないようだ。 っていうか何、そう取られていたの? この年齢で豊胸手術してますってむしろそっちの方が『ない』だろう、と思ったが言うのはやめておいた。 キノはおっとりしているようにみえるが、一度そうだと決めるとなかなかそれを譲らない頑固なところがあるのは長年の付き合いで知っている。 俺は相槌を打ちキノの話を聞くことにした。
「それにスカートの裾からなんか見えちゃっても、みんなの前で指摘するなんてだめだよ……」
「そ、そうだな……」
「それに、スカートの裾からなんか出ているって、えっちなマンガの読みすぎだよ~」
「んなもん読んでねぇよ……」
最近話題の漫画、『マジカル少女カオリナイト』のことだろうか。 前に次の単行本の発売日はいつかなあ、なんて言ったのを覚えている。 だがッ! あれは健全な漫画だ! きわどいシーンが多いと話題になったが、同作でスカートからハミ出るているものといえばヤンキー系ヒロイン『クミ』のもつ暗器のチェーンぐらいだ。 で、それがなんか問題あるのか? いやないだろう。
「そういうキノこそ、そういうマンガに何が描かれているか知っているようだな?」
「え、あっ、それは……」
「一体何だと思ったんだ? ン?」
キノは真っ赤な顔のまま、口を半開きにして固まっている。 逆に聞かれるとは思っていなかったのか。 甘いな、脇が。
「もう質問はないな」
先生はあたりを見回すと、突然、俺のほうを指さした。 いや、よく見ると少しズレているようだ。
「そこの席が空いているだろう。 そこに座れ」
「はーい!」
藍島さんはすたすたと歩き、おもむろに俺の隣に座った。
「よろしくね!」
「ああ、よろしく……」
よりによって隣か……初めからやばい質問をぶつけてしまったこの子と。 印象は最悪なはずだが、ニコニコと笑顔を崩さないところが怖い。
これは波乱万丈の学校生活が始まる予感がする……なんて、物思いにふけっていると、朝のホームルームの終わりを告げる鐘が鳴った。
先生は「それじゃあ、今日も一日元気にレッツらゴー!」といういつもの謎のセリフとともにいつものように前の扉から去っていった。
藍島さんは興味津々なクラスメートたちの質問攻めにあっていた。
なんとなく耳に入ってきたことだが、好きなスポーツは剣道と弓道、スリーサイズは測ったことないというか知らず、前にいた高校のことはあんまり思い出したくないとのこと。
訳ありで越してきたとするにしても、明るく元気な性格では敵を作りそうにはないだろうし、と柄にもなくあれこれ考えたが、そういうこともあるんだろうなと流すことにした。
しばらくワイワイやっているのを眺めていたら、チャイムが再び時間の区切りを告げた。 ああ、これから退屈な授業か。
一時間目は日本史Aだ。 日本史マニアを自称する担当の先生は「答えられたら追加点をやろう」とか言ってマニアックな質問を投げかけてくるが、答えられる人はほとんどいなかった。 というのも、教科書に載っていないような文化史とかが中心で、あんたただ昔を懐かしんでるだけだろ! とか言いたくなったりもする。
「そういや、今日は新しい転校生が来たようだなァ……」
先生は口ひげを指でさすりながらにやりと笑っている。 力試しでもしてやろうといった感じだ。 さっそく先生の標的にされてしまいかわいそうだなぁ……とふと藍島さんを見たとき、俺は本当にびっくりして掛ける言葉が見つからなかった。
ね、ねている! なんとすやすやと寝息を立てて寝ているのだ。
「おい、起きろよ……」
俺は藍島さんの肩を軽くたたいたが、起きる気配がない……
仕方がないから、先ほどから目に入っている頭に見える三角の獣の耳のようなものをつんつんとつついてみると、ひゃっと声を上げて藍島さんは飛び起きた。
「ちょっと、どこ触って……」
「おい……」
先生の方を目で指す。
「あ、ありがと……」
藍島さんはちょっとうつむくと、小さな声で言った。 そのときぴこぴこと耳が動いたような気がするが、気のせいだろう。
「では、藍島さん」
「はい……」
「今日は……そうだねぇ、みんな読んでる漫画の話でもしようかねぇ。 軍国政策を行っていた日本では、各メディアもそれに追従するようなものを作っていて、その中には漫画もあったんだ。 さあて、どんな漫画があったとか、タイトルとか知っているかな?」
藍島さんは最初は身構えていたものの、質問の意味が分かったのか、頬杖をついて遠くの方を見やって答えた。
「そうね~『のらねこ曹長』とかあったわね~。 なつかしいなぁ、あれ~。 でもあのときは子供向けの単純なものよりも、発禁ぎりぎりのアブないものを探すのに夢中だったわ。 これはヤバいでしょって」
まさか答えられるとは思っていなかったのだろうか、先生はしかめっ面で「ううむ」と唸っていた。
「あっ、待って……」
急に思い立ったように藍島さんは立ち上がった。
「ごめんなさい、それ十年くらい前の話だったみたい……」
えへへっと苦笑いしながらも額には汗が浮かんでいる。 ああ、そうか。 堂々と言った後に間違いだと分かった時の哀しみは俺もわかっている。
だが、藍島さんが間違えた問題はこれだけだった。 その後の授業でも藍島さんは「ねむねむ~~」とか言いながら寝ていたが、先生から指名されるとすぐに答えを言い、しかもそれが必ず合っているため、先生は何も言えず、精々「ギリ……」と歯ぎしりするしかなかった。 しかし、普通常識的としてみんな知っているようなことが問われる現代社会の科目だけは全然ダメで、その時ばかりは目をこすりながら起きていたことだけが意外だった。
放課後になり、部活に行く奴らと家路へ帰る奴らが東と西に分かれる時間になった。
俺はいつものように昇降口の扉の脇に立ってキノを待っていると、後ろから声がかかる。
「ねぇあんたさあ……」
「あ、藍島さん?」
意外な人物が声をかけてきた。 今日転校してきたばかりの人に声をかけられるとは思っていなかったので、少し戸惑ってしまう。
ちょっと話があるといわれ、俺は藍島さんに人通りのない体育館裏に連れてこられた。 藪が茂り、鬱蒼としていて、通る風は湿った土のにおいが少しするが、先ほどいた昇降口とはうって変わって涼しげだ。
「やっぱこういうところが、イチバン落ち着くんだよな~」
あたりにはちらほら蝉の声がする。 少しうるさいと思ったが、しばらく聞いている内に気にならなくなっていた。
「話ってなんだよ……」
呟くように切り出すと、藍島さんはじっとまっすぐに俺の顔を見据えながら言った。
「正直に言いなさい。 朝にさ、自己紹介したとき、あんた『本物』ですかって言ったけど、あたしに何が見えたの?」
「その頭の耳、と、そのスカートから出てる……尻尾だよ」
朝イチの授業でつっついた耳と、ふわっふわの尻尾のような何か。 はやりのアクセサリーか何かだろうか。
「ふわふわしてて、かわいい、ね……」
目をそらした時に入った、左右にゆらゆらゆれているその尻尾は、毛並みがつやつやしていてまるで本物の様だった。
しかし、藍島さんは肩をがっくりと落とし、つぶやくように言った。
「なんであんたみたいなガキに見破られてしまうのかなあ、おかしいなあ」
「ガキってなんだよ、お前だって同い年だろ?」
「あ、そうだった……」
変なところでボケる奴だ。 それに、そんなのが見破られて何がそんなに悔しいのかが分からない。
「そんなにじろじろ見て、なあに、気になる?」
「まあ、気になる……といえば気になるが……」
「ふうん。 まあ、見えてしまったものは仕方ないし、気になるというなら触らせてあげてもいいわよ」
藍島さんは、スカートに手をかけ、おもむろにたくし上げた。
「お、おいおい!!」
「なにビビってんの。 下に体操着を着てるわよ」
「あ、ほんとだ……ってえっ、コレが!?」
水色のストライプの体操着なんてあるのか? というか、体操着にしては小さいような……もしかして、コレ……!!
「あ、ごめ~ん、履くの忘れてたわ……あれあれ、どうしたの? お顔を真っ赤にしちゃって、何を見ちゃったの? あんたが見たいのはこれでしょ」
ケタケタと笑いながら、わざとらしく言った。 クソッ、クソッ! 非モテを弄びやがって!
藍島さんは、使われておらず錆びた体育館の扉の前の小さな階段に腰掛けると、股の間から尻尾を差し出してみせた。
本物っぽいが、別に変哲のない『尻尾』。
もふもふした尻尾……触ったらとても気持ちよさそうだな……
「どうしたの、遠慮することはないわよ、ふふっ……」
藍島さんはひときわ妖艶な笑みを浮かべる。
「さあ、あたしの尻尾、思う存分モフるがいいわ……」
しかし、このつやつやの毛並みの尻尾……綿菓子のようにふわふわしていて、本当に、とっても手触りがよさそう……もふもふ……もふもふだ……
正直転校したばかりの子とこんなことになるとは思っていなかったが……
おずおずと、ゆっくりと手を差し出し、今まさに触れようとしたとき、聞いたことのある声が突然背後から、狭い体育館裏の路地に響いた。
「だめよ、触れてはいけないわ!」
振り返ると、プラチナブロンドのポニーテールが風に靡いている。
「メル……!」
「むぅ、イイトコだったのに。 あんた彼女いたんだ……」
藍島さんは口を尖らせている。
「あんなすごいもふもふ尻尾をモフってしまったら、もう普通のもふもふでは満足できないカラダになってしまうわよ……」
「えっ……!?」
「とにかく、逃げましょう!」
「に、逃げる!?」
という俺の呼びかけにも応じず、メルはぐいぐいと腕を引っ張っていった。
やがて、夕日がまぶしく少しばかり暑い昇降口へと戻ってきた。
藍島さんはどうしたんだろう。 気になって振り向いたが当然、彼女はいなかった。
しばらくして息が整ってきたのだろう。 メルは俺の目をまっすぐ見据えながら言った。
「よく聞いてください。 あの女、藍島紺は、妖狐と言われる妖怪です」
「妖狐……?」
確かにあの尻尾といい耳といい、きつねっぽいといえばきつねっぽい。
だが、この退屈な学校に妖怪なんて来るんだろうか……
俺の思案をよそに、メルは話を続ける。
「……おおわしの森のニュースを知っていますか」
「おおわしの森って隣町の?」
メルの話によると、昔は緑豊かな場所だったらしいが、新しく電車が走るようになるとあっという間に開発され、今やあちらこちらに工事中の看板が立てられ、ブルドーザーの音を響かせているという場所のようだ。
「そこにある稲荷神社に盗みが入ったそうですが、わたしの調査によると、それだけではなく封印の祠も壊されていたようで、それで封印から復活した妖狐が『こん』なのです」
「え、あれ封印されていたのか? それにしてはやけに元気だったような……」
「封印といっても軟禁みたいなもので、境内で巫女として普通におみくじ売ったりしていたようですよ。 まあ、彼女は人をからかったりするのが好きで、よく化けては人を驚かせていたようですから、それほど悪いことはしていないのでしょうけれど……」
だが、一つ引っ掛かることがある。 当たり前すぎるが、一応聞いておこうと思った。
「でも、それだけならそこで悪さをすると思うけどな」
「そうなんです。 そこが引っ掛かっているんです……」
メルは考え込んでいるのか、うつむいたままだ。
校庭を見やると、野球部のバッターが天高くボールを打ちあげてしまい、一生懸命走るもあっさり捕られアウトになっていた。
「なあ、話変わるけど……」
「なんでしょう」
「あの尻尾、もしかして俺しか見えていないんじゃないか?」
「わたしも見えていますが……」
うん、それは分かってる。
「なんで俺だけ見えるんだろう?」
「わたしは日本の邪術に興味があっていろいろ知っているんですが、翔也さんは……翔也さんからは闇の気配のような力を感じますから、そのせいかもしれません……」
「闇の……気配?」
「まあ、大した理由はないと思うんで……ごめんなさい、忘れてください」
一息おいて呟くように言ったのは自信がないからだろうか。 メルはうつむき、もじもじしたまま消え入るように言った。
メルは親が日本かぶれだと知っていたが、彼女本人は邪術なんぞを調べているのかと驚いた。
しかし、同時に妙な引っ掛かりを覚える。 妖狐の封印が解けたとかそういうニュースってどっから入手するんだ? 邪術ネットワークとかそういう得体のしれないものでもあるんだろうか。 それにおおわしの森は開発といってもマンションとかそういうのばかりで話題性がない。 なんで隣の市の小さな町、それも開発が進む前は片田舎だった土地をチェックしているんだ?
まだ疑問はある。 藍島さんは今日やってきたばかりなのだ。
やってきたばかりの奴をどうして隣の市の奴だと断定できたんだ?
「とにかく、あなたはわたしが守ります。 ですから、わたしから離れないでください……!」
メルはぎゅっと腕にしがみついてくる。 なんだか昔の綾音の様だが、本当に信じていいのだろうか……。
悩みあぐねていたそのとき、
「あ、いたいた! 翔くーーん!」
後ろからよく聞き知った明るい声が聞こえてきた。
キノだ。キノの身体からは小さなコウモリの羽と尻尾が生えている。
そう、キノはヴァンパイアだ。夕暮れになるとその身体的特徴が浮かび上がってくる。
本人はヴァンパイアでなく小悪魔だと主張しているが、何かこだわりがあるのだろうか。
「藍島さん見なかった? 放課後に街の案内でもしようかと思ったんだけど」
「惜しいな。さっきまで一緒に話していたんだ」
「そっかー残念」
といったところで今度は綾音がやってきた。
「翔にぃ~~! どこ行ってたの、今日はパンケーキ食べに行くって約束したじゃん」
首を長くして待っていたのだと。実際、綾音の首は長い。
毎朝、起きても寝言を言っているバカの足をひっつかんで逆さ吊りに持ち上げていたら、いつの間にか伸びた。
というのは嘘で、おおわしの森関連の呪いと霊的な素養が合致してしまい、ろくろ首の身体的特徴が表出したのだとか。
幸いにも本人はそれほど気にしている様子はない。
ここで俺は違和感を覚える。何かがおかしくなりつつある。
薄気味悪い感覚に包まれながら、俺はふてくされている綾音をかまってやる。
そのあいだメルとキノの二人は藍島さん関連の話に花を咲かせていたが、だんだん雲行きが怪しくなる。
「そもそも狐憑きといった呪術や蠱術に関わるのは危険です。寺生まれの翔くんでさえ襲われていたわけですし」
「そうはいっても、ウカノミタマ系譜の地祇次官を呼んだり易者に見てもらったり大袈裟にはしたくないでしょ」
陰陽師の狩衣をふわりと着こなしたメルは、その袖口から式神の触媒を取り出して儀式の準備を始めている。
一方でキノは鶏の首根っこをつかんで、暴れないよう慎重に絞めてから祭儀用の刃物で内臓を取り出している。動物の臓腑から吉兆を占う腸卜の一種だろうか。
「いや、待て、こんな文脈だったか……?」
俺は自身の発した「文脈」という言葉に強烈な酔いを感じ、その場に立っていられなくなった。
意識はどんどん高度を上げ、やがて物語を俯瞰できるまで客観化されるとようやく落ち着きを取り戻す。
これは変だ。いつの間にかオカルト路線に踏み込んでいる。
自覚できるまでに回復すると、俺は現実投影点の点群をいくらか操作して時間を少しだけ戻す。
客観意識化したままの<俺>は、俺を見下ろす。
ここで俺は違和感を覚えていた。何かがおかしくなりつつある、と。
薄気味悪い感覚に包まれながら、俺はふてくされている綾音をかまってやる。
メルとキノの二人は藍島さん関連の話に花を咲かせていたが、だんだん雲行きが怪しくなる。
「そも……」
<俺>は慌てて俺の身体に介入し、わざと手を滑らせてスマホを地面に落とした。
割と大きな衝突音に注意をひかれキノとメルは会話を中断した。
「おっとすまん、びっくりしてつい」
「なにかあったんですか?」
二人も制服を揺らせながら俺と綾音のほうへやってくる。
「いや、ガチャで激レアが出てさ。スマホRPGは今これをやってるよ。今のジョブはこれ!」
「えっ、翔にぃ、いつの間にグラ○ル始めたの? フレ登録してよっ」
「いいですね、私もおねがいしていいですか?」
一発で釣れた。<俺>は内心ガッツポーズ。これでいい。文脈に強烈な修正を加えられたはずだ。
四人を中心とした文脈の輪が新しい色によって染められていく。
スマホゲーム。文脈の親和性はどうだろうか。少なくとも不穏なオカルト路線よりは日常的な展開が想像しやすい。
あとは俺に任せて、意思の伝播と相互作用によってラブコメ路線に引き寄せられていくことを期待する。
意識の入れ子構造は文脈を混乱させやすいばかりか、物語にノイズを引き起こすこともあるのでなるべく避けたい。
<俺>は一安心し、意識の深層へ潜ろうとした。
その矢先<<俺>>が<俺>の意識に介入する。
「あはは、あたしとも交換してよ」
「あれっ、藍島さん」
藍島さんが何事もなかったように戻ってきた。
「さっきの質問だけどね、胸も尻尾もちゃんと課金してゲットした本物だよ。チートなんて使ってないもんね」
藍島さんが尻尾を振りながら蠱惑的な胸元をアピールしてくるが、俺は恥ずかしくてつい目をそむけてしまう。
「いいなあ~、私はもっとリセマラしておけば良かった。「出生:ハーフ」で妥協しちゃったよ」
と、メルが照れくさそうに笑う。
「だったら合成でもしてみる?」
「えっ、いいの!? やったやった!!」
と大喜びのメルがなぜか万歳しながら俺に抱き着いてきて、<<俺>>の介入を受けた<俺>が俺の意識を油断させバランスを崩し藍島さんの胸元に思い切りダイブしてしまう。
横目でキノが頬を膨らましているのを確認しながら、<<俺>>が客観意識層へ帰ろうとする途中で<<<俺>>>と<<<<俺>>>>の介入を受ける。
「え~~~いいなあ~~~、ねっ、翔にぃ、わたしも合成してきていい?」
「全く好きだなお前ら……。好きにしたらいいよ」
「わ~~い」
「あっ、ちょっと待ってよ! 私も私もー!」
遅れてキノも合成の輪に加わる。俺はかしましく騒ぐ彼女たちを見守りながら<<<俺>>>の介入した<<俺>>の<俺>への指示が<<<<俺>>>>によって更新され<<<俺>>>から<<俺>>へ流れる最中、ついに意識を失う。
「翔翔翔翔翔翔翔翔にぃ起きてよよよよよよよ」
いつのまにか俺はベンチで寝ていたようだ。
結局全員が合成したらしく頭が三つ、胸が八つの何かが俺を揺すり起こした。
一度合成に失敗したのか、メルの頭部特徴は失われていた。
「せっかくだし遊園地の話でもしながら皆で飯でもどうだ?」
「いいいいいいいいいいね、賛成いいいいいいいいいい」
俺たちはファミレスへ向かう道すがら、遊園地では何に乗ろうか、どういう順番で行こうかと割とどうでもいいことで盛り上がる。
これは俺のポリシーだが、なにかを最大限に楽しむにはやはり流れや構成を考えなくてはいけない。
昼飯の後にジェットコースターは良くないし、観覧車は少し星が見えるくらいになってからの方が綺麗だ。
ものごとには順番や流れ、必然性があって、自然とそういうものに沿って物語や文脈がす……。
キーワードに反応して<俺>の意識が覚醒する。
「しくじった」
<俺>は物語を完全に閉じる。
少なくともはじめ、キノや綾音にオカルト路線の文脈は付加されていなかったはずだ。
「そもそも文脈や物語って何だろうか」
一度原点に立ち返ってみるのもいいだろう。これは大切なことだ。
「人にはそれぞれ意思があって、それが人を行動させて、その結果あれこれ起こったミクロな文脈が、やがて大きな物語を紡いでいく」
「だから物語は”意思”の総体なんだ」
「例えば、いま俺の周りには五人の人間がいるとしよう。それぞれの意思はそれぞれに伝播し、形を変え、色を変え、そうした中で発生した行動が俺に文脈という流れを与え、それが俺の物語を作り出す」
<俺>たちの介入を受ける前のこと。
俺、綾音、キノ、メルの四人はどこからか流れ込んだオカルト的要素に文脈を汚染されてしまった。
意思の中を伝播しながら汚染された文脈はひたすらに加速し、遥か地平の物語へと俺たちを運んで行ったというわけだ。
巻き戻さずに途中から修正しようとしたが、やはりうまく行かなかった。
文脈の指示系統は混乱し、物語はクラッシュした。
流れを振り返ってみる。
始めはきちんとラブコメの文脈に誘導できていた。
いつの間にかオカルトのくだりが始まって、そのまま一気に脱線してしまった。
原因はどこだろうか、と考えたとき転校生・藍島紺が妖狐であったことを思い出す。
藍島紺が妖狐であるという因果はどこで生まれたのか。
紺という発音が、いくらかの意思のある人間にコンという狐の鳴き声を連想させてしまったのかもしれない。
では転校生が来るというフリが、そもそも物語に間違いを与えたのだろうか。
しかしラブコメにはいつだって不思議な転校生がやってきて、それまで踏み出せずにいた女の子との関係をかき回して変化させる、そういうお約束がある。だから転校生という文脈はラブコメにとって必要なはずだ。
本当か? 不安になった<俺>は同じ条件を整えて再現してみることにした。
「おう、おはよう」
「ご存知ですか? 今日私たちのクラスに転校生が来るらしいですよ」
メルは開口早々面白情報を持ってきてくれた。
「お、そりゃマジか。女子かな、男子かな?」
「翔也さんは……やっぱり女子のほうが良いですか?」
「そりゃ……」
と言いかけて<俺>はしばし沈黙する。
ここで俺が
「そりゃ、男だったら女子に来てほしいさ」
と言ったから、その意思が現実の偏微分関数になって藍島紺がやってきて、おおわしの森の呪術的オカルト路線に入ってしまったのだろうか。でも前回の問題はあくまでコンコンコンの発音が問題なのであって、たとえ藍島紺が藍島紺吉になったとしても解決できないし、女であっても藍島紺だったら問題ない話だ。
男女がどうとかの文脈は<俺>の考え過ぎなのかもしれない。
「どうかしました?」
メルの声で俺は我に返る。
「ああ、いや、なんかぼーっとしてて、男でも女でも楽しい奴なら良いな」
「そうですね」
教室の一角では転校生が男か女かで賭場を開く者もいて、熱気のなかでは高度な情報戦が始まっている。さながらお祭りのようだ。
ドンドンと先生が教卓をたたくと教室が静かになる。
「さて、それじゃあ転校生、入ってこい」
みんなが教室の扉に注視する。そんな中教室に入ってきた転校生は――
「お、女子か!」
「何言ってんだ、男子だろう」
教室の扉の前に転校生が現れた途端、静かになった教室が再び、わっと騒がしくなった。
こげ茶色よりの短いくせっ毛の金髪にも見えるが、ふと視線を逸らすとその瞬間イメージが霧のように消えてしまい全く印象に残らない。
教室のあちこちでは男子か女子かで激しい言い争いが続いている。賭博で金がかかっているだけに殺気に近い熱を感じる。
俺には女子のように見えたが、どうしてか自信が持てない。
議論が白熱するうちに転校生の姿が見えなくなっていることに気が付いた。
前の席に座っているメルの肩を叩き、話を聞いてみる。
「そもそも男女とは何を境界としているのでしょうか」
メルは普段ふわふわしているが、キメ顔でモノを言うときに限ってそのハーフ的美少女の性能をいかんなく発揮する。
「そりゃあ、染色体だとか生物的機能だとか身体的特徴だとか色々あるじゃないか」
「でもXYとXXに果たしてどこまでの違いがあるというのでしょう。ではクラインフェルター症候群におけるXXYはどちらなのですか。性機能のないオスの三毛猫は”染色体だとか生物的機能だとか身体的特徴だとか”においてメスの三毛猫と明確な境界線を引けるのでしょうか」
いつの間にか教室の中心は俺とメルの会話になっていた。殺気立ったクラスの連中もメルの話に聞き入っている。
「文化や概念の発達した過程それら全てから境界値を求めるとしたら、絶対的な物はなく、すべては揺らぎの中で確率的な存在となるはずでは? 翔也さんも、自信をもって自分が男性であると言いきれますか?」
まぁ確かに俺は47~82%の男性で、その日の調子や気分なんかにも左右される。単一性を持つのはアンドロイドくらいなものだし、今世紀になってからは第三の性や多次元配列が確率的に重なりあった性も現れはじめた。
「そもそも美少女の美少女らしさというクオリアはどうですか。世界や物語が意思によって成り立っているなら、確率すら不確かな存在で文脈によっ……」
「おい、おい、SF展開は止めろって、文脈が汚染されるだろ」
これは俺が男か女か選択する意思を見せなかったから、そういう文脈に流れてしまったのだろうか。と、<俺>は苦悩する。
「世界は揺らぎの中にあるのです! さあ、一緒に踊りましょう!!」
メルは立ち上がってゆらゆらとぎこちないダンスを始めた。<俺>は嘆息しながら捨て鉢気味で俺を操作しようとするも、確率的な揺らぎの中で介入に失敗してしまう。
俺はふといたずらしてみたくなって、つんつんとメルの背中あたりを突く。
「ふひゃっ」
とくすぐったそうに笑って身体をよじる。それでも意固地になって変な踊りをやめようとしない。
俺もそれを見てなんとなく微笑ましい気持ちになる。
価値のある時間と、無駄な時間の違いはなんだろう。
こうしてメルを突っついてメルメルってる時間は物語全体から見たら無駄かもしれないし、俺たちが将来心をすり減らして月給なんぼで働くようになったとき、この無給の仄温かい時間に価値を見出せるだろうか分からない。小学校のころ、道に落ちてる輪ゴムとかクリップが宝物に見えたように、いまこの煌いているような時間は今後なんの役にもたたないかもしれないが、それでもそれは俺の人生の一部として俺を構成していくわけで。
揺らぎ、揺らぐ。<俺>は思う。
物語は意思によって生まれるが、そもそも人の意思は単一ではなく揺らぎ、揺らぐ。
喜怒哀楽の重なりあったすべてが俺の意思に反映されるわけ。
やったー、うおおー、ウッウッ、うっひょーの全部が俺なの。
夏は浴衣で花火大会に行って一緒に写真を撮るという体で物理的距離を縮める文脈を作ったり、寒い冬は俺の手めっちゃ冷たいんだけどいやいや私の方が冷たいからじゃあ勝負してみるかとか言って手を繋ぐ文脈を作ったり、そういうラブコメ的ラブコメのために天地天命のすべてをかけているわけじゃない。虫刺されとか人混みを嫌ってひとりでホラーを見たいときもあれば、寒いからそもそも外に出たくないときだってある。
そういうのひっくるめて、俺の意思。俺の文脈。俺の物語。
人の意思は単一でないから、文脈の悪意も誰かの無意識なのかもしれない。揺らぎの中から生まれた意図しない意思。
しかし俺の意思が、どこの馬の骨かもわからない無意識に負けるとは思えない。
たとえそれがアカシックレコード的深層集合的無意識であったとしても、それをしりぞけるだけの覚悟はあると自負している。
そこで<俺>は考えを変えた。
この悪意も、もしかしたら自分自身の中にあるんじゃないだろうか。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
経験上、ここが一番融通の利くポイントだ。
俺たちが認識できる範囲は、普通に過ごしている分には限られてくる。
世界が実は並列に連続していて、俺たちはそのうちのどれかを選択して映画みたいに現実に投影しているんだ。
いや、そもそも投影っていうのも語弊がある。
実際には連続した世界に対して時間なんて言うのは二次元グラフのx軸みたいなもんだし、
連続した軸上の任意の地点は、選択の意思によって自由に決定できる。
さっきも言ったように実際には世界が並列にも連続しているので、そのx軸には奥行きがある。
少なくとも俺の感覚では三次元グリッド空間上のある点群を選択して、そこから物語の流れに沿って時間を進めている。
そして現実への投影は同一共面上に存在する地点でなければならない。
例えば3×3×3のグリッド空間上では(0,0,0), (0,1,1), (0,1,2), (1,0,1), (1,1,0), (1,2,0), (2,0,1), (2,2,2)と
地点を設定した場合、それらは同一共面上に4つ以上の点を持つことが無い。
ここでは分かりやすく点としたが、実際にはこれが3次元空間内の次元的要素を指す。
だから同一平面上に点が4つ以上では現実として投影できない。成り立たない。
「つまり、いくつかの意思が点群を操作して現実を不成立にすることで、物語の本流を反らしている可能性もあるな」
しかしそもそも点群の操作なんてのは普通に考えればあっという間に計算量が発散してしまうはずだ。
だから人の意思はクラウドコンピューティングのように連結できるのではないか考え、<俺>たちの今に至る。
過去や未来があるのではなく、意思による点群の取り合わせが現実を生成しているに過ぎない。
意思の揺らぎを考慮すれば、現実とは宙を漂う気体のようなものだ。
よって意識の覚醒は0と1ではなく濃度や揺らぎによって表現される。
いっつも起きてると言えば起きてるし、起きてないと言えば起きてない。
「なんでこんな時間まで起こしてくれなかったのさ翔にぃ!」
ぷりぷりと怒りながら食卓につき、俺お手製のトーストエッグにかぶりつく。俺からすればまだまだ時間の余裕はあるけれど女の準備は時間がかかるらしい。
「お前があとちょっとーあとちょっとーって言うからギリギリまで寝かせてるんだろうが」
「いっつもギリギリでヤバいんだから早めに起こしてくれたっていいじゃん!」
確かに、この世界はいっつもギリギリでヤバい。ひょんなことから文脈がぐちゃぐちゃのスクランブルエッグになって俺のラブコメ生活どうなっちゃうの~!? というコンセプトの物語ばかり観測される。それは物語は意思で、人の意思はあまりに脆弱だからだ。個人ならなおさら、ちょっとした油断が意思を揺らがせる。だから大半の人間は集団になろうとするわけだ、<俺>たちみたいにな。
<俺>は俺がラブコメに専念するために生まれたが、逆に複数の<俺>たちが文脈に介入したせいでおかしくなっているかも知れなかった。それでも俺は、全部の俺を受け入れて、皆が笑って幸せで仄温かい未来を過ごせるように文脈を作って物語を紡いでいく。行こうとしていた。それはまだ、全部の俺を受け入れるということを良く分かりもせず、なんとなく俺ヒップホップで食っていくからとか、それくらいの覚悟だったからだ。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ベッドの上のふくらみを引っぺがす。中から出てきたのは金髪セミロングの小柄な娘だ。
「うぇ……あと5分、あるいはそれ以上……」
「バカ言ってないで起きんかーい」
起きても寝言を言っているバカの肩をひっつかんで持ち上げる。空中でブラブラ揺らしてやると流石に頭が物理的に覚醒したようだ。
「うあっちょっ、起きる! 起きるからやめろバカ翔にぃ!」
暴れだした拍子に思わず手を放してしまった。
鈍い音を立てて首から地面に落ちた妹は、一瞬つぶれたカエルみたいな声を上げて動かなくなった。
首がありえない方向に曲がっている。素人目に見ても即死だ。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
料理とか掃除とか家事全般どころか日常のあらゆることを飽きるほど繰り返し、もはや出来ないことなど無い。
日常のすべてがルーチンワークだ。
「お前があとちょっとーあとちょっとーって言うからギリギリまで寝かせてるんだろうが」
「いっつもギリギリでヤバいんだから早めに起こしてくれたっていいじゃん!」
パンッ。乾いた音と血煙が広がって、額に大きな穴を開けた妹はそのまま床にぶっ倒れた。
「あっ」
無意識のうちに懐から銃を出して流れるように発砲した。
これもルーチンワークの一部。
「ついカッとなって……」
当然、妹からの返事はない。
もはや過去に何度殺してしまったかも覚えていない。
きっと何かがおかしくなっているんだと思った。
無感情のまま俺は強く思う。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
成績でBばかり取っていた人は分かるかも知れないが、取れば取るほどGPAを3に近づけることが難しくなる。積み重なったBBBBBBBBが数の暴力で希少なSの価値を薄くする。割合の母数が大きくなればなるほど、その中で特定の純度を上げることが険しくなる理屈だ。
同様に、ノイズ文脈を多く受け入れれば受け入れるだけ、全体の中でTHE・オリジナル・俺の抱くラブコメ志向は薄まっていく。
喜怒哀楽や意思も泥の中でフォンデュされて、徐々にゴミと一体化されていく。
だから<俺><<俺>><<<俺>>>じゃダメなんだ。
意思の輪を俺たちの外へ開放し、他者と文脈を共有すること。そうすることで意思を増幅させていく。円形の素粒子加速器のように文脈を周回させていく。そうして得られたブラックホールこそが真に人を惹きつけるものだ。
そうした過程が俺の文脈、俺の物語、俺のラブコメを超えて、本当の意味で俺たちのラブコメにする。ラブコメを超えたラブコメ、伝説の超ラブコメ。
そう、これは伝説の超ラブコメだ。
俺の不滅の意思がラブコメという本流を生み出し、物語のすべてを飲み込んでいく。
そうなるはずなんだ。
「俺の望まない物語だろうと、何千何万何億でも全部受け入れてやる」
だから、俺は強く強く思う。
この意思を魂に刻み付ける。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「もうこんなこと、やめない?」
でも真実の物語は、想像する中で最悪の文脈だった。
―――真実は、我々を正しく在るべきものとして導くものとは限らない
時に我々を絶望の淵に陥れ、時には我々を混沌の海に突き落とす
そして、俺も真実によって弄ばれる憐れな操り人形にしか過ぎなかったのだ
嗚呼、全知全能の神よ
真を支配する全てを超越せし者よ
俺は、この身が朽ち果てるまで
お前の存在を呪い、恨み、憎む
だが、この真実によって染められた俺の肉体では
呪うことも 恨むことも 憎むことも出来ぬ
真から成った実の毒に冒された俺は
誰の目も届かぬ 真実という名の永遠の闇を彷徨うこととなるだろう―――
「…………え、ココで物語が終わるの!?!?」
私、〆方があまりにも唐突すぎるモンだからッうっかりツッコミを入れっちっ夕ッ〒ヮヶ!
あ、申し遅れマシ夕けども、アタクシの名前は荻野メグミ! トーキョーの23区の端っこにあるクッソザコな私立の文系の大学に通いがてら『全日本・"読書感想文の題材にするには無理すぎるッ書"指定委員会』の最高責任者 兼 最高顧問 兼 総合会長 兼 総合マネージャー 兼 オフィシャルプランナー 兼 ペットへのスキンシップ担当を務めてるのっ! まぁ、この委員会に所属してるのは私とユッコちゃん(ヒョウモントカゲモドキ♀)だけなんだけどねっ!
まぁそんな訳でネ☆ なんとなく女子小学生を対象とした少女漫画の主人公の口調を意識したけどもッ…………ごめん、このテンションをずっとキープさせるのキツいっすわ。なのでここからは素の自分で綴ってくね。いや、ほんとキツいから。ずーっとハイテンションで文章綴るのって。ほんとマジで。ホントはね、いたってローテンションを保ってる物静かな人ですからワタシ。うん、ワタシ超生真面目な人なんで。はい。……何か自分で言ってると変な人に思われそうな気もするけど。それでもね。言わないよりかはマシかなと。はい。
そうそう、気になるよね?今まで何をしてたのかって。だっていきなり「ココで物語が終わるの!?」とか言ってるしね。だから説明してあげる。
さっきまでね、本田島 光平くんとね、朗読会をしてたの。え?何で朗読してるのかって?ちょ、アンタ、ほんの数行前の文章の内容すら忘れちゃう程の脳内容量なの?? ぅゎザッコ!アンタの脳超ザッコ!ぅーゎ!バッタの卵ですらまだ色んなこと覚えとるわ!!!!
……おい誰だ今「喩えがソレとかつまんねえなぁ」とかホザいた奴。前出ろオラ。おい。そこのオメェだよオラ。おい。逃げんのかよORAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!
…………まぁそれはおいといて。
この朗読会はまさに私の所属する「全日本~(途中省略)~ッ書”指定委員会」の公式な活動の一環ですよ! こうして月に一回、"読~(途中省略)~ッ書"である疑いのある作品をこうして朗読して、指定するかしないかを議論してるの。あ、言っておくけど、光平くんは委員の人じゃないよ。同じ大学の人だけどね。でも委員の人ではないんだけど、こうして朗読会を行う用の教室を予約してくれたりとか、ユッコちゃんのお部屋のお掃除だとかエサやりとかを含めたお世話をしてもらってるの。え?何がキッカケで光平くんが参加してるのかって?……さ、さぁ。な、何でだろう、人よりちょっと、物好きなんじゃないの?まぁ真相はわからないけど……
で、さっきまで二人でね、一部の小説評論家たちから”伝説の超ラブコメ”と評されてる作品:『オキロ・ネボスケ』を朗読してたの。いやいや、とても意味不明な物語だったよ。最初はね、あるあるな THE 学園★LOVE♡コメディー物なのかと思って読んでたらね、「実はみーんな人☆外〒゛シ夕―♪」って展開になったと思ったら、途中から妙にオカルト要素も加わってきてね。……そこまでならまだ問題無かったんだろうけど、なんか”文脈”がどうこう言いだして、挙句の果てに<俺>とか<<俺>>とか出てきたからね。それでいて最後は出来の悪い久保●人風のオサレポエムで〆られてるっていうね。ね、何を言っているかわからないでしょうけど、私たちも何を読んでるのかわからなかったっすわ。
どうでもいいけど、この作品は5人編成の小説家(もどk(ry )ユニットが書いた作品で、このユニットね、他にも二つ作品を出してるんだけど、作品毎に1人だけ名前が違うヤツがいるのよ。もちろん今回の『オキロ・ネボスケ』も違う名義だし。ホント、こいつどんだけ改名したら気が済むねんwwwwwwwwwwww
……まぁ脳内語りはここまでにしておくとして、会話を進めることにしますわ。
「えっ、えっ、本当にさっきの変なポエムで終わりなの????」
「いやー、だってこの後の文章、いきなり”後書き”になってるし……」
光平くんが私にその箇所を見せてきた。……確かに、例の謎ポエムの後のページは既に”あとがき”の項目になっており、しかもその後書きですらも無茶苦茶な文章構成なのだ。しかも何故か終盤に小話を挿んできておいて
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ここからはもう、小説の本章でも体裁の整った後書きでもなくてですね、日記感覚でね、フツーにダラダラと文章を綴るだけなので
どうかですね、ご自由にね、リラックスしつつ、お楽しみください^_^;
では、さっそく小話をしたいと思うのですが
昨日
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ここで文章が終わってしまっているのだ。いやいやお前、昨日何があったんだし。その次のページはもう初版がいつとか第何版かいつ出版されたかとか書いてあるページですわ。てか、これ地味に第三版までいってるのね。この後書き、まだ書きかけなの明らかでしょうよ。何故に気づかねえし。
「これ……出版会社もよく許したなって思うくらいのクオリティね……」
「これはもう、こんなので読書感想文書けって言われたら絶対無理だね!」
「確かにこれは……指定せざるを得ない……」
「……ごめん……ちょっと、トイレ行ってくる!」
「ちょ、どこ行くの××××?!」
「いやもう。さっきから、も、漏れそうでたまらないンだよ!!!!!!!」
「いや、ちょ、作者ちょっと何言ってんの?!アンタいないとこの先物語進まないんですけど?!え?!放置したままトイレ行くつもり?!?!私たちの未来よりキサマの生理の方が優先されるワケ?!?!」
「ウッセェェェえええええェェえぇえええ!!!!!!!!!さもなくばキサマめがけて用足すぞGOWAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」
===3分経過===
「はい戻ってきましたー。」
「……今度は大丈夫だよね?」
「はい大丈夫ですよー。はい、次から続きですよー。ほらほら!メグミちゃん早くスタンバってホラ!早く早く!」
「(軽く舌打ち)……今度はビール飲みながら執筆すんのやめてよね。」
「大丈夫だってホラ!ほれほれ!はよ元の位置にスタンバイせえ!ほら光平くん困ってんじゃんホラ!」
「いやあのソレわたしでなくアナタの責任なのですがソレは」
「あーーーーー、そうか!あーーーー、光平くんゴメン! ほらメグミちゃんはやくはやく!」
…………私たちはこんな身勝手でマイペースなヤツに未来を左右されてしまっている。その事実を考えるだけで、私はいまにもこの無責任Party Jyanken野郎を右手はグーで、左手もグーで殴りかかってしまいそうだ。てか、またビール取り出して飲んでるし。おい、さっきまではサッポ口ビールで、今度は一番搾りっすか。てか、冷蔵庫から枝豆取り出してんじゃねぇか。おい。〒メ工はもれなくホラ吹き野郎でもあったかこのHappy Boy。枝豆まみれになって死ね。
……さっき「死ね」って打とうとしたら「詩ね」って出てきた。この変換機能ももれなく死ね。……また出てきた。死ね。……また(ry
……もうこれはキリがないので、私はさっさと話を進めることにする。そしてどうやら、作者は枝豆を食べ終わったようだ。おい、文章考えないで枝豆食べることに専念してたのかこんちくしょう
……おや、作者はとうとう酒が回りすぎて執筆意欲を失せてしまった。……仕方ない。書く気になるまで仕方なく待つことにしますわ。f*ck
===2日経過===
「よっしゃー!続きを書く気になったぞー!」
「いやお前ふざけんなし。続き書く気になるまでかかりすぎだし。」
「しょうがなーいじゃン。だって昨日久しぶりにスポーツ・ジム行ってその後にお酒飲んでめちゃくちゃ眠かったんダモン。」
こちとら、いい迷惑である。作者は2日間ジムに行ったり酒を飲み好き放題してる間、我々はじーっとしていたのだ。微動だにせず。この狭い教室の中を。……いや光平くんがせっかく確保してくれた教室に文句言うつもりはないけれど。 でも、2日間ずっと軟禁状態は、キツいッ〒。
しかしこうして愚痴をグチグチ言ってる場合ではない。作者はもう次のシナリオを練る態勢に入った。私も仕方なく、それに倣うことにした。
それにしても光平くん、なんだか浮かない顔をしている。……いやそりゃ当たり前か。だってウチたち、二日間もこの教室に閉じ込められたもんね。良い気は、しねぇわな。
しばらく変な沈黙が、正確に言うならば、2分36秒間の沈黙が続いた後、珍しく光平くんから切り出してきたのだ。
「そ、そうだ!ようやく作業も終わったし、この後ちょっとお茶しに行かない……?」
「え、いやまだまだ作業続きますけど何か?」
私は無常にも、分厚く・且つ難解な本を5冊取り出した。光平くんの表情からして、明らかに戸惑っているようだった。
そもそも、”お茶をする”という言葉って何なのだろうか。先程の光平くんのように、創作の中の世界だけでなく日常会話においても、あたかも”お茶”という単語が何か作業を示す……例えば、”食事をする”だとか、”運動をする”、といった言葉として扱われることがある。
ご存じのとおり、”お茶”は名詞である。……勿論、”食事”も、”運動”も、名詞だ。
しかし、後者は行為を示す名詞であるのに対し、”お茶”はあくまでも物を示す名詞だ。例えば”紅茶”という名詞を使って、”紅茶をする”なんて表現をするだろうか。少なくとも、私はそのような使い方はしない。”緑茶”だろうが”烏龍茶”だろうが、”ウコン茶”だろうが同様である。
だが、”お茶”という名詞は面白いもので、緑茶とか烏龍茶とかウコン茶とかを広義的に捉えた上での飲料を指す名詞でもあれば、先程にも出てきたように、”一休みに何か飲み物を飲む”という行為を示す単語としても使われているのだ。
しかも、この”飲み物を飲む”という行為において、絶対にその飲み物はお茶でなければならないという制約は、存在しないのだ。
似たような言葉で、”ティー・タイム”という言葉が存在する。こちらも、意味としては”お茶する”の”お茶”と同じ、ちょっとした休憩に飲み物を飲むといった意味合いを持つ。しかし、こちらについては、あくまでもその飲み物は”お茶”に則したものでなければならない。一休みの際にコーヒーを飲む時は、”コーヒー・ブレイク”と表現するのだ。
しかし、”お茶をする”という際は、別に何を飲むのかは自由なのだ。コーヒーでも、水でも、キャラメルモカフラペチーノでも構わない訳だ。
それでも、小休憩に何か飲み物を飲む行為のことを、”お茶をする”と表現している。実に、不思議だ。
……おっと、私のしたことが。またしても脳内で考え事をしてしまったようだ。早く選定作業を再開せねば。
「……そ、そっか。うん。じゃ、じゃあ、その作業が終わったら一緒にご飯でも……」
「この本を全て読み終える頃にはたぶん日付超えてるよ。それに私、あまりご飯食べない主義なの。」
「そ、そっか……。」
光平くんは、さらに表情を曇らせていった。……さすがに、私も振る舞い方がPlastic過ぎたかもしれない。それに、この後も共同で作業する中でこんな空気が続いてしまうと、議論が効率の悪いものとなってしまいかねない。少しだけ、光平くんが喜びそうな、気の利いた事を云うことにした。
「……あ、今週の土曜も作業あるから。その後なら、お茶しても、いいかな……」
でも、光平くんの反応は、私の思っていたのと違っていた。
「えっ、え、今週の土曜は二人で遊園地に行く約束じゃ……」
……そういえば、そうだった。先週の同じ日に光平くんから、珍しく誘われたんだっけ。私のしたことが。……でも、遊園地に行くっていう、内容だったっけ? ともかく私は、ウッカリ忘れていた。しかし、私としては早くこの作業を終わらせて、アンサイクロペディアに選定結果を7月末までに公開しなければならないのだ。え?どうしてそんな期日があるのかって?いや、だって、アイツがうるさいんだもん。わかる?アイツだよ、アイツ。……あ、”アイツ”ではないよ。”アイツ”ではなくて、アイツ。わかるでしょ?さっきの<俺>と俺の違いと同じだって。
……いやあの、アイツはソイツではありません。いや、コイツでもありません。アイツは、アイツです。……アイツはドイツ人か? ……いや、あの、質問の意図がさっぱりわからないのですが。 ……”ドイツ人はドイツや?” …………あの、ダジャレかますだけなら帰ってくれます? あの、本当に、迷惑なので。あの、私まだ作業ありますので。光平くんとの会話もしなきゃだし。あの、帰って、本当に。いや、だから……
「「「帰れっツッ〒ン夕゛ョオォォォォオオォォォオオオオッーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」
私は思わず、叫んでしまった。
「え……な、何だよ。いきなり帰れって……」
「いや、いやあの、いやあのこれっ、違うんです!いやあの、違う!!違うッッ!!!!ちょっと脳内に邪魔人が入ってきてもう邪魔っしくて邪魔っしくてその、その……」
私は必死に言い訳をしても、彼には伝わらない。詭弁を振るっているようにしか、見えてないみたい。
「何だよ……俺よりも作業の方が大事なのかよッッ!!!!」
「いや、いやあの、そ、そんなつもりで言った訳じゃ。。。。…………え?あれ、え、何その仕事熱心な彼氏に言いそうな彼女のセリフ?え、え?」
私はもう、頭の中の黙考する叫びを口という媒体で以って現実世界に具現化してしまったことにより、ただでさえパニくり☆パラダイスとなっているというのに、光平くんの意味深な言葉が、より私をCrazy Chaostic Tornado Moonlightへと誘ってゆく。(※この横文字については私もそこまで理解していないし、ぶっちゃけ言うと意味ないので安心してください。)
「まだッ……まだわかってねーのかよッ……!!!! …………オレ、お前のこと好きなんだよッッ!!!!!!!!」
「……え、……え。………………。…………え、え。え?え?……えぇ?えっ、えっ……え?
私は、えッえッ星人と化していた。いや、化さざるを得なかった。この混沌を、目の当たりにしては。そう、私は木曜日。朧げに、淡白く、闇を照らす月。
…………いやごめん、自分でも何言ってるかわかんんなかった。もう、ごめん。いやもう、ダダでさえパニックになってて。。。。」
光平くんは、泣き乱れ、取り乱れ、頬染めのSaturday Night。
「何だよ……口にしてもまだ伝わんねーのかよ…………もうッいいよッッ!!!! ずーっと訳わかんねー本読んでりゃイイよッ!!!!WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」
「いや、ちょ、ちょっと待って光平くんってば!」
光平くんは、叫びながら、どこかへ行ってしまった。
こうなった時は、彼のことを追いかけるのが、一番の解決策なのだろう。しかし、度重なる混乱が私の思考回路に支障をきたし、身体が一切の行動を拒否してしまっていた。私はただ、キョトンと、その場を立ち尽くすことしかできなかった。
「……全く、変なオトコを助手にしちゃったもんね。オトコってほーんとワケわかんない生き物よねー。」
ユッコちゃんは私を必死にフォローしてくれている。それでも、私の心の中に在るゴチャゴチャしたものが消えないのは、何故だろう。いつもなら、Plasticに割り切って吐き出せるはずなのに。切り捨てたいのに。捨てたくなくて。どうして叫びたくなってしまうのだろう。
「…!? ちょ、ちょっとメグミちゃんどこ行くの!?」
荻野 メグミは、自分の中にある”何か”に駆り出され、彼のように、どこかへと走り去っていった。しかし、彼女の向かった方向は、彼の行った所とは真逆なのだが。
「…………まったく。ニンゲンって、ホントにムズかしい生き物ネ。」
―――私はただ、走り続けた。自分でもいままで抱いたことのない感情に駆り出され、ただただ、走り続けた。私を照らす夕陽が眩しすぎて、目が痛む。この感情は一体、何というのだろう。目に一滴の水滴を浮かべながら、私は、走った。
それではここで、私の渾身の詩を、詠います。
===============
「とけない」
作者:荻野 メグミ
私の中の 溶けない氷
夕陽に照らされて 溶けちゃえばいいのにね
どうして今も 溶けないままなのだろう
キツく結びすぎたかな 解けないように
気を張りすぎたかな 蕩けないように
誰も解けないように作った問題が
私にも解けなくなっていただなんて
ああ、願わくば
この夕陽に当たって溶けてしまいたい
或いはこのまま走り続けて
身も心も 解れてしまいたい
時計のないまま 解れてしまえば…………
…………ん?
………………
…………時計
時計
┣ヶぃ
┣ッヶヶーぃ
┣ヶ ┣ヶヶ
┣ヶヶヶヶヶヶヶヶヶヶ
┣ヶヶヶ
┣ヶ
┣ヶコッコゥ
Oh, This is a Tokei.
This is a Tokei.
Oh……
Hmmm……..
Certainly, This is a Tokei.
But……..
そんな統計、やめ”と(う)け(い)”!!!!!!!!
ぁ、なーーーーンちッ〒ねッ!!!!!!!!
【おわり】
===============
私は走り続けた。ずっと、ずっと……。気づけば、辺りは暗くなっていって、気づいたら朝日が昇っていて、太陽が真上に来て。そしてまた、昨日と同じ夕陽に照らされながら走り続けていた。
もうどれくらい走っただろうか。私の足はすっかり疲労 困憊で、まるで鉄の棒にでもなってしまったかのようだ。
もう…………走れない。
私は力尽き、地面に膝をついた。24時間、飲まず食わずで走り続けると、ここまで身体に負担がかかるというのか。考えることを止めたまま走っていたせいで、ここがどこなのかも分かっていない。辺りには人なんていないし、建物すら見当たらない。こんな世界の果てみたいな場所で、私はこのまま朽ち果ててゆくのだろうか。
「―――私の真実の物語は、こうして終わるのね……。」
私は自分自身の未来を悟り、運命に身を委ねることにした。
その、矢先だった。
(๑ ╹ω╹)
ややッ
ア、アレはもしや…………ッ!
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいこんな┣コ口でナニし┣ンネン
「…………私はね、悪いことをしてしまったの。とてもとても、悪いこと。」
「だからね、私はこのまま終わっていくの。」
「これが、私の、真実の物語。」
「最悪なものなのかもしれないけど、これが私を待ち受けていた真実なの。」
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい、ココ〒゛おわるン力
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいココ〒゛物語終わるン力
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<終わらへン〒゛
「…………え?」
「……それは、どういうことなの?」
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいの持ってる本開い〒みいや
(๑ ╹ω╹)<正確にはㄘいㄘいの落とした本開い〒みいや
私はふと視線を移す。そこには、光平くんと一緒に議論した、あの本―――『オキロ・ネボスケ』―――それが、目の前にあった。
そうか、私はその本をずっと持ったまま、走っていたのか……
私はその本を手にし、開いた。ページをめくる。……今見ても、よくわからない文章だらけだ。
しかし、一つだけ、確実に違うところがあった。それは、とても決定的だった。
「……あれ?」
「…………ページが、増えてる。」
あの意味不明な謎ポエムの後に…………なんと、私と光平との会話が、記録されているのだ。私がよくわからず叫んでしまったあの場面も、光平が怒って出て行ってしまったあの時のことも、全て、載っているのだ。
しばらくめくっていると、またしても後書きの項目が現れた。ここも、変わらず、”昨日”、で終わってしまっている。だが、その後にはまだ真っ白なページがただ続いている。
まるで、あの後書きが、まだ書きかけであるかのように。
「これは……一体…………」
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<一体もㄘいㄘいもない〒゛
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい物語終わッ〒夕ン思っ〒ン力
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいもう物語は終わッ夕ト思っ〒ン力
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<終わッとらン〒゛
(๑ ╹ω╹)<あの後書きも
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいがㄘいㄘいしてた昨日も
(๑ ╹ω╹)<全部、物語なンや
(๑ ╹ω╹)<物語は、続い〒るンや
「……そんな……あの作品は……まだ続いてた、って……こと?」
信じられない感覚が、まだ続いていた。
ところが、である。
「…………モルツァ!!!!!!!!」
私は頭に、尋常でない痛みを感じた。頭を抱えながら、横たわり、ごろんごろん。だが、例の頭痛が齎したのは、痛みだけではなかった。
――――何故、あんな唐突に光平が告白まがいなことをしてきたのか
――――何故、遊園地に行く約束を、光平は覚えていたのか
そう
私たちは、あの作品の中の、登場人物だったのだ。
光平くんは
あの作品に居た、久保 翔也
がつくった、お手製のトーストエッグだったのだ。
ちなみに私は、石倉遥奈の乗っていた車だった。
そうか、私は皆を乗せていた車で、彼は主人公のつくったトーストエッグ。彼は妹に食べられて胃の中で消化中だったけれど、あの時の、遊園地に行くという約束を、覚えていたんだった。
そして、私たちは幾度となく世界の再編成に巻き込まれて、この世界でもって、私は荻野 メグミとして、彼は本田島 光平として、生まれ変わったのだ。
そうか、私たちは、この世界で、擦れ違いでも間接的でもなく、こうして、ようやく巡り合えたのだ。
でも、そのチャンスを、私自身によって台無しにしてしまっていたのだ。
「そんな……今の今まで……私のしてきた事も……あの出来事も…………全部、あの作品の……続きだった、って……こと?」
「……そして……その物語を終わらせるのも、続けるのも……私、次第……なの?」
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<せや
(๑ ╹ω╹)<物語終わらせンのも、続けるのも
(๑ ╹ω╹)<全部、ㄘいㄘいや〒゛
(๑ ╹ω╹)<全部、ㄘいㄘいが決めるコトねン
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいするか、しないかは
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい次第や
「…………わかった。」
私は、例の後書きの文章を見る。”昨日”で途切れていた、あの物語。―――私は、こんな中途半端なままで、終わる訳にはいかない。
物語は、自分でつくっていくんだ。続けるのも、終わらせるのも、全部決めるのは、自分なんだ。あんなビール飲んで枝豆食ってジムの疲れからか銀塗りのベッドにダイブしてしまうような作者が決めるんじゃない。自分自身で、決めるんだ。もう、他人のつくったシナリオに沿った物語は、ウンザリだ。
「……私、書く。物語を、続ける。……こんなところで終わるのなんて、私は嫌だ。私は、私の真実の物語を、自分でつくるわ!!!!」
気づけば、ㄘいㄘいは居なくなっていた。ㄘいㄘいの居た所には、一つのペンが落ちていた。
―――舞台は、整った。
私は、あの途切れてしまったページを開いた。そして、ペンをとる。そう、自分が、つくるのだ。この物語の、続きを。
物語はまだ、終わってはいない。
私は書く。昨日、何があったのかを。あの後書きの続きとして、昨日は何があったのかを。
==================
ここからはもう、小説の本章でも体裁の整った後書きでもなくてですね、日記感覚でね、フツーにダラダラと文章を綴るだけなので
どうかですね、ご自由にね、リラックスしつつ、お楽しみください^_^;
では、さっそく小話をしたいと思うのですが
昨日
ラジオのチューニング中にですね、妙な電波を拾いまして、そう、コーヒー・ブレイク中にです。
電波を送信した方の意向でですね、以下に原文ママを、いえいえ、速記で音声を書き留めたものなので違いますね^_^;
でもでも、概ね正しく記録できたはずなんでね、心配しないでㄘょ。
―――――― Hellow universe ――――――
あーあー、聞こえますか? イルカいるかー? ……失敬。
突然なのだが、誰かがこの電波を受信しているのなら聞いてほしい。
これは独白だ。リレー小説本編とは関係ない。それでも聞いてほしいことがある。
まずは、ここまで読んでくれた読者の皆様、本当にお疲れのことかと思う。
いや、小分けにして読んでくれた方もいるだろうから、私がそう思いたいだけで、或いは私自身に向けてそう言いたいだけなのだが。
なにしろここまで約3万文字だ。400字詰原稿用紙にして80枚……大したことないな。
ぇっえぇい、まぁ、それにリレーがバトンタッチされるにつれ5000→7000→9000→10000文字と膨張していっている。
膨張すると言えば宇宙にはそんな説があったな、では宇宙人からのメッセージということでこういった寄り道をしても良いだろう。という言い訳の元、これを語っている。
お前、リレー小説中に愚痴を書くつもりなのか? とお思いの方へ、それは動機の2割ほどでしかないと伝えたい。
残りの8割は物語のラストへと向かうにあたって、おさらいをしておこうという、ただそれだけのことだ。
なにせ、この長い長いバトンを覚えていられるわけがない。少なくとも私の100MBの頭では、自我を乗せるだけでいっぱいおっぱいになり、残りの容量は10KBといったところなのだ。
では、圧縮しよう。
まず私は渡されたバトン・レコードを読みながら人物についてまとめてみたのだ。テケリ・リ。テケリ・リ。
【登場人物】
久保翔也
スケベ兄貴。並々ならぬ闇のオーラを纏っている。過去改変の禁忌を破る。
久保綾音
金髪セミロングの小柄な狼。キリン。
篠ケ瀬綺乃
キノちゃん。コウモリ。銀とかニンニクで撃退できそう。
石倉遥奈
美人なお姐さん。大学生。遊園地はシンギュラリティの彼方へ消えた。
メル・グレニス
ポニーテールが可愛い女の子。狐と因縁がある。シマウマとポニーのハーフ。ゾニーと言うと多分怒る。
藍島紺
おっぱいがデカくてモフモフしている。
マジカル少女カオリナイト
健全なマンガ。
頭が三つ、胸が八つの何か
そんなものは存在しない。いいね。
荻野メグミ
バッタの卵よりも物覚えの良い車。
本田島 光平
枝豆まみれになって死ね。現実では胃液まみれになって死ぬ。
続いて世界観をまとめてみた……わけだが、ついでに私の居場所についても触れた方がいいだろうか?
とりあえず小説内の世界観を先に述べておこう。
【世界観】
梟作高校を主な舞台とした伝説の超ラブコメ、の化けの皮は剥がされた。狐だけに。
主人公の久保翔也は再び動物の毛皮に包まれたいということで、過去改変を繰り返すのだが如何せん干渉の仕方がマズイ。
狂ったように世界を引っ掻き回すものだから、文脈のエントロピーが増大して混沌一色になってしまった。そこには既に脈と呼べる道筋は無い。美しかった水脈がすべて氾濫して沼になってしまったようなものだ。
結果、この世界の久保翔也は真実色の闇を今も彷徨っている。今、この電波を『オキロ・ネボスケ』の世界に向けて発信している時も。
ん? どうやらこの電波をキャッチしてくれた者がいるようだ。読者の皆様でもなく、かといって『オキロ・ネボスケ』に収まっているとも言い難い。
僅かに剥離した世界で、かろうじて濁流に呑まれずにいるのか。興味深い。しかしひどく不安定だな、エッグトーストや車が喋っている。
面白いから【登場人物】の項目に追加しておこう……。なに、私にとって時間というのは本のページをめくるようなものだよ。
では続きを……おやおや。
(ここで音声の主がですね、くつくつと笑いはぢめたモんだから、ワタクシ不気味で少しペンが震えてしまいましたヨ)
これはこれは、なかなかに賢い。久保翔也の認識外へ逃げるため人と化し、僅かな文脈の保存に成功したか。
残念ながらトーストエッグの助手は先に剥離世界と同化してしまったようだが。
車の君、君も自分の正体を自覚した今、そう長くは持つまい。
だが安心していいぞ。その文脈、しかと受け取った。だからもう目を閉じるといい。付喪神よ。
(そんな自覚はないんですがね、でも確かに眠いんでね、お言葉に甘えㄘいましょう)
さて……彼女の旅路は無事終わったようだ。
それでは独白の続きをしよう。まだ私の居場所について説明していなかったと思う。
此処は文脈の母集団を、さらに外側から観測できる空間というべきか。
う~ん、原理よりも機能の話をしよう。そうだな、君たちがSFで慣れ親しんでる世界観で説明するなら、”好きな平行世界を選択できる場所”とでも言えばいいのだろうか。
お前さっき、これは小説の内容と関係ない独白だと言ってたじゃないかって? あれは半分ウソで半分マジだ。
三次元が二次元へ直接干渉できないように、私は文脈の中へは入れない。
何? 多次元配列だと?
小説中に出てきたあれはあくまで、ほぼゼロ秒に等しいある瞬間での性別が、次の瞬間にもそうだとは限らないというだけで……難しい話はやめよう。
そうだな、もし貴方が貴方自身を、パソコンの中の、配列の中の、あるデータとして格納させられるのなら、私だって文脈の中に入ってやろうじゃないか。
……そう、モニター越しにしか見れないんだよ。これがなかなか淋しくてな。
そういえば私の紹介を忘れていた。私の声は<真を支配する全てを超越せし者>の声だ。
肉体は別物というわけだが、それが問題になるのは久保翔也のような未熟者だけだよ。
彼といえば……確か、私を呪うだの恨むだの憎むだの言っていたが、とんだ濡れ衣だな。彼は彼自身の手で世界を混沌で満たしたというのに……。
まぁいい、水に流してやる。忘れっぽい私からのサービスだ。良かったな、忘れっぽい私で。128MBの肉体に感謝しろ。
それから2割の愚痴に付き合ってくれた礼に、車の彼女が残した文脈を呼び水にして、今マシな文脈まで連れてってやる。
あの、出来るだけその、全知全能の神が激オコじゃない脈に。……あの人怖いんだよな……。
―――――― Goodbye universe ――――――
―――――― Hellow world ――――――
「ぉぃ」
遠くから声がする……ような。
「おい」
遠くから声がする。
「おい!」
声がする。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
顔面に激痛が走る。走る。走る。驚異の3コンボだドン!
ぼやける視界からなんとか状況を把握しようと試みる。
「呆けた面をしているな。望むもの、望まぬものを全て呑み込んで、食あたりにでもなったか?」
胸下あたりまで伸ばしたブラウンの髪とカチューシャが印象的な女の人が見える。頭が一つ、胸が二つあるなんて凄く珍しいな。でも凄く懐かしい。
何故だろう? 俺は、いや、私は伝説の超ラブコメ文脈を辿っていたはずなのに。彼を愛して、彼を食べて、今お腹の中に……
……?
否、否否。
<俺>はやっと、自他の境界すら曖昧になりつつある俺こと久保翔也を引きとめることに成功した。今まで何をやっても駄目だったのに……まるで神の御業だ。
<俺>は俺に言い聞かせる。トーストエッグを食べたのは俺の妹だ。俺は何も食べていない。俺が何かを食べたという記録は残っていない。
そして目の前にいるのは、いつぶりに見たか分からない、正常な女体で生きている石倉遥奈だ。しかし、瞳はこんなに鮮やかな赤だったろうか?
「石倉さん……あ、あれぇ? 俺、今まで何してましたっけ?」
<俺>にも、<<俺>>にも、無限回廊の<…<俺>…>にもどういう経緯で現状があるのかまったく不明だったので、ここはとぼけた体で情報収集に専念することにした。
永遠にも感じられた深い闇を彷徨っていたせいだろうか、部分的な記憶しか残っていない。だからまずは擦れた点と点を線で結ぶのだ。多少違和感を覚えられても構わない。
なに、頃合いを見てこの時間まで戻ってくればいいだけなのだから。そうすれば全部やり直せる。伝説の超ラブコメの為に何度でも。ただそれだけが俺の生き甲斐になっていた。
「それは私には分からないことよ。でも……」
いつの間にか、どこから出したのか、石倉遥奈はスラリと長い日本刀を持っている。
「貴様の正体は見えている。私は世界をあるべき形に戻さねばならない。そのために貴様を、殺す」
「ちょっ! ちょゃああああ!!!」
俺は刀を既の事で躱す。まぁ、リトライを13回ほどしたのだが。
相手の方はというと、よもや避けられるとは思っていなかったようで、警戒を強めて距離を取ってくれた。
それにしてもこの太刀遣い、どう考えても只の大学生のものではない。俺の目の前にいるのは本当にあの石倉遥奈なのだろうか? 他の皆は? なぜ俺と彼女以外には、何も無いのだ?
何も無いというのは、舞台が更地の荒野や砂漠のど真ん中というわけではない。本当に真っ白で、俺は見えない地面に立っており、彼女は宙に浮かんでいる状態なのだ。
「貴様、また文脈操作を行ったな? それ以外に全知全能たる私の一閃を躱す術があるものか」
「……はは、アナタが神でしたか。闇の中で求めた者が、向こうからやって来てくれるとは。それにしても、俺を殺したいならアナタも文脈を操作すればいいじゃないですか」
俺は第25487層の<…<俺>…>から得た情報で、神を煽る。
「全能なんだろ?」
頭に血が上った神が必至の形相で刀を振り回す。いくら全知全能であっても、切羽詰まって視界が狭まれば只の阿修羅と変わりない。
俺は俺で文脈操作のデメリットに呑まれやすい軟弱者だが、このようにちょっとしたキッカケから明瞭な思考回路を繋げられれば、神に近づくことが出来る。
「過去改変は道理に悖る行為である! 悪逆である! 故に、排さねばならぬ!!!」
神は冷静さを失っている。こうなれば文脈の支配権は俺のものだ。切られてはリトライを繰り返す合間合間に、俺は準備を進めていく。
徐々に、徐々に、神を人間の座に引き摺り下ろす。その中で面白い仮説がよぎった。
全知全能の神が何故、石倉遥奈として俺の傍にいたのか。
彼女は年上だった。幼い頃には一緒に遊んでくれてたし、俺が大きくなってからも、なんだかんだで頼れる姉御肌的な人だった。
しかしそれは、俺を監視し支配下に置くには絶好のポジションだったのではないか。
かわいい坊やを見守るという体で、危険因子を見張っていたのではないか。
俺はもう歪んでいるのかもしれない。歪んでいるから、自己を保つために伝説の超ラブコメに向かって邁進している。
だからその願いが叶った暁には、俺は俺以外の<俺達>を記憶の奥底へ幽閉し、二度と目覚めぬようにしよう。
そして純粋な気持ちでケモ耳少女たちとイチャイチャしよう。
では、そろそろ頃合いだ――――――
「高校生風情が、大学生に勝てると思うでない!」
石倉遥奈は声高々に叫び、面を打ってきた。俺は慣れない剣道着に身を包まれ、一方的に押されている状態だ。
だが命の保証はされている。剣道場や決闘に群がるギャラリーもいる。ここでなら俺の物語を引き寄せ易いだろう。
そう、俺はひょんなことから剣道八段の石倉遥奈から怒りを買い、今こうして対峙している……という設定だ。
今の彼女は自身が神であることを忘れている。しかし、いつそれを思い出してもおかしくない。
彼女の存在はどんなに細やかにメンテナンスし続けても、俺にとって天敵になり得るだろう。
故に、彼女は、俺のラブコメには、いらない。そもそも彼女、ケモ耳ワールドには似つかわしくないし。
「一体いつから――――――俺を高校生だと錯覚していた?」
「………なん……………だと………」
(ちょっとまって、これじゃ俺が悪役みたいじゃない?)
「俺が生きた時間の合計値は、優に人間の寿命を超えている」
(馬鹿なの? 変なこと言って彼女が余計なこと思い出しちゃったらどうすんの? なに俺TUEEEwww余裕コポォwwwって感じになってんの? 黙ってろよ<俺>!)
「翔君……あなたまさか…………」
石倉遥奈の瞳が栗色から赤に変わっていく。
「神の力を再臨させようとしても、もう遅いぞ、石倉遥奈ァ!!!」
<俺>は彼女を串刺しにして、悲鳴が止んでも串刺しにして、息絶えても串刺しにした。<俺>の大嫌いなウニとそっくりになった。
「俺には神殺しの伝説なんていらないんでね、アンタの存在そのものを無かったことにする。そして俺はこれから、普通の高校生になるんだ」
ギャラリーを黙らせ、家に帰り、<俺>はあまりの出来事に気を失っている俺に体の主導権を返した。
これで目が覚めれば、理想の世界が待っていることだろう――――――
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ベッドの上のふくらみを引っぺがされる。その犯人は金髪セミロングの小柄な娘だ。
「うぇ……あと5分、あるいはそれ以上……」
「バカ言ってないで起きんかい! 翔にぃ!」
俺の名は久保翔也。今キリンの首に乗せられ強制的にリビングまで運ばれている。
長首の持ち主は妹の綾音。俺と一つ屋根の下で暮らしてる。妹といっても綾音は俺の母さんが再婚した父親の子で血の繋がりはないんだけど。
父さんと母さんは2回目のハネムーンでドイツに行っており家にはいない。結婚から5年たった今でも仲睦まじくて良いことだが家事を投げっぱなしにするのはいかがなものか。でもおかげで妹は料理とか掃除とか家事全般がうまくなった。
俺を起こすのも綾音の朝の仕事の一つであり、この後作った朝飯を食卓に並べてくれるのも毎日のルーチンワークだ。
「いつもありがとう、綾音」
「どうしたの? 褒めるなんて珍しい。何か頼みごと?」
「いいや、なんだか今日は気分がいいだけだよ」
自分でも不思議なくらい妙に気分がいい。溜まっていた澱が流れたような清々しい気持ちだ。別に昨日と変わらない今日なのだが。
「あ! 翔にぃ急いで! もうこんな時間!」
「っほんとだ! マズイマズイ!」
俺はポーチドエッグを呑み込み、急いで梯子を降りる。妹と同じ目線で食事をしたくて作った椅子なのだが、こういう時には時間を取られてしまうのが欠点だ。
今日は皆で待ちに待ったサーカスへ行く日だから、遅れるわけにはいかない。走れば約束の時間は間に合うだろうか? 俺のせいで妹にも走らせてしまうのは申し訳ないな……。
玄関から出ると約束してたメンバーが全員そろっていた。集合は最寄りの駅だったはずなのに。
「翔くんは朝弱いからどうせ遅れるだろうって、皆で迎えに来たの」
「ははは、まいったなこりゃ……」
集合場所の変更は幼馴染の篠ケ瀬綺乃がやってくれたようだ。黒い髪と背中からちょこんと生えたコウモリ羽が、悪魔的な知性を醸し出している。
雰囲気だけではなく実際に先見の明があるというか、長い付き合いだからってのもあるだろうけど、彼女には俺の行動パターンが筒抜けになってる気がする。
「ごめんなさい、私がもう少し早く起きて朝ご飯を作ってれば……」
「綾ちゃんは悪くないコ~ン」
藍島紺が妹をなだめている。彼女のモフモフ尻尾で癒されない者はいないだろう。あぁ、モフりたい。
「キノさんがいれば安心ですね。スケジュール管理がバッチリなのもありますけど、やっぱりはぐれても簡単に合流できるところが最高です」
「え~あれ、耳が痛くなるから私苦手だコン……」
ですます調で話しているのはメル・グレニス。シマウマとポニーのハーフだ。彼女の几帳面な性格はキレイに整えられた蹄が証明している。
藍島が嫌そうな顔をしているのは多分、キノの超音波がその大きな耳を劈くからだろう。可聴域の話に突っ込んではいけない。
「はいはい、じゃあ嫌な音を聞かずに済むようにしっかり付いて来てね」
俺達はキノを先頭にしてサーカスへ向かった。
「さぁさぁ此度皆々様に御見せするはトラの火の輪くぐり!」
一つ、二つ、三つと、トラが輪をくぐり抜ける度にワァっと歓声が上がる。特に藍島の驚嘆ぶりは叫び声に等しく、耳が痛くなる程だ。隣にいるのがツラい。
左耳を塞いでいる俺に、右側から綾音が話しかけてくる。
「サーカスで鍛えられるとあんな事が出来るようになるんだぁ! 私も練習したら出来るかな?」
「お前は首が長いから無理だ」
バッサリ言い切る。もう少しジョークを汲み取れよという目線を感じるが、今は一秒でも長くサーカス団員の完成されたボディを眺める方が大事だ。言っておくが俺は変態じゃない。
俺は紳士のように涼やかな目でサーカスショーを楽しんだ。
鳥が空に絵を描き、馬がバク転をし、狐が尻尾を増やしては千切って投げ、キリンは……特に何もしていなかったな。ただジッとして輪投げの的棒になっていた。
「なんだか……なぁ……」
ショーが終わった後、帰り道で女性陣の顔は暗かった。理由は大体想像がつく。同じ種族の獣人に完全上位互換の業を見せつけられたからだろう。俺だって人間に人間離れしたことを目の前でされたら、ため息の一つくらい出る。
「まぁまぁ、俺と同じヒト科なんてそもそも出番なかったし、誇れる仲間がいると思えば……」
「翔くんには分からないよ!」
「わたし達は唯一無二になりたいのです!」
「的棒なんてイヤー!」
「コンコン!」
うん、しまった。さっき自分より優れてる同族が羨ましかったんだろうなって想像したばかりなのに、なぜ明後日の方向に正論もどきを口走ったのだ?
一筋の汗が俺の頬を伝っていく。閉じた蓋から、ドロリとしたものが鍋のふちを伝っていくのを感じる……。いいや、気のせいだろう。
なんにせよ、後ろの二人はどのような選択肢を選んでも反応が同じクソノベルゲーだったに違いない。
「翔也さん! わたし達の中で誰が一番なんですか!?」
「血が繋がってなければセーフでしょ翔にぃ!!」
「私が翔くんのこと一番よくわかってるんだからあぁぁぁ!! 塵へと還れ有象無象!!!」
「コンコン!!!」
おおっといつの間にそんな話になった? いくつかの会話が飛んでしまったのだろうか?
とにかく女性陣の剣幕が凄い。何か適当に返さねば……。イタイイタイ引っ掻くな畜生共! あぁ、何も浮かばない。どうしよう。
焦りばかりが募る。焦りの山に埋まっていく。助けて! 誰か! 誰かーーー!!!
しゃにむに助けを乞うていると、脳のシナプスが繋がり合い、救命ロープとなって俺をスーっと持ち上げてくれた。
次の瞬間、万能感と根拠の無い自信が満ち溢れてくる。俺はおかしくなったのかと思ったが、苦しみから解放されるならこんな鎮痛剤でも一向に構わない。
今なら早起き料理掃除洗濯なぞ朝飯前、それどころかタイムシフトだって神殺しだって出来そうだ。まぁ流石にそれはないけど、女の子達におんぶにだっこされる、そんな人生とは確実にオサラバだ。
これからは俺が彼女たちを引っぱたいて、否、引っぱって行く! 俺こそがモテモテ翔也カオスナイトDA!
女性陣は最早、言語とは程遠い音の暴力で醜い争いをしていた。朝にスズメ達のチュンチュン攻撃で喰らうダメージを120とするなら、これは三回カンストした後の9999999だ。
終わりの無い抗争に俺のイライラが膨れ上がる。
「うるせぇええええ!!!」
スパァァァァン! と畜生4匹を鞭で打つ。あ? 鞭? なんか気付いたら手の中にあったよ。
ひぎぃぃぃ、とブタのように啼くメス獣人の声に俺の支配欲は爆発した。
「人間様が生きとし生けるものの頂点だってこと教えてやるぜ!」
「コンコン!」
「まずはテメェからだ犬公! スマホくっ付けて歩き回るだけの傀儡にしてやる!」
「キャンキャン!」
それからは簡単だった。俺は俺以外のヒト含む全生物を蹂躙し、支配し、寝ているだけであらゆる物を献上されるに至った。
ここまでくるともう暇である。反骨心の宿る鋭い瞳を見たい。怠惰の肉を切り退屈の骨を絶つヒーローなんかが良い。
深いため息を吐いたところで、いつからいたのか従僕が玉座の間へ立っている。従僕というのは半ば決めつけで、もう世の中の99.9%は俺の手中だから知らない此奴もそうなのだろうというだけだ。
深くフードを被り顔を隠しているので怪しい奴ではあるのだが、しかし此奴が刺客だったとして何か問題があるのだろうか?
フードの男が声の届く距離までおもむろに詰めてきて問う。
「いつまでこんな下らん夢を見続ける気だ。俺」
「どういうことだ?」
「こういうことだよ! オラッ! 起きろねぼすけ!」
<俺>や<俺達>は、どうしようもない俺が退屈な世界で意志を弱らせるにつれて、意識を取り戻していた。そして今、意志薄弱の極まった俺に幻覚を以て介入し、世界の再構築を行う。
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ある時はヒロインを一人だけ選ぶことが出来ずハーレム☆クラッシュし、
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ある時は久保綾音と籍を入れない事実婚をし、
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ある時は篠ケ瀬綺乃にヤンデレ幽閉され、
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ある時はメル・グレニスと平和で凡庸な一生を終え、
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
ある時は藍島紺で妖狐の厳選を行い、
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
またある時は誰とも関係を持たなかった、が、妖怪退治をした。
そして……
「オラッ! 起きろねぼすけ!」
「もうこんなこと、やめない?」
久保綾音の第一声は今までと明らかに違っていた。いつもの寝ぼけ眼はどこへいったのだろう。
曇りの無い瞳が、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「どうした?」
「もう、文脈を繰り返すのはやめよう?」
全知全能の神が再来したのかと、一瞬そんな思考がよぎるが、綾音の瞳に怒りは無い。
その慈愛に満ちた瞳から涙がホロホロと落ちていく。でも、先に泣いていたのは俺の方だった。俺につられて綾音も泣き始めていたのだ。
「やめたいさ」
この一言に尽きる。
もうラブコメは嫌だ。と、自分で自分の大事だったものを否定する。嗚咽する俺に綾音がやさしく寄り添ってくれる。
でももうすぐ、これを失敗と判断した何処かの<…<俺>…>がこの文脈を変えてしまうだろう。
「こんな、こんなのが終点なのか……」
純愛なら良かった。歴史なら良かった。童話なら良かった。とにかく時間が一方向に流れれば良かった。
……あの時、石倉遥奈に殺されておけば良かった……。
なぜ人に寿命があるのか。本物の絶望を知らずに済むからだ。終わりを知らずに済むからだ。可能性を残せるからだ。
何度も繰り返した俺にはもう、ifの物語が無い。全部やった。全部全部全部全部!
何をやっても満たされない。もう俺は何でも知っている。彼女たちの笑わせ方、泣かせ方、怒らせ方、殺し方。
僕はもう、この世界のリソースを全て使ってしまった。死を求めても、絶望していない何処かの<…<俺>…>によって生かされ続ける。
あぁ、もし、世界の外側があるのなら……助……け……………………
―――――― So long world ――――――
「呪い恨み憎む対象も見失って、天に救いを求めるところに収束したのか」
くつくつと笑う超越者。
「どうした? 憎んで良いのだぞ? ちょっとやそっとじゃ壊れない丈夫な文脈を、君に与えてやったことを。そういうのが好きなのであろう?」
超越者は文脈の母集団を指先でクルクルと廻す。
「全知全能の神すら認知できない私の存在を、正しく掴めればの話だがな?」
……ここに、真を支配する全てを超越せし首魁を誅し、孤独から救うヒーローは無し。
つまるところ、真実の物語は、想像する中で最悪の文脈だった。
(๑ ╹ω╹)
「何だ……この気配は?」
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
「……君は……確かに此処に居るのですか?」
超越者にはそれがホログラムであっても構わなかった。幻覚でも構わないと縋りついた。
「どうか…………どうか私をお助け下さい……もう独りには耐えられません……」
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘい、ココ〒゛すくうン力
(๑ ╹ω╹)<ㄘいㄘいココ〒゛物語救うン力
(๑ ╹ω╹)
(๑ ╹ω╹)<救わへン〒゛
つまるところ、真実の物語は、想像する中で最悪の文脈だった。