1-3 本当に、すみませんでした!
陽幸の案内した店は、3人がいた酒場から10分ほど歩いたところにある旅館だった。
もともと山なりの国ではあるのだが、さらに山側に進んで、大通りからかなり離れた場所にあるその旅館。周りを田畑と山に囲まれた、例えるなら田舎の隠れた老舗旅館といった具合だろうか。
昔ながらの引き戸を開ければ、旅館の女将さんと2人の仲人さんが丁寧なお辞儀で陽幸たちを出迎えた。
「「いらしゃいませ」」
着物の良く似合う、50代前半くらいの女将さんが一歩前にでて、陽幸たちに品のいい笑顔を向けた。
「ようこそおいで下さいました、日向陽幸様、緋王焔様、白夜真冬様。お部屋の準備は整っております」
瞬間、焔と真冬の2人は衝撃を受けた。が、両者顔に出すことなく、陽幸と女将さんのやり取りを静かに見守る。
「急な連絡ですみません」
「いいえ、いつも日向様には贔屓にしていただいてますから。お部屋のほうは4人部屋でよろしかったでしょうか」
「ええ、助かります」
「では、ご案内いたします」
女将さん直々に部屋まで案内された3人。部屋の入口は、流石に襖や障子ではなく鍵付きの扉だった。
「後程、お食事を持ってまいります」
女将さんは、それだけ言って襖を閉めた。
畳のにおいが優しく充満するその部屋は、4人部屋にしては余裕のある間取りだった。部屋の中心には木材の机と背もたれ付きの座椅子が4つ。部屋の奥には障子で仕切られたテラス席も用意されており、窓からはきれいな景色が――は、見えないが、夕日に照らされた立派な森林は見渡せた。よく目を凝らせば、先ほど3人がいた酒場のある通りも一望できる。
3人はそれぞれ荷物を置き、陽幸と焔は座椅子に掛け、真冬は壁に背を預けた。
一息ついたところで、真冬はのんびりとお茶をすする陽幸を見た。
「お前、いつの間に予約してたんだ」
「ええっと、お2人に話しかけるタイミングを見計らってるときだったから・・・確か、地図がいるだのいらないだのって話してたときですかね」
陽幸は、手を組んで‘うーん’とうなる。
しかし、2人にとって陽幸の素振りなどはどうでもいい。問題は、日向陽幸が‘どちらにも気づかれずに’2人を策略に嵌めたということだった。
「なるほど。私たちはまんまと粗大ごみの策略に嵌められたというわけですか」
焔は、唇に美しい弧を描いて、妖艶に笑んだ。笑んだのだが、目はまるで氷山のように冷ややかだった。
「ご、ご立腹ですか?!というか、策略って・・・僕、嵌めてなんていませんよ!」
陽幸は、全力で首を横に振った。激しく振りすぎて、まるでシャウトしているようだったが、それほど必死に首を振っていた。
「もしかして、貴様、無意識ですか」
「へ?む、無意識?で、ですから、無意識も何も嵌めてなんて・・・――」
言いかけて、陽幸は言葉を止めた。
ヒヤリ、背後から突き刺すような鋭い気配を感じ、何年も油をさしていないロボットのようにぎこちなく、顔を後ろに向けた。
「でも、結局、盗み聞きはしてたんだよなあ?」
人の超えてはいけない領域を超えてしまった、鬼が、そこにはいた。
陽幸は、尋常ではない量の冷や汗をだらだらと流しながらも、表情は穏やかなものだった。
「おい、何とか言ったらどうだ」
「ひゃい・・・」
恐ろしさのあまり舌を噛むが、今はそれどころではない。命の危機だ。
「俺たちがこの中立国にはいってからずっと付け回してもくれたよな、そういえば」
|(あっ、それも気付かれてたんだ・・・)
真冬と焔に出会って、まだ数時間。陽幸は、悟りの境地に到達した。
が、腐っても、陽幸は聖十字軍の参謀。膨大な知識と、ずば抜けたセンス、ときに冷酷な判断すら下す判断力をもって、あらゆる死線をかいくぐってきたのだ。力強く足に力を入れ、すくっと立ち上がった。
「大変、申し訳ありませんでしたあああ!」
見事な土下座だった。それはもう、お手本のような、非の打ち所がない完璧なフォームだった。畳にめり込んだ額が少し痛そうではあったが、焔と真冬が茫然とするには十分すぎるほどの威力の土下座だった。
「僕は、聖十字軍・・・あ、制圧軍を止めるべく、お2人にご協力願いたいとここまで来ました!お2人の考えと行動を、失礼ながら情報から予測させていただきました!お2人を見つけたはいいものの、どう声をかけようか迷っていて、結局後をつけるような形になってしまったのは本当にすみませんでした!」
「お、おい、畳がめりめりいってるぞ・・・」
真冬の戸惑いの声も聴かず、陽幸はなおも額を畳に押し付ける。
「足手まといにだけはならないようにしますので、協力して下さい!いやむしろ協力させてください!どうか、どうか打ち首だけはお許しを!!」
真冬はため息をつき、額に手を当てた。
「お前なあ・・・、はあ、打ち首って、俺たちを一体なんだと思ってるんだよ」
呆れた声音の真冬に、陽幸は恐る恐る目をむけた。目をむけて、驚いた。
「まあ、人数が増えるのは助かるよ」
声とは裏腹に、不敵な笑みを浮かべる真冬。
陽幸は顔を輝かせて、大きくうなずいた。その瞳は、例えるなら拾われた捨て犬のようだった。
「まったく、貴様はとんだ粗大ゴミですね」
陽幸は、びくりと肩を震わせ、焔のほうを見た。見て、またまた驚いた。
焔は口に手を当て、くっくっと喉を鳴らして心底楽しそうに笑っていた。
「余興にはちょうどいいのではないですか」
「え、えーっと・・・?」
戸惑いながら、陽幸は真冬に助けを求めた。
「たぶん、いいんじゃないか?あいつを笑わせられるなんて、才能あるぞ、あんた」
その道に進んでも将来有望だな、と言う真冬は無表情で、真剣なのか冗談なのか区別がつかない。
陽幸は、あはは、と苦笑いを返すばかりだった。
「お食事の用意ができました。お運びしてもよろしいでしょうか」
扉の外からかかった声。
3人は個々に扉のほうを見た。
「頼む」
「あ、お願いします」
「お願い致します」
やはり、ばらばらなのだった。




