1-2 もう1人の協力者
無視ですか!?と勢いよく身を乗り出してきた軽い声の主は、しかし、すぐに次の言葉を失う。数秒もたたないうちに、先ほどの勢いはどこへやら、たらたらと冷や汗を流し始めた。
それもそのはず。
「一度ならず二度までも、私の話を遮るとは。よほど死に急いでいらっしゃるようですね」
にっこりと、口は笑っているのに目には全く光がない、まるで生ごみを見ているような、冷え切った瞳の焔。
「お前か、話しかけてきたのは。なんだ?」
真冬は普段通りといえば普段通りなのだが、少々警戒しているようで、もともと鋭い目つきが少しだけ鋭さを増している。
2人とも整った顔だということもあり、その間に挟まれたプレッシャーは計り知れないものであったに違いない。
軽い声の主は暖色を基調とした軍服を着ており、ふわふわとした、向日葵のような橙色の猫っ毛の髪をぷるぷると震わせながら、顔を真っ青にしていた。陽だまりのような、暖かなオレンジ色の大きな瞳には、今にも零れ落ちそうな涙の粒がたまっていた。
「あ、え、えっと、や、ややや、やっぱりなんでもなかったです!」
何とか震えを抑えながら全力でその場を離れようとした。
のだが。
「まあまあ、そう焦らずともいいでしょう?」
「話があるんだろ?なんで逃げようとするんだ」
がっしりと、焔と真冬につかまれた腕。振りほどくどころか、びくともしなかった。
結局、全体的にオレンジ色の青年はおとなしく席に座らされ、2人のプレッシャーを一身に浴びることとなった。
「で、こいつ、あんたの知り合いか?」
真冬は、オレンジの青年を見定めるように眺める。
「失礼極まりないですね。私の知り合いにここまで調教が行き届いていないゴミはいませんよ。貴様のゴミ仲間のほうがしっくりきます」
「ゴミじゃないんだが・・・、どちらの知り合いでもないなら、お前、何者だ?」
焔の過激な物言いにすでに動じなくなった真冬は、静かに目を細めた。
ぞくり、オレンジの青年の背に、寒気が走った。嘘をつけば確実にばれる。嘘をついてばれたらおそらく命はない。一瞬で、オレンジの青年は悟った。
ならば、できることはただ一つ。
「ぼ、ぼ、僕は、聖十字軍の参謀、日向陽幸です」
「聖十字軍?」
真冬は素っ頓狂な声を上げた。
「え、もしかして、ご存じないんですか?!そんなはずはないんですけど・・・」
先ほどまでの怯えはどこへやら、オレンジの青年、もとい陽幸は、心底驚いたように目を見開いた。
彼の反応を探るように見ていた焔と真冬は、冷静に考察を始めた。
「聖十字軍。軍と名の付くもので、今俺たちの話題にあったものから考えれば、制圧軍のことを指しているということになるわけだが」
「まさか、あれほど高度な陣形と配置をとって見せた軍の参謀が、こんな貧弱で軟弱で虚弱そうな男なわけがないですよねえ」
焔と真冬の言葉は、決して皮肉ではなかった。もちろん侮蔑でもない。ただ本当に思ったことを口にしただけだったのだ。しかし、普通の人なら馬鹿にされたと思うのは当然である。
3人の周りの客は、陽幸がいつ怒鳴り声を上げるのかと固唾をのんで見守る。
「あ、そういえばそちらでは反乱軍って呼ばれていたんでしたね。すみません、ついうっかり」
「「え」」
「あ?」
「はい?」
ほかの客たちは、ついつい声が出てしまっていた。焔と真冬に訝し気に見られ、慌てて顔を背けるが、心中ツッコミが絶えなかったことだろう。
陽幸は、かなり図太いのか、はたまた取り繕っているのか、本心はわからない。
「はあ、ここじゃあ静かに話もできそうにないな」
真冬はげんなりと肩を落とし、ため息をついた。顔には当初の数倍増しの疲れがにじみ出ており、まるで殺人鬼のような凶悪な人相をしていた。
「実は、僕いい店知ってるんですけど、そっちに移動しませんか?」
陽幸が元気よく手を上げながら、人懐っこい笑顔を見せていった。が、同時に、内心では非常事態に気が付き、警報が鳴り響いていた。
(ま、まずい・・・、なんだか雰囲気が穏やかだったからつい口走っちゃったけど、この状況でいい店しってるからどうですかとか、完全に罠張ってるようにしか聞こえない!!なんで口走ってしまったんだ僕!!なんてことをしでかしてしまったんだ僕!!ああ、今日が命日か・・・)
意気消沈、笑顔も、高々と上げた手も、動かすことすらままならずに灰になっていく陽幸。
「よし、じゃあ行くか」
「はい、逝くんですね・・・」
目じりに輝くものを浮かべながら、陽幸は先に立ち上がって店を出た真冬と焔を重い足取りで追った。
今なら逃げられるのでは、などという甘々な考えは一瞬の後に崩れ去る。というか、考える余地すらなかった。言わずもがな、あの焔と真冬には一片の隙すらないのだから。
薄暗かった酒場から出た3人を、暖かい夕日が照らし出す。
陽幸は、焔と真冬の背を見ながら‘絵になるなあ’などとのんきに思いながら、自らの一生を思い浮かべるのだった。
「お、おい、菩薩みたいな顔してるけど、大丈夫か?」
真冬が若干引き気味で陽幸の顔を覗き込んだ。
「まあ、いいか。で、どこだ?」
順応力の高い真冬は、未だ陽幸の顔を気にしながらも、尋ねた。
その問いに、陽幸は少しばかり驚く。
「え、死に場所を選ばせてくれるんですか」
「え、お前自殺するの?」
「貴様たちは、一体何の話をしているんですか」
あまりにもかみ合わない会話に、3人は首を傾げた。
「さ、さっきの僕の発言があまりにも罠っぽかったので、てっきり殺されるのかと思ってたんですけど、違うんですか?」
怯えながら陽幸が言えば、焔と真冬は顔を見合わせた。
「そうだったのか?」
「そうだったんです?」
心から不思議そうな2人に、陽幸はほっと胸を撫でおろすが、同時に複雑な気持ちでもあった。
(なんだ、怪しまれてなかったんだ・・・。でも、あの場面で怪しまないのも大丈夫なのかな?本当に、あの死神と鬼神?もしかして、別人だったり・・・)
一人思案する陽幸をよそに、焔と真冬は再び火花を散らしていた。
「ほら、貴様のその悪人ずらが、こうした誤解を生むのですよ。私に地に頭をこすりつけて謝罪するべきでは?」
「はあ?顔はともかく、あんたに下げる頭はないね」
「所詮は低能なゴミですね。あのオレンジの粗大ごみが罠を張っていないことなど一目瞭然なのに死を覚悟されていたのは、貴様の凶悪な人相が原因としか考えられません」
「だから、顔はともかくとしてだな。あのオレンジのアホ毛が口滑らせたと思って震え上がったのは、あんたが胡散臭いからだろ。罠なら話し始めた瞬間に分かるのなんて常識だからな。謝るべきはあんただ」
「私に謝罪しろと?天の上までつけあがりましたね。いいでしょう、決着をつけるとしましょうか」
「いいな。あんたとはきっちりと勝敗をきめたいと思っていたところだ」
「それでは、勝負方法は――」
「って、まってまってまって!!」
2人の会話をばっちり耳におさめた陽幸は、慌てて2人の間に割って入った。
そんな陽幸に、2人はげんなりとした視線を送る。
「また貴様ですか。決闘の邪魔をするなら、そろそろ本気で首をとりますよ」
「そ、それは遠慮します・・・って、そうじゃなくて!!」
顔を青くしたり赤くしたりとせわしない陽幸だが、決して決闘の邪魔をしに来たわけではない。陽幸の意識を覚醒させたのは、もっと別の場所にあった。
「僕が考えてたことって、筒抜けだったんですか?!」
「ん?なんのことだ?」
首をかしげる2人に、陽幸はまくしたてるように声を上げた。
「だ、だから、罠を張ってるだの張ってないだのとか、動揺してたこととか・・・」
自信なさげに告げる陽幸に、焔と真冬は合点がいったようにうなずいた。
「ああ、なるほど・・・。粗大ごみは、罠を張っていると私たちに勘違いされたと、本気で思っていたわけですね」
こくこく、と必死に首を縦に振る陽幸。すでに名前が粗大ごみなっていることは、どうやら気にしていないようだ。
真冬は、呆れたようにため息をついた。
「お前な。参謀なんだろ?取引とかするとき、相手が罠張ってるかどうか確かめるのにどうする?」
突然の問いにきょとんとしながらも、陽幸はぽそぽそと口を開いた。
「ま、まずあった瞬間の雰囲気と表情で罠の可能性の有無を・・・あ」
言いながら、陽幸は何かに気付いて言葉を止めた。
合点がいったという陽幸に、真冬は、だろう、と呆れた声音で言った。
「最初っから、お前が罠張ってないことくらいわかってるんだよ」
「あ、ああー、それもそうですね」
陽幸は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、頭のうしろをかいた。少し頬が赤いのは、照れている証拠だろう。
2人は改めて陽幸に目を向け、言った。
「「で、店はどこ?」」
陽幸は、背に殺気を感じながら、夕日の街並みを進むのだった。




