1-1 行動を共にする
昼間から賑わう、年季の入った酒場。その一番奥のテーブル席に、一際目を引く2人組がいた。
癖の強い長い赤毛に、真っ白な軍服姿の、赤い瞳のたれ目をした色気の塊のような男。
対して向かいに座るのは、真っ黒なストレートの黒髪に、真っ黒な軍服の、目つきは鋭いが端正な顔立ちをした男。
言わずもがな、緋王焔と白夜真冬である。
「はい、おまちどうさま!」
ドンッ、と勢いよく、2人のテーブルにお酒がなみなみと注がれたジョッキを置いたおばさん・・・もとい、お姉さんは、にやにやと笑みを浮かべながら、冷やかすように2人を見た。
「軍人さんかい?モテモテだねぇ」
本来、立派な髭を携えたおじさま方のたまり場であるような酒場のはずが、2人の周囲の席は、若い女性客で埋め尽くされていた。
え?と、2人が周囲に目をやれば、女性客から悲鳴に近い歓声が上がった。
真冬は顔を引きつらせる。
「・・・なんなんだ、一体」
「あんたたちが格好いいってことだよ!こんなさびれた酒場に若い子が集まったのは、あんたたちの影響なのさ!」
なーに言ってんだい、と盛大に笑いながら、お姉さんは真冬の肩をばしばしと叩いた。
抵抗しようにも、相手は一般人。
険しい表情のまま何もできずにいる真冬をちらりとみて、焔は肩を揺らした。
当然、真冬が全力で焔を睨むが、焔はそれを軽く無視して、今度はお姉さんのほうに目をやり、優しく、かつ妖艶に微笑みかけた。
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、目の前にこれほど凛とした女性がいる今、あなたしか目に入りませんでしたよ」
「あ、あらやだ、も、もう・・・」
年甲斐もなく、聞き飽きた恥ずかしいセリフで頬を赤く染めたお姉さん。このお酒はサービスさせとくれ、とだけ言い残して、名残惜しそうに次のオーダーへ向かった。
「それで」
焔は、まるでなにもなかったかのようにけろりとして、真冬のほうへ向き直った。
「これからどうしましょうかね。祖国を飛び出してこんな辺鄙な中立国まで来たはいいものの、あの国以外では何の地位も持ち合わせていませんし。国によってはお尋ね者扱いでしょうし。――ああ、貴様に関しては、地位どころか反逆者でしたね」
愉快そうに、唇に弧を描いた焔。
真冬は、焔の切り替えの早さと容赦ない皮肉に、驚きを通り越して呆れていた。
「あんたは、いちいち嫌味を言わないとしゃべれないのか?」
ぶっきらぼうに言い捨てた真冬に、焔はまさか、と、わざとらしく両手をあげて首を振って見せた。
「心外ですねえ。嫌味ではなく、私はあくまで事実を提示してさしあげただけでしょう。低能な貴様の頭では、分かりませんでしたか?」
「一言多いんだよ、あんた」
不機嫌そうに顔を歪めた真冬。それを見て、さらに愉快そうに笑う焔。
「ところで、どうして敬語ではないんですか?私だけ、最初から敬語なのですが」
「え、すまん・・・ません」
「しかし、貴様に敬語で話されても気味が悪いですね。おかげで胸焼けしました。というわけですから、今まで通りで結構ですよ」
「本当に、なんなんだよ、あんた・・・」
真冬は頭を抱えた。疲れ切ったようにため息を一つこぼし、肩をおとした。
そんな真冬をみて、焔はやはり愉快そうに笑うのだった。
「もういい。こんなことをしていたら、日が暮れる」
眉間に深いしわを刻んだままではあったが、真冬は焔とまともに向かい合うことをあきらめて、自分のバッグをあさり始めた。
取り出したのは、大きな地図と、黒のペン。
「それは?」
心底不思議そうに首を傾げた焔。
「世界地図」
「それくらいわかります。それで何をするんです?」
「は?」
焔の問いに、真冬はおもわず素っ頓狂な声を上げた。真冬としては当然の行動だと思っていたのだろう、表情には困惑の色も混じっていた。
「現状確認と、これからの方針を決めるんだよ」
「地図、頭に入ってないんですか?」
真冬は悩んだ。
これは馬鹿にされているのか、この男の天然物なのか。
数秒探るように焔をみて、真冬は確信した。
ああ、これは天然だな。
「入ってないわけないだろ。こっちのほうが、お互いの考えが理解しやすいからな」
「ふむ・・・、確かにそうですね」
失礼しました、と焔は腑に落ちた様子で言った。
「まあ」
「理解するつもりはないがな」
「理解するつもりはありませんがね」
ではなぜ地図をだしたんだ。周囲のだれもが、そう思わずにはいられなかった。
もちろん、2人は周囲の困惑を知る由もなく、真冬は黒いペンをもって地図をのぞき込む。
「まず、あんたの王国軍が、ここ」
地図中の立派な城が描かれているすぐそばに、真冬がぐるりと円を描いた。王国軍、と書き添えて、今度はその場所から南西にもう一つ円を描く。
「ここが、反乱軍。で、問題の制圧軍が・・・」
王国軍と反乱軍のちょうど中心から北へずれたところ、‘霧の森’と書かれたそばに、大きな円を追加した。両軍を牽制するような位置にあるその円は、森を盾にするように広がっていた。
どちらからも攻められる位置にあるが、逆にいえば、どちらにも攻め入ることのできる位置。
それが、制圧軍と呼ばれる理由であった。
計3つの円を描いた真冬は、一度腰を落ち着けた。
先ほどまでのふざけた空気とは打って変わって、2人の間には緊張感が漂っていた。
「反乱軍と王国軍との戦いから3ヵ月と17日目、制圧軍が介入。直接的な接触はないものの、牽制の動きはあり。両軍は一時的な休戦協定を結び、表面上は停戦状態が続いている。といった具合でいかがです?」
「・・・」
焔の急な問いかけに、真冬は顔を顰めた。
「おやおや、貴様が現状確認をするとおっしゃったんでしょう?」
「いや、そっちじゃなくて。あんた、まともなことも言えたんだなって驚いたんだよ」
真冬はいたって真面目に言っていたが、当然、その発言は焔の耳にとまった。
「残念ですが、貴様など足元にも及ばないほどの教養と知識はありますよ」
「そうだろうな」
焔の皮肉に抗議するかと思いきや、真冬の返事は思いのほか普通だった。
いままで鋼鉄の笑みを崩さなかった、あの焔が、一瞬間の抜けた表情になるほどに。
「意外ですね。素直に認めるとは」
ぐいっと酒を飲みほして、真冬は一つ、ため息を吐いた。
「あのなあ、あんたと俺とじゃ、育ってきた環境がまるっきり違うんだ。だったら、身につけてきた知識だって違うだろ」
当たり前だろうとでも言いたげな真冬だが、しかし、焔にとっては新鮮そのものだった。
もちろん、真冬は知るはずもないが。
「そんなことより、これからの方針だけさっさと決めるぞ。じゃないと、本当に宿なしで野宿することになる」
「流石に、ゴミと一緒に野宿する趣味はありませんからねぇ」
「はいはい」
焔のにやけ顔を、さっそく慣れた様子で受け流しながら、真冬は地図上の制圧軍の円を指さした。
「で、あんたもこれを何とかしたいってことでよかったんだろ?」
「ええ。この目の上のたんこぶのごとき迷惑なゴミを掃除してからでないと、貴様たちの掃除はだめだと、上からのお達しがありましたから」
私としては同時に相手するのでも問題ないんですがね、と不満そうに漏らした焔だが、実際のところ、‘上’とやらの判断は実に妥当なものだった。王国軍でなくとも、3つのうちのどれかが動けばお互いがお互いを牽制しあっている均衡が崩れる。そうなれば、王国軍と反乱軍が手を組まない限り、制圧軍がどう動くにしても片方ずづ潰されて終わりだ。そして何より、王国軍と反乱軍は、たとえ両者が滅ぶことになろうとも手を組むことはありえない。それほど、両者の間の溝は深いのだ。
そのことを、当然2人はわかっている。だからこそ。
「だから、不本意だが、不本意だが、非常に不本意だが、あんたと組むなんてことになったんだもんな」
「結果的に、自分たちの立場を放棄してまで、ね」
一時的な目的の一致。
つまるところ、戦略的休戦と共闘、というわけだ。
「取り敢えず、飛び出してきたんですから、何か策があるのでしょう?」
「いくつかは、な。だが、どれも実行に移せるほど完璧じゃない」
深いしわを眉間に刻んで、真冬は地図を睨んだ。
「今は硬直状態だが、こっちが下手に刺激すれば均衡が崩れる。それ以上に今一番問題なのは、胡散臭い奴含めてこちら側には2人しかいないってことだ。明らかに人員がたりない」
「どなたが胡散臭いのかはさっぱりわかりませんが、確かに、人員に関しては同感です」
真冬の言葉をさりげなく否定しながら、焔は目を細めた。
真剣な面持ちで地図を眺めながら、ふむ、と漏らす。
「制圧軍の数は、こちらでは2千という報告を受けたのですが・・・貴様のほうでは?」
「だいたい同じだ。ただ、制圧軍と同じ軍服の部隊がいくつか発見されたらしい。行動も進路も全く違うが、制圧軍に近づいているようだから、あっちの増援とみて間違いないだろう」
「なるほど・・・、まずはその増援を何とかしたほうがよさそうですね」
「そうだな、これ以上増えられると厄介だ」
先ほどまで熾烈な口論・・・もとい、皮肉の言い合いをしていたとは思えないほど、2人は淡々と作戦を立てていく。
「増援のほうは、何部隊ほど?できれば一部隊の構成人数も」
「俺が聞いた時点で、8部隊、約50人構成だ」
「それぞれの部隊間の距離は?」
「今はわからんが、まあ、合流には2、3日かかるくらいの距離はあったな」
「それなら一つ一つ潰していきますか」
「妥当だな。問題は、敵国に気付かれる前に本隊も潰しとかないといけないってことか」
「でしたら、先に本隊のほうを・・・――」
「ちょ、まってまってまって!!!部隊を2人で潰すって、正気ですか、あなたたち!!」
突然、焔の言葉をさえぎるように、かなり軽い声が上がった。
「人の話を遮るとは、ゴミの風上にもおけませんね」
「いや、言ったの俺じゃないぞ?というかゴミの風上って。風上でも風下でも対して嬉しくないと思うが」
天然なのか、故意なのか、2人は完全に軽い声の主の存在をスルーしていた。
お互いがお互いの言葉に、ピクリと頬を引きつらせる。
「嬉しくない?おやおや、天の上まで舞い上がったようですねぇ。嬉しい嬉しくないは私が決めることであって、ゴミが決めることではありませんよ」
「あった時から思ってたが、あんた人をゴミゴミって。そんなんでよくお貴族様やってこられたな、この似非貴族」
「何をもって似非とおっしゃっているのかわかりませんが、私はしっかりと相手を見定めたうえでそれ相応の会話を――」
「無視ですか?!」
今度こそ、軽い声の主は、2人の間にグイッと体を乗り出してきた。
自ずと、お互いを見ていた2人は、声の主を視界にとらえることになったのである。




