お父様があまりに煩わしいもので・・・
暇つぶしに書いた作品です。ファンタジーかコメディーか迷ったので世界観的にファンタジーにしてタグにコメディーと付けました(笑)
「司令官!またやられました!!」
「……またか」
部下の報告に王都防衛軍――通称近衛軍の司令官であるコーネリア侯爵は頭を抱える。
「…で、今度の被害は?精神かそれとも肉体か?」
「……おそらくは肉体かと」
聞きたくないが聞かないわけにもいかない。そんな苛立ちを懸命に隠しつつ部下に尋ねる。部下は部下であまりの被害に関わりたくないのか言い辛そうに答えるのだった。
「……肉体か。今日の被害で半月間連日だぞ。一体どうなっているんだ!?」
怒りのままに拳を振り下ろされた机がミシィと音を立てる。
コーネリア侯爵が苛立つのも無理はない。今回部下が報告してきた事件は最近になってから毎日発生している。しかも、一日に一件ではなく少なくとも十件近くも…。これでは王都の防衛を任されているコーネリア侯爵の失態を疑われても仕方がない。
元より家柄的に近衛軍の司令官を歴任してきたことでやっかむ輩も多いというのに、被害者の中には有力貴族も含まれていたことが事態をさらにややこしくしていた。
「ブランドはまだ犯人を特定できんのか!」
ブランドとは、コーネリア侯爵が信頼している秘蔵っ子で二十九歳という若さで将軍の地位にまで上り詰めた天才で、ゆくゆくは一人娘との結婚を視野に入れているほど期待している人物である。
「た、大変です!!」
「今度は何だっ!!」
大慌てで駆け込んできた部下を怒鳴りつける。いつもならばこれに脅えて冷静さを取り戻すのだが、今度ばかりはそうはいかなかった。
部下は青い顔で何かを必死に伝えようとするが、言葉にならないのか口がパクパクと動くだけで一向に要領を得ない。業を煮やしたコーネリア侯爵の拳が飛ぶ前に落ち着かせようと先に来ていた兵士が動き出そうとする。
だが、それを遮るかのようなタイミングで兵士がなんとか声を出すことに成功した。
「ぶ、ブランド将軍がやられました!!」
「…………はっ?」
「……なん、だとっ!?」
これには一瞬前まで仲間を心配していた兵士も怒りで顔を真っ赤に染め上げていたコーネリア侯爵も言葉を失った。
「犯人は例の通り魔――金玉の悪魔です!!」
二人の様子など目に入らない兵士の口から真実が伝えられ、この日王都は恐怖に包まれ多くの男性が恐怖したという。
金玉の悪魔。それこそが現在王都を震撼させている通り魔につけられたあだ名だった。
金玉の悪魔という通称がつけられたのには理由がある。それは、その通り魔が狙うのが必ず男性であること。そしてもう一つに狙いが男性のシンボルであることだった。
ある時は酔っぱらった平民を襲い、ある時は集団でたむろしている連中を襲い、ある時は護衛に守られた貴族を襲い、またある時は自信を捕まえに来た将軍を返り討ちにした。
ちなみに、この時の貴族というのが現宰相子息だったりする。
悪魔の犯行は極めてシンプル。襲い、剥きそして奪う。
その犯行は男性たちの心を徹底的に痛めつけた。
何が目的かは不明だが、悪魔は襲った男性を動けないように拘束してからことに及ぶ。
まずは相手を戦闘不能にするのだが、その犯行は極めて鮮やか。基本的に一撃で相手の戦意と戦闘能力を奪ってしまう。
魔法も使えるようだが、魔法よりも優れているのは剣術だ。魔法はあくまでも補助的な役割しか見せない。
そうして相手の行動を封じた後に下半身の衣服を剥ぎ取る。
それから悪魔は二通りの方法で被害者を徹底的に苦しめる。
一つはシンボルを観察した後に起きる被害でこれはある意味では救いがある。何故ならばあくまでも精神的な被害だからだ。
悪魔はシンボルをじっくりと観察した後に、自分の狙いではないと悟ると――どうやら独自の美学があるらしい――こう呟く。
『……ちっさ』
何がとは言うまでもない。そう、男が一番言われたくない言葉だ。それもシンボルを目の前にしては絶対に言われたくない。
被害者も初めは何を言われたのか理解できない、いやしたくないのだが悪魔は興味を喪失したように首を振ると最後にこう告げるそうだ。
『…………本当に男?小指の爪の方が大きいんじゃない?』
まあ、これはあくまでも一例に過ぎないのだが、被害者は未だに精神病院に入院している。
その他にも汚い・形が悪い等々あらゆる言葉で痛めつける。
だが、先ほども言ったようにこれはまだ救いがある方だ。
問題なのは肉体的な被害者だ。
肉体的な被害者は潰されるか奪われるかに分かれる。
想像したくもないが、被害者の中には悪魔の怒りでも買ったのかシンボルを潰された者もいた。彼らは思いだせばショック死しかねないとして厳重体制の下治療が行われているが……おそらく治ることはないだろう。
そして、コーネリア侯爵の優秀な部下であるブランド将軍が受けたのは最悪の被害だ。
それはシンボルを奪われること。
悪魔はある一定水準を満たした者のシンボルを奪い去る。まるで初めからそこには何もなかったかのようにキレイに奪い去ってしまう。
だが、被害者には相当の恐怖だ。目の前で為す術もなく急所を曝け出すことも恐怖だが、それ以上にそのシンボルを奪われる。
おぉっ、なんと恐ろしい…!
中にはそのショックで死亡してしまう者も多い。
聞くだけで失禁しそうなことだが、彼らは誰一人として失禁しない。したくともその器官が奪われるので出来ないのだ!
そうして彼らは生まれた時から連れ添ったシンボルであり、将来の子を授かる為の武器を奪われたのだ。
ちなみに、ブランド将軍はあまりのショックで一気に老けそのまま退役してしまった。
悪魔はどうやら医療系の魔術を使役できる。
それがわかった近衛軍は医療系魔術を行使できる者を片っ端から探した。だが、中々見つからない。医療系魔術師が多いためではなく、捜索の人数が足らないのだ。
それもそのはず。捜索に加わったのは近衛軍全体の一割にも満たない女性兵士ばかりだった。男性兵士はもしも犯人に遭遇すれば返り討ちにあうと恐怖して動けなくなっていたのだ。
これは以前から傾向があったが、ブランド将軍がやられてからはすべての男性兵士が金玉の悪魔事件から手を引いた。
仮病などを使う者もいたが、上からの命令の場合は王国一の人気と給金を誇った名誉ある職を辞してまで関わらないようにする者も現れ始めこれはいかんと近衛軍だけでなく王国軍全体に協力を要請したがそれでも参加したのは退役間際の兵士を除けば百人に満たない女性兵士だけだった。
これを受け、王国は女性兵士の雇用を増やすことになる。これが世に語られる女性社会進出のきっかけ『黄金の薔薇革命』である。
さすがにこのままではマズイと判断したコーネリア侯爵はついには自ら犯人の捜索に動き出そうとしていた時、事態は急変することとなった。
「お父様!」
司令官の執務室にノックもせずに飛び込んで来たのはコーネリア侯爵の娘でもうすぐ十三歳になるフローレイシアだった。
「……フローレイシア、ここをどこだと…」
貴族に相応しくないその行為に疲れも相まって呆れた声を出したが、興奮している様子のフローレイシアには全く通用しなかった。
「そんなことよりも聞いてくださいなお父様!!」
「……何だというのだ?」
この状態では何を言っても無駄、そう判断したコーネリア侯爵は自身が折れることにした。
「ワタクシ、とうとうやりましたわっ!!」
「……?」
一体何をしたというのか?その疑問は声に出されることはなかった。
「お父様の夢を叶えましたのよ!!」
「…夢、だと?」
ますますもって娘が何を言っているのかわからない。コーネリア侯爵は娘の真意を探ろうとじっと目を見つめるが、全く読めない。高位貴族であり、国の重鎮としてあまり家族と時間を取れなかったが、それでも十三年間父親をしてきたコーネリア侯爵は眼を見れば大体のことを理解できる自信があった。
だが、今回ばかりは本当に読めない。
そこで夢とは何を考えている見ることにした。
真っ先に思い浮かんだのは金玉の悪魔を捕まえること。だが、それは違うと思い直す。そもそもそれは夢ではなく、願いだ。それもここ最近の話。しかも、金玉の悪魔が出没するようになってから娘と顔を合わせたのはたまに家に寄った時のあいさつ程度で会話などはなかった。
では何だろうか?
そう考えたが、中々思い浮かばない。
そもそも貴族として家を守り、国を守ることこそが代々軍閥のトップに位置してきたコーネリア侯爵の定めであり、それ以外は目標としてきたことなどない。息子が生まれなかったのは残念だが、娘が婿を取ればそれで済む話だと思っていた。
その筆頭候補が脱落してしまったが、まだいい人材はいる。そのためにもその人材が逃げ出す前に金玉の悪魔を捕まえなければならなかった。
「もうっ!本当にお分かりにならないのですか?」
フローレイシアは父親が言いたいことを理解していないことにぷりぷりし始め、身を乗り出すようにしていた司令官の執務机からひょいっと体を離す。
そして、そのまま一歩、二歩と離れていき、コーネリア侯爵から身体全体が見渡せる位置にまで下がった。
「ほら、これですのよ?」
そして、フローレイシアはドレスの裾を捲り上げた。
「ぶっ!!」
それには熟考していたコーネリア侯爵も目を見張った。
娘が捲り上げたドレスの下には本来あるはずのないモノが存在していたのだ。
「どうです?ワタクシこれでお父様の望みどおりに男性にになれましたのよ!」
フローレイシアが捲り上げたドレスの下にはパオーンと擬音を上げて男性のシンボルがそそり立っていた。
初めに言っておくが、フローレイシアが男性ということはあり得ない。それは父親であるコーネリア侯爵が最も承知していることだ。
幼い頃より剣の才能を見せていたフローレイシアにことあるごとに「お前が男だったら立派な当主としてこの家を継いでくれたであろうに…」と漏らしていたほどだ。
この国では男性にしか爵位の継承が認められていない。だからこそ、娘しか生まれなかった時コーネリア侯爵は落胆した。これでは代々続いてきた家を自分の代で途絶えさせてしまう。
それまでコーネリア侯爵家は男児しか生まれてこなかったので他所から婿を取るという発想が思い浮かばなかったのだ。
ましてや軍閥のトップに位置してしていたのである程度武術の才能がなければならない。そう都合よく才能のある人物がいるとは思えなかった。
だが、フローレイシアは何故自分では駄目なのだろうかと首をかしげていた。
そして、ある時父が遠征に行くと言うのでその際に開いていた戦場の配置を表した地図と駒を見て、父にこうした方がいいのでは?とアドバイスとした。少なくとも本人はそのつもりだった。
しかし、コーネリア侯爵は女が戦のことに口を出すなと怒り、その日初めてフローレイシアに手を上げた。これは戦場に赴く前で感情が高ぶっていたこともあり、すぐに謝ったがフローレイシアにとっては衝撃だった。
あれほど優しかった父が自分に手を上げた。
そのことにショックを受けたわけではない。
女の自分が戦のことに口を出してはいけないということが衝撃だった。
そして、フローレイシアは天啓を得た。
――そうか!女だったから駄目だったんだ!じゃあ、男になればいいんだ!
その日からフローレイシアは家では淑女教育に精を出し、裏では魔術の特訓を極秘裏に行っていた。これは父をサプライズで喜ばせたいという幼心の表れだったのだが、秘密にされていたためにコーネリア侯爵もフローレイシアが医療魔術を扱えることを知らず犯人候補から外していた。
こうして王都を騒がせた金玉の悪魔は呆気なく終焉を迎える。
ちなみに、父親に理由を尋ねられたフローレイシアは「お父様があまりに男だったらというのが煩わしくて…」と答え悪魔の名に相応しくコーネリア侯爵にショックを与えたのだった。
さて、犯人として検挙されたフローレイシアだったが、体に傷跡を残さない移植手術用の魔法を開発した功績で処罰は免れ、それどころか女性でありながら極めて優秀な武術の才を見出されたことで王妃ならびに王女、さらには王太子妃とその娘の護衛まで勤め上げる女性初の親衛隊隊長となったのだった。
ただ、フローレイシアを見る王妃たちの眼が艶を帯びていることから王たちは若干の危惧を覚えたのだが、下手にフローレイシアに突っかかって金玉の悪魔が再臨してはたまらないと口を噤んだという。
余談だが、被害者の一人である宰相子息は何かに目覚めたように文章を書くことに没頭し、国内初のBL作家となり国内外を問わず多くの女性の指示を集めたのだが同性愛を禁じる教会からの弾圧によって処刑されたという。
ただ、彼が死んでからも作品は世に出回り続け女性の社会進出に伴い高貴な身分女性から腐敗が進んでいったという逸話が残されることになったのだが、真実かどうかはわかっていない。ちなみに、その時出回っていた作品の主人公の名前はコーネリアとブランドだったという。
裏話:もともと考えていた作品ではフローレイシアには姉妹がいる予定でしたが、出してもあまり意味がないなと思ってカットしました。
あと、作中では告げられていませんがげっちゅしたシンボルについては自分に付けて見てあまりよくないなと思った物は廃棄してます。