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ハルショカ  作者: たむら
season2
58/59

手の甲は銀河(☆)

「ハルショカ」内の「脛に傷痕、膝にあざ」及び「夏時間、君と」内の「あざに口付け、甘いハグ」の二人の話です。この話の時間軸は、「脛に~の」『ヒールかっくん』の少し後くらい。

 銀河みたいだな。

 瞼をこすって手の甲に付いちゃったアイシャドウのこまかなラメラメを見てそう云われたのは初めてだった。

 ふつう、男は呆れるんだよこういうの。みっともないって。



 自席でお昼をとった後に目が痒くてガシガシ擦ってたら、口うるさい同僚に「田代(たしろ)、そんな風にするな」と咎められた。

「だって痒いーんだもん」

「大人なんだから我慢しろよ、目薬さすとかあんだろ」

「その手があったか!」

 私がパチ――ン! ときれいに指を鳴らして驚嘆すると、なぜか対照的に香月(かづき)はため息を吐いた。ふん、いちいちイヤミな奴。

 まーでもお昼休みも残り半分だし、構っちゃいられない。さっそく目薬買いに行こっと。自社ビルとその地下街はぼろっちくておしゃれ要素ゼロ、むしろマイナスなんだけど、コンビニとドラッグストアが入ってるのはこういう時助かる。なにせ、大人になっても怪我しまくりなので。

 勢いよく立ったらコロ付きの椅子がバビューンと発射したので、まだ近くにいた香月が慌ててそいつをとっ捕まえて静かに私の席に戻した。

「おぉ、香月君ごくろう」

「あんた何様だ。――どこ行くの」

「ドラッグストアー」

 ややダミ声のゆっくり口調でひみつ道具を取り出すように云うと、「俺の好きなアニメを汚すのはやめろ」と怒られた。

 そして後ろをついてこられた。

「なに、あんたも地下街方面行くの?」

「――歯磨き粉切れてるの思い出した」

「フ――ン」

 聞いてはみたけどどうでもよかったのでその気持ちを全く包まずに反射でコメントすると、なんでだかまたため息を吐かれていた。


 なかなかやってこないエレベーターを並んで待って、ようやくやってきた各階停車のそいつに乗り込んだ。がたがたぶるぶる震えながら下降し、開く時も閉まる時も一呼吸置いてから動くこの箱は、ビルと同い年だからもうだいぶおじいちゃん。たまにせっかちな人がパネルに並ぶボタンを連打してるけど、そんなことしても素速いレスポンスなんてないってここの社員はみんな知ってるから、のんびり乗るだけ。それにしても暇じゃのー。

 なかなかカウントダウンが進まない階数表示からネイルに目線を移して眺めたら、剥げかけのそいつより目についたものがあった。

「あ!」

「なんだよ、エレベーターん中で騒ぐな」

「見てみて! ほら!」

 左の手の甲には、偏光ラメがいっぱいに広がっていた。手を右に左に傾ければ、そのたびにラメがピンクや紫や緑に変わりながらチカチカと瞬く。

 自分にはきれいなだけのそれを、きっと『そんなになるまで目を擦んな!』ってまた怒られると思ったのに、香月は。

「――銀河みたいだな」

「そ、そう???」

「何キョドってんだ」

『ふ』と笑う横顔が、人肌に温められたミルクみたいに優しくて、それでなぜだか目が離せなくなった。

「……どうした」

 こちらを向かないままの香月から気まずそうにそう指摘されるくらいには、凝視していたらしい。

「え、なんだろう」

「理由も分かんないで人にガン飛ばすのはよくないと思う」

「おっしゃるとおりだ」

 へへーってして、地下一階でエレベーターを降りた。

「……で、何」

「え」

「なんでまだガン飛ばしてんの」

「え?」

 また見てたか私。うん、見てるね確かに。

「そんな風にこっちばっかよそ見してると、」

「う、痛って!」

「ほら、云わんこっちゃない」

 自分でもよく分かんないままガン見(ガン『飛ばし』てはいない)してたら、注意がおろそかになった足元がノーマークなまま、狭い通路に出ていた電飾スタンド看板を蹴っ飛ばしていた。

「無事か?」

「ちょっとー、看板じゃなく私の心配しなさいよ!」

 こっちより先に看板に駆け寄り、しゃがみこんで傷の有り無しを確認する男に鋭くツッコんだけど。

「心配ならいつもしてやってるだろう。それに、こういう什器類は高いんだから弁償になったら大変じゃないか。――よし、傷はついてなさそうだな。そっちも無事か?」

 ほっとしたように立ち上がった男に見せつけるように、痛くない足で人混みの中をスッスッと早歩きしてやった。フェイントなはずなのに遅れずに付いてくるあたり、私の行動が読めてるな。てか。

「香月が私にするのは心配じゃありませんー。お説教ですうー」

「まったく、ああ云えばこう云う……」とぼやくのが後ろから聞こえた。

「俺は、田代に口で勝てる気がしないよ」

「うん、私もそう思う」

 なんて云い合いながらドラッグストアに入って、それぞれお目当てのコーナーに散った。

 それにしてもドラッグストアって楽しいよね。デパートでBAさんとおしゃべりしながらああでもないこうでもないって買うのも楽しいけど、こういうお店で行き当たりばったり掘り出し物かハズレか分かんないようなのに手を出すのも好きだな。

 とか思ってるうちに当初の目的はきれーに忘れて、なくなりかけてたヘアオイルだとか、かわいい新色のネイルカラーだとかをうきうきと買った。


 お会計を済ますと、店を出たところで香月が待ってる。忠犬みたいに。

『なんでいるのさ』と『おまたせ~』とどっちを云うかチョイスする前に「目薬は買えたか」と問われた。

「――あっ!」

 そういや目先の誘惑に引っかかりまくってすっかり失念してたわ。

 あははって笑うと、ため息をまた食らった。そして、「やる」と突き付けられたレジ袋。

「……何?」

「さっきド派手に突撃してたから湿布。それと、もしかしたら看板で足切ってるかもしれないから絆創膏。それと、手の甲のそれ、落とす用のシート。じゃ、俺先戻るからこれで」

 一息に云うと、受け取らずにいたこっちの手にそれらを押し付けて、とっととエレベーターの方に行ってしまった。


 何だそりゃ。

 心配してもらう義理とか、まっっったくないんだけど。

 えー何これ。ムズムズするなー。

 こんな風に手厚くケアされることって普段ないから、心の中でハムスターがちょこまか走ってるみたいに、気持ちが跳ねたり、くすぐったかったりするじゃんか。


 せっかくかっこつけて退場した香月とエレベーターホールで再会するのはかわいそうだったから、地下街の通りを意味もなくぐるぐる周回した。別にそれが主目的じゃないけど、結果的には気持ちが落ち着いた。

 無事に香月より遅いエレベーターに乗り、自席に戻った。引き出しにしまい込んじゃう前に、押しつけられたレジ袋の中のものを一つ一つ確かめる。

 わ、この湿布と絆創膏、お高いやつじゃん。リッチマンめ。お? あとはメイク落としシートだけかと思いきやほかにも入ってるぞ。

 使い切りタイプの目薬。さては私が消費期限切れの目薬を冷蔵庫に入れっぱな話を覚えていやがったな。てか、そもそもドラッグストアに行っておいて買い忘れること前提で買いよったな。

 私、こういうコラーゲン入りのグミとか低糖質のナッツとか女子っぽいおやつより、おつまみ系の方が好きなんだけど。こういうチョイスなんだ。へえ。かわいいじゃーん。


 ……ちょこまかしていたハムスターが、回し車でガンガン爆走モードになる。


 だってさ。

 咎められると思ってたラメを『銀河みたい』なんて云ってくれちゃってさ。

 お説教じゃなく、心配してこんなにあれこれミツギモノしてくれちゃってさ。

 ムズムズするし、いい気分になるし、気持ちが跳ねたり、くすぐったかったりさらにそれだけじゃなくなるじゃんか。香月のバーカ。バカバカバ――――ッカ。

 仕事しながらもまだ心の中でさんざんそんな風に八つ当たりし続けて、ふと思い出す。

 あいつ、『歯磨き粉を買う』とかなんとか云ってたのに手ぶらで帰ってたな。忘れん坊さんめ。人のこと注意してる場合か、香月さんよ。

 それに気付いてから、回し車のハムスターは機嫌良く優雅にカラコロ走ってた。


 そして夕方。

「おい」

 エントランスで行き会った香月が、帰る私を不機嫌声で呼び止めた。

「お疲れー」

「……お疲れ。なんでそれ、そのままなんだ?」

 指さされた私の手の甲には、まだ『銀河』があった。それをひらひら振ってみせる。

「え、だってキレーじゃない? なんか落とすのもったいなくなっちゃってさー」

「……悪かったな余計なお世話で」

「逆逆。いつでも落とせると思ったからだよ。あんがとね」

「……」

「んじゃまあせっかくだし、そろそろ落とすか」

 そう宣言して、満を持していただいたシートを一枚使った。

 ラメが消えてつるんと元通りになった手の甲を、また「ど?」と見せると、満足げに笑んで「ん」と頷く香月。なんだそれ。回し車壊れたらアンタのせいだからね云っとくけど。

 なんか急に香月を撒きたくなったので(本日二度目)、エントランスをスッスッと早歩きしてやった。でもやっぱり私の行動が読めてる香月はフェイントなはずだったのに遅れずに付いてきて「急に挙動不審な行動に出んなよ……」とため息をついた。


 自社ビルを出て見上げれば、さっきまで手の甲にいたキラキラが舞い降りて、あちこちで輝いている。ビルのてっぺん、流れるタクシーのヘッドランプ、外灯。いつもどギツくその存在を主張している飲み屋やらカラオケやらの看板も仲間に入れてやろう。なんだかすごくいい気分だから。

 さて、やけに面倒見の良いこの同僚は一体どういうつもりなのかね。お高い布団や開運グッズを売りつける気ならボコボコに返り討ちしてやんぞと血気盛んモードで思いながら、「ビアホールでも行くか?」と誘ってきた香月に「おうよ!」と秒で答えた。

 それから、「ねーねー香月、あんた歯磨き粉買い忘れたでしょ~?」とドヤ顔でツッコんだらものすごくビミョーな顔をされたけど、歯磨き粉は私に付いてってミツギモノを買うためだけの口実だったということを、この時の私はまだ知らない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちゃんと言葉に出来ない香月くんもじれったいですが、田代ちゃんの鈍さに笑っちゃいますね。 これがいずれは、「待ちくたびれたよ」なんて言うようになるとは、女の子の成長の方が早いって事でしょうか。…
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