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ハルショカ  作者: たむら
season2
50/59

マシュマロ(前)(☆)

美容院シリーズ。「クリスマスファイター!」内の「とげとげマシュマロ」及び「ハルショカ」内の「とげとマシュマロ」、「如月・弥生」内の「とげ」に関連しています。

 大人になると時間が経つのが早い。


 子供の頃、よくお父さんやお母さんがそんなことを云ってて嘘じゃん、て思っていたけど、仕事やら研修やらに追われていると、なるほど確かに早いなあ、と実感せざるを得なかった。

 気がつけば、小早川(こばやかわ)店長と私とまいちゃんで二号店の船出をしたのは三年前で、元彼と付き合いはじめたのは一年半前で、それが終わったのが三ヶ月前。

 もう三ヶ月か、と思う自分と、まだ三ヶ月か、って思う自分。

(きょう)ちゃん』と付き合っていたのは――もう七年も前! びっくりするなあ。


 小早川店長(あのひと)を憎む気持ちは、なんかもうないな。あの恋は、なかなかサイテーな結末だったけど、西鍛冶(にしかじ)さんと別れて、今こうして落ち着いていられるのは、店長がたまに飲みに連れ出しては泣き言を吐き出させてくれるからだし。

 そう。サシで飲みに行くの、一回だけじゃない。あれからも結局月二くらいのペースで行ってる。ずっと飲みの席で二人にならないようにしてて、どうしてもの時はお酒を回避してたのに、そんな努力もすっかり無駄になってしまった。

 だったら断ればいいんだよね分かってる。でも、断りたくない日にばっかり誘って来るんだもん。

 ちょっと思い出してちゃって、平気な顔するのがしんどい時。まいちゃんと一号店の前島(まえしま)店長が、お休みの前の日に手を繋いで帰るのを見て、かつての自分と西鍛冶さんを重ねてしまった時。

 私が見えないとげをちくちく立たせていると、『行くぞ、好きなだけ飲め』って、そう云ってくれるから、断れたためしがない。


 杯を重ねていくほど、私は面倒なやつになる。ケンカ売ってるみたいな、試すようなことばかり云う。でも、「どうせちょろい女だと思われてるって分かってるんですよー」とつっかかれば、「難攻不落だろ、むしろ」なんて返してくるし、「会社の前でメガホン持って『二股男――!!』って叫べばよかった」と毒っぽいこと云うと「なんでそう出来もしない事ばかり思いつくんだ」と笑い飛ばされた。

「今だったら勢いで出来そうです!」

「落ち着け、今何時だ? 会社がやってないだろうそもそも――ほら、アイスやるから」

 そんなもので懐柔されてやるもんか、と思うけどとりあえず受け取る。

 一口ひとくち、口の中を冷やして溶けていくアイスは、私の感情だとか、テンションも少しずつ宥めてくれる。小さなデザート一つでおとなしくなった私を、おかしそうに小早川店長が笑う。

 そんなに優しい顔しないでよ。寄りかかってもいいように錯覚しちゃうじゃん。

 この絡み酔いでじゅうぶん寄りかかってる気もするけど、でもただ依存するのは違うから、思考停止のまま落ちてくようなことはしないよ。

 アイスを食べてしゃっきりすれば、「じゃあ帰りますかー」って自分から云い出した。


 ひどい絡み酒は、三回ほど(たぶん)。わーわー発散して、うじうじめそめそもし尽くして、それで気が済んだのか、だいぶ落ち着いた。店長は四回目を誘う時、まじまじとひとの顔を見て「……もうやけ酒は必要なさそうだな」と云って、私も『そうですねー』って返せばそれ以上サシで飲む機会はなかったのに、なぜか「じゃあ今日は軽ーく飲みましょう」ってうっかり云ってしまった。

 ただ酒、逃すのは惜しいから、というのは、サシ飲み期間を引き延ばした理由のメインになるはず。ほんとは、なんでとっさにあんな風に口走っちゃったか、自分でもよく分かってない、ということにしてください、と、心の中で神様か誰かに向かって早口で言い訳した。

 小早川店長は、一瞬目を丸くしていたように見えたけど、すぐにいつもの顔に戻って「それもいいな」と笑った。


 あの人、いま私生活ってどうなってんだろ。


 そう思うことに別に他意はなくって、ただ単に気になっただけ。

 飲みに行く夜、彼のスマホにはちっとも恋人らしき存在からの連絡がないし、通話でのそういったやりとりもない。一号店の大内(おおうち)君に「小早川さんがフリーって、ワンナイトラブで特定の存在は作らないって事っすか? ちょーかっけ――! オットナ――!」と騒ぎ立てられれば「――福原(ふくはら)、あいつちょっとシメといて」なんて冷酷な顔で命を下して(そして福原ちゃんは凄みのある笑顔で『承知しました』って云うし)、ふっと私の顔見て優しく笑ったりするから、実際のところどうなの??? って。

 たまに、こうして態度だったり、思わせぶりな言葉だったりで、まだこちらに好意があると匂わせられる。けど、決定的なものは、ない。

 まあ存在の有無も好意の有無もどうでもいい。相変わらず仕事は正確かつスピーディーなので、仕事的にはなんら問題ないんだから。


 私は、あれから特に変わりなく過ごしてる。

 もうシャンプー台で告白されるなんてこともないし――小早川店長はたまにある。さっすがー(棒読み)――、街でばったり偶然西鍛冶(モトカレ)さんに会っちゃうようなドラマっぽいこともない。

 さみしくないって云ったら嘘になるけど、よりを戻したいかって聞かれても『別にー』って答えちゃうな。


 どこか別の次元の世界では、『恭ちゃん』や西鍛冶さんのことを好きな自分は生き残っているのかなあ。二人と付き合って、それぞれ幸せな自分がいるかもしれない。

 そっちはそっちで幸せになってほしい。健闘を祈る。

 私は私で、とげとげながら幸せに生きてるので。



 ほんと、ひと月が早いよねーと、先月頭とまったく同じことを思いながら、大型連休を迎えて、そして忙しなく送った。

 一応、今の自分の肩書きは副店長で、店長ほど経理的なところに関わらないにしても、ただ髪を切ってカラーリングして、ってだけやっていればいい訳じゃなく、お店を経営するって大変なんだなあ……としみじみしてしまう。

 今夜も、お店を閉めたあとに小早川店長と二人で、電卓とタブレットを駆使しての経営会議だ。ま、お酒とおつまみありのゆるーいものですけどね。

 店長は、資料を見て満足そうに笑んだ。

「雨が多かった割に、そこまで前年比落ちてなくて助かったな」

「ああ、ゴールデンウイーク中の商店街のイベントで子どもさんへ配る飴ちゃんに、割引券付けたのが良かったんですかねー。あれ結構使われてる方多かったですよね、キッズカットも増えたしー」

柳井(やない)中村(なかむら)のおかげだ」

「ほんっと、子どもに嫌われますよねー……」

「云うな」

 その苦々しいお顔だけでも十分笑えるというのに、この人は。

「せっかく覚えた手遊び歌もちっとも乗ってこないし、なんなんだあの理不尽な生き物は」としきりに曲がってもいない眼鏡のポジションを直しつつぼやくから、せっかくおいしいお酒を飲んでたのにむせちゃったじゃないか。

「そりゃあ、真顔もしくは目が笑っていないからですよー」と教えたら、「子どもには作り笑いが通用しないっていう事だな。よし、もっと笑顔をナチュラルに作り込もう」

「頑張る方向が違いませんかてんちょー」

 子どもに本気で向き合おう、ではなく、あくまで自分の立ち位置はそのままかい。面白いなー。


 店長は、客観的に見てまあ魅力的な殿方かつ腕の良いスタイリストだと思う。男も女もみーんなあの人に寄っていく(ただし、子どもと犬猫を除く)。辛辣な福原ちゃんなんか、「身体の中に超強力な磁石でも仕込んでんじゃないですか」と云うけど。

 うん。ほんとそうかも。でも私の心のとげとげは、吸い寄せられないね。


 ――もう、あんな風にはならない。


 それこそ磁石にへばりつくクリップみたいに、べたべたくっついて、なにもかもを肯定するつまんない女の子じゃない。


 小早川店長への好意を隠さず素直に見つめるお客様が、羨ましいだなんて思わない。


「柳井さんは、彼氏さんいないんですか?」

 小早川さん()好意持ってる()ガールズ()、略してKKG48……ほどはさすがにいないだろうけど、そのメンバーのガールの一人にそう聞かれた。

 わざわざ、店長が休みの日を狙い澄まして『ヘッドスパお願いします』って予約まで入れられて。

 そーかー。まいちゃんは一号店店長ラブ♡を隠してないから安心しただろうけど、私はよく分かんない感じだもんねえ。

 おんなじお店でちょろちょろされてると目障りだよねえ。


 じっくりと頭皮をもみほぐしつつ「いないんですよお、ちょっと前に振られちゃってー」って笑いながら云っても、まだ警戒されてる。

「今はお仕事が楽しーので、男の人とか当分いいかなあって」

「……小早川さん、とか……」

「あ――ナイナイ、ナイですー」

「そんな食い気味に云わなくったって」

 おかしそうにガールが笑う。あ、よかったー、やっと安心してもらえた。


 むかぁし、付き合ってたんですよねー。ひっどかったんですよおって伝えたら、また不安に逆戻りさせちゃいそうだし意地が悪すぎるから、伝えないよ。今は、ちゃあんと尊敬出来る同僚だしね。でもプラスの感情っぽい言葉は何を伝えても不安になるかなあと思って「あんな腹黒暗黒店長とどうかなるってことは、永久凍土が全部融けてもあり得ないですねー」としみじみ云ったら「そこまで……?」と逆にドンビキされた。



「柳井、このあと少し時間もらえるか」

 それから数日後、まいちゃんがクローズしたあと迎えに来た一号店店長と、嬉しそうに手をつないで帰るのをお見送りしていると、小早川店長に声を掛けられた。

「あ、はいー」

「いつものとこでいいか?」

「もちろんですー」

 お店から歩いてすぐにある小さなフレンチのお店。飲み屋さんではないけど、同じ商店街のご近所さんなので近くて行きやすい。お店のこっち側って飲食店が少ないし、そこは静かだしおいしいので、気が付けばちょいちょいお店のメンバーで訪れている。忘年会だとか、暑気払いだとか。――泣き言吐きつつがっつり飲み、以外の、この間みたいな経営会議の時とか。

 なので、おかげさまですっかり扱いが常連客だ。普通のビストロなら『いらっしゃいませ』ってかしこまってお出迎えされるところを「あ、らっしゃーい、お好きなとこどーぞー」なんてゆるーい飲み屋さんみたいに案内されるし、厨房から顔を出すシェフのナオさんも「こんばんは」と笑うだけで、もはやそれを止めようともしないし。

「こんばんはー! まだ夜はちょっと寒いですねー」

「そんな柳井さんのために、シェフが今日もポトフばーっちり仕込んでありますよー」

「ほんと! 嬉しいなー!」

「あっ、小早川さんのためにも、ですからねっ」

「ああ、忘れずに付け足してくれて嬉しいよ、大矢(おおや)君」

「どいたまでーす!」

 うーん。大内君といい大矢君といい、「大」の字の付く人はなんていうか怖いもの知らずだなあ。


 頼んだドリンクとフードの第一陣がやってきて乾杯をしたところで、「……この間、俺の休みの日になにか迷惑をかけなかったか」と、小早川店長がクラッカーにチーズをのせて口に運びながらさらりと云ってきた。その先制パンチのさらり具合に、言い訳する余裕もなくって、おなじくチーズのせクラッカーを食べることで時間稼ぎして黙り込んでいたら「やっぱりな」と肩をすくめられた。分かってんなら人の反応をいちいち探ってくるなよ腹黒めー。

「別に、迷惑っていうんじゃなかったですよー」

「でも来て、柳井に何か云ってったんだろう」

「まあ、ヘッドスパしてヘアケア材一式ご購入されていったから、プラマイゼロっていうよりプラスでいいんじゃないですかー」

 私がのらりくらりと柳のように柔らかく避けていたら、ちいさくため息を吐かれた。

「昨日、帰りに待ち伏せされた」

「あらー」

「で、告白された」

「そうですかー」

 待ち伏せは怖いけど、でも頑張ったんだなあのガール。ほどよく冷えた白ワインのグラスを傾けてふふっと笑ったら苦い顔をされた。

「断った」

「へえー」

「断ったよ」

「それもう聞きましたー」

「何でですか、って聞いてもらえないのか」

「私、関係ないですからねえー」

 ん、白おいしい。思わずにこにこしちゃうと、小早川店長の表情がやや歪む。少し泣きそう? 悔しそう? プライドたっかいからなあ。

「もうめんどくさいなー『ナンデデスカー』?」

「優しいリアクションをありがとう――柳井を好きだからだ。昨日、告白を断る時にも『好きな人がいるので』って伝えたから」

「……はあー?!」

「たまに云っておかないと忘れられそうだからな」

「イヤ忘れたりしませんけどー?」

「忘れてるだろ」

 ええ忘れてましたよ、ここ最近は匂わせもなかったから。

 小早川店長は赤ワインの入ったグラスのステムを持ってくるくるしたあと、くっと飲み干して、云った。

「お前は、何も悪くない。たまたま相手が悪くて二連敗しただけだから、そう気に病むな」

「別に気に病んでませんしー!」

 あっやだ、ついムキになっちゃった。――でも。

『お前は、何も悪くない』をまた聞けたのは、やっぱりちょっと嬉しいかな。自分を傷つけた人一号からの言葉でも。

 自信なんて、人に云われた時にだけ生まれるもんじゃないけど、好きになって付き合っては二股を掛けられ、の二連は、やっぱりきつかった。二つの恋の間がうんと空いていても。すっかり自信なくして、自前ではリカバれなかったほど。

 仕事はプライドを持ってやってるし、好きな格好をすれば気分が上がる。けど、それでもどうしようもない夜もある。


 なんでこの人、私が云って欲しい時にそれ、云うんだろ。

 大内君が同じように絶妙なタイミングで云われたら『小早川店長こっっわっ!!』て涙目でぶるぶる震えそう、って思って、笑った。

「ありがとうございまーす」

 私がそう云うと、珍しくしかめ面なんかされた。

「別に俺は礼を聞きたい訳じゃない」

「でも云いたかったから。おかげで、すこぉしだけ浮上しましたー」

 ピンチョスをつまんでおどけると、「――柳井は、強いな」としみじみ呟かれた。

「それ、女子の皆さんに対する褒め言葉じゃありませんよ……?」と、ちょうどポトフを運んでくれた大矢君がやや引き気味に云っても「いや、本当に強いんだ。敵わない」と重ねられた。

「別に私、普通ですけどねえー」

「むしろ握力とかなさそうですもんねえ」と同調してくれた大矢君が他のテーブルに呼ばれて「はーい」っていなくなると、とたんに耳打ちされた。

「俺とお前の普通の幅が大きく異なっているな。――つけこみたいのにその隙もなくて、困ってんだよこっちは」

「……はあー?」

「その、まるっきり興味はないっていうリアクションは、さすがに傷つくのでやめてくれ」

「あ、ごめんなさーい」

「さらに傷口に塩をすり込むな」

 悔しさをじょうずに隠して、でも隠し切れないまま苦く笑うなんて、『恭ちゃん』時代の『希実(きみ)』も見たことなかったし、もちろん仕事中にもそんな顔しないから、ちょっとドキッとしてしまった。あくまで、そのレアさにね。

「……腹黒の人は、そんなに他人に隙見せたらいけないんですよー」

「いいんだ」

 小早川さんは、ポトフをシェアしながらそう云って、私を見た。

「お前だから、いいんだ」

 そんな風に告げられて、アドバンテージ取ったった! と思うより先に怯んじゃったのは何でなの。

 ――思い当たる事なんて、ひとつだけ。

「私別に、小早川さんにいまさら贖罪してほしい訳じゃないですよお」

「そんなつもりはない。――柳井、お前やっぱりにぶいだろ」

「あっ、ひどーい!」

「ひどいのはどっちだ。まったく、テクニックでもないくせに焦らすな。話が一向に進まない」

 呆れたようにそう云われて、床に色とりどりのビーズをたくさんこぼしちゃったみたいに、心がさわさわと落ち着かない。

 けど、いやじゃない。

 でも、

 ――私はこの先、どうしたい?

 永久凍土の下の、頑丈な防火扉の中におーいと問いかけてみるけど、とげにコーティングされている心からは、返事がこなくてしーんとしたままだった。


 その日は、喉笛に噛みつかれて一息に決着が付くようなことにはならなくて、シェフ自慢のプリンをおいしくいただいてから帰った。


 人の心を大きく乱しておいて、小早川店長はそのあと、もう何も云わなかった。


21/02/24 一部訂正しました。

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