表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルショカ  作者: たむら
season2
43/59

暫定的運命の人・改め、(☆)

「ハルショカ」内の「暫定的運命の人」の二人の話です。

 はっきり云って俺の彼女はバカで趣味が悪いと思う。

 じゃなきゃ俺なんかを好きになって、恒久的な彼女、なんて地位を望む筈はない。


 高校は楽しむ為に行くところではなかった。

 自分にはやりたいことがあって、それを最大限出来る環境作りの条件――家から遠くないこと、学力はそこそこで授業についていけなくなる程じゃないレベルなこと――に合致していたのが、たまたま今現在通っているところなだけ。

 それだけだった筈の学校が、ある日を境に激変した。

 なんと、この非モテかつマニアで空気(成分的には二酸化炭素ポジ)な自分に、暫定的とはいえ彼女が出来てしまった! そんなの、人生設計に組み込んだ覚えはないんだけど。しかも向こうから告白されるとか、一体何だこのご都合過ぎる展開は。少年誌系の恋愛漫画かそれとも深夜帯の萌え系アニメか。


 好きな異性、なんてものを三次元で作り上げられる程女子と接触がある筈もなく、もし存在したところで思いのたけを告げられる程のメンタルも語彙力も持ち合わせてはいない。

 それに引き換え、どう見ても羽鳥(はとり)の分類はリア充目Aランク科かわいい属、その上性格もよい。本人に自覚はまるでないようだけど望めばスクールカーストの上位の男子に好きなだけチヤホヤしてもらえるっていうのに、その地位には見向きもせず、俺なんかに首ったけ(死語)で、その上こうして暫定的とはいえ付き合ったりして、それだけでなく俺が細々と作ってはネットで発表しているコマ撮りアニメもずっと好きでいてくれたなんて、あんた現世でどんだけ徳を積む気なんだ。


 付き合ったって面白いことなんて何もないし、おしゃべりは壊滅的だし、デートにふさわしい場所も知らないし制作とバイトがあるからそもそもデートに行く時間もあんまりない。

 好きだなんて云われても、勝手に俺のイメージを膨らませられてるだけだろどうせ。そんなんで付き合ったって勝手に幻滅されるのがオチだ。――自分で望んだ訳じゃないとしても、終わる時には絶対ぺっしゃんこにヘコむ自分が見えすぎる。スーパーヒトシくん賭けていい。

 だから男女交際なんて無理です。

 ――と頑なに拒んでいた(つもりだ)けれど、結局はかわいいコの懇願と提示された条件に心が動かされてしまった。従来のコミュ障のせいで羽鳥のグイグイ来具合を撥ねつけられなかったってのもある。



 一ヶ月持つかな、と悲壮な覚悟で始めたお付き合いは、あちらがうんと俺に寄せてくれているおかげで、なんと順調に続いてしまっている。――しかし。

 ついに、アレが来てしまった。

『付き合っている彼女のお誕生日』。暫定的とはいえ付き合っている限り回避不可能な強力なイベントが。強力なイベントが。

 かわいい女の子に何あげたら喜ぶかなんて、そんなの知る訳ないだろう、俺が!


 逆ギレしても開き直っても日時が待ってくれることはなく(当たり前だ)、刻々とXデーは近付いてきてしまう。

 どうしたらいい。ググれそして考えろ。

 女が好きなもの、なら、この世にいくらでもある。でも彼女の好きなものってなんだ。

 必死に今までのことをアーカイブから掘り起こすと、何にでも――それが食べ物でも――『かわいい!』って云ってることに気付く。

 にっこり笑って、目をきゅんって細めて、片方のほっぺたにだけえくぼを作って。

 セットと人形と道具と資料だらけの自室で脳内再生して、一人ニヤついてしまう。かわいいものを見つけた時の羽鳥がかわいいなんて頭の沸いたことを考えたりもする。

 そして不意に思い出した。俺のコマ撮りが好きだって、そう云ってくれた。

 ――ハズすかな。あんなモノズキでも、やっぱプレゼントっていうものは筆記体のⅩによく似たマークのブランド品じゃないとダメなのか?

 いや。

 そういう人じゃない。――多分。

 違ったらもう渡した時点で愛想を尽かされてしまえ俺! と半ばやけなテンションで己を奮い立たせ、プレゼントにするイラストを描いた。


 いろんな感情(内訳としては緊張・不安・わずかな希望といったところ)を身の内にぐるぐるさせつつ件のブツ(イラスト)を渡すと、彼女は全身で喜んでくれた。

 イラストにこめた意図――彼女をモデルにしている――を告げて去る、ふりをして教室の扉の外からそっと窺う(我ながら、こういうところがキモイと云われる所以だ)と、彼女はこちらには気付かず、じいっと絵を凝視していた。そして。

 描いた絵と同じかそれ以上に羽鳥の目の中には星がいくつも瞬き、頬は咲きたてのバラのようにピンク色に染まり、彼女の後ろにはキラキラだとかふわふわ飛ぶシャボン玉だとかそういったエフェクトさえ見えた。俺には。


 いい匂いがした。甘くて、それでいて清涼な。

 胸がときめいた。まるで、彗星がいくつも飛び込んできたかのように光って、弾ける小さな粒たち――ああ。


 これが、恋。


 ほんとうに、彼女が教えてくれた。あれはホラ話ではなく預言だった。

 これが、恋。

 なんて強く、なんて尊く、なんて美しい!


 気付いたらもう、彼女の虜だった。いや、気付いていなかっただけできっと、もうずっと惹かれてた。もしかしたら、暫定的な付き合いを申し込まれた時にはとっくに。


 これが、恋、とそればかりがうわ言のようにエンドレスリピートで頭の中を超高速で駆け巡る。それは春の宵、知らない小路をどんどん入り自ら進んで迷い込むような、奇妙な高揚感。


 ――だからと云ってすぐに告白出来る勇気など持ち合わせてはおらず、未だ現状維持の関係のままだ。情けないことに。

 時折寂しそうな顔をさせてしまっているのが分かる。でもそれがよぎるのは一瞬で、俺がおたついている間に『寂しい彼女』は退場してしまって、またいつもの彼女に戻ってる。

 そのことにほっとして、――それで終わりにしてしまう自分がふがいないことこの上ない。

 一言伝えればいいだけだ。『もう俺の中では暫定的な関係なんかじゃない』と。

 伝えなくちゃ伝わる訳ない。早く云わないと。

 そう思えば思う程、遠ざかるなけなしの勇気。


 伝えるのは、今作ってるやつが完成してからにしよう。その方がきっと俺の気持ちを分かってもらえる。

 そんな風に、自分に都合のいいように先延ばしした。


 そしてなんとかやっと新作、すなわち自分の中に今ある気持ちを全て込めたもの、を作り終えた翌日、二人で歩く帰り道に伝えたのだが。

 伝える言葉の順番も、伝え方も、ことごとく間違えた。

 それを訂正する前に、彼女ははらはらと涙を流してしまい、それを見て自分は思考停止してしまった。

 人の――いや、好きな人の泣くさまは、なんと美しく胸を締め付けるものなのだろう。


 そんなことを考えている場合じゃない。今は謝って、間違えた言葉を伝え直さなくちゃいけないのに。


 言葉が、でてこない。



 俺が、言葉を間違えるまでは幸せだった。

 伝えなければよかった。

 そんな風に、すぐにまた閉じこもりたくなる心を叱咤する。

 そうじゃないだろ。伝えなければいつまでも自分たちは『暫定的』なままだ。一年も二年もそれではいられないし、続いてたとしてもきっとよくないかたちになる。答えを先延ばしにし続けて、ねじくれて、どろどろの汚い感情になりたいんじゃない。

 こわいけど。今だってこうしてしくじったばかりだけど。

 それでも。


 週明けの月曜、やっと会えた羽鳥は、頑なに閉じていた。でも、閉じ切れてないとこがかわいい。

 俺なんか無視すればいいのに。そしたら簡単にヘコむしビビりもする。でも、彼女は俺の顔を見ないくせに挨拶はする(そのしぶしぶ具合がまたかわいい)し、授業中助け舟を出せば唇を尖がらせて小さくお礼を云う。こんな状況で笑ってしまったらさすがに口もきいてもらえなくなることくらいはコミュ障でも分かったので、それだけは何とか堪えた。

 そして、新作を今夜上げることも、何とか伝えた。それを彼女が見るかどうかは別として。


 今まで、告白も、暫定的に付き合う中で気持ちを伝えてくれたのも彼女からで、自分から能動的に動いたことなんかない。自分から電話を掛けることも。それが夜中なのも。

 でもメールじゃだめなことくらい、対人スキルが地を這うレベルの自分だって分かってる。そろそろ新作を観てもらえたかというタイミングで携帯を手にしたけどとりあえず手汗がすごい。その上めちゃめちゃ震えた。呼び出しが鳴る前の、『プ・プ・プ』というリズミカルな電子音さえ、緊張を煽るばかり。

 今まで彼女は、何度こんな思いをしたんだろう。

 もしもまだ間に合うのなら、これからは、俺も。

 女の子にも親しい友人にも慣れてなくて、コマ撮りアニメを筆頭にニッチな分野しか詳しくなくて、本当に情けないけど。俺は、君が好きだって言ってくれた作品のことも、自分のことも、信じてみようと思う。


 真夜中の電話は魔法だ。

 金曜の帰り道ではとちった言葉も、直接対面ではなく電波越しかつ声だけのせいか、笛吹き男の奏でる音に誘い出されたハーメルンの子供たちのようにするすると出てきてしまう。

 聞いてくれている彼女も、頑な(だとしても全然仕方がないのに)じゃなく。

 優しい空気。目には見えないもの。でも、確かにそこに存在するもの。

 糸や紐で結ばっている訳でもないのに、二人がちゃんと繋がっているのが分かる。これからも繋がってゆくと知っている。

 いつか俺は、今夜のすべてを余すことなく撮るだろう。電話の向こうの涙の気配も、震えていた自分の声も。電波に乗って届いた彼女の声も。

 泣きたいほどきれいで留めてはおけない一瞬、それは留めておけないからこそ美しい。

 でも、けして忘れたくはない。何年経ってもエバーグリーンな物語、それを君とこの夜に分かちあった。

 そのとおりに再現するのは恥ずかしいしもったいないので無理だけど、記憶と気持ちをぎゅっと凝縮したかけらを作品にちりばめたら、彼女はきっと気付いてくれる。

 こっそり笑って、『これって、あの時のことだね』って言う。スーパーヒトシくん賭けていい。


 いつか必ず訪れる恒久的な未来の一つに思いを馳せながら、彼女に掛ける言葉を考える、午前一時。

17/09/28 一部訂正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ