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ハルショカ  作者: たむら
season2
42/59

しのび足レディ(☆)

「ゆるり秋宵」内の「勇み足レディ」の二人の話です。

「なあ三田村(みたむら)ってなんか精神の鍛練とかしてる人? それとも自分を追い込むのが好きな人?」

 同期の海老沢(えびさわ)からろくでもない二択を示されたのは、安河内(やすこうち)先輩とあいりさんの二次会会場の受付でやっと人の波が引いた時。

 あと一五分でパーティーがはじまる。まだこれから来る若干名を、お店の入口に置いた長テーブルの内側で並んで待ってた。私は自ら『やります』って手を挙げたけど、奴はどういう経緯で受付(コレ)を引き受けたんだろ。近頃はちょくちょく飲みに行くくらいには仲のいい二人だから、まあやってもおかしくはないけど、アクティブな人でもないからこういうのあんまり自分から手を挙げなさそうと思いながら、「なんでよ」とだけ返した。

 海老沢は飲みにくい硬水を無理に飲み下したような顔で、「……だって、好きだったんだろ」と呟く。

 やっと聞き取れる位の小さい声。おまけに、席に着いた人たちの賑やかなおしゃべり(披露宴から出ている人たちはもうすっかりご機嫌モードだ)で、その発言は誰にも拾われたりなんかしない。

 なのに、海老沢は「私が」「安河内さんを」という言葉を使わなかった。ほんと、『さりげなく優しい』んだから。

 ――に、しても。

「……バレバレだった?」

 こちらからも小声で聞くと、「いや」と短く一言。

「じゃ、なんで海老沢にばれてるの」

「なんでだろうな」

 気になる答えは何度聞いても教えてもらえずじまい。それでも、自分の気持ちが会社で噂になっているわけではなさそうなのでとりあえずホッとして、それから奴の誤解を正す為に再び小声になった。

「さっきの、旧石器時代の話だからね」

「まあ、そういうことにしといてやるよ」

「だからー!」

「ほら、人来たからちゃんとしろ」

 耳打ちされて、二人して受付モードに戻る。

 ――自分の中ではとうに決着がついている気持ちを、なんであんたは今更掘り起こそうとするかな。


 去年の秋はまだ大人しく『君』づけで呼んでた海老沢とは、あれ以来二人で飲んだり食べたりする機会が増えていく中で『今さら君づけいらない』と云われたので、プライベートでも仕事でもすっかり海老沢呼びだ。漢字にしたらたったの一文字なのに、それがないだけで仲良くなったような気がするから不思議。

 不思議と云えば海老沢も不思議だ。お互いただの同期の一人なだけだったのに、いつのまにやらするっと、それこそ『さりげなく』、私のそばにいる。あんまり自然で居心地いいから、おでん屋さんだの創作フレンチだのに連れ出されたりしてる。おいしいご飯とお酒で軽くなった口は、もしかしたらそのどこかで、安河内さんへのかつての片思いをぽろっと零しちゃったのかもしれない。


 会が始まる頃にはちゃんと全員が揃って、新婚さんのお二人を迎えることが出来た。

 先輩はスーツ、あいりさんはシックなワンピース。色白の彼女にほんのりベビーピンクはすごく似合ってて素敵だ。色黒の自分には似合わない色なので余計に羨ましい。

 すっかり出来上がっちゃってる彼女のお友達の席からはひっきりなしに「かわいいぞおアイリ――ン!」「嫁になんか行くな!」と声が飛んで来て、なんともかしましい。あいりさんはその野次にクールな一瞥をくれて「そこうるさい」と鋭く言い放つ。それでもお友達は「おお……」「あの調子で尻に敷かれるわけだな安河内は……」と大きなひそひそ話をやめない。あいりさんがブリザードな笑顔で「怒るよ?」と握り拳を作ってから、美女だらけのテーブルはやっと静かになった。

 彼女たちのおかげでビンゴやゲームが盛り上がったまま進行する。どのテーブルも、嬉しそうで楽しそう。男の人も女の人も会社や合コンよりドレスアップしてて眼福だし、ビールはおいしいし、カンチガイなナンパ男もいない。

 いい会だ。しみじみ、そう思った。


 そんな、ゆるい雰囲気が心地よかった会も、時間が来ればお開きになった。

 いつもだったら海老沢とこのあとお疲れ会でもするんだけど、今日はきっと受付でお疲れだろう。精一杯にこやかに応対してたから。少しだけ残念に思いつつ、「じゃーね」と駅の階段を降りようとしていたところを「三田村」と呼び止められた。

 やけに思いつめた顔をして、何を云われるかと身構えてたら「コーヒー一杯だけ付き合ってくれ」、だった。――たかだかコーヒー一杯を断る理由もない。

「いいよ」と気安く応じて、近くのファストフード店に入った。

 二人ともそこそこフォーマルなかっこで、THE・二次会帰り丸出し。店に合わないことこの上ない。

 海老沢は表情こそ変わらないけれど、やっぱり向いていなさそうだった受付仕事では気を張ってたみたいだ。リラックスした顔でネクタイを緩めて窓に向かってふうとため息を吐くその姿は、いつもより色気があった。

 何かいけないものを見てしまったようで、紙コップの中に目線を落とした。


 誘ってここへ連れてきた割に、海老沢ときたらちびちびと苦いばかりのコーヒーを飲むだけで、一向に話の口火を切ろうとしない。焦れたこちらがひと足先に飲み干したタイミングで「で? どういう用件?」と切り出すと、恐る恐るの態で私と目を合わせて、やっと口を開いた。

「……泣いたら?」

「は?」

「今日、あんたムリしてただろ」

「してないよ、云ったでしょ」

「だって三田村……」

「確かに好きだったけどね、安河内先輩のこと」

 そう口にしたら、キッチリ成仏させた筈の恋の亡霊がよみがえってしまうかと思ったけど、なんだか大丈夫みたい。

「でもほら、私なんでも早い方だから、もうとっくに気持ちはないよ」

 よく指摘されることを自虐ネタにして笑って見せると、海老沢は「……ごめん」と謝る。

「簡単に謝んないの! あんたのせいじゃないでしょ別に」

「でも無理やり云わせたようなもんだから。お詫びに、今度の飲みは俺が持つ」

「え、いいよそういうの別に」

「そういう訳にはいかない」

 その問答を何往復か交わして、頑として曲げない海老沢に、結局はこちらが折れた。だって、おごってくれるって云うし。しかも、私の行きたいところでいいって云うし。まったく。

「……海老沢って、知ってたけどいい奴だよね」

 照れ隠しでそう笑うと、海老沢は顔をしかめてみせた。

「云っとくけどそれ、褒め言葉じゃねーからな」

「でもほんとだよ」

 向いていなさそうだった受付仕事をわざわざ引き受けたのは、先輩と仲がいいだけじゃなく、私が心配だったからでしょ? まったく、確認もしないで早とちりなんだから。――でも、ありがと。

 胸の中に、ふつふつと湧いては弾けるシャンパンの泡。ちょっと、くすぐったい。うん、今度飲みに行くところはシャンパンのおいしいお店にしよう、なんてさざめく気持ちで浮かれてみた。


 椅子に置いてたビンゴの景品――私は筋トレのDVDセット、海老沢は野球のボードゲーム――をそれぞれ手にして立ち上がる。外を歩けば、ぬるい風がワンピースの半袖の腕を一撫でしていった。

「夏が来るね」

「ああ」

「ビアガーデン行きたいなあ」

「夏の話でまずそれか」

「ちょっと先に楽しみがあるのは大事なの!」

「はいはい、行こうな。ってか、もうオープンしてんだろ」

「ビアガーデンは暑い時期に行くからいいのよ」

「よく分かんねーこだわりだな」

 他愛のない会話を重ねる。私が笑うと海老沢も笑う。ぬるい空気に混ざりこんでいる夏の気配、夜のにおい、それから。

 先の先の先を見通すのはとりあえずやめたので、いま隣を歩いている横顔を見上げてみた。やわらかい弧を描く目元と口元。

「楽しそうだね、海老沢」

「そうだな、やっと」

「やっと?」

 聞き返すと、笑みが一段と深くなる。そんな顔見たことないなとまじまじと見つめていると、あちらからも見つめ返された。

「あんたが引きずってないなら、もう遠慮しない」

「――何を」

「何だろうな」

「知らないよ」

 意地が悪いの。でも私もまだそれ以上、深追いなんかしてあげない。

「明日も忙しいんだろうね」

 そんな風に簡単に流すけど、それすら織り込み済みの顔の海老沢が「月曜って、地味に業務が立て込むよな」とさらっと返してきたので、それはそれでなんだか悔しい。

 そのくせ、「飲むの、いつにする」と誘われれば簡単に直ってしまう機嫌も、なんだか悔しい。

「今週の金曜日!」

「やっぱ早い」

 私の返事に小さく笑う海老沢が、私の答えや私の扱い方をよーく知っていそうなのは、多分気のせいじゃない。でも。

 理由に向かって一直線に走り出さずに、一旦そこで保留にして、しおりを挟む。いつ再開するかは自分にも分からないけど、ビアガーデンへ一緒に行く頃には、もしかしたら。


 走ってみたり、竦んでみたり、忙しい私の足。今は、座ってプラプラ子供みたいに遊ばせてるみたい。――何かを楽しみにしながら、待っているみたい。

 忍び足で近付いてくるのが何なのか。ほんとは分かってるけど、知らんふりをしたい。だってまた、勇み足(しっぱい)だと困るし。

 だからこっそり捕まえてよ。逃げる暇もなく近付いて、静かに手を繋いでくれたら私、優しく握り返すから。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/38/

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