表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルショカ  作者: たむら
season2
40/59

甘恋彼女(☆)

「夏時間、君と」内の「夏色長恋」及び「ゆるり秋宵」内の「蜂蜜紳士」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 ねえ、年上の彼氏ってどうなの?

 仲良しグループの中で唯一、会社員の彼氏を持つ友人にざっくり聞いてみると、ペットボトルのお水をごくごく飲んで『ンー』って長考して、きゅっとキャップを締めてから彼女は口を開いた。

「前は大人だなーって思ってたけど、最近は子供みたいって時もあるよ」

「嘘だあ」

 思わずツッコんでしまう。だって、前に文化祭で見たどっかのクラスの誰かの彼氏さんは、カジュアルな格好してても全然大人っぽかったもん。だから、大人がほんとは大人じゃないなんて、ちょっと信じられない。――でも。

 彼女を見てるともしかして、って、思う。


 三年になって初めて仲良くなったその子は、私服で会う時にもあんまりお化粧とかしない。ヒールのある靴も履かない。

 似合うと思うんだけど、とお世辞じゃなく云っても『ありがと。でもあたしはまだいいから』って、笑った。それが、すごい謎だった。 

 どうして? だってなんか、余裕があるように見える。

 みんなが女子高生って云うカテゴリをブランドのように感じながら、大人っぽさって奴にも憧れて、なぜだか焦って――なにかに焦らされて? 人よりも上手なお化粧や、人より高いヒールにチャレンジしてるって云うのに。

 理由は、もっと仲良くなってから知らされた。

『彼が、あたしにはまだ早いって』

 かれが、という時のくすぐったそうな口調。それだけで、彼女がどれほどその恋にどっぷり漬かっているかが分かるくらい。

 でももしかしてその彼氏さんて束縛系? って警戒したけど、よくよく話を聞けばありえないほど彼女を大事にしてる年上彼氏さん、だった。しかもお隣に住んでるだなんて、実写映画化される胸キュン少女漫画みたいだ。


「まあ、あたしがちゃんと女の子として見てもらえるようになったのなんて、ここ一年くらいだけどね」

 さっきは彼氏が子供に見える、なんて余裕だった彼女が目を伏せる。少し苦そうに。一年より前の『ちゃんと女の子として見てもらえてなかった』時のことを思い出してるのかもしれない。

 でも再びこちらを向いた時には、もうそんなのはなかったようにしてノロけられてしまった。そりゃあもう、盛大に。

「おっかしいの。あたしのこと、ほっといた時間を今になって後悔なんかして、毎週毎週デートに連れ出したりしてるんだ。あたし今年受験生なのにね」

 だからもうそんなに遊んであげられないよって云ったら、じゃあ勉強を教えるって買ってきた参考書をドヤ顔で見せられたと笑う彼女が、歌うように、独り言のように続ける。

「ほんとは頭の先から足の先まで、今すぐ私が欲しいんだって。でも今は意地でも手を出さないって。なんか、必死でかわいいよね」

 教室の椅子の上で体育座りして、何を思い出しているのやら。ふふっと小さく笑う姿は、同じ制服を着ている筈なのに何故だかとても大人っぽい。

 もしかしてやっぱり、恋人になったら年の差とか関係なくて、大人の人も大人じゃなくなっちゃうのかも。


 彼女に大人っぽさをチラ見せされてますます興味津々な私たちは、質問を矢継ぎ早に浴びせた。

「ねえ、やっぱりプレゼントってすごいのもらったりするの?」

「すごいかどうかは分かんないけど、もらうよ」

「それって指環とか?」

「指環は、来年までおあずけだって」

「なんで?」

「……一九の誕生日にシルバーの指環をもらうと幸せになるから、だって」

「素敵―!!!」

 キャーって囃し立てられると、ちょっと恥ずかしそう。

「指環じゃないプレゼントって何もらうの?」

「とりあえず私に似合いそうって思ったものはポンポン買ってきちゃう。ヘアアクセとかイヤリングとかちょっとくれ過ぎ! ってこの間怒ったところだよ」

 これもそう、とそっと触った、ポニーテールを飾るシュシュ。キリッとしたピンクと白のストライプは、シンプルだけどとっても彼女に似合ってた。

「デートの時も、絶対払わせてくれないもんなあ……」

 だからいつか私のお金で私がぜーんぶエスコートしてデートしてやるんだ、って意気込みつつの、ちょっとどこか不満げな顔。それは幸せ者だけが浮かべられる表情に思える。


 いやあ、すごく、――うん。

 いいなあ。恋愛至上主義じゃないけど、こんな恋なら。

 きっとみんな、そう思ってた。


 そろそろ帰ろうか、って支度をしてたら、机に置いてた彼女の携帯がラブソングのワンフレーズを奏でた。

「誰から?」なんて聞かなくても、この日一番の笑顔――焼きたてのアップルパイの上で溶けたアイスクリームみたいな――を見れば、誰だって簡単に当てられちゃうよ。

 彼女はぱたぱたと手早く荷物をリュックに押し込めて、「ごめん、近くのコンビニまでお迎えに来てるみたいだから先行くね」と一足先に駆けだそうとしたけど。

「その彼氏見たい!」って、私たちも荷物をまとめて一緒に小走りした。

「いいけど、絶対絶対好きになったらだめだからね!」 

 彼女がそんな風に必死だから、彼氏どんだけ顔面偏差値高いの? ってわくわくしちゃうじゃん。


 教室から門までの微妙に長い道のりを、彼女(と私たち)は生徒指導の先生に怒られないぎりぎりの速さで移動する。

 そして、門を出て横断歩道を渡ると、彼女はもう我慢出来ないと云った様子ですぐ近くにあるコンビニに向かって一息に駆けだした。

「のぶくん!」

 呼ばれた人は、こう云っちゃなんだけどめちゃめちゃフツメンだった。中肉中背で、街に出れば似た人を三〇秒で捕まえられちゃうレベルの。

 でも、その人は彼女を見つけた途端とんでもなく優しい、王子様みたいなスマイルを浮かべた。それから。

(のぞみ)

 名前をこんな風に呼んだことなんて、ない。呼ばれたことも。

 たった三文字。でも、そこには色んな気持ちが詰まってるって、私たち(こっち)にだって伝わってきてる。


 相手をいとおしむ気持ち。

 会えて嬉しい気持ち。

 外だから抑えてるけど、それでも溢れてしまうもの。


『好き』をこれっぽっちも隠さずに目の前に立った彼女の、その頭を撫でる手付き。撫でられる彼女の姿。誰も付け入ることの出来ない完璧に閉じた世界に二人はいた。

 そこから弾かれている私たちは、映画かドラマの撮影でも見てるみたいに少し遠巻きに見物していた訳だけど、彼氏さんがパッとこちらを向いてにこやかにしてくれたことで、閉じていた世界がパチンと割れた。――さっきまでとは違う、ただの親しみやすいお兄さんの顔で彼が云う。

「いつも希と遊んでくれてありがとう。これからもよろしくね」

「は、はい!」

 緊張で上ずっちゃった声を笑わずに、彼は続ける。

「皆も一緒にお茶でもしようか? ご馳走するよ」

 はい! と返事をする前に、彼女が「ダメ! そんなことしたらのぶくんモテちゃうじゃん! ぜーったいダメ!」と必死に云い募った。

「希―……」

 呆れたように彼氏さんがやれやれって甘い顔で咎める。

「皆、のぶくんのこと一〇秒までしか見つめちゃだめだからね! のぶくんは皆の目を見ないで!」

「こら、ヘンなこと云わないの」

「あ、いいですいいです私たちここで失礼しまーす」

 モブはさっさと退散しますよ、だってこれ以上二人を見ていらんない。胸焼けしちゃうって。

 彼氏の腕にしがみ付いて警戒モードになってる彼女に「誰も惚れてないから安心してねー」ってバイバイしながら伝えたら、すごくホッとした顔になっちゃってさ、まったく。


 あのフツメン彼氏には惚れないけどね、惚れた理由も惚れられた理由も分かったような気がします。

 尊すぎて爆発するのがもったいないリア充カップル、末永くどうぞお幸せに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ