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ハルショカ  作者: たむら
season1
30/59

あなたと映画を。#4

チームhappy endsでお送りする第4弾。おつかれさまでした!

 51.如月・弥生『チョコレートはあげない』より


 上映が終わって、灯りがともった館内。満足げに「面白かったね!」と麻実はにこにこ顔だ。その顔見られただけでもう、俺的にはごほうび。

「けんたろ君はどうだった?」

「面白かったよ、もう一度観たいくらい」

「そんなに気に入ったんだ」

 ――ごめん、ちょっとだけ嘘。

 面白かったのは本当だ。でも、彼女ほどは映画に集中出来なかったせいで見逃したシーンもちらほらあって、故に『もう一度観たい』。


 ちらちら麻実の顔を見てたから。集中できなかった理由は、恥ずかしくてとても云えそうにない。


 ********************


 52.如月・弥生『Eater?』より


 二人でお菓子職人さんのドキュメンタリー映画を観た後、「夢のようだった……」とうっとりした顔で呟く西山さん。無表情がデフォルトなので、すごいレアなその表情は写真に撮っておきたいくらいだ。でも。

 ――――いつもは私の作るパウンドケーキでだって、そこまでの顔しないくせに。

「妬いちゃうぞ」

 冗談めかしてそう口にすれば、「パウンドケーキ焼いてくれるの?」と銀縁眼鏡の中で目がキラッキラしてる彼氏。

 いや、そっちの焼くじゃなかったんだけど。 

 仕方がない、西山さんの為にやきもちじゃなく、ご所望のパウンドケーキを焼いてあげよう。


 ********************


 53.如月・弥生『未来の方から来ました』より


「相談があるんですけど」

 そう切り出したのは、すっかり先生の顔をしている元・自称未来の恋人少年、すなわち、陸上部の他に映画鑑賞クラブの顧問もすることになった松本先生だ。ちなみに、クラブの副顧問が私。

「俺、あんまり映画とか詳しくなくて……ちょっとでも観て勉強しようと思って」と頭を掻く姿は、やっぱり少年めいていてかわいい。

「でも何を観たらいいかさっぱり分からないんで、有村先生映画館に連れて行ってくれませんか!」

「――私が?」

「はい。相談した友人に『信頼できる人に教えてもらえ!』って云われたんで」

 ほぉ。『信頼』なんだ。まぁ今は先生モードだからね。――謎の少年のがつがつ攻めるモードが恋しいなんてわけではない。ちょっとさみしいだけだ。

 そんな風に自分に言い訳してたら、「いいですけど」って云いそうになって、なにかが引かかった。

 お休みの日に二人してお出かけだなんてなんだかそれはうっかりするとデートのような。

 それに、映画のお勉強ならなにも映画館で最新作を見なくても、DVDでよいのでは?

 ――あぶないあぶない。

 私はにっこりと笑って、「お忙しいでしょうし、映画館に行く必要はありませんよ。今度おすすめのDVDを持ってきますから、松本先生ゆっくり家でご覧になってください」とその場を離れた。

 だから、彼がくやしそうに「――逃げられた」って呟いてたなんてことは、知らない。


 ********************


 54.ゆるり秋宵『蜂蜜紳士』より


「希、今日何して遊ぶ?」

 あそびにきてくれたのぶくんにそうきかれた。

「わたし、えいがみにいきたい!」

 そういうと、のぶくんはきょとんとしたあとふわーってわらった。そのおかお、すきよ。

「ん、じゃ行こっか。何がいいの? メリキュア?」

 わたしがみたいえいがを、のぶくんはなんでわかるんだろう。ちゅうがくせいのおにいさんだからかな?

 でもね、きょうはね。

「はりうっどがいい」

「え?」

「はりうっど」

 このあいだのぶくんとあるいてたおねえさんは、そういってたでしょ。

 だからわたしも「はりうっど」で「じまく」のえいががいい。ぜったいそれがいい!


 なんどきかれても「はりうっどがいい」っていってたら、のぶくんも「わかったよ。お支度しておいで」っていってくれた。

「うん!」

 はやくおねえさんになりたいの。

 かいだんをさーっとおりたいし、かんじもよめるようになりたい。のぶくんに、「のぞみ、すてきなおねえさんになったね」っていわれたいのに。


 どあをこんこんこんってしてから、のぶくんがおへやにはいってくる。

「希? ずいぶん時間かかって……」

「の、ぶくんっ」

「――こら。ママさんの口紅勝手に使ったらだめだろ?」

 のぶくんは、めっておこるふりしてわらう。でも、でも。

「ほら、もう泣かないの」

「っ、だっ、てぇ」

 あのおねえさんのくちびるは、きらきらぴんくだった。ならわたし、あかがいい。

 あかいくちべにしたら、きれいになれるんだよ。

 そうおもったのに、じょうずにぬれなかったから、めりきゅあみたいにへんしんできなかった。いーっぱいあかくぬったら、おばけみたいになって、かなしくてないちゃった。


 ぬらしたたおるで、のぶくんはめとくちをふきながらいうの。

「ほら、きれいになったよ。元通りのかわいい希だ」って。

 きりんさんみたいにせのたかいのぶくんが、ひくーくしゃがんでわたしとごっつんこする。

「希、ゆっくり大きくなりなよ。階段は俺が手を引いてあげる。漢字も、小学生になったら教えるから」

「……ほんとに?」

「ほんとだよ。ね、今日はやっぱりメリキュアにしよう。その後いっしょにアイス食べようよ」

 それは、とってもうれしいけど。

「はりうっどのじまくは?」

「それは、希がもうちょっと大きくなってからね」

「……わかった」

 のぶくんはにっこりわらうけど、それはだめのときのにっこりなの。ざんねん。でも、そのおかおもすきよ。

「のぶくん、だいすき!」

「俺も希のこと好きだよ」

 ぎゅーってしたら、のぶくんのおうちのしゃんぷーのにおいがした。


 ――あれから私は『もうちょっと大きく』なって、念願叶ってのぶくんの彼女に。

 こんこんこん、と三回ノックされるお部屋のドア。

「はーい」とお返事すれば、のぶくんが顔を覗かせた。

「希、支度出来た?」

「うん!」

 赤い口紅はまだもうちょっとおあずけだけど、今日は二人でハリウッド映画を観に行くんだ。もちろん、字幕のね。


 ********************


 55.ゆるり秋宵『ゆっくりダイヤモンド』より


 本多くんが困ってるって、分かってる。でも自分じゃどうしようもない。

「理子ちゃん、ほら、泣きやんで」

「だって……、あんな死に方するなんて……!」

 主人公の死でなにもかもを千切るようにして終わる映画。作り物だってちゃんと分かってる。なのにこんなにのめり込むなんて、子供みたいで恥ずかしい。でも、悲しくて仕方ない。そんな私に呆れたりしないで、本多君がヨシヨシって頭を撫でながら話してくれた。

「もしかしたらあいつ実は生きてて、ひっそりと幸せになってるかもしれないよ」

「――そんなのアリ?」

「大好きな彼女が泣き止んでくれるなら、大アリ」

 大真面目な顔してそんなこと云うから、思わず笑っちゃったじゃない。

 この映画の脚本家さんが聞いたら憤慨しそうなそのちんぷでミラクルなラストは、私を涙の海から掬い上げてくれた。


 ********************


 56.夏時間、君と『溝』より


 なんで弱冷房の映画館てないんだろうねえ。

 シートに座ってそう嘆く恋人は、真夏の今でさえ長袖Tシャツ+長袖のカットソー生地のカーディガン+映画館のペラペラ毛布二枚+持参のひざ掛けだ。もちろんドリンクはあつあつで。――見ているだけで熱中症になりそう。

 それだけ重装備でも観終わる頃には冷え切ってしまうその手を、私の手で包み込んであげるのが映画館に来た時の自分のお仕事だ。それよりも、灼熱の太陽の方が確実に彼を温めるんだけどね。映画館から出て靴底が溶けそうに熱いアスファルトの上で『お日様だー! あったかいね!』って云う時の、あの幸せそうな顔ったら。

 ここまでしてわざわざ自分に不向きな場所へ足を運んだ淳朗のこのけなげさと頑張りが、どうか無駄になりませんよう。なにとぞ面白い映画でありますようにと、上映五分前にこっそりお祈りしておいた。


 ********************


 57.夏時間、君と『笹の葉大臣とゆとりの五秒』より


「映画観に行かない?」

 お休みの日、ソファで読書している小関くんに持ちかけてみた。でも。

「どういう感じのですか?」

「んっと邦画でねー、」とタイトルを告げたところで、「うーん」って云われてしまった。邦画観ない人だって云ってたもんね。

「あのね、監督さんがすごい面白いの撮る人なの! あとポスターが白井ナントカっていうカメラマンが撮っててかっこいいし脚本はすっごい好きな脚本家さんなんだ!」

 私が必死に訴えても、「なるほど」って云うだけで読書が続けられちゃう。

「――二人で観に行けたら、嬉しいし倍楽しいと思ったんだけどな」

 ぽつりとそう漏らしたら、思いのほかさびしい声になった。

 途端、本をいきおいよく閉じる音と「石黒さん、どこで覚えてきたんですかそんな殺し文句」と余裕なく唸る小関君、それから何故かぎゅっと抱きすくめられる私。


 ********************


 58.ゆるり秋宵『となりにワープ』より


 何故か後輩のカップルに誘われて、お邪魔虫状態で映画を観に来てしまった。

 バカバカしいコメディを選んだのは彼女である河野。私も思いのほか楽しんだ。沈みがちだった気持ちが、いっとき浮上する程度には。


 森と喧嘩した……わけじゃない。と思う。でも。

 推薦を決めた私と、一般受験を選んだ森。頑張ってる彼氏を前にしてふらふら遊べる人間じゃないので、森に合わせて図書館で勉強したり一緒に模試を受けに行ったりしていた。

『せっかく林は時間あるんだから、好きなことしなよ。俺に遠慮しなくていいから』

 そう云われたのは、昨日の放課後。

 森といたい。でもそのわがままが森にとって邪魔なら。

『――わかった』

 硬い声で、そう云うしかなかった。

 そしてその日の夕方、どこから聞きつけてきたのか河野からお誘いのメールが来た、という訳だ。


 コメディ映画を観て、その中でもとびきりバカバカしかったシーンを挙げては、また笑って。おしゃべりが尽きなくて、映画の後に足を運んだファミレスのドリンクバーで何度もおかわりをして。

 こんなの、ちょっと久しぶり。

 楽しい。でもやっぱり、――森とも、こうやって遊びたかったな。

 遊ぶのが無理でも、一緒にいたかった。邪魔にならないように傍にいるだけで、けっこう満たされてたんだけど。

 せっかく楽しくなった気持ちが、ぺしゃんこになる。不意に、泣きたくなってしまう。

「男ってバカなんですよね」

「は? 何その突然の発言は」

 高地の唐突な語りに、河野は的確に突っ込んでくれた。それをさらっとスルーして、高地が続ける。

「男って、好きな子の前ではカッコつけたいんですよ。今までずっと並んで歩いてた子がどんどん先行っちゃって焦っても、それ必死で隠して余裕ぶったりするんです」

 ――そこまで云われたら、高地の云う『男』が誰を指しているのかが分かる。

「昨日だって、『一人で遊んでてナンパされたら困るから』って俺にメールしてきて。な?」

「そうそう! あたしには『林連れ出して、なんか気晴らしさせてやって』って教室来て頼み込みましたからね森先輩」

 なにそれ。そんなの知らない。頼んでない。

 そう、云いたいのに、頑なな心より先に、心臓が喜んでる。

「ほら、でも結局心配になっちゃって迎えに来ちゃうっていう」と高地が手を差し向けるガラスの向こう側には、バレた、って顔した森がいる。

 お釣りなしできっちりドリンク代をテーブルに置いて、「二人ともありがと!」ってお礼を告げて席を立った。店を出る。歩いてなんかいられなくて、小走りで森の元へ。

 呼吸を整えるふりで深い息を繰り返しても、心臓はうるさいくらいに高鳴ってた。


 向かい合って少し見つめ合った後、「楽しんだ?」って森が云う。男のカッコつけってやつで。

「楽しかった。でも」

 じわりと、涙が湧いてしまう。

「森が、いないから」

 さびしかった、までは云わせてもらえなかった。

「ごめん」とブレザーの腕に抱き込まれて、通り雨みたいな涙が過ぎるのをただ待った。


 ********************


 59.ゆるり秋宵『オマエって呼んで』より


「つーかアンタごときが男を語るな」

 部長時代はめちゃくちゃ怖かった林先輩が、かわいい女の子になって森先輩のとこに駆けていったのを見送ってから、そう云ってやった。

「今云うか、それ」

「云えないじゃん、さっきの先輩の前じゃ」

 林先輩は高地の『男とは』をじっと聞いてたから。

「ま、あの二人はなんだかんだ云って安泰だろ。やっとくっついたしな」

 知った風に云うコイツがなんか無性にムカつくから、テーブルの下ですねを蹴っ飛ばした。

「痛ぇな! 何すんだよ!」

「ンー? 愛情表現?」

 あたしがふざけてそう云ったのに、高地ときたらぱっと頬を染めた。かわいいじゃん。

 と思ったら。

「――映画」

「は?」

 いきなり話題捻じ曲げてごまかしたねー。 

「今度部活休みん時に、また来ようぜ」

「なんでさ」 

「今日のはデートじゃなかったから、瑠璃と二人で来たい」

 そ、そんなこと急に云われたらね、今度はこっちが顔赤くなるっつーの!

 ガラス窓に映る二人。ちゃあんとカップルに見える。実物よりもちゃんと。

 なんかそんなの負けたみたいで悔しいから、えいっと素直になってみた。

「うん、あたしも護と二人で行きたい」

「――ん」

 笑った高地は、ガラスに映ってたのよりずっとずっとずっと、甘い顔してた。


 ********************


 60.ゆるり秋宵『こわがりメモリーズ』より


「もしかして俺たち一緒に映画来んのハジメテじゃない?」

「うん、そうだね」

「で、ハジメテがこれな訳だ」

「広海君、なんか文句あるの?」

「ないよー別に」

 いいじゃない、マニアじゃなくたってね、ゾンビ映画が観たい時だってあるのよ。

 ちらりと横に座る広海君を見やれば、いつもとちがってかた―い顔をしている。

「怖いなら断ってくれてよかったのに」

「やめてよ。デートした後喧嘩もしてないってのに彼女を一人でレイトショーに行かせるなんてそっちの方が心臓に悪すぎ」

 何を想像したんだか、ぎゅっと顰め面になって。そんな理由で苦手らしいジャンルの映画に付き合ってくれるなんてね。

 眉間の皺を人差し指で伸ばす。

「ね、映画終わったら津田さんのお店いこ? お酒ごちそうするよ」

「駄目だよ、遅くなっちゃうもん。ウチ帰れなくなっちゃう」って云うけど、その顔には『離れがたい!』ってでっかく書いてある。

「そしたら私の部屋においでよ。眠る時にも、広海君が映画を思い出して怖くならないように手を繋いだまま寝てあげられるよ?」

 そう誘ったら、「お願いします」って云った直後「手を繋ぐだけじゃやだけど」って付け加えたので笑った。


 ********************


 61.夏時間、君と『チョコレートトーク/キャンディデート』より


 デートで行った映画の後、平君はすぐに私の手を引いてドーナツショップへ連れてきた。そしてダブルチョコレートとエンゼルフレンチを一つずつトレイに乗せると、レジで「チョコファッジのシェーク、それとコーヒー」と飲み物をオーダー。

 二人掛けの小さい席に座る。私の口はまだ頑なに『へ』の字を書いたまま。

「――どうせチョコ食べさせとけば機嫌が直るとか思ってるんでしょ」

 ようやく私が口を開くと、平君はコーヒーに口を付けつつ「ちょっと違うな。『チョコを食わせれば機嫌を直してくれるかわいい彼女』が正しい」と、のたまった。

「ほら」

 差し出されたドーナツの端っこに噛みつく。――こんなときでも、おいし。

 への字口は『~』みたいに緩む。心も。少しずつ。


 映画を観ている間、前の席の人がずーっとずーっとうるさかった。周りの人に注意されてもちっとも止めてくれなかった。

 せっかくのデートを台無しにされてイライラしたし、怒ってた。それをさ、こんなに簡単にチャラになっちゃう自分も嫌だったけど、平君がかわいいって思ってくれるなら、いいか。

 ドーナツ二つを食べ終わる頃にはもうすっかり元通りの私の口が、「せっかくデートだったのに、怒っててごめんね」ってようやく云えた。

「いや、俺もイライラしてたよ。だから藤田にチョコ食わせたんだし」

「?」

「機嫌のいい彼女を見たら、一発で癒された」

「!!!!!」

 うわ、顔上げらんないよ……!

 BGMを一曲聴き終わっても、私はまだシェークを飲むふりして俯いてた。


 ********************


 62.夏時間、君と『夏時間、君と』より


 賑やかな映画を観た後、なんとなく静寂が欲しくて子安君と二人で階段へ足を向けた。みんなエレベーターを使うから、人けのない階段ホールはしんとしている。

 七階から地上を目指して、ぐるぐると降りる。地上が近付くにつれて、昂ぶっていた気持ちもだんだん落ち着いてきた。

 繋いだ手を見る。手から先、半袖のシャツから伸びる腕を見る。案外しっかりとした肩や、首を見る。普段はもう覗けないつむじを見る。

 今では一〇センチ私より高い身長。普段は見上げるその人が一段先を行けば、二人の身長差が逆転した。中学の時の二人に。

「子安君」

 小さい声だったのに、響く私の声。キュッ、って音させて歩みを止めた、子安君のスニーカー。振り向いて私を見上げた顔に、自分から唇を寄せた。

 今、キスするのに理由なんて要らない。躊躇う理由もない。


 ********************


 63.夏時間、君と『夏が来たけど』より


 これまで映画に誘われることってなかった。

 誘われたとしても、あんな暗くなっちゃうようなとこで並んで座ってたら、何されるか分かんなかったし。

 ――もうくっついたから、いいかな。そう思って、阿部さんちにお泊りした翌朝「阿部さん、映画行きましょうよ」って誘ったのに。

「いいの?」

「いいから誘ってるんですけど」

 なんで、そんな戸惑いつつ挑まれてるかな私。

「ん、じゃ行こうか。でも」

 唇にうっすら浮かべた笑み。

「覚悟しとけよ」

 云うだけ云って、離れていく後姿。――って。

 なんで、ただ映画観に行きましょって誘っただけでそんな返事になるの!? 何する気なの!? 


 ********************


 64.ゆるり秋宵『「ご趣味は?」「和楽器を少々」』より


 新之助と、もう何度この映画館に来ただろう。初めて訪れたのは中一かな? ソッコーで周りにばれて、やらしーだのなんだの散々からかわれて、『は? チョーくだらないんだけど』って返り討ちにした私の横で、新之助はただ笑ってたっけ。

 それから、彼氏がいる時もいない時も、新之助とはよくここに来た。てか、あいつは私の好み知って過ぎ。『真琴、これ好きじゃない?』って持ってきた映画のチラシがはずれだったことなんて、一度もない。


 新之助への気持ちをこじらせて、お見合いなんかしちゃったんだけど相手は新之助で。つまり、二人は今『結婚を前提にお付き合いして』いて。

 でも、奴は変わらない。憎らしいくらいに穏やか。そんなとこが、好きなんだけどさ。


「ほら、始まるよ」と囁く横顔に少しだけ見惚れて、「はーい」って正面に向き直る。ベルが鳴って、暗くなる場内。

「!」

 肘掛けに置いた私の手の甲に、新之助の手が触れた。

 小さい時から知っている、バチを持つ手が、指と指の間にするりと入り込んできては撫で上げる。なんか、すごくすごく、すごーくいけないことをしているような気持ち。

 こんなの、今までされたことない。


 そうだ。関係は変わった。両思いになって、結婚もする。

 ふいに、中学の同級生に云われた『お前ら夫婦かよー』が耳の奥でよみがえる。うん、夫婦になるの。――そんな微笑ましい気持ちに浸りたいのに、新之助の手が俺のこと忘れないでと云わんばかりに爽やかとは程遠い動きをするから、昼間なのにヘンな気持ちになるじゃないの。

 不意に『やらしーの!』って云われたこと思い出して一人で照れて、いたずらをやめない手をつねった。


 ********************


 65.ゆるり秋宵『アッちゃんとも一緒』より


「デートしようよ」

 桃の部活が休みの日、そう誘ったら「うん、行く」って嬉しいお返事。

「そうだ、私チケット貰ってたんだ」って見せられた二枚は、近くのシネコンでやってる映画のだった。甘ったるそうなラブストーリーだけど、桃とみられるなら文句なんて云えねー。

「つか、あっぶなかったじゃん」

「うん、ギリギリだったね」

 くだんの映画は、なんと今日までで上映終了だった。

「もっと早くに来れればよかったんだけど」

「や、吹部あったし無理っしょ。それに、買ったチケットなら無駄にしたらもったいないけどもらったやつなら、まあ――」

 そう言いかけて桃の顔見たら、真っ赤だった。

「あのね」の声は、ブザーにかき消されそうなくらい小さかったけど、桃命の俺の耳が拾い損ねる訳もねー。

「ほんとは、あっちゃんと来たくて、私が用意してたの」

 ――――そう云うことは早く云えよ。いや、早く聞いたらなんとかできるとかそう云う事ではないけど。

 用意してた、とか。用意してたけど部活忙しかった、とか。買ったくせに買ったって云えない、とか。でも結局黙ってもいられない、とか。

「桃、かわいすぎ」

 キスするかわりにおでこをごっつんこ。桃の手をぎゅうぎゅうしたいけどそんなことしたらアッちゃん吹く時差し障るからめっちゃ堪えて、ふんわり包んだ。


ありがとうございました~!


15/12/08 一部訂正しました。

15/12/09 誤字訂正しました。

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