あなたと映画を。#3
チームhappy endsでお送りする第3弾。本日4話更新でお届けしております(でもどこから読んでも大丈夫☆)。
34.ゆるり秋宵『永嶋家的デート二景』より
かんなとみずほが小さい頃は、二人で映画を観るなんて夢のまた夢だった。子供たちが寝てからリビングでDVDを見るのが関の山。
だから、君と二人でお出かけできる今が、楽しくて嬉しい。
映画の時は、時間をずらして別々に家を出る。時間まで僕は書店巡りをして、それから約束よりだいぶ早く映画館のロビーへ辿り着いた。ソファへ腰かけ、そわそわする心を書店で買い求めた本で隠してページをめくっていると、紙面に影が差す。しのぶさんだ。服や雑貨を見ていたのだろう、待ち合わせに現れた君の手には、家を出る時にはなかったかわいい紙袋がいくつかあったから。
「待ちました?」
「いや、それほどでもないですよ」
本を閉じて立ち上がる。
何故か、こうして外で待ち合わせする時は互いを「三須さん」「永嶋さん」と呼んでいた頃に心が戻ってしまって、つい『ですます』になってしまう。そして、家が近付くにつれてだんだんに今の僕らに戻っていく。――でもまだデートは始まったばかり。
「行きましょう」と差し出した手に重ねられた手を緩く閉じ込めて、チケットカウンターへと歩き出した。
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35.クリスマスファイター!『それは今でしょ』より
そうだなあ。まず私は先生を一〇分くらい待たせちゃおう。
それでもイライラした様子を見せない先生に、「おまたせ」って余裕で笑うんだ。艶やかな唇でね。ピンクだと子供っぽいかもしれないから、真っ赤な口紅にしよう。
足元は当然ハイヒール。ワンピースは露出し過ぎない、シンプルなデザインで。フリルとかリボンとかいらない。『カワイイ』要素は排除したいから。
先生の腕にネイルで彩った指を添わせて、二人で堂々とデートしましょう。映画鑑賞なんかいいかも。
そしてその後は二人きりの部屋で――
そこで、想像の限界がきた。クッションを抱き締めて、ベッドの上でゴロゴロしちゃう。
そう、ぜーんぶ嘘で夢でねつ造で妄想で希望で未来で願望。
こんな風になれるといいなの詰め合わせ。
これを現実に出来るまで、あと一年と三か月。願望をコンプリートするには短いような、過ぎるのをただ待つには長いような。――がんばろ。
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36.如月・弥生『だいすきなひと』より
「随分懐かしいのが掛かってるんだな」
お出かけしたシネコンでは、懐かしの映画フェアを開催していた。これ好きだったんだと嬉しそうにあなたが相好を崩す。有名な作品だけど、私は観たことがない。でも、『スクリーンの妖精』と称されるその女優さんは、今でもCMなんかでよく映像を使われてるから知っている。美人で、かわいい。しかもしぐさや表情がチャーミングだ。私とは全然違う。当たり前だけど。
なのにあなたは「君と似てる」「いやむしろ君の方がかわいい」なんて云う。
「目が、どうかしてると思います」
「あいにく両方一.二だよ」
こちらの必死の切り返しもあっさりいなしてしまう、大人のあなた。
「――じゃあ、どこが似てるか、観て確かめましょう」
『今日見るの、あなたの好きなその映画にしませんか?』って云えない私。なのに、「そういうところがかわいいんだよ」なんて、私の好きな顔で笑って云わないで。――どきどきし過ぎて、映画に集中出来なくなっちゃう。
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37.如月・弥生『苦い苦いコーヒー』より
「ここ来るの、あれ以来だな」の『あれ』がいつだか、その言葉で小池さんの方も覚えていたことが分かった。
付き合う前の、映画デート(仮)。私がこぼしたポップコーンを二人でせっせと拾っている時に、ここでキスしそうになった。
「あの時はヤバかった。ほんとに、清掃の人が入ってくれて助かった」
「――私はしたかったけどな」
「駄目だろ、なあなあで始めるのは」
「でもなかなかその後ちゃんと告白してくれなかったじゃないの」
「それは悪いと思ってる」と小池さんが私の手を包む。そして、まだ灯りも落ちていないのに堂々と近付いてくる、唇。
「――人がいるよ」
「大丈夫、後ろなんか振り向かない」
一応咎めてはみたものの本当にイヤな訳じゃないから、それ以上強く拒否することなくキスを受け止めた。
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38.如月・弥生『彼だけど陸のひと』より
彼と会えずじまいでもうすぐ今月が終わる。笑っちゃうくらい、互いのお休みが合わなかったのだ。まあ、そんな月もあるさ、っていうか、実際のところそんな月とそうじゃない月、半々くらいだったりするけど。
来月はどうかな、一日くらいはお休みが合うといいな。欲を云えば週一希望。そう思いながらお休みの日、約束の映画を一人で観に行った。
会えない時、私たちは同じ映画をそれぞれ観る事にしている。双方が見終えたタイミングでメールや電話で感想を伝えあう。それで少しは楽しみを共有しようっていう試みは、予想していた以上のお楽しみになった。
仕事も性格もまるで違う二人なのに、何故か映画の趣味はびっくりするくらい近い。面白かった! も、つまんなかったねも、シェア出来るっていいね。それって素敵なことだって、彼と付き合って初めて知ったよ。
『ギャル子といかつい男のカッポーが長続きしてるだけでもミラクルなのに、会えない時に同じ映画を観る♡とかほんとなんなのお前ら早く結婚しろ』って、同期の鈴木に云われたのは、恥ずかしいから彼には内緒。
――向こうにも同じようにせっついてたと私が知るのは、指環を贈られるもう少し先の未来のことだ。
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39.夏時間、君と『お二人さん、幸せそうなの』より
「ねえねえお姉さん、俺と一緒に映画の感想語っちゃいましょーよー」
篠塚学との逢引の約束が流れ、ソロ活動での鑑賞と相成った映画。それは別段構わないとして、見知らぬ男にこうして絡まれるのは少々うざったくもある。マシンガンの如く一方的に話しかけてくるのを無視し早足でエスカレーターに乗ろうとすると、回り込んだその輩が先に乗った。進行方向とは反対向きになり両手で手すりを押さえて目の前に立ち、「寂しいくせにお高く留まってどうすんの?」と、私にニヤケ顔を近付けるが。
「すっ転んでしまえ」
「は? 何云って――うわっ!」
前を向いて乗らないからエスカレーターが一階に到着したのも気づかずに、男はそのままひっくり返った。それをヒールで踏んづけぐりぐりとスクリューの如く抉りたいのを堪え、転がったままのそれを避けて歩く。そして今まさにやってきたらしい、汗だくでいつものこじゃれた感が台無しの婚約者の元へと駆け、そのまま腕の中へと飛び込んだ。
篠塚学が息を吸ったタイミングで、こっちから「『ごめん』は云わせないぞ、もうメールで謝罪は受け取ったからな」と先に云ってやる。
「――じゃあ愛してる」
何がどう『じゃあ』なのか分からんが、謝りの言葉じゃないしまあ良しとしてやろう。
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40.クリスマスファイター!『ボナペティ』より
今日は月曜でナオさんのお店の定休日なのに、働き者のシェフはお仕事をするらしい。
なんでも、ミニシアターからの依頼で、上映中の映画に出てくる食事を再現したものを上映後のロビーに出張サービスして提供するんだそうだ。
「一日だけなんだけど、もしよかったら織枝もおいで」と誘われて、仕事を早めに切り上げて駆け付ける。
お店とは線路の反対側にあるそこにはシェフだけでなく大矢君まで来ていて、「ドーモー」っていつもどおり軽ーい挨拶をくれた。ナオさんも目で笑いかけてくれているけど、二人は準備があるようなので手を振るだけにして、中に入る。
恋愛物のせいか、女性が多いな。月曜なのに、客席はそこそこ埋まっている。折角ナオさんのお料理のケータリングがあるのに人が少なかったらもったいないと思っていたのでホッとする、けど。
上映後のロビーで忙しく立ち働く、コックコートのナオさんと、ギャルソンの大矢君。二人ともお料理について聞かれれば、丁寧に答えて、スマホを向けられてもにこやかにして(大矢君なんてピースまでして)。
もやもやする。でも、お仕事なんだし邪魔しちゃいけない。わがままで独占欲の強い自分をなんとか見せないようにして、私もお料理を戴く。
――器やカトラリーはプラスチックだけど、いつものナオさんの味にホッとする。強張っていた心は、その温かさに少しだけ緩んだ。
「ご馳走様でした」
まだまだ忙しそうな二人にそう声を掛けて、帰ろうとすると。
「織枝」
二人きりの時のような、甘さを隠さない声に思わず振り向く。お客さんに「すみません」と断って、ナオさんが私に近付いて「遅くなるかもしれないから、先に寝ていて」とひそめない声で告げた。――関係を隠す気は、さらさらないらしい。なぁんだ、って顔をする人もいれば、え、そうなんだ! って好奇心をむき出しにする人もいる。――まったく、私の扱いがうまいナオさん。
「うん、無理しないで待ってる」
私がそう伝えると、ナオさんはとびきりの笑顔を見せてくれた。
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41.クリスマスファイター!『ナツコ的通訳』より
そういえば吉野君と最近デートしてない。
と気付いて、いつものように会ったお昼、「吉野君! デートしよう!」っていきなり誘ったら、吉野君はきょとんとしながらも「ん」とお返事をしてくれた。
「どこ行きたい? 海? 遊園地? ショッピングモール?」
「ん――……」
あ、お箸持ったまま唸っちゃった。『自分はあんまり行きたくないけど、はるが行きたがってるなら行こうかな』くらいのかんじかな。
「じゃあ、映画は?」
「ん」
お、好反応。
その後も、「何観る?」「邦画? 洋画?」「ジャンルは?」「いつ行く?」等々聞きまくって、選んだのは。
――――吉野君から聞き出した筈なのに、私が観たいと思っていた作品。
いいのかな。ちゃんと吉野君、楽しめるかな。
気になって、チケットを買う列に並びながらこっそり「やっぱり他のにする?」って聞いた私に、吉野君は「いや。俺も、ちゃんと観たいから」って云ってくれた。
大ゲンカする前だったら、多分聞かせてもらえなかった「いや。」の続き。やっぱり聞けて、安心してる。
足りない言葉に迷う私はもういなくて。
それどころか、吉野君は「はるが好きだよ」って、今日も云ってくれて。
ああ、映画デートじゃなくおうちデートでDVD観てればよかったかも。そしたら、ハグしたいと思った時にすぐに出来たのに、なんてわがままなことを考えちゃったよ。
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42.ゆるり秋宵『フォルテシモ・ピアニスト』より
彼がピアノを前に、四苦八苦している。
天板の上に書きかけの五線譜を広げて、少し音符を書き足してはピアノで弾いて。
音が踊り出しては立ち止まって。
五線譜を直して、またピアノを弾いて。その繰り返し。
彼は今、映画の音楽に取り組んでいる。なんでも、クリスマスのコンサートの時に密着していたカメラマンさんから『知人が映画作るンで音楽宜しくな』って軽―く頼まれて冗談かと思っていたら、なんと本当に監督さんからオファーが来たのだそう。
コンサートツアーが控えていて色々と忙しいらしいのに、それでも彼は引き受けた。
カメラマンさんに迷惑をかけたから、って云うのもあるらしいけど、単純に「作品がすごく面白そうなんだ」って云うこと、らしい。
おかげで、しばらくデートはお預け。そのかわり彼のピアノを聞きながらお昼寝をするという世界でいちばん贅沢な時間を過ごしている私。
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43.如月・弥生『Sweeeet!』より
ユキがすんごい観たがってたけど、面白いかぁコレ。
そんな風に侮ってた映画で、思いっきり泣かされてしまった。
ああもう。自分でもヤになるほど涙がとまんない。
「いーよいーよ、ゆっくりしてこ?」
ラウンジのソファに並んで座って、ユキは年上の人みたいに私の背中をポンポンあやす。
「何でこの映画を選んだユキはケロッとしてるのに、私がこんなに泣かされてるのよ、おかしいでしょ!」
そう噛みついたって、噛みつき返したりしない、ユキは。それどころか。
「碧サンが素直だからでショ。俺は、そこまで感情移入出来ない冷たいヒトだから」と、笑った。
――私のことを優しく見てるくせに、なんで自分にはそうやって冷淡なのよ。
低くそう呟いて、いつもよりうんと近い襟元を引き寄せて。
後先考えずに、濃厚なキスをかました。
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44.如月・弥生『恋するスーヴェニール』より
彼が長い出張から帰ってきた。また疲れた顔して。またちょっと痩せて。明日はゆっくりしようねって声を掛ける前に、「飛行機でずっと寝てたから元気だから、明日出かけよう」って先手を打たれてしまった。
「――じゃあ、映画」
映画館ならゆっくり座っていられるし、もしかしたら寝かせてあげられるかも。そう思ってしっとり系の映画の名を挙げてみたら「ああ、それ面白かった」――って、もう観たの?
「え? でも今日封切りだったよ」
「機内で観た」
ああ、そういうことね。
「じゃあ他のにする?」
「いや、英語字幕だったから分かんないとこもあったし、もう一回観たい」
多分私が観たがってるって分かってる。趣味は完全に把握されてる自信がある。
だから、彼が観たい気持ちがどれだけほんとでどれだけ嘘かは分からない、けど。
釣った魚に餌をやらないの逆を行くこの人は、どれだけ私を甘やかしてくれちゃうんだろ。私は、あなたをどうしたら甘やかせるかな?
いつもいつも色んな所へ出張しては、その都度私にぴったりのお土産をくれるあなたは、今回もぶさかわいい人形と、とびきり嬉しい優しい気持ちを私にプレゼントしてくれた。
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45.如月・弥生『もうすこしがんばりましょう』より
提出した異動希望は無事に受理されて、彼はこの春から市内の他の学校へと移った。
やっぱりしばらくはバタバタしていて、それが落ち着くと改めて来た、彼からのお誘い。
――外で、手を繋いでデートしたい。
それが、彼の温めていた『やりたい事』。
同じ学校ではなくなって、彼の受け持ちだった子たちも無事に卒業して、私たちは婚約をして。だからもう、解禁でいいよね。
「うん」とお返事をしたら、彼の口角がかすかに上がった。それは嬉しい時の癖なんだけど、見ているこっちの方がもっと嬉しくなってしまう。
お休みの昼下がり、隣の市にあるシネコンへ出かけた。もちろん、手を繋いで。ちらりと隣を見上げれば、彼の口角は上がりっぱなし。――こっちも照れるじゃないの。
「わー! 先生たち、そういうことだったんだー!」
突然声を掛けられて振り向けば、少し離れたところに彼の元教え子の中学生たちが何人もいて、こちらを見てきゃあきゃあと騒いでいる。
「こら、うるさくしない!」と注意すればはぁい! といいお返事をするけど、好奇心はむき出しのままだ。――と。
彼が繋いでいた手を持ち上げて、もう片方の手で私の指環を指し示した。それから、満面の笑みでピース。
もう一度、映画館のロビーがわあっ! と彼女たちの歓声に包まれた。
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46.如月・弥生『チョコレート対決』より
立木さんのお店の定休日、二人でお出かけして映画を観て、お茶して。
お化粧を直しにお手洗いへと立って数分後席へ戻ると、彼は携帯を弄っていた。私に気付くと「悪い」とすぐにしまおうとするけど「いいですよ」と云って続けてもらう。
「妹さんにですか」
「ああ」
この人は映画を観たりおいしいご飯を食べたりするたびに『面白かった』『うまかった』と妹さんへメールするのだ。メール苦手で口も悪いくせに、案外マメな人。ちなみに本日見たのはサスペンス。ハラハラドキドキでした。
いつも全力で否定するけど、ほんっと、大好きですよね妹ちゃん。そんな嫌味を云ってしまいそうで、メールの作成が終わるまでは併設の雑貨コーナーでも冷かしていようかと腰を浮かしかけた時、「柘植」と短く呼ばれて、ぎゅっと握られた手。
相変わらず肝心なことを言葉にはしてくれないけど、そんな目をしてすがられる方がよっっっっぽど情熱的だって、わかんないのかなぁ。そう口には出来ないまま、すとんと座り直す。
ぽち、ぽちと、メールをゆっくりじっくり作る立木さん。
テーブルの上で繋がれたままの手。
私の機嫌はすっかりなおって、さっき映画を見た時よりもドキドキしていた。
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47.クリスマスファイター!『さよならの記憶、はじまりの日』より
オフシーズンにはゆっくり出来るかというと、案外そうでもない。自主トレもあるし、イベントへの参加もあるし。今日も和馬君は、野球少年と一緒に野球映画を観るイベントへと出掛けた。個性的な色柄は封印して、体格と、質の良さが際立つスーツ姿。家を出る前に『どう?』と聞かれて、『いいよ、すごくいい!』って答えたけど、彼がちょっと不満そうにしていたのが可笑しかった。普通の服にも慣れて下さい。
夕方の情報番組をつければ、さっそくイベントの様子が映ってる。ユニホーム姿の少年たちと一緒に笑う和馬君。ほら、ヘンテコなの着るよりずっとずっとかっこいいじゃないの。
――これでもうスポーツバラエティ番組で『かっこいいのに私服の趣味悪いアスリート特集』に取り上げられないといいんだけどなあ。
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48.如月・弥生『田崎と私と自動車と。』より
「田崎―、暇だよー」
「そうか、俺は忙しいから一人で遊んでてくれ」
「なんだとぅ?」
仕事の後、田崎のかわいい軽自動車に乗せられて一緒にこいつのおうちにきたというのに、田崎ときたら仕事の素案をまとめたいからってこっちを構いもしない。
「今やっときたいんだ」って云うけど、私は今構って欲しいんだよ。
かなしくなっちゃう。きもちが一方通行みたいで。
「も、いい。帰る。帰っておしゃれして一人で出かけてレイトショー観て飲んでくる」
荷物をまとめながら静かに宣言すると、田崎の動かしていたペン先がぴたりと止まる。
「じゃあ、あんたはごゆっくり」
「西川!」
「何よ」
じろりと睨みつけてやる。
「ごめん、早く持ち帰り仕事終わらせてお前のこと構い倒したくて、一人で焦ってた」
――――――なにそれ。
何か私、怒ってたのがバカみたいじゃない。
ゆっくりと近付いてくる田崎の傾ぐ体。見惚れていたらふわりと包まれる。
「映画は、明日一緒に行きたいので今日は家にいてください」
ハグしながらの懇願という合わせ技に、怒っていたはずの私は簡単に「いいよ」なんて許してしまった。
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49.如月・弥生『おでこにちゅ。』より
子どもが生まれて、また二人の関係が少し変わった。甘えたさんなあなたを、子供から手が離せなくてなかなか構ってあげられてない。それなのに。
――映画でも見て息抜きしてきたら? 甘やかし上手でもあるあなたは、仕事がお休みの今日もわたしにそう云ってくれた。
――まだ離れるのはわたしの方が不安みたい。
そう話したら、わかった。って云って、なにやらごそごそし出したあなた。こっちはちょうど、授乳したりおむつ替えたりしてて、気付かないでいたら。
「映画館気分でどうぞ」
テレビには、わたしの大好きな映画のDVDがセットされている。
ローテーブルには、ミルクの入ったアッサムティーと、お皿に山盛りのポップコーン。
「ありがとう」って笑うと「チケットもいるなら作るけど?」とあなたも笑う。いや、それはいいかな。
お昼寝タイムの子供をベビーベッドに寝かせたら、遮光カーテンを引いて灯りを消して、仮設映画館のはじまりはじまり。
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50.如月・弥生『隣じゃなく前に』より
芳郎君ちで彼のセレクトのラブくないDVDを観るのは好きだけど、二人で映画館で観ることって今までなかった。
でも今回、彼の好きなマンガがハリウッドで実写化されて、私の好きなイケメン俳優さんが出てたからそれならって観に行った。
――――観に行ったんだけど。
二時間と少しの後、館内に何とも云えない空気が満ちる。
ちょっとしょぼんとしちゃった芳郎君の背中をポンポンして、「――残念だったね」と私から声を掛けた。
「うん」
「原作でここが好きって云ってたとこ、ぜんぶ削られちゃってたね」
「うん、でも実写化って割とそういうのあるし、みゆの好きな俳優さん、カッコ良かったからよかったよ」
芳郎君てばそんな風にいいところを拾って、笑ってくれるけどさ。この人がどれだけ原作を好きで、映画を楽しみにしていたか知ってる私は余計に悔しくなる。
「もっと、チクショー金返せ! って怒ってもいいんじゃないの?」
「うん、まあこうしてみゆと一緒に観に来れたからそれでチャラかな」
そういうことを云われたらさ、婚約してるのに今さらキュンとなっちゃうじゃない。――それだけじゃすまないんだからね。
今夜も、芳郎君の膝の上によじ登っちゃうの、確定。さて、どうやって襲ってやろうかな。