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ハルショカ  作者: たむら
season1
25/59

恋せよセニョール(☆)

「ゆるり秋宵」内の「踊れセニョリータ」の二人の話です。

 一年前の自分に、『今、私と日高(ひだか)君付き合ってるんだよ』って云っても、多分これっぽっちも信じてないと思う。


 ダンスが得意、なんて言葉にしたら失礼なくらい、日高君は『踊る人』。でも当の本人は『ダンサーって呼ばれるのはもっとちゃんと踊れるようになってから』なんて云ってて、ぱっと見近寄りがたいルックスとは裏腹にすごいストイックだ。

 さすがに高三ともなると、遊んでた子たちも大抵は大人しい髪色になる。今では仲良くさせてもらっているイケてる女子の皆さん――こちらとの交流も、一年前の自分からは信じられない――も例外ではない。そんな中、進学も就職もしないと高二の時点で宣言していた日高君だけは相変わらずフリーダムだ。つんつん頭にかなり明るめな髪色も、学校に堂々とつけて来てるシルバーのわっかのピアスもかなりの腰パンも、何一つ守りに入ることなく、相変わらず生徒指導の先生とよく追いかけっこをしている。

 

 日曜、予備校に行くよりゆっくりめの時間に「じゃ、行って来るね」と母親に声を掛けて家を出た。

 久しぶりに日高君がコンテストに出る日。だから今日は予備校はお休みするって親に伝えてある。父はどう思ってるか知らないけど、母は日高君を応援しているので、今日のお出かけも快く送り出してもらえた。


 悪いこともしてねーのにこそこそ付き合うのはいやだ。日高君はそう宣言して、修学旅行から帰って来て数日も経たないうちに、私の家へ挨拶しに来てくれた。

 陰で地味子と云われ、自分でもそう思ってた私とはまるで違う世界に住んでいるような日高君の突然の訪問に、お母さんも弟もびっくりして固まっちゃった。でも、彼が玄関で野球部員ほども腰を折って、「真城(ましろ)さんとおつきあいしてます、日高です」と挨拶をしたから、印象はがらりとよくなった、みたい。

 いつも通りの髪色といでたち。なのに、きちんとあいさつに来て、さらに「こんなナリの男が、彼氏ですいません」とこちらへの気遣いも忘れない。

 そんな予想外にまっすぐな日高君に私と同じ単純族の母と弟が絆されない訳がなく、日高君はにわかに歓迎ムード一色となった我が家へと足を踏み入れたのだった。


「何かあれだよな、二人とも真城にすげー似てていきなり懐こいのな」

 興味を隠さない母の質問――二人はいつから? 何がきっかけだったの? 等々――をはぐらかすことなく答え、弟にせがまれるままポケモンバトルをしたあと、ようやく私の部屋で二人きりになった。疲れた様子は見せないで笑ってる日高君だけど。

「ごめんね、多分すごい浮かれてるの、私が彼氏を連れてきたもんだから」

「や、門前払いされたら切ねーなと思ってたけどそうじゃないし、ちゃんと俺の話聞いてくれたし嬉しかった。ありがとな」

「……こっちこそ、ありがとう」

 日高君のまっすぐな言葉と行動がなかったら、私は『初めてできた彼氏が派手な髪色とピアスでおまけにダンスもしてるって云ったら、反対されるかな』なんて、聞いてもみないで最初から隠して、こそこそお付き合いしてたかも。――そんなのって、すごく失礼だった。親にも。日高君にも。


 日高君はオレンジジュースを一息に半分も飲んで小さな折り畳みテーブルに戻してから「あー緊張した」と呟いた。

「うっそぉ」

「嘘じゃねーよ、緊張するだろフツー、彼女の家だぞ。コンテストの一〇〇倍緊張したっつうの」

 その物言いは、やっぱり弟にそっくり。思わずふふっと笑ってしまったら。

「笑うなよ」と、私の口を日高君の口が塞いだ。

 大きな手で頬を包まれると、私は自分が日高君への捧げものになったみたいな気持ちになる。

 食べられているみたい。いっそ、食べられたい。

 そんな気持ちを隠さず、キスの合間にじっと見つめれば「――バカ、そんな顔すんな」と一層激しいキスが降ってきた。

 長い時間貪られて、それでもまだまだくっつきたりないくちびるがもう一度近付くけれど、「兄ちゃーん、俺と一緒に犬の散歩行こうぜ!」って無邪気にドアを開けた弟の登場で、『もう一度』は叶わなかった。

 何事もなかったような顔して弟と階段を降りる日高君。対照的に、何事かありましたよって丸出しな私はしばらく一階に下りて行けなかった。――未だに思い出しては顔が赤くなってしまう。もう、五ヶ月も前のことなのに。


 かっつん、かっつん。

 おろしたてのヒールの靴が立てるのは、まだ聞き慣れない音。一応、高さのある靴初心者ということで、ヒール部分が細くないものだ。ふとした拍子に靴が脱げないよう、ストラップが付いているものを選んでくれたイケてる女子の皆さんに感謝。

 いつもとは違うリズムで歩くたびに、揺れる膝上丈のスカート。メロンシャーベットのような甘さのあるグリーンと白のストライプのスカートは軽い素材で、これでもかとばかりにふんだんにギャザーが寄せられている。――ゆえに、いつもと同じように歩いたり風が吹いたりするたびに、大げさなくらいスカートがふわふわするのが少し恥ずかしい、けど。

 ――スカートひらりで日高をドキドキさせてやんなよ!

 今日のコーディネートをしてくれた子に、唆されて、その気になって。でも会場近くまで来て、急に怖気付いてしまった。

 お店のウィンドウに映る自分の姿をしばし見つめる。うん、ちぐはぐなことにはなっていない。なんせ、イケてる皆さんが私の体型や足の長さまで考慮して選んでくれた逸品たちによるコーディネートだ。そこは自信を持っていい。

 ホッとして、再び歩き出す。よく考えたら今日のメインは日高君のダンスを見に行くことであって、私のミニスカートを披露することではないのに、張り切ったり不安になったりと忙しい自分がおかしくて、小さく笑った。


 コンテスト会場は昼間とはいえクラブなので緊張する。こんなとこ日高君と付き合ってなければ一生足を踏み入れなかったかも、なんて思いつつ、カウンターでジンジャーエールを受け取った。フロアの端っこのテーブルでちびちび飲みつつ、コンテストの始まりと日高君の出番を待つ。

 五組ほど眺めてからようやく登場した彼のチーム。本当はかぶりつきで見てみたいけどそこまでの勇気はなくて、座ったままで端っこ席から見ていた。

 ――自分で踊る訳じゃなくてただ見てるだけなのに、去年の修学旅行の時より緊張する。

 それは、今日披露しているダンスを作り上げていく日高君を、一番傍で見ていたから。

 選曲で悩み、振り付けで悩み、練習場所の確保で悩み、自分たちが求めているレベルまで達していないことに悩み、怪我に悩み、そうして作り上げた彼らの世界。

 どうか、ミスをしませんように。楽しく踊れますように。

 どっちの願いを優先席に座らせるか最後まで悩んで、『楽しく踊れますように』を選んだ。


 持ち時間の三分間、息を詰めて見つめていた。終わってから、ようやく苦しいことに気付いてなんども深呼吸。

 喉もカラカラになっていたからグラスに残っていた気の抜けたジンジャーエールを飲み干して、おかわりを頼みに再びカウンターへ向かう。慣れないヒールの靴のせいで、早くもかかとが痛い。私よりよっぽど高い靴を優雅に履きこなしている女の人もいるのになあと、自身もダンサーなのか、フロアの後ろの方で立ち話しているナイスバディのお姉さんを羨ましく眺めながら、二杯目のジンジャーエールをオーダーした。

 渡されたそれをこぼさないように、人にぶつからないように、気を付けながらゆっくりと元の席目指して歩き出した。その途端。

「ねえねえ、一人?」

 にこにこ顔で声を掛けてきたのは、全く知らない人。ピアスの数が、日高君より多いみたい。

「あ、いえ、連れがいます」

 日高君とは彼の出番が終わったら合流する約束だったから、嘘じゃない。でも声を掛けてきた男の人は「いやいや、さっきから見てたけど一人だったじゃん」と笑う。

 何せ、ジンジャーエールの入ったグラスを持ったままなので、ダッシュすることも出来ない。右に左にカニさん歩きをしても、すぐに前に回り込まれて心底困った。しまいには、「なにそれ逃げてるつもりなの」と噴き出されてしまう始末。

「あの、ほんと困ります」

 ダンスのBGMの爆音やら、歓声やらに負けじと声を張っても、「じゃー、連れの人が来るまで一緒にいてあげるよ」なんていなされてしまって、どうしたらいいか分からない。と。

「いらねーよ!」

 怒ったような声と同時に、後ろから腕一本で抱き込まれた。

 日高君だ……。ホッとして、思わず胸の前に回されたその腕を、グラスを持ってない方の手で触れてしまう。

 ピアスをいっぱいしてる男の人は、日高君のその激高っぷりにホールドアップして「ごめんごめん、ほんとにお連れさんいたんだね」とすぐにどこかへ行ってしまった。でも、日高君は私の左肩をぎゅっと掴んだままだった。

 そのうち、はっと気付いたように「悪い、痛かったか」と力を緩めてくれた。

「ううん、へいき。でもジュースがちょっと、床にこぼれちゃったかな」

「――悪い」

「ううん、助けてくれてありがと」

「いや、それはいいけど……」

「?」

 なにやらいいたげな語尾に、抱き込まれたまま振り仰ぐと。

 さかさに映る日高君が、おでこにごつんとおでこをぶっつけてきた。

「痛いよ!」

「痛くしてんだよバカ、ナンパなんてされやがって」

「え、あれナンパだったの」

 わあ、人生初ナンパだ、と驚いていたら大きくため息を吐かれた。もういちど、降ってきたおでこ。こんどは優しく。

「ちょっと目―はなすとこれだもんな」

「だって」

「だって何だよ」

 いいかげん、上を向き続けていてつらかった首を今度は下げると、日高君の腕にくちびるが触れた。

「……日高君にかわいいって思われたかったんだもん」

 小さい小さい言葉は、ちょうど起こった拍手の音で紛れたと思った。でも。

「いつだってそう思ってるっつうの!」

 日高君が唸るように漏らして、また肩をぎゅって掴む。それから。

「でも今日はスペシャルかわいい」と、怒ったような声で、教えてくれた。


 ナンパ避けなのか何なのか、日高君が私を離してくれる気配はない。でも、踊ってそのままだと風邪引いちゃわないかな。そう思って、「汗、拭かないと」と腕をペちぺちすると、「悪い、汗まみれで触っちまったな」とあっさり腕が離れた。惜しいことしちゃったな。

「別に、それはへいき。やじゃないし全然」

 それに、嬉しかった。

 さすがにその台詞は気恥ずかしくて、早口で告げる。でも、いつもだったら素早いレスポンスで返ってくる言葉がない。そろそろと後ろを振り向くと。

「お前は、人の気も知らないで」ととびきり苦い顔をされていた。――本当の気持ちを教えたのに。

 思わずしゅんとしてしまうと、両腕を掴んで、日高君が私の顔を覗き込んできた。

「そうじゃない、怒ってないから」と慌てて云い募る。

「じゃあ、なんで」

 ああ、こんな拗ねてるの、小さい子供みたい。そう思っても、とんがったくちびるを元に戻すタイミングなんて知らない。

 でもこのまま、へんな雰囲気でずっといるのは嫌だな。そう思ってたら、ひょいと手を攫われて「ちょっと来い」とそのまま出入り口の方へと連行された。日高君のチームの人や、知り合いが彼や私に声を掛ける。でも、その全てを「悪い、あとで」と一言で返して、とうとう重たい扉の外へ出た。その途端、さっきまでの音の洪水が嘘のように静まり返る。

 狭い階段を上がった。

 いつもは私に合わせてくれる歩幅が、今は何故か彼のペース。履きなれないヒールがつんのめってしまわぬように必死で着いて行った先は、小さな公園だった。


 やわらかい土によろめいた私を、日高君がぎゅっと抱き寄せる。踊ったままの半袖のTシャツ姿は、まだ外では早いよ。そう思いながらも、ただ抱き締められる以外のことが出来ずにいる。

「お前はもうちょっと俺を警戒しろ」

「しないよ」

「俺は男だぞ!」

「知ってるよ」

「知ってても、分かってねーよ、真城」

 静かに、諭すように話す日高君の目は、何故だか怖い。

「お前は、なんにも分かってない」

「――なら、おしえて」

「やだよ」

「なんで」

「逃げられたくない」

 その、横にふいと向けた顔が、やけに寂しげに見えた。

「逃げないよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「――じゃあ、真城から俺にキス、出来る?」

 どうやら、出来っこないと思われているみたいだ。確かに今まで自分からしたことなんて、ないけど。

 挑まれている気持ち。お花見の盛りは過ぎてしまったから、桜の木が一本だけ植わっている公園の中に酔客はいないけど、この辺りは小さなお店がぎっしりと立ち並んでいて、人通りはそれなりにある。それを見越して、私が怖気付くとでも思ったのかな。


 何が不安なの。そんな、縋るような目をして。

 いつもしてもらっているように、日高君の頬へと両手を伸ばす。びくりと軽く身じろぎされても、やめてなんてあげない。

「私、出来るよ。日高君の望むことなら、何でも」

 人殺しをしろ、だとか、盗みを働け、なんて云われたら出来ないから何でもって云うのは嘘かもしれない。でもそんなこと云わないって知ってるから。

 きっぱりと静かに宣言したのち、背伸びでゆっくりとキスをした。


 だいすきだよ。

 言葉にしても、キスを交わしても、すべては伝わっていないかも。だったら、日高君が信じるまでするだけだ。


 通りかかった人のおしゃべりが、近づいては遠ざかっていく。そのいくつかを聞いた後、不意に遠ざけられた。

「もう、いい」

 その言葉に寂しさを覚える前に、「じゅーぶん、分かった」という日高君。

「真城はバカだって、よーく分かった」と笑う顔は、ひどいこと云ってるのにやけに優しい。

「何それ」

「だってバカだろ? 頭いいくせにこんなフラフラした男から逃げようともしないでさ」

「フラフラじゃないよ、ちゃんとしてるじゃん」

 バイトをしつつ、免許を取りに行きつつ、ダンスのレッスンに通いつつ、コンテストやバトルに参加して。――忙しすぎて、デートする暇もないくらい。

「ハイハイ」

「ほんとだもん」

「ハイハイ」

「信じてよ」

 もう、いいかげんな返事ばっかり。くやしいから、頭をぽかっとぶってやった。

「ねえ、結果聞きに戻ろう?」

 大げさに痛がる日高君に手を差し伸べると、すぐにぎゅっと繋いでくれた。でも駆け足で行こうとするので、「待って待って、足痛いから!」と慌てて申告して、ゆっくり歩きにしてもらう。せっかくヒールの靴を履いて来たのに、足が痛まないようにがっこがっこと引きずるようなみっともない歩き方。イケてる女子の皆さんに見られたら『気合いが足りない!』って怒られるだろうなあ、なんて思っていたら。

「これ履け」と日高君がぽいぽいとスニーカーを脱いで私の方へと揃えた。

「え?!」

「汗かいたしデカいけど、それの方が足ラクだろ」

「――そうだけど」

 靴下の足じゃ、そろそろ日が落ちるこの時間のアスファルトは冷たいだろう。いつまでもこんなところにいないで、差し出されたスニーカーを素直に履いて、『ありがとう』って云ってクラブに戻るのが正解だって、頭では分かってるけど。 

 せっかく、かわいい靴履いて来たのになあ。名残惜しい気持ちで俯いて、ストラップのあたりを見てたら「――次のデートの時にもう一度履いて来い!」って、日高君がやけくそのように云う。でも、それが怒ってるんじゃなく照れ隠しだってことも、分かってるんだよ私。

 下を向いたままくつくつと笑ってたら、泣いていると勘違いされたみたい。慌てて「泣くなよ! なあ、似合ってたから!」とか、「そんなに俺の靴が嫌なら、おんぶにするか?」とか色々云ってくれたのが嬉しくて、なかなか顔が上げられなくて大いに困った。


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