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ハルショカ  作者: たむら
season1
22/59

寄り添って、つながって(☆)

「ゆるり秋宵」内の「よりいっそう、寄り添う」の二人の話です。

※計画的でない妊娠の描写があります。苦手な方は回避くださいませ。

「よし、こんなもんか」

 頭にタオルを巻いて、ガテン系のお兄ちゃんのような彼があらかた片付いた新居で満足そうに呟く。白いカーテンがそよぐと、午後の強い日差しが一瞬部屋に飛び込んできて、ソックスを履いていない彼の素足とジーンズを撫でた。UVケアが本格的に必要な季節になって来たなあと慄きつつ、声を掛ける。

「お疲れ様。麦茶、飲む?」

「いや、あとは荷解きだけだしビールにする。あんたも飲むだろ?」

「ううん、私はいいや」

 いつもならその誘いに二つ返事でのってくる私があっさり断ったせいか、意外そうな顔をされた。私ってそんなに飲んべに思われてたのね、と恥ずかしく思いつつ「最近ちょっと体調悪くて」と返すと、手にしていたビールとコップをテーブルに置いて早足で近付いてくる人。

 おでこにそっとあてられる手はひんやりしていて気持ちいい。

「少し熱っぽいな、大体終わってんだから無理すんなよ」

「ありがと」

 でもごめん。

 もうちょっと荷解きが済むまで、黙ってる事にする。


 互いの繁忙期がようやく終わりらしきを見せ、『籍入れる前に、もっと広いとこに引っ越すか』って云ってくれた彼の言葉が、ゴールデンウィークを過ぎた頃にようやく叶った。

 どっちの会社にもそれなりに行き易い路線で、駅からのバスも一〇分間隔で出ている。生活圏内にパン屋さんが数軒、スーパーとドラッグストアもコンビニも、一人で住んでいたところ以上にある。

 よくこんな好物件見つけてきたね、と驚く私に、彼は「不動産屋通いまくってたから」と照れ笑いした。

「あれこれこだわってたらなかなか決まんなくて、悪かったな」の『な』を聞いた時には、もうこっちから押し倒してた。だって、こだわってくれたのは、私のこだわりポイントそのものだったから。


 おいしいパン屋さんがあるといいな。一軒じゃないともっといいな。

 今のとこってスーパーとドラッグストアが遠くてねー。コンビニも、歩いて一〇分掛かるんじゃちっともコンビニエンスじゃないし。

 いくら駅から近くても、会社まで乗り継ぎが多かったらやだよねえ。

 ――そんな、『ワガママ』と切り捨てられそうな希望を、彼は余す事なく掬い上げてくれた。

「大好き」

 馬乗りになってキスの合間にそう囁くと、「いい家を探してきたからか?」なんて笑われた。

「それだけじゃないけど、それもすごく感謝してる」

「じゃあもっと俺にご褒美くれよ」

 滅多にそんな甘えた事云わない人のとんでもなく甘えた一言で、私が『なんでもしてあげる』モードになっちゃったのも、仕方がないじゃないか。

 だってやっぱりなかなか会えなかったし、会えて嬉しかったし、その上さらに嬉しくなっちゃってたし。

 その結果、今私のお腹には新しい命が宿っているのだけれど。



 新しい二人の住まいは、彼の交渉のおかげでか、ひと月分のお家賃が無料のサービスになっていた。なので、そのひと月を利用して、引越し屋さんも入れるけど洋服や細々したものは自分たちでお休みごとに運んでいた。

 元々彼は『あんたが運ぶのはこっち』と化粧品やらクッションやら、小さい箱や軽い箱ばかり渡すので妊娠の自覚がない時にもお腹に負担はかかっていない。自分一人の時にも、重たい物には手を付けていない。頑張って重たい物やかさばる物を運んじゃうと目ざとく見つけられて『何のために俺がいるんだ』って怒られるから。


 それに気付いたきっかけは引っ越しも後半戦の頃。胃腸の強い私は、余程脂っこいものでも食べない限り胸焼けなんてしない。なのに近頃は毎日のようにむかむかしていた。

 さすがにおかしいぞ、お医者さんに行かなければと思った矢先、来るはずの周期で来ていないモノに気付いた(こちらも、今まで狂った事はない)。

 いそいそとドラッグストアへ赴き、いそいそととあるスティックを買い求め、そそくさと家に帰り、トイレでその判定を待つ。――陽性。

 うわあ、と嬉しい気持ちと、あああ、とやらかした恥ずかしさが押し寄せる。だって、彼は絶対着ける派の人なのだ。それを私があの晩『いいから』と遮ったから。

 ――いい年してデキ婚とか。自分は何を云われてもいいけど、彼がそんな人だと思われるのが忍びない。

 そこまで思って、気付く。

 私、そっちしか想定してないんだなあって事。プロポーズらしきもしてもらったけれどまだちゃんと籍は入れてないから、婚前妊娠→破局コースもありえなくはない。でもあの人は絶対堕ろせなんて云わないって分かってる。それよりも、何もない今だって過保護なのに、受胎を告げたが最後、超がふたつもみっつもよっつも付くくらいのガッチガチな過保護モードが待ち受けてるとしか想像がつかない。


 という訳で、引越し中に『授かりました』宣言をしたら『そこで大人しくしていろ』と云われる事間違いないので、ばれないように、なおかつ無理してお腹に悪い影響が出る事のないように自重しながら荷物をまとめていた。

 でも引越し屋さんにお願いして互いの荷物も運びきったし、荷解きも午後の時間でほぼ終わったから明日になったら伝えようかな。

 軽い気持ちでそう思っていたのに。



「う……」

 二日酔いのような吐き気で、朝方目が覚めた。

 そのままベッドを降りて、四つん這いのままトイレに行って、籠って。――つわり来るの、早くないですか。

 洗面所で口をゆすいで、やれやれとベッドに戻ろうとすると、ベッドの上で起きて腕組みしてる人と目が合った。うわぁお。

「お、おはよ……」

 手をぴっと胸のところに上げて云うと「おはよう」と律儀にお返事をくれる。でもその声も顔も言葉の爽やかさなんてゼロじゃないかー。

 ああ、めっちゃ怒ってますね。分かってるよ……分かってますよ……。でもそっちに行かないともっと怒られるっていうのも分かるので、ずるずると足を動かす。ベッドの手前でちょこんと正座すると、「体調悪いんだろ、こっち来な」と私の寝てたとこをパフパフされた。

「うん」

 するりと忍び込んで、横になって丸まる。それだけで随分楽だ。

 ぽんぽんと、優しく背中に触れる手。怒ってるのにね。優しいんだよね。

「無理すんなって、云ったよな俺」

「云われました……」

「でも明らかにあんた体調悪すぎだろう」

「ごめん……でも、ほんとに無理してないからね?」

「じゃあなんで昨日も今日も顔色そんなに悪いんだよ」

 あああ。もっと友好的な雰囲気の中、例えば朝ごはんを食べて『トーストがいい具合に焼けたね』なんて話しながら『そういえばね』って持ちかけようと思ってたのに、台無しだ。でも仕方ない。

「あのですね」

「うん?」

「赤ちゃんが、」

『が』と口にしたところで、もうふわりと抱き込まれてた。うなじに唇が寄せられ、背中と云わず足と云わず、私より高い体温の彼がくっついてる。そんなのが全然やじゃない。

「ありがとう」と、他の人が聞いたらココロこもってないな、と思われそうな低空飛行のテンションで、でも嬉しさが滲んでいる声色で云ってくれた。

「……まだ、授かっただけだよ」

「それでも、そう云いたいから」

「怒らないの?」

「何で怒る?」

「だって、……あなたにとっては予想外の妊娠、でしょう」

「なんも考えないで指環を贈った訳じゃないし、なんも考えないであの晩した訳じゃないよ。ちゃんと考えてる。そういう事も」

「……ありがとう」

「なんの」

 彼はそのまま祈りのように、おでこをずーっと私の後頭部につけてた。私が「ごめん、またトイレ……」と云うまで。


 トイレからよろよろと出てくると、彼はTO DOリストを作成してた。

「まず病院行くだろ、それと体調見ながら双方の親に挨拶、てかうちは今電話で済ませたからいい、その後入籍と各種変更手続きな、俺も有給使って手伝うから。結婚式はもう少し体調落ち着いてからだな。こっちが調べておくから動くなよ」とてきぱき今後の予定を指示してきた。

 ああ、予想通り。私がぼーっとした頭で、もう常と変わらずに冷静な顔を見つめていると、なんだか恥ずかしげに顔を背けられた。

「――こうでもしてないと、落ち着かないんだよ」と手で隠された赤い頬。わ、かわいいの。そう思ったのがばれたのかじろりと睨まれる。

「いいか、トイレ行く以外動くなよ。今日はそのままそこにいろよ!」と私をベッドに押し込んだ後、Tシャツとジーンズに着替えた彼はお財布と携帯だけ持って玄関へと向かう。

「何か食えそうなもの買って来るけど、何が欲しい?」

「さっぱりしたもの。レモンのシャーベットとか」

「分かった」

 パタンと閉まるドアと遠ざかる足音。

 ううん、やっぱり、過保護だ。

 お布団にくるまりながらニヤつく頬をおさえて、彼の帰りを待った。


「ただいま」

 そう云って彼はベッドの前のローテーブルにずらりと戦利品を並べてきた。

 ペリエ(レモンフレーバーとライムフレーバー)。レモンシャーベット。うどん。ポン酢。クラッカー。サラダに、ドレッシング。お豆腐。はちみつレモン。ヨーグルト。プチトマト。グレープフルーツ。――多分、『つわり』『さっぱりしたもの』で検索して出てきたものを片っ端から買って来てくれたんだろうなあ。

「何から食う?」

「それよりもとりあえず」

 ありがと、と寄せた頬にキスをした。


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