表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルショカ  作者: たむら
season1
13/59

眩しがり屋と、その対策(☆)

「夏時間、君と」内の「クールビズと、その功罪」の二人の話です。

 ひっさしぶりに、北条と昼デートすることになった。

 お休みの日にどっちかの家に行くことはあるし仕事帰りにレストランへ連れ立つこともあったけど、北条の運転する車でどこか出かけるのって、何ヶ月ぶりだろう。


 あのホスト寄りなイケメンにも、大分免疫がついた。無駄にキラキラしてるな、とは思うものの、苦手意識は以前ほどじゃない(あくまで当社比)。

 私と北条が付き合うってなった時、同僚たちは男も女も『いいの捉まえたよね』と口を揃えた。みんなの云う『いいの』は顔だけじゃなくてむしろ中身だって知ってる。

 ――もっともっとあの顔に慣れて、ゴージャスな笑顔を至近距離で向けられても『げっ』て呟いて無駄に北条を悲しませないようになりたい。

 そう話すと人には笑われるけど、なかなか切実な問題だ。『なんで苦手なの?』って、そんなの私が聞きたい。だいぶ慣れてはきたとは云っても、やっぱり苦手なものは苦手だ。足の生えてない生き物が苦手な人に蛇やミミズを愛せと云ってもムリなのと同じ。って会社で最近仲良くしてくれている原田(はらだ)さん、同期の(かつら)ちゃんとの女子会でそうぶっちゃけたら、「さすがに蛇とミミズと恋人を同列に語るのはかわいそう」と原田さんに窘められた。

 杏露酒のソーダ割りを飲みつつ、「でも苦手なんですもん。あいつに笑顔を向けられると いつもの私でいられなくなるし」とこぼすと、二人は何か言いたげな顔で互いを見合わせていた。


 自分にはもったいないくらいの彼氏だと思う。 

 約束とか時間とか、きっちり守るし。ほんとに、二股じゃなかったし。大事にされてるって、面映ゆいけど分かってる。

 だからこっちからも笑顔を返すとかしたいのに、何で出来ないんだ私。



 約束の時間に『着いたよ』ってメールが届いて、玄関で待機してた私は靴を履いて、いそいそとアパートの階段を降りる。と。

 ――――げっっ!

 思わず、足が止まる。これは久々な横綱級の『げっ』だ。


 黒の乗用車の前で佇む北条。腕を捲った白いシャツは好物だからいい、カーキ色のチノパンもいい感じに馴染んでる。だけど似合いすぎてるレイバンのサングラスで、首から下の爽やかさが台無しだ。


 私が歩き途中で固まったのを北条が気付いて、向こうから「おはよ」って声掛けてくれた。サングラスを外して、胸元のポケットに差すとようやく見慣れたホスト顔とご対面。

「おはよ」

 そう返すと、じっと見つめられてしまう。査定されてるみたいで落ち着かない何秒かの後、「ん、」と満足げに呟いた北条に、バッグを持ってない方の手をするりと繋がれて車へと歩く。

「なによ」

 そんな訳ないのに、手から動悸が伝わってしまいそうな気がした。笑われたくなくて、ついいつもの憎まれ口を叩いてしまう。デートなのに。

 北条は私の安っぽい挑発には乗らずに、前を向いたまま「いつもかわいいけど今日もかわいい」と口にして、私をますます挙動不審な人にさせた。顔、赤い。絶対赤い。見られたくなくて思わず急加速しても北条の長い足はもたつくことなくついて来るから、私の手は離されずに済んだ。俯きながら歩いていたせいで、鮮やかなボタニカル柄のワンピースが目に入る。

「か、かわいいでしょこのワンピース一目ぼれして買っちゃったの、私らしくないかもって思ったんだけどでも」

岡野(おかの)

 どこまでも続いてしまいそうな言い訳トークを指先ひとつでさらっと止めて(ついでに競歩のようなスピードで歩いていたのも、繋いだ手を引いて止めて)、北条は私と向かい合った。

 じっと見つめられることに、いつまでも慣れない。

 視線を逸らそうとしてもそれを許してもらえずに、自分よりはるかに整った造作の人と道端で見つめ合うの刑。

 ――ほんと、綺麗だなあ。

 苦手だけどね、嫌いな訳じゃない。

 ただ、どうしたらいいか分からなくなるの。頭が真っ白になって、どっどっどっどと心臓の音がものすごいことになって、手が震えて。

 いつもの私でいられなくなる。だから苦手。


 北条は指先についたグロスを少し眺めて、それから指の背で私の頬をそっと撫でた。珍しく、大ぶりのイヤリングで飾った耳元も。くすぐったい。

「かわいいよ。似合ってる。それに、今日のためにいろいろ考えた岡野がかわいい」

「――――――――――――――――――――――ありがとう」

 褒められたら否定しないでお礼を云って、と付き合ってすぐに云われたとおりにした。

 ただ、お礼を云う前に『何云ってくれちゃってんのよまったくもうほんとにっ!』って思ってたせいで発生した沈黙さえもお見通しみたいで、とびきりキラキラな笑顔で吹き出される。その脇腹に手加減したパンチを無言で入れて、先に車まで歩いてやった。

 シートベルトを付ける。芳香剤は置いてないこの車の匂いを嗅ぐとホッとしている自分がいるのが不思議。遅れて北条も乗り込んで、ハイブリット車は静かに動き出した。

 車って好きだよ。だって、乗っている時は誰も北条のことを見ない。人の目を気にせずに二人でいられる。

 甘やかなきもちが、私から滲み出て車内を満たす。いつもは逸らすか、睨むように見るのがせいぜいなのに、ぎこちないながらも笑いかけることだって出来る。

 ――どこへ行くの、と問う為に運転席を見ると、北条はさっき外していたレイバンをしっかりと装着していて、さながら安っぽいハリウッド俳優のような雰囲気だ。

「ど、どしたのそれ……」

 私が何とかそう切り出すと、「ああ」と北条は手の中でハンドルを滑らせながら右折した。

「俺、目の色が薄いせいかまぶしいのに弱くて。この時期、紫外線の強い日は涙が止まらなくなるんだ」

「あ、そうなんだ」

 そんな理由じゃ外してなんて云えないな。そう思っていたら、にやりと笑われた。

「どうせコレしてんの見て『げっ』って思ったんだろ?」

「――思った」

 私がしぶしぶ認めると、「素直でよろしい」なんて云われてしまう。

 どうして、怒んないの。どうしてそんなに余裕なの。ずるい。 

 八つ当たりな気持ちで黙り込んでいたら、信号待ちのタイミングで北条がオーディオに手を伸ばす。かけてくれた音楽は私の好きな北欧のミュージシャンの曲で、それを一曲しっかり聴き切ってから「似合ってるよ。うさんくさいけど」とようやく口にすると、北条はサングラスをしたキザい人のまま「サンキュ」と笑った。


 連れて行かれたのは水族館。なるほどここなら薄暗いから目に優しくてサングラス要らずだ。レイバンを外して再び現れたバサバサ睫毛とキラキラおめめにホッとするなんて、初めてかもしれない。

 しかも展示を見るということは、北条はこっちを見ないってことで、それならいつもよりドキドキしないで済む。

 薄暗闇の中、青い光をぼんやり纏った、私の好きな男。

 高い鼻。綺麗な輪郭。悠々と泳ぐウミガメを目で追って、「でかいな」と呟く声。

 ガラスに置いた手。私の手を繋いでる手。

 ――らっこやお魚の泳ぐ姿も堪能したけど、それよりもこっそりと北条を見ていた方が長かったかもしれない。

 それからお昼を食べたり、お土産を見たり。外で見られるイルカのショーは、「眩しくない季節にまた観に来よう」と少し先のお楽しみになって、夕方にはそこを出た。


 帰りの高速道、遮るもののない海の上の道で北条の走らせる車は風で時折横に煽られる。少し怖い。でも「大丈夫」と北条の声を聞けば本当に大丈夫に思えてしまう。

 そんな、全幅の信頼を寄せるほど、誰かを好きになったことなんてなかった。――いつの間に、気持ちは大きく育っちゃったんだろう。



「どうだった? デート」

 職場のみんなへのお土産として買ってきたクッキーを休憩時間に自分もつまんでいたら、桂ちゃんがココアの入ったマグ片手に私の机にやってきた。

「楽しかったよ。あ、でも北条がチャラ男みたいだった」

「なにそれ」

 レイバンサングラス事件を話すと、「それは……ものすごく似合うだろうね……」って桂ちゃん、笑いが隠し切れてないんですけど。

 ネタにされてる当の本人は、ホワイトボードの予定表によると外回り中。昨日と打って変わって今日は雨だから、眩しくなくてよかったねと思う。梅雨なんてじめじめして嫌いだったけど、北条が過ごしやすいならいい。

「岡野ちゃん、変わったなあ」

 その声に、いつの間にか一人でボーっとしていたと気付かされた。

「うわ、ごめんね! せっかく二人でしゃべってたのに」

「んーん、それはいいんだけどさ。――今もしかして、北条君のこと考えてた?」

 にやりと人の悪い笑みで問われて、違うよって云う前に顔が素直に反応した。

「わあ、真っ赤っかだ」

「云わないでー!」

 慌てて、シャチのイラストが描かれたクッキーの箱の上蓋を顔に翳した。

「もう、北条関係はなんかまだ駄目なんだよ。早く大丈夫になりたいのに、未だに落ち着かないし」

「んー、別にいいんじゃない?」

「え」

「あ、これサクサクでおいしい」

 桂ちゃんがクッキーを食べ終わるまで、少しだけ待った。頬の赤みが引いてから蓋を下ろすと、桂ちゃんはなぜか苦笑している。

「岡野ちゃんに早々に落ち着かれちゃったら、その方が北条君はいやなんじゃないの」

 そう云われて、私が慌ててるといつも北条は笑ってたのを思い出した。余裕かましててむかつくと思ってたけどそうなんじゃなく、あれはもしかして喜んでたのかな。

 桂ちゃんは手の中でマグカップを揺らす。

「この間もさ、北条君に笑顔を向けられるといつもの自分でいられなくなるから苦手って云ってたけど、あれも要は顔が苦手なんじゃなくて、」

 ――ちゃんと恋してるから、いつもと違っちゃうんだと思うよ。

 『気ぃ遣いの桂ちゃん』で有名な彼女が、そこだけ周囲に聞こえないように声を落としてくれた。


 苦手じゃなくて、好きだから。

 そう云ってもらえて、気持ちがふわっと楽になる。桂ちゃんの言葉は、私が自分で厳重に掛けていた『苦手』という名の鍵を外してくれて、だから現金な私の気持ちは自由にどこまでもふくらんだ。知らずに、運ぶ足が軽やかになってる。

 早く会いたい。今朝まで一緒にいたのにもう会いたい。

 会社だから『北条さん』と『岡野さん』以上の接触はない。それでも。

 ちん、と音がして空いたエレベーターから出てくる人達の中から、すぐにその存在を見つけ出してしまう。駆け寄りたいのを我慢してたら、胸の奥に暖かい気持ちが広がって、なのに何故だか泣きたくなった。

 ――仕事場で、こんなのは駄目だ。

 これ以上いても仕事が手につかないって分かったから、とりあえずひと段落なとこまで仕上げて残業を切り上げる算段をしていたら、ゴージャスなあいつが腕捲りしながらやってきた。やめろ、ドキドキがさらに倍増する。無視する態で、ディスプレイに向き合った。キーボードを打つ手が乱れ気味なのを、見抜かれないといいなと思いながら。

「お疲れ」

「……お疲れさま」

「やー、外蒸してて暑っちいわ」

「雨は?」

「まだ降ってないけど、もう上がり?」

「うん、そろそろフィットネス行かなきゃ。ずっとさぼってたし」

 ファイルを保存しながら云うと、「ふうん?」って何やら面白がってる声が聞こえてくる。

「岡野」

「な……」

 なに、と云いかけた言葉は、すぐ後ろから囁かれたことで立ち消えた。馴染んだ香りに心は緩み、反対に心臓はどきどきしてしまう。

「お前ほんと嘘下手。フィットネスはまた今度にしてここで待ってて。俺も片付けて上がるから」

 会社のすぐ近くのコーヒーショップのチケットを無造作に束で渡されてこっちがあたふたしている間に、自席に戻る北条。

 ――わざわざ返しに行くのも何だかムキになってるみたいだし、それに、ここのアイスコーヒーしばらく飲んでなかったし……。

 いろいろ言い訳しながら、結局はそこへ足を運んだ。


 北条が現れたのは、私がオーダーしてから約三〇分後。

 あいつと待ち合わせ、という本来の目的をすっかり失念して推理小説に没頭していた私は、また耳元で「おまたせ」と囁かれて面白いくらいにびくっとする。至近距離で『いたずら成功!』と言いたげな男の鼻先にチケットの束を差し出して、「バカなことしないの。――これありがと」と渡した。

「ん、俺も頼んで来るわ」

「うん」

 その、シャツの後ろ姿を見送る。いいなあ。やっぱり、好き。

 それだけだと、思ってた。シャツの腕はとてもいいけれど、どうにも奴の外見を受け入れられずに困っているのだと。

 未だに手放しで受け入れきってはないと思うけど(サングラスに『げっ』って思っちゃったし)、でも私も、ようやくあいつの気持ちに並んだから。

 北条がアイスコーヒーの乗ったトレイを手にこちらへ歩いてくる。黒いベストでも着てたらサマになりそう。主に夜のお店の雰囲気的な意味合いで。

 あんなに私を悩ませていた、女性から奴に注がれる視線がもう気にならない。だって私はあいつの彼女で、私たちはちゃんと好きあってるもん。そう胸を張りたいのに、やっぱり本人を目の前にするとどぎまぎして、微妙に視線を逸らしてしまう。それを不快に思われないといいな、なんて自分は一体どこの星の乙女だ。

 ずずずっとお行儀悪くストローを鳴らして飲み終えると、北条もあっという間にアイスコーヒーを飲み干して「出るよ」と私の手を取り立ち上がった。

「え、どっか行くの?」

「俺ん家」

 そう短く告げると細長い店内をするりと抜けて、うまいこと捕まえたタクシーに乗り込み住所を告げる。

「え?」

 流れるような一連のアクションについていけず、私が反応したのは車が走り出してからだった。

「何か今日おもろいなお前」

「人で遊ぶな!」

「遊んでるつもりはないんだけどなあ」

 そう云いながらずっと口元は笑ってる。

 ぼーっと見惚れていたら、「……ほんとに、どうした?」と心配されてしまった。

「いや別に」

「嘘だね」

「……別に何もないってことにしといてよ」

「嫌だね」

「……」

「岡野」

 人の名を呼ぶや否やぐっと接近されて、その圧力に堪えきれず「じ、尋問なら部屋で!」と口走ると、してやったりな顔をされた。

「云ったな。じゃあ、お望み通りそうしてやるよ」 

 タクシーの中では尋問をしないでもらう代わりに、後で必ず挙動不審の真実を告げることになってしまった。


 目的地に到着すると、再び当たり前のように手を繋がれて、嬉しくて恥ずかしくてどうしようもない。北条は、とこっそりその表情を伺うと、今にも鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌だ。――人の気も知らないで。

 すぐに始まると思ってた尋問は、こちらの予想を裏切ってなかなか始まらなかった。北条が手早くご飯を作ってくれたり、それを食べたり、私がお皿を洗ったり。結局普通のいつもの私たち。なんだか拍子抜けだ。

 もしかして忘れたかな、なんてちょろい考えが通用する相手な訳なかったと思い知らされたのは、よく冷えた麦茶を出された時だった。

「それで?」

 ああこの感じ、去年の夏を思い出すなあ。思わず遠い目をしてしまう。

「岡野、聞こえないふりしない」

「してません」

「じゃ、教えてよ」

「黙秘します」

 だってなんて云うのよ、あんたのことが好きですだなんて、今更どうやって伝えるの?

 付き合う時は向こうから云ってくれて、結局私が告げたのは『嫌いじゃない』だけ。

 云ったら喜ぶの、分かってる。でもその前にこっちの心臓がどうにかなりそうだ。

 そんな、自分のことでいっぱいいっぱいのとこに、北条は容赦なくつけこんでくる。

「こっち、見て」

「む、むり」

「見―て」

 至近距離でのキラキラは心臓に悪いから、目を背けようとしたら両手で顔を固定された。

 思わずギュッと目をつぶればキスを見舞われた。短いの。長いの。

 向こうの唇と舌が離れるのと同時に恐る恐る目を開けると、北条が嬉しそうに私を見ていたので、ものすごい勢いで横を向いてしまった。私の態度は不審だしよくない筈なのに、どうしてキラキラが倍増してるかな。

「岡野」

「――なに?」

「俺の顔に、慣れたな」

「!――なっ」

 なんでそれをときちんと発する前に、ぎゅうと抱き込まれた。あ、北条のおうちの服の匂い。すり、と頭を猫のように北条の胸に擦りつけたら、優しく撫でられた。

「けっこうね、付き合ってからも俺の顔見ると体固まっちゃうことあったんだけど、だんだんソレなくなってきてる。かわりに、顔赤くなったり今みたいにそっぽ向いたりし始めたけど、そのくせ俺に懐いてるもんだから」

「――だから、何よ」

 ああ、まただ。素直じゃない。かわいくない。

「それがどれだけかわいいかって」

「!!!」

 か、わいい……の? こんななのに? 思わず見上げて、ゴージャスすぎる笑顔を間近で見る羽目になった。慌てて、また北条の胸元に目を戻してしまう。

「俺のホスト顔が苦手だって思ってて、それを悪いだなんて引け目感じてくれちゃって、なおかつ克服してくれてさ、その上俺を好きだ! って丸わかりの態度してたら、そりゃあもうかわいくて仕方ないでしょう」

 そんな風に、人の頭の上に顎乗せて、胡坐の中で囲われて、ぎゅうっと抱き締められたら、北条の体の熱さも心臓がどきどきいってるのも伝わってくる。だから、また人のことからかって! なんてもう思えない――思わない。

 北条は私のこと急かさなかった。げって顔してもムッとしないでいてくれた。

 たくさん優しくしてくれたし、よくない態度すらかわいいと云ってくれた。

「で? 『俺のこと好きすぎて挙動不審』っていう俺の見立てはあってるかどうか、いいかげん白状しな」

 口調は変わらずに優しいけど、もうこのままで見過ごさない、という宣言。

 一〇代の引っ込み思案な女の子じゃないし、付き合ってる相手に云うだけなのに、色んな気持ちがせめぎあってて言葉じゃないものが今にも目からぽろっと零れ落ちそう。


 北条みたいに、微笑みを湛えつつじっと見つめて伝える、なんてレベルが高すぎてまだ無理。だから、Tシャツにすがり付いたまま「見立て、あってる。――すき、だよ」ってちいさくちいさく、伝えた。

 それに対しての返事が来なくて、また見たらスペシャルにゴージャスな笑顔なんだろうな、って思いつつ北条を見上げると。

 そこには、真っ赤な顔を手で覆い隠してる彼氏がいた。

 うわ、これはかわいい。

 目を逸らす北条と、それを追いかける私という図は、いつもの逆。――さっきの北条が私に意地悪した気持ちが、ちょっとだけ分かってしまった。

 調子に乗って引きどころを忘れてついやりすぎていたら、「ああ、もう!」って潔く押し倒されて、自分のすぐ上にある北条の、焦ったような困ったような顔。

「お前ねえ、せっかくこっちが『今日はまだ週初めだからご飯だけで帰そう』って思ってたのに」

 もう無理だから、って声は、熱い息とともに肌の上へ落ちてきた。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4804ce/29/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ