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ハルショカ  作者: たむら
season1
12/59

脛に傷痕、膝にあざ

会社員×会社員

 小さい頃、女の子らしさからかけ離れていた私は、大胆なケガをたくさんした。

 近所の犬にしつこく手を出して噛まれた手。

 割れたガラスで切った太もも。

 転びまくってた膝。

 やけどの痕に、縫った痕。


 身体に点在するそれらを眺めてため息を吐くような性格ならそもそもここまで無造作に傷を増やさなかっただろうけど、残念ながら私は『これも成長の記録!』くらいにしか考えていなかった。

 鉄砲玉でそそっかしいのは大人になっても変わらずに、だから私は今でもよく青あざやケガをこさえる。


 彼と親しくなったのも、それがきっかけだった。



 会社の制服のスカートは膝がギリギリ隠れる丈で、少しフレアが入っているきれいなラインなのがお気に入り。裾さばきがよくスリット入りのタイトより歩きやすいからと、大きめのストライドでいつものようにのしのし歩いていたら、四月から支社(ここ)に異動してきた同期の香月(かづき)が私の膝のあたりを凝視していた。

 ――会社だから柄入りじゃなく普通のストッキング履いてるのに、なんだ? 見つめられる程の美脚の持ち主でもないんだけど、と本気ですっとぼけて、そして思い出す。

 歩きに合わせて揺れてたスカートからちらりとのぞくのは、先週会社のキャビネットの角にぶつけて出来た、治りかけの黄色く変色したあざ。さらに、昨日同じところを同じ場所にぶつけて、黄色の上に一回り小さく広がる鮮やかな赤紫色の新しいあざがあるんだった。

「――見た?」と恐る恐る聞くと、やけに難しい顔した香月が「うん、ごめん、見た」と素直に認めた。

 別に自分がこんなんなのは、隠してない。でもさすがにちょっと恥ずかしいなあと思っていたら、大真面目な顔で「それ、彼氏にやられたの?」なんて見当違いな心配をされてしまい、堪える余裕もなく噴いた。

「――その反応は違うってことだな」

 心配してくれたのにいつまでも笑ってるのは失礼だと思って、頑張って声を殺してたら腹筋に来た。痛むおなかを抱え、こくこくと頷く。

「ならいいけど。せっかく『彼氏にやられてたとして、そんなのとは別れた方がいいんじゃないかって俺が田代(たしろ)に云うのは踏み込みすぎか』とか心配したのがあほらしいな」と言い捨てて、「じゃ、お大事に」とさっさと歩いて行った。

 それを見送ってたら、笑いの発作も徐々に落ち着いた。

 なんだ。あんまり接点なくて知らなかったけど、いい奴じゃん。

 発作が去った後も、私の顔はなぜか笑ってた。そしたら会議から戻ってきた先輩に「田代ちゃん何ニヤニヤしてんの?」なんて云われてしまった。


 それから、私がアイロンでやけどしたり、包丁で爪を削いだりすると、奴は目ざとくみつけて「今度はどうした」とその都度聞いてきた。別に隠す理由もないので「熱したアイロンの先でつついた」とか「キャベツの千切りしてたら勢いで爪までさっくりいった」と申告すると、自分がしたみたいに痛そうな顔をする。

「気を付けろよ」

「気を付けてるよ」

「もっと気を付けろよ」

「いや、それは無理だし」

 心配なんてされ慣れてなくて――これ位でいちいち心配してたら、私の親は何回も胃に穴が開いてる――、「大丈夫! 心配ご無用!」と、この日もいつものように話を切り上げてまた威勢よく歩こうとしていたら。

 かく、とハイヒールを履いてた右足が外側によろけた。かわいくて一目ぼれした七センチヒールは女らしさを強調するようにヒールが細くて、不安定になりやすい。でも今回のは捻挫はしないなと何度も『ヒールかっくん』をやり慣れてる私はそう判断した。

 未だ慣れてくれない彼は、多分そうは判断しなかった。

「あそこまで歩けるか?」

 ほんの何メートルか先にある、四角い背もたれナシのソファが群集している一角を示されたので「余裕」って云ったら一瞬すごい顰め面された。

「右足に力掛けんなよ」と釘を刺され、歩く。肩を支えられ、というよりは軽く浮いた状態に持ち上げられ、力の掛けようがないのに。

「座って」

 腰掛けると、彼は躊躇なく私の前に片膝を付いた。そして、「ちょっと脱がすぞ」と右手でかかとを後ろから支えながらヒールの靴をそろそろと脱がせ、「ゆっくり回す。痛かったら痛いって云って」と一声かけてから、脱がせた靴をそっと床に置いた左手が、今度はストッキングに包まれた指先を持ち、支えられたかかとと足首を支点にしてくるりと円を描いた。ゆっくりと、右に、左に。

「痛くないか」

「……へいき」

「平気かどうかは聞いてない。痛いのか、痛くないのか」

「痛くない」

「ん」

 男の両手で持たれた私の足は、やけに小さく弱弱しい生き物に見える。実際は幅広の二四センチなのに。

 これ位は日常茶飯事と云ってもいい。なのに、すごく大げさにされて、居心地の悪さよりもなんだかむず痒い気持ちになる。

「今は痛くなくても後で来るかもしれないからな」

 そう云うと、再び靴を手に取り、また焦れるようなスピードで私に靴を履かせてくれた。

「大丈夫。ちょっと痛いくらいは痛いに入らないから」

「よく分かんないけど、とにかく無理はすんな」

「了解」

 香月は私が痛がってないのを確認してから、さっさと部署に歩いて行った。

 こんな風に奴を見送るのは二回目だな。

 手放すのが妙に名残惜しい気持ちで、お見送りをしたのだけれど。


「今日は、どうした?」

「――まだどっこもケガ、してないんですけど」

「ほう、じゃあ油断して夕方頃には何か傷を拵えるって訳か」

「決めつけるな!」

 向こうが暇なのか面倒見がいいのか放っておくと寝覚めが悪いのかさっぱり分かんないけど、奴による私の傷チェックはそれからも続き、気付けば日課になってしまった。

 あいつはわざわざ自分の部署に行く前に私のところへと立ち寄り、そしてじっと精査するように頭の先からつま先までをじろじろ見る。意地悪なお姑さんか君は。

 そして、ささくれがひどければハンドクリームとばんそうこう、口内炎が出来ていると申告すればビタミン剤を翌日私にくれるのだ。

「なんでしょうこれ、私いざという時あんたの手下として協力するように賄賂受け取ってるの図?」

「――素直に『ラッキー、貰っちゃった♪』って思っとけよそこは」

「何その頭の悪そうな女みたいな口調」

「へえ、お前頭悪いのか」

「コラー!」

 人を五分間散々からかって、そのくせ時間になれば壁掛けの電波時計より正確に切り上げていく嫌な奴。

「ま、いいけどケガすんなよ」なんて余計なひと言まで落としていきやがってまったく。――おかげで、朝の五分の後、いつも部署の皆様に生暖かい目で見られているじゃないか。 

 にこにこというかニヤニヤな先輩が、私に書類を渡しつつ「よかったねえ田代ちゃん」なんて云うし。

「どこがですか」

「ほら、こういっちゃなんだけど飛びぬけて優秀って訳でもないし街を歩けば誰もが振り向くほどの美人な訳でもなくしょっちゅうケガしてる田代ちゃんを、ちゃあんと気にかけてくれる人がいるんだねえ」

「――なんかひどく貶されているようですが泣いてもいいですかね」

「仕事上がってからね」

「鬼!」

 荒ぶりつつ仕事に精を出した。でも、キーボードを破壊せんばかりに入力しているうちに、『そうか私は気にかけてもらえてたのか』ってようやく気が付いた。

 体調管理と健康観察。ケガを見つければケアして、一緒に出掛ければ――そう、最近ではご飯を食べに行ったりもしてる――私に注意喚起をして。ただうるさい奴だと思ってたけど、だからあいつといる時、私はケガをしないで済んでいるのか。


「ありがとね」

「――何だ急にキモチワルイな」

 二人で仕事上がりに飲みに行った時にお礼を伝えたら、ビールに苺シロップいれたのを飲んじゃったみたいな顔をされた。

「私、あんたの気持ち全然分かってなくて……」

 私が珍しく殊勝な気持ちで小さく申告すると、香月は一瞬息を飲んで、それから嘘っぽい笑顔をこさえた。

「今も、全部分かってる訳じゃないんだろうなあ、うん分かってますよ」

 そう云って、いささか乱暴にビールを飲み干す。

「分かってるよ! あんたがいてくれるから私、前より全然ケガしないで済んでるってこと!」

 以前なら側溝の蓋にヒールを引っ掛けたりガツガツ歩いて何もないところでこけたりしていたんだけど、側溝があれば『あんたはこっち』とアスファルトの方を歩くように云われるし、ガツガツ歩こうとすれば『落ち着け』とスピードを緩められて。

 ――それが奴の気配りだと分かったのは、今朝先輩に『気にかけてもらってる』と云われてからだからかなり遅かったとは思うけど、遅いながらもせっかくお礼を述べたのに、こいつときたら今度は口にしたビールが酷く苦いような顔をする。

「ほら、分かってない」

「はい?」

「分かったら、あちこちにぶつかりながら逃げちゃいそうだから、いい、分かんないままで」

「なにそれむかつくー」

「おう、むかついてろー」

 なにさ、どいつもこいつも人のこと残念扱いして。

 憤慨しながらもりもり枝豆を食べてたら「食いすぎ」って、香月はようやくいつもの顔で笑った。



「あんたさあ、別にいつもいつも私に付き合ってくれなくていいんだからね?」

 朝の五分でその日やその週の大まかな予定を聞きだされて、互いの都合が合えば仕事帰りにご飯食べたりお酒飲んだりするようになって、随分経つ。今では週三くらいのペースだ。私はいいけどね、あっちが少しいつも大目にお会計を持ってくれるし、おしゃべりするの、楽しいし。

 でも周りは付き合ってもない男女が頻繁に連れ立つのをよしとしないみたいで、今日はとうとう他の部署の女子に『香月さんのこと、あんまり振り回さないでください』って釘を刺されてしまった。

『じゃああなたが振り回してみたら?』なんて嫌味くさい口ぶりで応対したら、なんかもじょもじょ云いながら消えていったけど、確かに彼女の云うことも一理ある。そう思ったから切り出してみたんだけど、私としてはできればずっとこうしてたいと云うのが本音だ。うるさいし気に掛けてもらうのは性に合わなくて非常にむず痒いけど、――嬉しい気持ちも確かにある。


 あっそ、じゃあ。

 そんな風に執着しないであっさり手放されてもおかしくないと思った。でも、香月は僅かに眉をしかめて、「俺は別に無理してない」と、――私には続投宣言にしか聞こえない言葉を、投げてきた。

「そ? ならいいんだけどさ、あ、でも明後日はゴメン、大丈夫って云ってたけどちょっとキャンセルさせて」

「なんで?」

「えっとね合コ」

「前に『分かんないままでいい』っつったの、取り消すわ」

 大学時代の友人から、合コンやるから暇ならおいでよって誘われてたんだよって話そうとしたら、なんか妙におっかない顔になっちゃった香月が私の言葉をぶった切った。

 小さいテーブルの端にシャツの両肘をついて奴がぐっと前に身を乗り出してくれば、何やら圧倒されてしまって思わず私は後ろに退いてしまう。それ見て『ふ』って笑うな『ふ』って。

「なんで俺があんたの周りをうろちょろしてるか、ほんとに分かんない?」

「え、暇なんじゃないの」

「――これだもんな」

 はーっとこれ見よがしにため息を吐かれた。と思ったら、ジョッキの水滴をなぞって遊んでいた指先をくっと引き寄せられた。

「俺があんたを好きであんたと付き合いたいと思ってるって云ったら、どうする」

「!」

 指先が捕まったまま今まで見たことない目でそう告げられて、急に怖くなった。

 立ち上がった勢いで指を引いたら、予想していたような力で引き止められはしなくて、思いのほかするりと自由に抜ける手。その勢いで、後ろの壁を裏拳でぶっ叩いてしまった。痛い。

「――帰る」

 自分でもびっくりするほどヘロヘロな声。ろくろく見もしないで手探りでバッグの中のお財布の中からお札を引き出してテーブルに置いて、そして。


 かつてのあいつの予言通り、あっちこっちぶつかりながら、全力で逃げ帰った。


 やばい置いてったの千円札じゃなくて一万円札だと気が付いたのは、家に帰ってからだった。


 翌朝、どういう顔で香月と会ったものかとむちゃくちゃ悩んだ私の前に現れたあいつは、むちゃくちゃいつもどおりだった。

 ちらりと肌色の湿布を貼ってきた左の拳に目をやり、ふ、と笑う。

「笑うな」

「無理だな」

 いつもどおりのやりとりに、ホッとする自分。でも、何故だかガッカリもしている自分。

「じゃ」

 いつもどおり颯爽と去っていく後姿。

 いつもどおりじゃないのは私だけで、言葉一つでこんなにも動揺して翻弄されて、なおかつ気づいたことがある。

 昨日置いていったはずの一万円札が、封筒に入って机の上に置かれてあった。

 それから、香月は今日、私の予定をとうとう聞かなかった。


 そんな訳でぽかりと空いてしまった、仕事帰りの時間。

 明日の合コンは、誘ってくれた子に今朝メールしてお断り済みだ。――こんなに囚われたままで行ったって、うわの空で終わってしまう。そう、思ったから。

 なのに。香月のバカ。何も云われなかったらこっちだって何も云えないじゃん。


 あいつに聞きたいことなら山ほどあるのよ。

 なんで私のこと構うの。なんで私のこと構わなくなったの。

 なんで動揺させるようなこと云うの。なんで、好きってちゃんと云ってくれないの。なんであんな試すような云い方なの。

 ――なんで、昨日追いかけてこなかったんだ、バカ。あんたが来ないから、あっちこっち青あざだらけだよ。


 駅のホームで電車を待ってる間、梅雨空からいっとき解放されて久しぶりにお目見えしたお月様がぽかりと空に浮かんでいるのが目に映る。それを仁王立ちの腕組みで天敵の如く睨みつけてたら、隣に立ってた高校生男子にビビられた。


 無理やりに覚醒された気持ちがある。私はもうその気持ちの名前を知っている。

 いつもみたいに予定を聞かれたら、『別にー』って云って、それからついでみたいに『合コン出るの、やめた』って伝えるつもりだったのに。


 金曜朝は、いかにも合コン仕様な格好――清楚かつ、かわいいベビーピンクのワンピにシックなローヒール――で立ち向かった。

 更衣室で着替える前に、廊下で香月と行き会う。すると。

「へえ」

「――人見て第一声が『へえ』ってやめた方がいいと思うよ」

「へえって云いたくなるような恰好してんのそっちじゃん。そうしてると、普通のお嬢さんに見えるよ」

「何かそこはかとなくバカにされている気がするんだけど」

「さあね、そう聞こえるのならそうかもね」

 いつも通りの応酬。でも、なんか陰険なけんかしてるみたいに思えた。

 一本五分の勝負は、どっちが勝ったんだろう。てか、勝った気分になったことなんてないけど。

「じゃ」

 香月には今日の予定を聞かれなかった。だから私も云わない。人の気持ちを浅くかき乱しておいて何一つ大事なことは云わずに、あいつが去っていく。

 その背中に、負けたと思ったのは何でだ悔しいな。


 いつもどおりに残業して七時前に仕事を上がると、私はまっすぐ帰路に着く。と。

 見覚えのある輩が、大きな交差点の手前で、つっ立ってた。

「随分遅いな、合コン始まっちまうだろ」

「――行かなくなったから、いいの」

 スクランブル交差点が青になれば、早足で皆歩き出す。私もその波の中に入る。そしてあいつも。

「何でついてくんの」

「合コン、行かないのか」

「しつこい」

 駅までついたのでパスケースを出していたら、その手首を掴まれた。

「なんで」

「そう聞きたいのは私の方なんだけどね」

 軽く手首をひねると思った通り簡単に解ける拘束。

 まるで香月みたい。引き止めるくせに追いすがりはしないの。

「ねえ、私お腹空いてるから用ないなら引き止めないでくれる?」

「腹減ってんのか」

「ぺっっっっこぺこ」

 大真面目な顔で申告したらいつかの私みたいに噴き出された。そしたら、どこか怖い顔してた香月から怖い成分が抜けて、なんだかホッとした。

「四川行くか」とこちらへ向けたツラは見慣れた通常モードだ。

「辛くなくていい。点心がいっぱいあって、おいしいとこ」 

「じゃあ、こっち」

 スマホで検索なんかしなくったっておいしいお店をたくさん知ってるこいつは、瞬時に私のリクエストのお店の方へと方向転換する。私の背に、当たり前のように手を回しつつ。即座に「そういうのやめて」と距離を取った。

「なんで」

「だってはっきり云われたわけじゃないし」

「云ったも同然だろうが」

「あのねえ、自分で云うのもなんだけど、私相当にぶいの」

「――知ってる」

 笑うなコラ。

「だから、曖昧な態度じゃあんたの気持ちなんて分かんない。云いたいことあるならちゃんと云って。そしたら私もちゃんと答えるから」

 逃げるのも試すのもナシで。勝負は直球で。

 昨日、駅でしたみたいな仁王立ちで答えを待つ。傍から見たら浮気した彼氏の釈明を聞いてあげる彼女みたいかも。

「大人だろ、それくらい察しろよ……」って毒づく香月だけど、その顔はいつもより赤い、かもしれない。んーでもやっぱ分かってなんてやんない。

「ほら、お腹空いてんだってば。飲茶食べたい。早く」

「急かされる理由がそれかよ」

 香月は苦笑して、それから。



 季節がぐるっと回って、また同じ季節。

 雨は上がったけど、まだ濡れてる階段を下りていたら「手すり使えよ」と隣から即座に注意が飛んできた。まったくいちいちうるさいんだから。

 そう思ってたら『ふ』って笑われた『ふ』って。

「ちゃんと気を付けてますー」

「どうだかなあ、あんたの『気を付けてる』はあてになんないから」

「どこ見てんのよ私こんなに努力してんじゃないの!」

 大好きなほっそいヒールは不安定だからって封印して、ヒールが低いか太くて安定してるやつを履いてるじゃないか、ぐきってならないように。少しは褒めたらどうなんだ褒めて伸びるタイプなんだぞ私は。

 ――ずっとしかめ顔してるのは美容に良くないわと、気分転換を図る。

 二人で来たのは公園の遊歩道。鮮やかな緑を見上げて歩いていたら「よそ見しない」と怒られた。

「過保護ー」

「違うだろ」

 くっそう。言い返せないのが悔しい。

「俺はいいけどさ、二次会のドレス膝丈じゃん。それ着る時に脛が傷だらけにならないようにしてるんでしょうが」

 ほら、日に焼けるからちゃんと被ってと、つばの広い帽子をぎゅむっと深く被せられた。

「分かってるよ、もう」

 口うるさい香月は、口うるさい同僚から口うるさい恋人に変化を遂げ、もうすぐ口うるさい旦那さんになる。一生面倒見てもらえるのは嬉しいけど、たまに『あーっ! うるさくて耐えられん!』てなりそう。

 とりあえず目前に迫った結婚式と披露宴に向けての奴の意気込みがすごすぎる。睡眠時間から栄養管理から日がな注意されて、会社でこっそりカップラーメン(からだにわ)やカップ焼きそば(るそうなもの)を食べなければやってられないくらいだ。――これも多分先輩やら同期やらに密告されてると思うけど、香月はそこは見逃してくれている。

 それにしても、しかし。

「早く結婚式の日にならないかなー」

 緊張しそうとか泣いてしまいそうとかちっともなくて、さっさと終わらせてとりあえず早く自堕落で好き勝手な生活に戻りたい。ピンヒールでコケようが思いきりガツガツ歩いてタイトスカートのスリットが破れようがB級映画のDVDを見まくって寝不足になろうがそんなのは私の勝手だ。『終わったら好きにさせてもらうからね!』って予告だってしてある。

 そんな私の思いとは裏腹に、「ほんとにな」って私をじっと見ながら香月が呟く。

 その表情に、意見は一致したけど多分中身は全然違うからちょっと罪悪感、なんて思ってたら「早く胸元にも背中にも痕つけたい」とか真っ昼間の公園で耳打ちされて、思わずボディに裏拳を叩きこんで悶絶させてしまった。ほんとごめん。



 ――無事に結婚式を終え、やっと自由な生活を取り戻したと思った矢先に妊娠が発覚して再び香月に超絶口うるさくされるという未来がすぐそこに待ち構えていることを、この時の私はまだ知らない。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4804ce/33/

途中経過はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/58/

15/07/15 一部訂正しました。

15/09/07 一部修正しました。

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