水玉×テレパシー(☆)
「ゆるり秋宵」内の「水玉×プラトニック」の二人の話です。
「彼氏ってどんな人なの」
その問いを投げ掛けられるたび、私は去年の文化祭で大貴さんがスーパーボールを落とした時のことを思い出す。――いろんな色がミラーボールに反射して、光の破片になって飛び跳ねた。それはまるで私の心のようで。
「――私を、笑顔にしてくれる人だよ」
「うわあ、聞いといてなんだけど爆発しろって感じ!」
何をどう云っても、のろけになってしまうらしい。
「みっきーはうちの愚兄を美化しすぎてないかなー」
今日ものんちゃんは、お兄さんである大貴さんにはやたらと厳しい。
「なんで? 全部ほんとだよ」
「嘘だー、絶対みっきー騙されてるって。もしくは勘違いしてるよ」と、私の左隣で彼女の右、つまり三人掛けソファの真ん中の大貴さんをじとーっと見た。
見られている本人はどこ吹く風と云った感じで、私が持参してきたクッキーをもぐもぐと食べている。
今日はお休みだから遅くまで寝てたのか、学校帰りにおじゃましたのんちゃんのおうちのリビングで、大貴さんの髪の毛は本人と同じくらい自由にはねまくってた。
部屋着にしているTシャツは、いい感じに色褪せているキキララのプリント。それに、牛の柄の白黒ぶちなイージーパンツ。
何を着てもよくお似合いだなあと思っていたら、のんちゃんは耐え難いと云った顔で「――こんなよ?! こんなのが、私の自慢の友達と付き合ってるだなんて、もったいない……!」と大げさに嘆いた。
「のんちゃーん……」
「ママもそう思うでしょ?」と、キッチンに立っているのんちゃんママさん(大貴さんのお母さん、と思うとちょっと恥ずかしい)にも火の粉が飛ぶ。ママさん、ここは大人の余裕でさらっと払ってください、と思うも空しく「んー? そうね、大貴はみっきーちゃんを逃したらもうこんな大物は釣れないと思うから、末永くお願いしたいな」と何やら意味深な発言をくれた。
い、今のって、どういう?!
私がどんどんどんどん暴走して白無垢とかハネムーンとか考えて立ち上がりそうになるのを、大貴さんはそっと腕一本で止めてくれた。そのまま、ぽん、ぽん、ぽんと私の肩で弾む手。
「おいしいよこれ、美希ちゃんも一緒に食べようよ」
差し出されたのは、私が作ってきたチョコチップクッキ―。
「はい」
受け取って齧った。口の中で広がるバターの匂いとチョコの味。うん、我ながら、良い出来だ。
「おいしい」
「でしょ? 俺の彼女が作ったんだもん、おいしくないわけがないよね!」
――そんなことを、おうちのリビングで云わないで欲しい。
カウンターの向こうでこちらを向いてにこにこしてるママさんと、彼氏で幼馴染ののぶくんさんにこの状況をメールで報告しているのか、携帯片手にニヤニヤしてるのんちゃんをものともせずあくまで自然体な大貴さんは大物だと、しみじみ思った。
それからのんちゃんのお部屋に上がって、一緒にテスト勉強をした。私は古文、彼女は世界史が苦手で、逆にそれぞれの苦手科目は得意なので教え合いっこする。
一時間ずつテスト範囲を浚ったところで「休憩しよう、頭が煮えるー!」ってのんちゃんがベッドにダイブしたので、私もシャーペンと色ペンを手放した。――水玉グッズ、増えたな。
去年の文化祭で再会した時、大貴さんが着てたのはドット柄のベストで、私が履いてたのはドット柄スカート。なんだかそれが二人の縁を結んでくれたように思えて、以来すっかり水玉コレクターだ。そのせいでか、お誕生日に友人からもらったシュシュや文房具も、水玉。大貴さんからのプレゼントも、パステルピンクに白のドットのリボンが揺れるイヤリングだった。
もらった瞬間つけて見せたら、『かわいいねえ』ってにこにこしてくれた。でも、ほんとは私、かわいいよりキレイが欲しい。ぜいたくだけど。だって、かわいいだけじゃ九つも年上の大貴さんに届かない。
古着屋さんの店員さんで、自身もいつも古着でコーディネートしたカジュアルな格好の大貴さんは、スーツを着ている人よりもずっとこっち寄りの年齢に見える。そして私は冷静で大人しい人だと思われることが多く(実際は、心の中ではそれなりに大騒ぎなんだけど)、そのせいもあってか一つ二つ年上に見られることが多い。
そんな二人だけど、でも多分同い年には見えない。それが、悔しい。
同じ年の差の彼氏を持つのんちゃんは、「年の差? 両思いになるまではちくしょー! って思うこといっぱいあったけど、今はもうのぶくんがあたしのものになったから、いい」と、太陽のように笑った。――本人に云うと絶対怒るから云わないけど、こういうところは大貴さんとのんちゃん、すごく似ている。私にはない感性。
「いいなあ」
零すつもりではなかった言葉が、うっかり口から滑り落ちた。
「何がー?」
マカロン型のクッションを抱えたのんちゃんが、ごろりとこっちを向いていたずらっぽい表情をする。スカートがめくれて見えてしまった白い太腿。――ベッドの上でそんな恰好とそんな顔されたら、私だってドキッとするよ。それくらい、のんちゃんはかわいい。きっと、のぶくんさんも夢中に違いない。
「ないしょ」
その時は、いくら聞かれてもそう濁したのだけど。
「ねー、なにが『いいなあ』?」
テスト前の勉強中も、テスト期間中も、そしてテストが終わった後も、のんちゃんたら地道に捜査する刑事さんほど粘った。そして私は彼女のガッツに負けて、カッコ悪いけどほんとのきもちを明かすことにした。
ねえねえなんで? と言いたげにこちらを見上げるのんちゃんと私は掃除当番で、今はゴミの詰まったポリ袋を専用の置場まで運ぶその途中。長い道のりは、おしゃべりに最適だ。
「……私まだのんちゃんの域まで達してないもん。年の差、もどかしいよ」
「やーん! みっきーったら恋する乙女! 男の趣味は悪いけど!」
「そんな風に云わないでよー」
きゃあきゃあ騒いでたら、職員室から生徒指導の先生が出てきて「廊下でうるさくするな!」って怒られちゃった。ついでに、「おう、神田妹。兄貴元気か?」なんて聞かれててびっくりする。
「うざいくらい元気ですよー」とのんちゃんも何でもなさそうに答えて二言三言交わすと、またゴミ置き場まで歩きだした。
「え、先生と大貴さんて知り合い?」
「んー、なんかね、二人ともここの卒業生なんだけどさ、先輩後輩で仲良かったみたいだよ。未だに集まるらしいし」
「へえー」
そうか、大貴さんがOBなのは知ってたけど、先生もここで高校生だったんだ……。なんか不思議。先生たちが一七才だった頃があるように、自分たちも一七才をここで脱ぎ捨てていつか大人になるんだよなあ。そんなの遠すぎて、全然実感わかないけど。
窓の外を見ると、どんよりと曇っている。帰るまでに降られないといいな、なんて思っていると「さっきのみっきーの話だけど」と怒られないようにか声を潜めて、のんちゃんは前を向いたままそう口にした。
「違っていいじゃん。だって、こっちはすっご―――く長い間、片思いだったんだし、みっきーはまだ半年くらいじゃん。あたしとみっきーは自分らの性格も付き合ってる男のクオリティも違うんだし」
「大貴さんをそんな風に云うの、禁止」
「……ほんっと、もったいないなあ」
「それも禁句」
「はいはい。……でね、あたしが云いたいのは、恋なんてみんなオーダーメイドなんだからいくら『九つ差の男とつきあってる』って共通項があっても、感じ方は違うってこと。だからみっきーはあたしを羨ましがる必要なんて、なにもないんだよ。あっ、のぶくんみたいな優しくて王子様みたいな彼氏が羨ましいっていうならわかるけどね」
「うーん、のぶくんさんはすてきだと思うけど別に羨ましくはないかな。大貴さんがいるもん」
一年前は、まだ顔も知らなかった。でも今は、大貴さんがいない私の世界なんて想像できない。
「あんな人は、きっと探したって他にどこにもいない」
私がそう呟くと、のんちゃんはたちまち眉間にしわを寄せて「確かにー」ってうめいた。
『こんなことして怒られないのかな』ってまず考えちゃう私より、うんと自由な人。
笑顔がとびきりすてきな人。水玉が似合う人。
付き合う前から、のんちゃんから話を聞いててこの人いいなあって思ってた。
表参道で一度だけ、何分にも満たない接触をした人に、恋をした。
それが大貴さん。こうして考えてみても、どんな物語よりも嘘みたいで、出会えたことは奇跡みたいに思える。ってのんちゃんに云うと、『いやあ、あたしん家に遊びに来てればそのうち顔あわせてたと思うけど』って反論されたけど、それすら出会うべくして出会ったってことかな、なんて捉えてしまう。
――私、恋してる。
告白されても紹介されても、ずっと、誰にもそんな気持ちにならなかったのに。
「……会いたい、な」
お休みが不定期休の大貴さんとは、お隣同士カップルののんちゃんたちほど会えてない。前回のテスト前勉強でのんちゃん家で顔を合わせたのが最後だ。
「じゃあ強く念じてみたら? あいつのことだから、みっきーのテレパシーならキャッチしそう」
「そうだね、じゃあちょっと今から集中してみる」
二人で大真面目な顔して云い合って、それから吹き出した。
でもほんとにキャッチしてくれそう。
ゴミ置き場で『燃えるゴミ』のスペースに袋を置いて、のんちゃんがんーって伸びをしながら「じゃあ帰りますかー」って云った時、校門の方から「神田ァ!」って生活指導の先生が怒鳴ってたので、二人して顔を見合わせた。
「……なんだろね、みっきー。あたしもしかして呼ばれてる?」
「分かんないけど、とりあえず行ってみる?」
荷物は教室だけどゴミ捨ての為にローファーに履き替えてたから、そのまま向かうことにした。
するとそこには、「お前ここで何してる!」と関節技を決めてた先生と、「痛い痛い、先輩ギブ!」って、生徒指導のぶっとい腕をぺちぺちして解放を懇願してる大貴さんが、いた。――嘘みたい。
「私のテレパシー、ほんとに届いちゃったのかな……」
「んな訳ないでしょうが」
のんちゃんは、は――――って長く息を吐いてから、「先生、うちの兄一応不審者じゃないんで、離してやってください」と声を掛ける。
「まあそれは知ってるけどな、これに懲りてもう門の前でうろうろすんじゃねえぞ」と注意を受けた後、大貴さんは解放された。
「だからっていきなり飛びかかってきて関節技決めなくたって!」
「ハハハ、悪いな。詫びにうっすい麦茶でも出してやるから来い」と、生徒指導は何ら悪びることなく涙目の大貴さんの背中をバシバシ叩いて、帰る人たちの流れに逆らって管理棟へと歩き出す。すると、『生徒指導と一緒にいるあの人、誰?』っていう、遠慮のない視線がバシバシ飛んできた。『あの』と『人、誰』の間には多分、『大人なのに平日の午後にあんなゆるゆるなかっこしてる』が入るんだろうな、と思いつつ、私たちも後ろを歩いて教室に戻ることにする。
「それにしてもお前、いつ見ても変わんねえなー」
しみじみ云われる二六才は麦わら素材の中折れ帽に、ラムチョップ、と名前を教えてもらった子羊のキャラクターのTシャツ、黒地に赤で描かれた蜘蛛の巣模様のハーフ丈のパンツ(昇降口で脱いじゃったけど、黄色と緑のスニーカーも履いてた)。
「でも神田、いくら卒業生っつってもなあ、あんなとこいたらすぐ『学校の前に不審者出没』って拡散されんぞ。用があるならちゃんと入ってきて事務室で手続きしろ」
「はい……」
しゅんとしてしまった大貴さん。
「んで、卒業生がうちの子らに今更何の用だ? まさか神田妹に会いに来た訳じゃないだろ」
「か、彼女に会いたくて」
大貴さんが私を見ながら口にすると、先生も視線の先にいる私を見て、再び大貴さんを見た。そして、「いちいち頬を赤らめるんじゃねえよ、二六にもなって」と毒づくと、なんだよこの甘ったるい空気は、と云いつつ持っていたバインダーで頭の上のあたりをばっさばっさとあおいだ。
「確認だけど、こいつはお前に盗撮とか付きまといとかしてる訳じゃねえんだな?」と先生に念を押され、反射で背を伸ばしながら「はい!」と返事をした。
「ん。それから神田、お前分かってんだろうな、高校生への手出しは」
「ダメゼッタイ!」
「おし、男ならそれ守れよ?」
「もちろんであります!」
――なんか、高校時代の二人の力関係が見えるようなやり取りだなあ。
「今の録音しといたからな。反故にすんじゃねえぞ」
先生がにやりと笑ってジャージのポケットからスマホを取り出して見せると、大貴さんは遠い目をして「ダイジョウブ……。一号デキルハ、二号モデキル……」とぶつぶつ呟いた。その背に、「初号機と二号機じゃ出来が違うから無理じゃん?」というのんちゃんの無情な言葉が突き刺さる。でも大貴さんは折れたりしなかった。
「無理でも頑張る! 血を吐いても! 骨が折れても!」
「……性欲の話じゃなかったか?」
先生のツッコミに、大貴さんは些かの躊躇もなく「性欲の話です!」と高らかに復唱した。う、わあ……!
「このデリカシーまるでなし男たち! 女の子の前でそんな話しない!」
真っ赤になってただ固まるだけしかできない私の代わりに、のんちゃんは先生から奪ったバインダーで二人の頭を叩いた。
廊下に響くいい音(二連続)に、通りがかったベテランの女の先生が「教師の頭を叩くなんて」と怒ったけれど、のんちゃんが臆することなく経緯を説明すれば「悪いのはどうやらこの二人のようですね」と、生徒指導と大貴さんの耳を引っ張って生徒指導室方面へ連行した。――たしか、現生徒指導の前は、あの先生が担当だったと聞いたような。
ミニマムボディなベテラン先生に引きずられた大人二人が生徒指導室に入ったのを見送って、「――教室いこっか」とどちらともなく云い出した。
「ほんとはね、感謝してるんだよあたしも、ママとおんなじに」
管理棟と教室棟を繋ぐ連絡通路で、のんちゃんが足元を見ながら小さく云う。
「大貴はむかつくけどでも悪い奴じゃないの」
「うん」
「みっきーはその気になればあんなのよりもっともっと高スペックな人を捕まえられると思うんだけどさ、」
「うーん、それはないから」
「あれのこと、よろしくね」
「……うん、まかせて」
どんと胸を叩いた私に、のんちゃんが照れくさそうに笑った。
教室を出て、再び昇降口へ向かう。無造作に置かれたままの、黄色と緑のスニーカー。それをそっと揃えて、「のんちゃん」と声を掛ける。
「私、大貴さん待ってる。傘持ってなかったら濡れちゃうし」
雨の予報じゃなかったけどぽつぽつと降り出してきた雨を言い訳に、きっとまだ怒られてる大貴さんを待つことにした。
「分かった。じゃ、また明日ね!」
「うん、バイバイ」
挨拶を交わし、傘を広げて歩いて行ったのんちゃんの後ろ姿を見送ると、ひんやりする壁に凭れて目を閉じた。
変わらないって云われてたな、大貴さん。やっぱり、シャツの下には懐かしのキャラクターTシャツを着てたのかな。それで、先生に怒られてたかな。
想像してたら、勝手に上がってしまう口角。誰かに見られたら恥ずかしいと気付いた時、耳が「何笑ってるの?」という、大好きな人の声を拾った。
ゆっくりと、瞼を上げる。緑のスリッパ、スニーカーソックス、見慣れたハーフパンツの足、――大貴さん。
「お帰りなさい」
「はい、ただいま」
「案外、早かったですね」
「『彼女に会いに来たのにいつまでも怒られてたら行き違いになっちゃう』って泣き落としたら俺だけ早く解放された」
「……生徒指導の先生は?」
「人身御供に置いてきた」
「かわいそう」
くすくすと笑うと、「いいんだよ、あの人は昔っから俺のこといじくりすぎだもん」と口を尖らせた。そして、靴を履く段になってようやく、「うお、雨だ」と気付く。
「大貴さん、傘ないでしょう」
いつも手ぶらな人にそう聞くと、思った通り「うん」と云うお返事。
「じゃあ、相合傘して一緒に帰りましょう」
「うん、ありがと」
俺が持つねと握る傘はやっぱり水玉で、イヤリングのリボンと同じにパステルピンクに白のドット。
ぱん、と元気よく広がった傘に二人で肩を寄せ合って入る。
歩き出してしばらくすると、大貴さんは傘の内側を見上げて「この傘、美希ちゃんみたいだ」って云ってくれた。
私みたい、なんだ。大貴さんには私がこんなにかわいく見えてる、なんて思うのは欲張り過ぎ?
ちらりと横を見上げたら傘を眺めてたはずの大貴さんもこっちを見ていて、二人して足を止めて見つめ合ってしまった。
しばらくして大貴さんが「……そんなに見ないで」って、手の甲を鼻と口に当てて隠すようにして云うけど。
「無理、です。そっちこそ、そんなに見ないでください」
強くなってきた風で、髪がバサバサで恥ずかしい。リップだって塗り直してない。
「俺もムリ。……っと、」
「わ!」
びょおっと風が鳴って、大貴さんの手から傘が持って行かれそうになるし、私も少しよろめいてしまった。大貴さんはすぐに傘を引き寄せて、私も抱き寄せて「大丈夫?」って聞くけど。
「今が一番大丈夫じゃないです……」
そう答えるのが、精一杯だった。
これまでずっと、のんちゃん家のリビングか、ファミレスやショッピングモールといった人がいるとこで、会ってた。道端だけどこんな風に二人きりは、初めてで。――こんなに接近したのも初めてで、どうしたらいいかわからずにただ大貴さんの腕の中で、息を潜めていた。
少し顔を動かせば、頬に当たる大貴さんの顎。つるりとして見えるのに、ひげの剃り跡があるし、目線を下ろせば喉仏も、見える。
水玉、似合うけど。いつもふわふわしてるけど。
ああ、大人の男の人なんだなあって、思った。
雨の匂い。私を包んでいる、大貴さんの服の匂い。大貴さんの匂い。目を伏せたら、遠慮がちに手を伸ばされた。
唇をなぞって、頬に触れて、顎で止まって。――私からそれを口に出してねだったりはできないから、目をつぶることにした。指に誘われるままに少し上を向く。
唇に、初めて柔らかい感触が降る。それはふわふわと何度も着地を繰り返す。最後に、口の端に名残惜しそうに触れて、そして離れた。
そーっと目を開けると、すぐ目の前にいた大貴さんと目が合う。私が熱い頬のままなんとか笑うと、同じように笑い返してくれた。
大貴さんの向こうに、ピンクの空に雲がぽこぽこ浮かんでるみたいに見える傘のプリント。これから、きっとこの傘をさすたびに今日のことを思い出して、照れてしまうね。っていうか、こうしている間にももう何度も再生しちゃって、二人で照れて無口になってる。
「……今日、どうして会いに来てくれたんですか」
嬉しくて紛れていたけど、今まで学校で待ち合わせたことはなかったから不思議に思ってたことを、やっと心が落ち着いたタイミングで聞いてみた。
「テレパシー。美希ちゃんが、『俺に会いたーい!』って念を飛ばしてくれたでしょ? で、馳せ参じてみました」
その言葉にものすごくびっくりして、でも大貴さんならありえるかもなんて納得しかけてたら「えっと、今更嘘ですっていえない感じだね……?」と大貴さんが恐る恐るの態で云う。――なぁんだ。確かに時間的にも『会いたい』って思ったすぐ後に大貴さんは生活指導の先生に関節技決められてたんだから、少し考えればすぐに違うってわかったのに。そんなことも分からないくらい浮かれてる自分が、なんだかおかしい。
「かーちゃんが、山形からおいしいさくらんぼが届いたからみっきーちゃんうちに連れてきなさいって」
「じゃあ、のんちゃんにそうメールしてくれれば……」
「会いたかったの」
「……」
「俺が、美希ちゃんに会いたかったんだよ、一秒でも早く」
「……私、も」
「うん」
「会いたかったから、嬉しかった、です」
「……うん」
「雨だけど、相合傘も、嬉しい」
「俺も」
「これからも、たまに、こうして迎えに来てくれますか?」
そんな我儘をおずおずと口にすると、「たまにじゃ、やだ」と大貴さんが我儘返ししてくれた。
「でももう関節技も耳引っ張られるのもやだから、待ち合わせすんの学校の近くのコンビニでいい?」と八の字眉毛で聞いてくる大貴さんが、かわいい。
「はい」
嬉しい約束ができて、ローファーが濡れるのも気にならないくらい心が弾んだ。
そういえば手出しって、キスは手出しの内に含まれないのかなあとのんちゃんに例え話のフリして聞いてみたら、のんちゃんはにやーっと笑って「あらあらまあまあ、そうなのー」とおばちゃんみたいな反応を見せた後「それくらいたまにしないと、二号機暴発しちゃうからいいんじゃない?」なんてしれっと云って、私の顔をトマトみたいに真っ赤にさせた。