裁判を始める前の話し合いをするための話し合いっす。
カレンは俺が美味しそうに食べる卵かけご飯を見て、咥えていたロールパンを一気に食べ終えるとクロに同じメニューを注文した。
アイリはサクサクに焼かれたトーストを両手で持ち噛ったままの体勢でウトウトとユラユラ揺れてる。
クラリーナは仲良しのカントと食事を楽しんでいる。
クラリーナがナイフで小さく切った生のササミ肉を美味しそうに食べるカント。
ミーはサクフワのクロワッサンに分厚く切ったハムとサラダを挟んでガッツリ食べている。
腹減ってたんかな。
でも、ミーはいつも朝食はガッツリいくタイプだな。
朝から自宅に呼んでもいない来客。
ヨークルの裁判所からの呼び出しだった。
東方ガーパーク大陸南部の城塞王国『クシュベントナー王国』の第6王子『カルツ・ミュラー・クシュベントナー』が都市ヨークルの裁判所で訴訟を起こしたので、まずは裁判所での話し合いの日程を決める話し合いへの呼び出し。
早口言葉みたいだな。
ヨークルの司法と揉めるつもりはないから呼び出しには応じる。
呼び出しにきた使者が乗ってきたゴーレム馬車に、使者と共に乗り込んで裁判所へと同行する。
道中で使者と気軽に会話しようとしていたが、挨拶を交わした後に『会話は許されていない』とのことで話をしてもらえなかった。
なんだかなぁーって感じ。
遠見魔法で馬車内は監視を受けている。
向かっている先からの監視なので結界で弾くことはしていないが、訳がわからない措置をとられている。
馬車がヨークル裁判所の敷地に入って行くと遠見魔法は解除された。
まぁ、使者の身の安全保障の為の監視魔法による措置なんだと無理矢理納得させる。
裁判所の建物の入口横には新聞記者らしき集団がいて、記者達からいくつかの質問が飛んできたのだが、馬車を降りる俺の前後左右には裁判所に勤めている10名以上の警備隊がガッツリ取り囲んでいるため、新聞記者との会話も許されていないように思える。
俺はシーパラ連合国での初の裁判だから・・・んー、これが普通なのかよく分からない。
もらった記憶では権力者からの不当な裁判ばかりなのでなんの参考にもならないし。
警備隊隊員がガッツリ取り囲んだまま裁判所の廊下を歩き、階段を上った2階にある部屋・・・ソファーセットが対称的に並べられている部屋に通される。
警備隊隊員は部屋を案内した後は部屋の外で全員並んで待機しているようだ。
ソファーに座ると別室に待機していた人達がやってきた。
俺がソファーに座ったままでいると挨拶してきた。
「早乙女様、初めまして。今回、クシュベントナー王国に雇われた『・・・(ピー)弁護士』です。」
口調は丁寧だがなぜか馬鹿にしたような目で見下ろしてきている弁護士。
こんなヤツの名前なんかどうでもいいからピー音入れて記憶しない事にした。
丁寧で回りくどく終始上から目線の口調で話をしているから分かりにくい事が多いが・・・要するに国宝級の『閃断のエストック』を弁償しろって訴えらしい。
それで賠償金として俺が持つ全ての財産を出せって話で嫁も全部渡したら我慢して許してやるって言ってる。
「まぁ、あんたの言い分はわかった。しかし俺は一方的な暴力を受けた時の反撃によるもので正当防衛が成立してる。それを見ていた冒険者も冒険者ギルドの職員も複数いるから弁償する義務は一切ない。」
「こちらにはクシュベントナー王国の複数の貴族が目撃していて、早乙女氏の言い分は全くのデタラメだと言うことを証言するとの言を得ている。我がクシュベントナー王国の正当なる貴族が証言するのだから、出自のよく分からない冒険者ごときと比べるまでもない。冒険者ギルド職員をデタラメの証言するように脅迫していたところも目撃したとの言も得ているのだ。嘘をつくのもいい加減にしなさい。出自のよく分からない輩には理解出来ないのだろうが、この世界では最終的には地位がものを言うんだ。」
流石にムカッとしたな。
表情には出ないが。
裁判所の3人の裁判官と2人の記録員が同席してるので彼等の方を向き質問すると弁護士が横から割り込んでくる。
「真偽官は同席しないのか? クソみたいな話にうんざりしているが。」
「真偽官は必要ない。こちらは身元が保証されているんだ。我がクシュベントナー王国の身元保証を愚弄するのか貴様。」
「わかった。クシュベントナー王国は早乙女の名を持つものに喧嘩を売るんだな。では戦争だ。話は終了する。」
出ていこうとする俺を裁判官が止める。
「ここで席を立つと裁判が終了して相手の訴えが100%通りますがよろしいですか?」
「良いよ。正当な裁判の為に真偽官を同席させてくれという俺からの主張を無視して、クシュベントナー王国側の主張を全部飲んで真偽官を同席させないという不当な裁判を裁判所が推し進めるのであれば、今後の茶番劇には付き合う必要はない。クシュベントナー王国の言いなりになる裁判だとマスコミに正当性を主張して裁判所の不透明性を公表するだけだ。」
「なっ・・・裁判所を脅迫するのですか?」
「茶番劇はしないと言っただろ。裁判の時は真偽官が参加するのは知っているが、俺は話し合いの段階から真偽官を呼んで同席させろと俺は言っている。これも正当な権利のはずだ。クシュベントナー王国の言い分は聞いたよ。裁判所はどう判断したんだ?」
「少しお待ち下さい。」
裁判官と記録員による話し合いとなった。
クシュベントナー王国側の弁護士が一方的に権力を振りかざしてきた事で、俺の中にある『権力を振りかざすヤツに対する反骨心』がもうすでに爆発してる。
国ごと叩き潰したい衝動を抑えてる。
クシュベントナー王国側の弁護士が俺に向かってやたらと喚いているがシカトしてる。
数分待たされた後に裁判所側の回答が・・・
『裁判所に待機中の真偽官を今から呼んでくる』
だった。
俺は腰を下ろしてソファーに腰掛けた。
今度はクシュベントナー王国側の弁護士が立ち上がり怒鳴っている。
「我がクシュベントナー王国を愚弄するのか貴様達は!」
「なぜクシュベントナー側は真偽官が同席して真偽を確かめることを拒否するんだ? 間違いないか確認するだけじゃないか。」
「それを愚弄してると言っておるのだ。クシュベントナー王国を愚弄するというならば、シーパラ連合国に対して国交断絶することとなるぞ?」
「はて、クシュベントナー王国はシーパラ連合国からの食料輸入を無くしてどうやって・・・」
「最大の輸出先を無くした企業からお前らは狙われる事になるけど良いのか?」
何かよく分からないけどニヤニヤする弁護士。
しかし、この言葉に裁判官がキレた。
「つまりクシュベントナー王国側の弁護士の回答は真偽官を同席させると貴国に不都合があり、それを回避するためには国交断絶になるというシーパラ連合国司法に対して脅迫を行うわけですね?」
「そんな事は言ってない。」
「では、ここは今後の裁判を進める上での話し合いの場です。うやむやではなくハッキリ聞きますが真偽官を同席させるのは反対ですか? 賛成ですか? 二択です。反対ならハッキリとした理由もお答えください。」
「・・・賛成だ。」
よし言質は取った。
流石弁護士・・・相手をキレさせる事は職業病とはいえ、俺だけでなく裁判官すらキレさせたんだからな。
ムカつく奴が別の人にキレられて理詰めで追い詰められるのを見てる分には楽しい。
「では、こちらで真偽官は決めさせてもらう。」
「あぁ、そうですね。では俺も真偽官を連れてくるので。」
「貴様! われ・・・」
「お互いに真偽官を連れてくると不都合でもあるんですか?」
「・・・わかった。」
だんだん、こいつの扱いが分かってきたな。
俺は裁判官の突然の大声にビックリしていたが、すでにバカの取扱いを心得てきていた裁判官はサクサクと話を詰めていく。
「じゃあ・・・俺はヨークルの真偽官の友人は一人しかいない。ローグランド・ペスカトーレ真偽官しか知らないから、彼に同席をお願いするよ。こういう話なら興味津々で喜んで参加してくれそうだし。」
「彼なら間違いないですね。『正義の真偽官』として世界中に名を轟かしていますし。」
「我々はクシュベントナー王国から同行している真偽官が同席することとなる。シーパラ連合国の真偽官は信用ならないからな。」
「真偽官の名誉の為に言いますが信用出来ない真偽官は真偽官としての資格を失います。それは真偽官の不正は真偽官自身が許さないからです。国家から圧力を受けた真偽官はその国家に対して脅迫を受けていると全世界の真偽官ギルドに通達を出し公表されるからです。」
なんかバカな事を弁護士がほざいているけど、裁判官から説教されて黙っているのは・・・少しどころか大変楽しい。
本音を言えば・・・
『叱られてやんの! バーカバーカ』
ってのが嘘偽りない本音。
次回の正式な話し合いは未定。
後日また正式な召喚状が送られてくるとのことで今日の話し合いの為の打ち合わせは終了。
帰りも送ってくれると言われたが断って散歩しながら帰ることにした。
都市ヨークルの中央にある行政区にヨークル裁判所が建っている。
裁判所の敷地を出ると記者に囲まれた。
俺が訴えられた事が公表されていたので、そろそろ呼び出されるだろうと裁判所前で張っていたらしい。
裁判所の建物前でブラブラして裁判所に入る俺に突撃取材を敢行したら、警備隊に追いやられて敷地の外まで追い出されたので、この正門前の横に待機していたんだそうだ。
俺に対して攻撃的な意思を示す記者がいなかったので、俺が答えられる範囲で回答しておいた。
記者に囲まれている俺の横を豪華なゴーレム馬車に乗ったクシュベントナー王国側の弁護士と第6王子『カルツ・ミュラー・クシュベントナー』が横に乗っていた。
俺の横を通りすぎる時、弁護士は苦虫を噛み潰した顔をしていて、カルツ王子はニヤニヤとだらしない顔でほくそえんでいた。
なんか企んでそうだな。
全て叩き潰してやるけどな。
記者達の後ろに回り俺の背後から近付いてきたヤツが、俺の背中に千枚通しのような刃物を突き立てる。
「よっしゃ、取ったぞ! 死ね、早乙女!」
「「「「うわー! え?」」」」
記者達はパニックになり大騒ぎになるが、こんな粗末な刃物? なんかでは俺の服にすら刺さらない。
何度も何度も突き立てるが刺さらない刃物に驚愕する記者と暗殺者。
裁判所の正門横の場所なので裁判所の正門を固めてる警備隊からもホイッスルが鳴り続々と警備隊が集まってきてる。
ガスガスと何度も突き立てる暗殺者がウザいので後ろに振り向きデコピンで失神させた。
「こいつはいったい・・・クシュベントナー王国側の暗殺者でしょうか?」
「うーん・・・俺も色々と恨みを買ってますし、裁判を起こされたことが公表されているので、ここで見張っていれば確実に通る場所ですからね。一概にどうとは言えません。」
証拠の刃物と共に警備隊に引き摺られて行く暗殺者を見ながら記者の質問に答えた。
話すこともなくなったし記者達をおいて俺も帰る。
歩いていると焼きたてのパンを販売してる店を発見。
とても良い匂いに釣られて入店。
焼きたてでホカホカのバケットとクロワッサンと食パンを複数購入。
お金を支払ってすぐにアイテムボックスに入れた。
歩いてヨークルの街を散策。
この辺はホップボードやキャンピングバスで通行するだけで、ゆっくり歩いた事がなかった地域なので視点が変わると新鮮な感じがする。
この時期ほ天気が良すぎると暑いぐらいだけど、まだ気温が上がりきっていない今は散策するには最適。
ゆるりと流れる風もまだ涼しいぐらいなので気持ちいい。
周囲をキョロキョロしながら『田舎者』のように歩いていると忍び寄る人影。
俺にしか聞こえない囁き声で話しかけてきた。
「早乙女様、スパイギルドヨークル支部の者です。つい先ほどクシュベントナー王国側の弁護士と第6王子『カルツ・ミュラー・クシュベントナー』が我がスパイギルドに訪れて、早乙女様の情報収集と暗殺を依頼。我が国のスパイギルドは早乙女様に敵対する行動は取らないと決定済みの為、弁護士とカルツ王子には会議をしてから返事をさせてもらうと言葉を濁して宿に帰らせました。今後のスパイギルドの動きとして早乙女様の意見をお聞きしたいと連絡をしに参りました。いかがいたしますか?」
クシュベントナー王国側の意外と素早い処置に少し驚いているけど、俺がスパイギルドそのものを既に掌握済みだとは予想出来なかったみたいだ。
「では・・・依頼を受けてもらおうか。クシュベントナー王国側の情報収集はこちらで行うから、スパイギルドはクシュベントナー王国側に渡す情報はこちらで用意させてもらうよ。」
「了解しました。依頼を受ける理由は情報操作でよろしいですか?」
「情報操作だな。料金は通常の倍以上に割り増しして受け取ってもらって構わない。出来るだけ搾り取ってほしいぐらい。暗殺は難しくて請けても隙を見いだせるか保証できないので、時間がかなり掛かるだろうと保留の方向で返事をしてほしい。」
「了解いたしました。」
「そちらからの連絡は俺の自宅のポストに手紙を入れてくれ。こちらからの連絡や指示はギルドマスターの机の上に手紙を置いておく。」
「り、了解しました。」
誰にも見つからずにスパイギルドヨークル支部のギルドマスターの部屋に出入りできるから、ギルドマスターの机の上に手紙が置けると聞いて冷や汗を浮かべ始めたようだ。