冒険者ギルド理事会と対立へっす。
シーパラ連合国の首都シーパラは既に午後10時を過ぎているのにも関わらず騒然としている。
別に何か騒動があった訳ではなく・・・ただ平和を満喫しているだけで、夜でも遊ぶ人が多くいる平和な国の証明。
早乙女工房の応接室は謎の緊迫感に包まれていた。
俺は巨大な執務机とセットで作ったリクライニング機能付きの椅子に腰掛けて相手の出方を待っている。
メイドゴーレムが注いでくれたアイスコーヒーは相変わらず旨い。
対面の客用のソファーに腰掛けている全権大使『ロベール・バルツビュンヘン男爵』は、謝罪の後に何から話そうか一瞬悩んで躊躇したが・・・意を決して話し始めた。
「まずは早乙女様にご報告から。皇太子は廃嫡。名も変更されて王子という立場は無くなります。今後は新たなる公爵家となり王位継承権は剥奪されました。」
「まぁ、下手うったから王族に残すには外聞が悪いから仕方ないな。」
「おっしゃる通りでございます。その流れでプレッツェ・クルカ王が直々に謝罪したいとの連絡が入りまして、数日後にシーパラ連合国に向かうと・・・お会いして頂けますか?」
「まぁ、別にそこまでしなくても良いよ・・・ってな訳にはいかないわな。わかった。シーパラ連合国に到着したら教えてくれ。」
「宜しくお願いいたします。それと・・お願いがあるのですが宜しいですか?」
「ん? なに?」
「皇太子の旗と笏をお見せ願いたいのですが・・・」
アイテムボックスから破った旗とへし折った笏を取り出して渡す。
「皇太子が廃嫡されているなら俺の目的は達しているから、必要なら修理してから返すけど・・・どうする?」
「えっと・・・是非ともお願いしたいです。」
時空魔法を使い物体の時間を巻き戻して壊す前に戻した。
皇太子が別の人に変わり俺や俺の家族に影響が無いようなら必要ない物だ。
プレッツェ・クルカ王国にも何の恨みもないから元に戻して返すことにすれば、プレッツェ・クルカ王国側から恨まれる事も無くなるだろうし。
「はいよ。あと、こっちも返すわ。」
新品の方の旗と笏を返そうとするとそっちは断られた。
「それは廃品となりまして新たなる皇太子の就任式で新調されますので、早乙女様がご自由にお使いください。廃棄が面倒というならこちらで処分いたしますが……」
「まぁ、記念品にもならないしそっちで処分しといて。」
「わかりました。ではこちらで処分します。」
プレッツェ・クルカ王国からすれば何か縁起悪いからね。
伝承されてきた本物さえ取り戻せたなら、予備の新品は必要ないんだろう。
俺も必要ないから渡して終了。
使者としての話は終わったので後は追加情報をくれた。
大使が情報を知ったのは新聞記者からの最新情報を買ったから。
新聞を発行する前の記事を書いてる途中ぐらいに情報を売りにくる新聞記者がいるんだろう。
何度となく情報を買っている情報屋の1人で普段は定期的に金を渡していて、特別な情報を得た時はボーナスとしてお金を渡す関係の情報屋。
情報の伝達速度の重要性を感じたロベールは即座に本国に連絡する。
アイテムボックスを使った本国との連絡で国王と直接相談して今後の動きの指示を受けていて、俺との話し合いの全権を国王から直接委任されているとのこと。
国王から直接俺との顔繋ぎを指示されたんだとか。
俺としてはプレッツェ・クルカ王国には何の恨みもないし、うちの家族に害を及ぼさない前向きな関係なら直接話す価値はあるだろう事も伝えた。
ロベールも元皇太子は元から人望は無くて、敵討ちを考えるような連中はいないと推測している。
カジノにくっついてきてた取り巻きのように、皇太子の権力を使い調子に乗ってた軍団がいたんだが……皇太子に『元』が付き永久に権力を失った瞬間から敵に回るようなクズばかりなので心配ないとヘルプさんも推測してる。
まぁ、そうは言ってもヘルプさんが監視を怠ることはないけど。
「そう言う訳で……早乙女様に仕返ししようという気概を持った取り巻き連中は皆無でしてご心配には及ばないと思います。」
「それなら良いけど。」
「さらに言わせて貰いますと彼らは今まで権力で押さえ付けていた政敵や他の派閥に一方的に攻撃され彼等自身の金や権力は喪失していくでしょう。プレッツェ・クルカ王国には皇太子交代という情報が今朝の朝刊に大々的に報じられ、既に元皇太子側の全ての人達が権力側から追い出されています。何人かは職務を放棄して国外脱出しようとして当局に逮捕されているみたいですし。今後も続々と逮捕者が出てくるでしょう。」
やらかしていても皇太子の権力を使って、うやむやにして誤魔化していたヤツラばかりみたいだし、叩かなくても埃まみれのヤツラを順次逮捕していくだけの簡単なお仕事ですと自信満々で言われた。
プレッツェ・クルカ王国の国民が望む『行き過ぎたマニアの末路』としては最高な結末を迎えたわけだ。
俺にプレッツェ・クルカ王国の友好的姿勢を何度も訴え、お願いしますから敵対視はしないでねという予防線をはり終えたロベールは親衛隊と共に帰っていった。
入れ替わりで早乙女工房にやってきたのは冒険者ギルド幹部のニール・オスキャル。
共にやってきたのは冒険者ギルドの理事会から新たに任命された副理事の1人『イーヴォ・デラガルサ』だった。
・・・直接やってきたな。
はぁ、面倒くさ。
顔に自身の感情が駄々漏れな状態でイーヴォの挨拶を受ける。
「やぁ、早乙女さん。こちらが冒険者ギルドの理事会から新たに任命された副理事の1人『イーヴォ・デラガルサ』です。」
「はじめまして。」
「はじめまして。では、何のご用件でこんな時間にいらしたので?」
俺の感情を抜き去った顔と声に流石にニールですら引いている。
イーヴォは全然気付かないフリをしている。
コイツは面の皮がかなり厚そうだわ。
一瞬思わず顔をしかめてしまう。
イーヴォの用件は冒険者ギルドの格闘イベントの定期開催と俺への毎回の『強制的』な参加要請。
「何で俺が毎回参加しなきゃならんの?」
「冒険者ギルドの会員ならギルドの命令に従うのが当然。」
「お前はアホか? Sクラス冒険者は冒険者ギルドに命令できる立場なのは知らんのか?」
「グランドギルドマスターのアクセル・ビッタートも言ってたが、わがシーパラ連合国の冒険者ギルドはそんな古くさいルールは廃棄する。」
「ニール、なんだこのアホは。冒険者ギルドにおけるルール変更手続きも知らんのか?」
「早朝からアクセル様が何度も言ってるのですが理解できない脳ミソみたいです。」
「貴様は我が理事会を愚弄するのか?」
「世界冒険者ギルドグランドマスター会議でルール変更が認められてないルール変更なんざ無意味でしかない。それを強行したら冒険者ギルド本部から排除されるんだよ。そこにいるニールにお前の抹殺命令がくるよ。」
「まだ来てないですね。辞令がきた瞬間に殺ってますから。」
いつもニコニコしてへりくだっているニールから滲み出てきた殺気にビビって押し黙るイーヴォ。
コイツはマジでアホなんだな。
人当たりの良さだけで荒くれ者集団の冒険者ギルドの職員は勤まらない。
しかもニールは幹部。
そこらの二流の冒険者なんか瞬殺できる。
ただ普段は人当たりが良くて苦労人なのに演技でニコニコしてるだけで本性はこっち側の獣人。
冒険者ギルドの本部に勤める幹部として闇の部分も要請されたら請ける。
冒険者ギルドの闇の部分を垣間見たイーヴォは震え始めた。
「で、何か用でも?」
「・・・」
「・・・チッ。」
マジかよ。
正直な感想。
ニールが『しまった。こんなにヘタレだったのならもっと早くプレッシャーを掛けておけば、誰にも迷惑かけずに処理できたのに』って顔に書いてあるぐらいな悔しそうな顔で舌打ちしてる。
俺とニールが真顔で黙って見つめてプレッシャーをかけ続けているとプルプルしていたが、何かの考えに至ったのか急にニヤニヤし始めて口を開いて妄言を垂れ流してきた。
「こちらの意向に従えないのなら冒険者ギルドから追放するしかないな。」
「あっそ。イーヴォさんにそんな権限があるなら、ご自由にどうぞ。俺はSクラス冒険者として副理事の追放を評議会に問うだけだ。」
「では冒険者ギルド側もイーヴォ副理事の追放に向けてアクセルさんに動いていただくまでですね。」
「なっ・・・」
「今まで無法地帯となっていた冒険者ギルド理事会に法律のメスが入ることになる転機となるでしょう。ニール、お礼を言うべきかな?」
「ですね。イーヴォさんのお陰もありまして今後冒険者ギルド理事会は至極真っ当な組織になるでしょう。ありがとうございます。」
「言いたいことが終わったのならお帰りはあちらです。」
部屋の外に待機していたユーロンドが無音で入室してきてイーヴォの両隣に立つ。
あまりの早業と気配の無さにニールは総毛立つ。
ニールはシーフとして超一流のレベルに達している冒険者なのだが、俺が作ったゴーレム達の気配の無さに驚愕している。
ユーロンドに両脇を抱えられて退出していくイーヴォ。
「ニール、ちょっと力業過ぎたかな?」
「いえいえ、良い薬となるでしょうに。それにしてもホントに早乙女さんにはご迷惑をおかけして・・・」
「いいよいいよ。で、今後の話なんだけど・・・」
ニールと冒険者ギルド理事会への対処について意見交換しておく。
「それで・・・青木さんは動いてくれるって?」
「辞め際の大掃除の1つとして動くって言ってました。」
「じゃあ俺は青木さんの指示に従うと連絡しといてくれ。」
「よろしいので?」
「こっち側が下手に動くと理事会が暴走しそうでヤバいと感じるんだよ。金に困っている金の亡者は暴走しがちだから。」
「それはわかります。」
「俺の動きは監視されてるだろうしな。監視対象の俺とシーパラ連合国冒険者ギルドの現グランドマスターであるアクセル・ビッタートが動きが鈍い状況だと理事会側も油断するだろうしな。」
「なるほど。青木さんに伝えておきます。」
「多分、ニールも監視対象だから連絡は慎重にな。」
「その点はご安心を。青木さんが影の部隊を動かして動き始めましたんで、情報伝達に抜かりはないでしょう。」
「そりゃそうだ。それだったら俺達は傍観するだけだ。」
その他の注意事項を何点か話し合ってニールは帰っていった。
この件に関して俺は動くつもりはないがヘルプさんは忍や徒影を使って動きまくっている。
ヘルプさんからは纏められた情報が次々と入ってくる。
イーヴォは震えながら馬車に乗り込み自宅とは違う方向に帰っていったとの事。
馬車の中では念仏のように『絶対許さん』と震えながら何度も何度も唱えていたようだ。
執念深そうで嫌いなタイプだな。
ヘルプさんの要求に応じて小型モモンガタイプのゴーレムを作成する。
忍を更に監視用として特化させた小型のゴーレムで『小忍』と名付けた。
小さく丸まると人の握りこぶしぐらいの大きさで、両手両足を広げても体長10センチほどで魔力を使って空も飛べる。
表皮は毛皮にみえるがドラゴン繊維の毛皮なので対物や対魔法の防御力はずば抜けている。
大量に作成して次々と放出していく。
とりあえず500体ほど作った。
アイテムボックス内ではコピー魔法で大量生産開始。
3千体をとりあえずの目処にして生産を止める。
俺としては簡易的な監視専門のゴーレムなので戦闘力は付けてない。
ヘルプさんの指示に従い情報をヘルプさんに送り続けるのみなので、忍以上に存在感は薄く忍者のマスタークラスでも発見は困難極まりないレベル。
忍や徒影が荒事を請け負うので、ヘルプさんの要望に従い小忍は隠れて監視し情報を流すだけに特化させた。
表皮の毛皮をドラゴン繊維で丁寧に仕上げたのでモフモフしてて可愛さ倍増してるのは俺のこだわった部分……大して意味ないけどな。
深夜を過ぎたので今日は終わり。
おやすみなさい。
明けて5月18日。
転生して58日目。
天気は少し雲ってる。
夕方には崩れて雨が降ってくると予想。
早朝にバッキンガム達と散歩に出掛けた。
カントは俺の頭の上から飛んで上空を優雅に滑空したあと必ず俺の頭に戻るということを繰り返してる。
ワシントンはいつものように勝手気ままに歩き回っているが、俺からあまり離れないようにしてるみたいだね。
シーパラ連合国都市ヨークルにある自宅周辺の長閑な田園地帯を歩いて回る。
ヨークルの郊外部にあたる田園地帯は散歩するには最適な場所。
ヨークルの都市部に住む健康オタク達や身体を鍛えてる学生や冒険者達などの人達で、早朝から走ったり散歩してる人も多くいる。
テイマーが魔獣を散歩させたりもしてるのでこの時間は意外と魔獣も数多くいる。
ヨークルに家を構えてからちょいちょい散歩してるので、顔見知りも多くなり挨拶を交わす人は多いが俺に会って騒ぐ人はいないので……行き交う人は多いのだが居心地良い散歩を味わえる。
すでに田んぼには水がはられ田植えはあちこちで始まっている。
田んぼを耕すのは魔獣を使ったり牛を使ったりしているけど、田植えは人力のみみたいで一列に並んだ農家の方達やバイトの冒険者などが精を出して頑張っている。
俺に気付くと皆で手を振ってくれるので、少し恥ずかしくなるけど、悪意はなくただ純粋な好意しかないので俺も手を振り返す。
バッキンガムが身体を俺に擦り付けて歩く。
身体を撫でてあげると満足して離れて行く。
そしてまた近寄ってくるというのを何度も繰り返す。
ワシントンも回数は少ないが同じように時々近寄ってきて俺に撫でろと要求してくる。
カントは定位置が俺の頭の上なので上空まで飛び上がり滑空してきて俺の頭の上に戻ってくるのを繰り返している。
1時間ほど散歩して自宅に戻るとバッキンガム達に三点セット魔法で綺麗に洗う。
皆でダイニングに行くと嫁達はすでにクロに用意されていた思い思いの朝食を食べている。
俺は今朝は卵かけご飯に味付け海苔。
お新香に塩サバの超定番の日本の朝食。
お味噌汁は合わせ味噌で具はオアゲと豆腐というこれも定番中の定番。
今日は納豆無しの卵かけご飯の朝御飯。
クロの料理スキルは俺の料理スキルのコピー。
俺が料理スキルで作った料理とほぼ変わらない料理が出される。
ステータスの差が料理の味の深みに違いがあるようなので、俺の作った料理の方が深い味わいとなると妻達が言っている。
惚気も込みなのでそこまでの差はないんだけど。