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スパーリングという恩返しが終わったっす

イワノスがボディに食らったパンチのダメージを回復させるために、俺の出方を(うかが)いつつ、少し休んでるような感じがしたので、念話を使って脳に直接話しかける事にした。

野獣モードになってる状態の時は、意識のほとんどが戦闘に集中してしまうので、こうでもしないと会話しても俺の声が届いているはずなのに理解してもらえなくて素通りするだけになってしまう。


「イワノスさん、覇獣拳において野獣は究極のバトルモードではありません。野獣の爪攻撃は金属をも切り裂く攻撃力を誇ってますが・・・覇獣拳の究極の目的は神速格闘であって、野生化するのはまだ遥か遠くにあるマスタークラスへの道半(みちなか)ばってところなんですよ。」

「・・・は?」


野獣の一部が解除されてイワノスの目に理性の光が戻る。


「野生化して反応速度を上げるのは獣人の持って生まれた特性を最大限に生かし、反応速度と相まってスピードを底上げする技ではあるんですけど・・・それではある程度までのスピードアップは可能なんですが、『神速』までは到達できないのです。」

「・・・」

「試しに今、自身の爪先にある闘気を頭の中に移動させてみてください。」


イワノスは素直に俺の言葉を聞き入れて指示通りに闘気を移動させると、イワノスの頭髪が闘気をまとって白く輝きだす。


「ではそのまま、脳内にある闘気を全身の神経に沿って手足の末端にまで隅々に行きわたらせてみてください。闘気の爪は・・・攻撃した時に敵に当たるほんの一瞬だけ爪の闘気を使用すればいいんですよ。」

「うぉおおおお・・・」


イワノスは全く理解できないまま疑心暗鬼ながらも俺から言われた通りにやってみて、その絶大なる効果がすぐにわかったんだろう。

脳内がクリアーになって全神経、全筋肉などのすべての感覚が瞬時に反応して行動する事が可能になる・・・

覇獣拳マスタークラスの技

『神速格闘』

野獣モードとは比較にならない・・・今までの数倍のスピードで体を動かせる超スピードの感覚は、覇獣拳のマスタークラスへの第一歩だ。

筋肉を動かせる速度が上がるだけでなく攻撃力も倍増する。

それは今まで経験したことない新たなステージのスピード格闘を可能とする。

イワノスもリュドミラやビッタート卿達のように、閉じ込められていた殻をブチ破って覚醒することができたようだ。


これで俺の目的はほぼ終了したな。

後はオマケを残すのみだ。


つーか、イワノスは師匠もいない状態でよく覇獣拳を上級クラスまで成長させることができたもんだと思う。

覇獣拳スキルは・・・とにもかくにも素質がないと何をどうやっても発現すらできない。

正真正銘の『選ばれし者のみのスキル』なので、太古の時代までさかのぼった過去まで調べてみても転生者以外で発現させた者は数人しかいない。

つまりイーデスハリスの世界でも数えるほどしか存在してなかった極希少なスキル。

イワノスも過去の文献などを海外から取り寄せたりして、時間も金もかけて色々とやって試してみたりとか、何もかもが手探り状態だったんだろう。


止まっていた2人がレフェリーの青木の掛け声でスパーリングを再開する。


お互いがまた向かい合ってお互いの顔を見てまた同じように笑ってる・・・今度は両方ともに髪の毛をプラチナのように白くキラキラ瞬くように光らせてる。

イワノスもダメージから回復できたようで、戦ってる二人以外には目で追うことすらできない超スピードの中で戦いがスタートした。


イワノスはまだ神速格闘を始めたばかりだし、元々持ってるステータスの数値に違いがありすぎ(俺の場合、覇獣拳スキルの恩恵なしでもゴッデス以外の神ですら追いつけないスピードでの戦闘が可能)なので・・・同じ覇獣拳の神速格闘とは言っても、動きには明らかに差はある。

戦ってる当の本人達以外にはわからないレベルだが。


俺はイワノスがどこまで反応速度と移動スピードが上昇してるのか確かめるように、徐々にスピードアップしていく。

ついでにフェイクの攻撃を途中でキャンセルしたり、自由気ままな覇獣拳のスタイルはそのまま。

イワノスも俺の攻撃の隙間に攻撃をしようとしてるみたいだか・・・俺のスピードに完全には対応出来ていないので、攻撃も防御もまだまだ後手にまわらざるを得ない。


それでも俺が見せる超スピードに少しづつ馴染んできてる・・・まぁ、そうなるように、イワノスの成長に合わせて微調整している。

ただ、あくまでイワノスのステータスからの計算上での予測なんで、時々計算を間違って・・・イワノスの攻撃を避けるためにちょっとマジで動いてみたり。

それはそれで面白いんだけどって事で俺はさっきから笑いっぱなしになってる。


イワノスの適応能力と反応速度の高さはステータスの数値が物語ってる。

元々、格闘に関係したステータス数値が高い虎獣人の中でも抜きん出ていて・・・ゲッペンスキー家の先祖は他国の幾つかの獣人国の王族の血が複雑に絡み合った『奇跡の格闘血族』と言われるのも納得するほどレベルが高い。


俺が左ジャブをイワノスの右腕にガードさせて意識を上に集中させてから、ローキックで攻撃すると見せかけて右手を振り下ろしたアクションを利用して、ローキックを蹴りに行った足を下ろして一歩踏み込んでからイワノスのボディーに右フックを下から突き上げようとしたら、簡単にかわされてイワノスから反撃を食らう。


俺が右フックをかわされて左に流れた状態に、フックをクルリと回転して回避したイワノスは、右の裏拳を俺の後頭部に追撃してくる。


俺は流れた体勢をそのまま利用して、さらに前に屈んで両手を地面につけて裏拳をかわし、左足の踵を下から上に回し蹴りしたら簡単にかわされて俺の顔面にローキック。

両手でイワノスのローキックの射程圏外へ体操のロンダートのように飛んで離脱した。

と思ったら、追撃でイワノスは後ろ回し蹴りをしてきたので、スピードのギアをさらに一段上げてバク転して蹴りを回避。

更にスピードを上げて横にステップしてイワノスの後ろに回り込む。


俺が急激にスピードを上げたので、イワノスはまだ目ですら追えていない。

後ろからの俺の右ストレートに例えようもない恐怖、なんかよくわからないけどヤバイ! 

という獣人の勘だけでイワノスは、相打ち狙いで左に振り向きながらチョップをかぶせてきた。

左手の指先に闘気の刃をつけてるのは進化の証というよりも、少しでも敵に多くのダメージを与えようとする獣人の本能のなせる技なのか・・・

しかし俺は右ストレートをキャンセルして闘気付きのチョップをかわしながら、目くらましの左ジャブをイワノスの鼻先に当てて、追撃で右のミドルキックをイワノスの左わき腹に食い込ませて吹き飛ばした。


吹き飛んで転がってから起き上がるイワノス。

結構なダメージなんだが・・・しかし、顔の笑みは消えない。

多分、ビッタート卿と同じ思いなんだろう。

今まで長い間殻の中に閉じ込められて停止していた自分が、自分でもはっきりと自覚できるほど進化してる。

自分は急激なレベルアップをしながら全力を出してなお、戦ってる相手の俺にはまだまだ余裕がある。

そんな戦いの中で『全力を出し尽くす戦い相手』に飢えていたんだと実感してる真っ最中だ。

少々とは言えないダメージを与えられても、それ以上の喜びがこの笑顔なんだろう。

イワノスからすれば・・・やっとのことで追いついたと思ったら、スピードアップしてあっさりとかわしてスルリとすり抜けていく・・・だからこそ、上だけを見て挑戦者になってガムシャラになって戦える。

まだまだ上があるんだからこそ、目の前に集中して向かっていけるんだろう。


イワノスの頭の中にはすでに観客も闘技場の舞台もレフリーも何もかもが消えて、雑音もすべて消えて・・・目の前にいる俺しか映っていない。

だからこそ笑ってる。

イワノスの今の構えは野獣モードを解除したので、小さく屈んだ構えではなく元の覇獣拳のリラックスした構えに戻ってる。


笑顔いっぱいの2人とは対照的に・・・レフリーの青木は明らかに焦っていた。



~~~青木勘十郎 視点~~~


弓使い(アーチャー)の自分がこの二人の本気マジの格闘技についていくことは初めから無理だとわかってる。

だがしかし、自分には『見える』と思ってた・・・目には絶対的なまでの自信プライドがあったからだ。

先ほどイワノスが覚醒して早乙女と同じように白金プラチナ色の髪の毛になってから・・・両者の攻撃も防御も、動き出した2人の何もかもが見えなくなってしまった。

ノーモーションから繰り広げられる覇獣拳の互いの攻撃や防御は、予備動作がほとんどないので元から予測すらできないのは理解してる。

互いが動いてる事だけがわかる・・・それだけだ。


屈辱的なレベル差ぐらいではここまで焦ったりはしない。

『見えない』ってのが初体験なのだ。


これをどうジャッジするんだ?


困惑して苦渋の顔をしてる俺に対して・・・動いていない時に時折チラリと心配そうに俺を見つめる早乙女の瞳が、目の奥で笑っているのだ。

『ほらほら、ここで終わりか?』

『もっと早くなるぞ?』

『お前は上を目指してないのか?』

『もっともっと上へ!』

と俺に挑戦してくる。


・・・そうだよな。


俺はもっと上を目指せるはずだ。

ダンジョンで亡くなった元冒険者チームの仲間たちの墓前に誓ったのは・・・アゼットダンジョンを攻略する事と、弓使いとして更なる高みを目指して!

だったはず。


スキル『ホークアイ』はマスターした・・・が、しかし俺が今いる場所はゴールじゃないはず。

いまだかつて、これほどの速度域での戦いを最前列で見る機会なんてそうそうない、今後もそれほどないだろう。


もはやジャッジなんてどうでもいいな・・・気づかないうちに、俺も2人と同じように笑ってる。


精神を集中させ目の前で繰り広げられる2人が作り出す超スピードの戦いに全神経を集中させて、二人の動きを『見ること』だけに没頭し始めた瞬間、青木勘十郎にスキル『(とら)える()』が発現したのをあらわすように、一瞬だけ頭の上がもわっと光った。


~~~青木勘十郎 視点 終了~~~



イワノスとの超スピードの戦いの中で・・・お、青木さんも覚醒したみたいだな。

スキル『捉える瞳』は通称『キャッチ』と呼ばれるスキルで鷹の瞳からの派生スキルに当たる。

鷹の眼は弓使いには垂涎のスキルだが、『遠距離攻撃』の補助がメインなので目の前で繰り広げられる超スピードにはついていけない。

捉える瞳はその名の通り『動体視力補助』が目的となってる。

これをマスターすると至近距離から放たれた矢を掴む事すら容易になるほど、動体視力が爆発的に上昇する。

動体視力が上がると間近に迫る敵の筋肉の動きから先読みして、敵の動く先に前もって矢を射る事が簡単な事となる。


これで青木も弓使いとしてさらにレベルアップ出来ただろう。


俺が今回のスパーリングで出来る『恩返し』という名前の『覚醒』の手伝いは、これで完璧に終了。

四者四様に成長する手助けができたと思う。

俺自身もマナガルムと闘技場で戦って以来あまりなかった、かなり高レベルな戦いで楽しめたし。

って、スパーリングを終えた後の感想を言ってるようだけど・・・まだ終わってないし。

こんな考えをしてる間もイワノスの暴風圏内のような空気をも切り裂くような猛攻を笑顔のままかわしてる。


イワノスのパンチもキックも覇獣拳の上級を超えてマスタークラスの入り口を超えた今は、今までとは比べ物にならないぐらいの超スピードの世界。

そんな超スピード世界に今は青木も参加してる。

闘技場の舞台袖にいるリュドミラは正直言ってついていけてない。

このスピードでの戦いを目で追うことができるのも相当な訓練が必要となる。

この会場内には忍者スキルマスターに復活したカレンしか見えていないだろう。

まぁ、カレンは練習相手として師匠ゴーレムがいるので羨ましそうな顔はしてないが、それでも楽し気にこのスパーリングを見てるのが浮かんでいる笑顔から見てとれる。


イワノスが左ジャブを打つと見せかけて、右の飛び膝蹴りをはなってきた。

俺は上体を後ろに反らして膝をかわしつつ、空中で避けられないイワノスに左フックで脇腹に攻撃しようとしたら、イワノスは右手に闘気の爪を伸ばして打ち払ってきた。


なるほどね。

飛び膝蹴りは俺の動きを限定させるための誘いで、こっちが本命かよ。


俺は左フックをキャンセルして、上体を後ろに反らした体勢のまま右脚を振り上げてイワノスの無防備状態の背中にオーバーヘッドキックみたいな蹴りを当てる。


俺の不十分な体勢からの蹴りをイワノスは食らうが、大したダメージを受けることなく空中で回転して着地。

だけどイワノスが想像していた以上に吹き飛ばされてしまっていたようで、着地して直ぐには反撃できない10mちかい距離・・・闘技場の舞台の端まで飛んでる。

俺も自分の体勢を悠々と整えられるように計算して吹き飛ばしたんだし。

このように覇獣拳のマスタークラス同士の闘いともなると・・・

獣人の野生の勘は最大限利用するが、頭の中をクリアーにさせて闘いの中で変化しまくる状況を瞬時に計算しながらの闘いとなる。

相手の動きをあらかじめ予測して攻撃してるのだが、神速の動きの中で状況に瞬時に対応して闘ってる相手の刻々と変化する攻撃や防御の計算も重要度は高い。

この部分の計算がイワノスには不利となってる。

俺の動く速度の上限が全く見えないから仕方がないんだけど。


イワノスは立ち上がって周囲を見渡して自分の位置を確認してから、覇獣拳の構えをやめて笑顔のまま頭をボリボリ掻いてる。


そして前に倒れ込むような動きから前傾姿勢のまま、俺に向かってスーパーダッシュで一気に近付き攻撃してきた。


まずは前傾姿勢の体勢のそのままの攻撃で頭突き。

頭突きの体勢のまま両手を少し広げて、俺が左右のどちらかにステップして回避したら闘気の爪による切り裂き攻撃を追撃できるように準備が出来てるな。

俺はイワノスの頭に向かって正拳突きをして突進攻撃を停止させた。


予想を越える俺の反撃にイワノスが次の攻撃にうつるまで、体勢を整えながら脳内で計算するほんの僅かなタイムラグを利用して、俺はイワノスの顔面にジャブを3発当ててからバックステップでイワノスの手足が届かない距離に離脱。


俺が離脱したと思って気が緩んだのを感じ取ったので、バックステップの脚が着地した瞬間に前にまた出て、今度は右のハイキックで追撃。


イワノスは気の緩みからのタイムラグを挽回出来ずに、何とか左手のガードが間に合って直撃は避けられたが、そのまま吹き飛んで転がる。


ガードした左手が数秒は痺れて動かなくなる程度の威力をハイキックには込めてあるので、イワノスは動かない左手の手首を右手で持ちながら立ち上がって・・・今までの笑顔が消えて歯ぎしりした悔しそうな顔をしてる。


明らかな自分の一瞬の油断を付かれた攻撃・・・ガードがなんとか間に合ったとはいえ、まともに食らってしまったからな。

俺も油断が見えたのでパターンを変えて攻撃を追加した。

油断していなければ、俺のたいして早くもなかったハイキックを悠々避けるだけでなく、自身の次の攻撃ができただろうに・・・ってのが自分でもわかってるからこそ、笑顔が消えてしまうほど悔しいんだろう。

ワンパターンに攻撃して、あまり手を抜きすぎていてもスパーリングの練習にはならないからな。


それにこれはイワノスの左手の完治祝いのスパーリングなので、イワノスが左手のガードが出来るかどうかのテストもさせてもらった。

状況判断と反応速度には問題ない。

左手は間違いなく完治してるし、リハビリも問題ないだろう。


イワノスも左手の痺れが消えてグーパーして感触を確かめてるが、痺れていただけで問題ないとわかっただろう。

今度はグーパーしながらも片時も俺から目を離さない。

今は笑顔が消えて、真剣な顔で歯をむき出して歯ぎしりしながらも、全神経・全感覚が戦いに集中してる。


良い戒めになったようだ。


ただ、精神力で闘志をふり絞って神速格闘を補う事にも限界がある。

既に限界を超えつつあったダメージが残っていたのに、今の俺のハイキックをガードの上からとはいえ、まともに食らってしまったからな。

ここにきてイワノスの作り出すスピードはガクッと目に見えて落ちてきた。


自分でも体力の限界が見えてきた事で、なおさら全身に行き渡る闘気の量を増加させて対応しようとしてるが・・・その効果は全くない。


闘気の量を増やしすぎても反応速度は増加しないので意味がないのだ。

ただ、闘気によって薄く光っている全身の光が少し増すだけだったりする。


俺の繰り出す攻撃が目では見えているので、避けようとしても体力の限界から体がついていけない。

避けられなくてガードするのが精一杯となる。


だからイワノスは構えを変え、攻撃のパターンを大幅に変更したようだ。

避けることが出来ずにガードする瞬間を狙って・・・


俺がイワノスのスピードが落ちた事を狙って避けにくい左ミドルキックを放つ。

イワノスは構えを小さくさせて避けずに右手と右足でキックをガッチリとガードした瞬間、俺の左膝を抱え込むようにして衣服を掴み、後ろに倒れ込むようにして投げ技に繋げてきた。

プロレスのドラゴンスクリューの変形技っぽいな。

衣服を掴み逃れられなくさせた状態から、関節を極めた投げ技。

ガードしてダメージを最小限にとどめながら、多少のダメージを受ける覚悟を決め、肉を切らせて骨を断つ的な・・・完全に一か八かの捨て身な攻撃だった。


俺は投げられながら捕まれてる左足を引き抜く為に、反対の右足でイワノスの右肩を蹴り、捕まれてる自分のたびびとの服ごと引き裂くようにして投げ技の途中で離脱した。


投げられた途中で離脱した為に、俺は吹き飛びながら引き裂かれたたびびとの服を神の創り手スキルを使って直すというオマケ付き。


流石にそこまで予想出来なかったようで、イワノスも驚愕した顔のまま、何とか俺に攻撃しようと体勢を立て直して追いかけてくる。


俺は吹き飛んで両手をついて、両手の力だけで追いかけてくるイワノスの後ろに飛び越した。

一瞬俺を見失ったイワノスが後ろに振り返る動きを先読みしてた俺は、スタンスを大きく広げて低い体勢に踏み込みながらイワノスのボディに左フック。


何とか右手のガードが間に合ったが・・・いくらガードの上からとはいえ威力は凄まじく内臓に衝撃が伝わってるようだ。


追撃で右フックもボディに叩き込み、こちらもガードしたのだが、たとえガードの上からでもイワノスも顔をしかめるレベルの衝撃を連続で受けてスピードが更に遅くなる。


トドメの追撃で俺の左のハイキックをガードするのも少し遅れてしまい、右の側頭部をかすって最終的には意識を失いダウン。

意識を失ってる証拠に、先程まで全身を薄く光らせていた闘気が消えてる。

そのまま起き上がることも出来なくなり、レフリーの青木がスパーリングの終了を宣言してイベントが終わった。


ここにきて観客から大歓声が巻き起こる。


元々、格闘イベントが好きで集まっていた観客が新たな格闘王の誕生を目の当たりにして、大興奮してる大騒ぎになってるんだろう。

格闘系の記者達も興奮しながペンを走らせている。

最近悪党を懲らしめまくって、(ちまた)を騒がせてる英雄(ヒーロー)が、シーパラ連合国を代表する伝説レベルの格闘家3人と連続してスパーリングを行い、全くの無傷どころか3人に格闘技術指導してるほどの圧倒的な強さを見せつけたのだ。


格闘王が誕生したと狂喜乱舞してる人もいるし、勇者だ英雄だと新たなヒーロー誕生を大騒ぎしてるグループもいる。

恐怖の魔王が誕生したのかと危惧してる人もなかにはいるようだ。


だけど、俺の心の中はすでに次の戦いへと向かってる。

スパーリングの目的は完了したからな。


スパーリングの最中にヘルプさんからの報告が2つあった。

まず一つめは・・・

スパーリングの最中にヨークルから応援にやって来た聖騎士団を中心とした国軍の救援部隊がマイアートンに到着した事。

救援部隊はマイアートンの周囲に展開していた早乙女ゴブリン組から、第一次防衛ラインを引き継いで交代は完了。

早乙女ゴブリン組はマイアートン川を泳いで渡り、マイアートン川の外部で昆虫魔獣を駆除していた徒影達と合流して、当初の予定通りいまだに大量にいるアリ魔獣の排除を開始した。

早乙女ゴブリン組の中でも疲れの見え始めているメンツからゴブリン砦に徐々に帰還させる。


早乙女ゴブリン組アーチャー達のレベルアップもすさまじく、膨大な数の昆虫魔獣達を仕留めた甲斐があってアーチャーの指導者となれるレベルにまで達したゴブリンも何人かいたほど。

マイアートン川を渡河したのちはメインが地上戦に移るので、まずは今まで激務だったゴブリンアーチャーの帰還が優先的になる。


救援部隊の上層部はマイアートンの中に入り、すでにマイアートン行政部の掌握を完了させた桂浜蔵人と先に合流してから打ち合わせを行い・・・まずは最初の仕事として確定的な証拠があるマイアートン行政部の機密情報漏洩と、機密費の私的使用の罪でマイアートン町長の『クレバ・コンドリフ』の権限をすべてはく奪。

これらの罪は既にクレバの”元”秘書や”元”親衛隊の面々から、真偽官立ち会いの元での内部告発によって罪は確定してる・・・この罪だけで逮捕&町長の権限がはく奪可能。

あとは今後の捜査でどれだけ罪が追加になるのかまだわからないが、隷属の魔法の中で正確に捜査されて罪が重くなることがあっても軽くなることはないだろう。

余罪の取り調べは隷属の魔法の中では嘘も誤魔化しも不可能だし、裁判も捜査も地球とは大違いで数日で終了する。

町長代理は副町長だった桂浜蔵人が緊急措置で引き継ぎ、その後にシーパラ連合国評議会から承認を受けて正式に町長に就任するだろう。


もう一つの報告は・・・今夜襲撃する予定の『ボクスベルグ商会』のウェルヅリステル地下要塞の先行調査が終わったようだ。

ヤツラが10年もの間、アマテラスの監視の目から逃れ続けられたのは・・・複数の高位悪魔を召喚した召喚師チームがいて、高位悪魔達と契約してる高レベル結界師チームが世界中から集められた人身御供を使ってボクスベルグ商会ウェルヅリステル地下要塞全域を闇の結界で封印していたようだ。

高位悪魔達への生け贄によって悪魔から得た情報を元に、人体実験を繰り返して魔薬を作り出し新たな魔薬を作成して儲けて、人体実験そのものもショーにして金儲けと言う極悪非道な組織だ。


これは・・・俺が殺害した4人の神達の遊び道具だったのかもしれん。


アマテラスほっとライン(改)を使ってアマテラスと直接交信して話してみたが、アマテラスとゴッデスの意見も俺と同じで4人の神達の悪意のイタズラだと考えてるようだ。


悪意を持った神たちの遊びには限度がない分、被害は凄惨を極める。

しかし、その凄惨な遊びに積極的に加わってるボクスベルグ商会の連中には悪魔達も含めて存在すら消滅させるのが俺の仕事。


今夜の場合は特に地下闘技場でBIGトーナメントイベントがあり、更に闇魔薬の新薬のお披露目パーティーも企画されている。

既にイーデスハリスの世界中から魔薬製造依頼人の家族や幹部などといった魔薬販売に関わる関係者、虐殺ショーを見に来た変態観客なども含めて全員が、招待されたウェルヅリステルの農地の地下闘技場に集合してる。

前のりで昨夜からパーティーしまくっていたし。

お祭り前夜のバカ騒ぎパーティーによって、地下本部内は何もかもが緩みきっていたおかげで俺も情報収集がかなり(はかど)った。


俺はいつものように脱出できない結界でボクスベルグ商会の闘技場を含む、ウェルヅリステル地下本部の全てを覆いつくし殲滅戦をするだけ。


いつもなら全世界に散らばってる悪党どもが一ヶ所に集まってくれてるんだから、俺にとっても美味しい状況だと言える。


嫁四人を引き連れてキャンピングバスに乗り込んで帰宅中の今現在からボクスベルグ商会ウェルヅリステル地下本部を結界で取り囲む。

幾つもの結界を複合して組み合わせた、既に使い慣れた完全結界を使用してこの地下施設の全てを監視下におく。

逃げ道は結界で完全に遮断。

俺の完全結界を乗り越えられるアイテムや魔法は、このイーデスハリスの世界には存在しないので、この犯罪者達の誰一人として逃がすつもりはない。


まだ時間が早く襲撃開始時間までまだまだ余裕あるから今から皆で晩御飯なんだけどね。


キャンピングバスの中での夫婦の会話はスパーリングで使用したスキル『(こう)』の話題で盛り上がる。

一番テンションが上がっていたのは今までに知らなかったが、格闘イベント系が大好きなクラリーナだった。


「だからしん様はあの時、突然止まって会話を始めたんですね」

「どうしてもこここはリュドミュラに伝えなきゃいけないと思ったからね。功というスキルの威力を目の当たりにして使いたくてたまらなくなる気持ちは理解できるけど、まだ合気道スキルも初級者で功スキルが発現すらしてないリュドミュラが全身に気をまとって攻撃も防御も補おうというのは無謀だし無茶にも程がある」

「しかし、功かぁ・・・私は初めて聞いたスキルだよ。カレンさんは知ってました?」

「私はうっすらと聞いたことがありますね。敵に触れながら合気道の気が持つ力を放てるようになると、信じられないほど凄い威力を発揮。フルプレートアーマーの鎧を素通りして敵の内部のみを破壊する。という信憑性が僅かしかない噂話のレベルなので・・・実際に目にしたのは今日が初めてです。」

「正確には敵の内部の気の中に自分の気を送り込んで、敵の内部におこる拒絶反応によって破損させるのが功が持つ力なんだ。」

「へぇー」

「だから敵との距離が遠すぎると何もできないし、もし敵が合気道のマスタークラスなら被害は最小限に押さえられてしまう。」

「・・・」

「これが功のマスタークラス同士の戦いともなると、敵との気の送り合いになって何だかんだで相討ちってパターンも多いんだ。マスタークラスになるとどんな体勢からでも、自分の体のどこからでも気を送り込めるからね。」

「なるほど。私はシールダーの師匠であるおやっさんからスキル名は知らなかったのですが、シールダーや盾職(タンク)の盾の外側から自分の内部にダメージを送り込めるスキルが存在するらしいって聞きました。おやっさん自身も師匠からの受け売り知識しかないし、実際に目にした事がなかったのでぼんやりとした情報を聞いただけなのですが。」

「功というスキルが廃れてから何百年も経過してるようなので私もミーさんと同じで全く知らなかったです。なぜ、こんなに素晴らしい技術がここまで廃れたんでしょうか・・・」

「優秀なスキル故に平和な環境下で道場を開いて師匠となって多くの弟子達に教えるよりも、戦争に駆り出されて最前線で戦い続ける人達が多かったんだろうね。俺に知識をくれた4人の神の被害者達も数人に戦場の最中に教えただけって事みたいだし。守護者(ガーディアン)や功は戦場に消えていったスキルと言えるのかも・・・」


そんな話で盛り上がりながらセバスチャンの運転するキャンピングバスは早乙女工房の1F駐車場に入って行く。

サボり過ぎててごめんなさい。

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