別世界のスパーリング。観客は置いてけぼりっす。
ゆっくりと立ち上がってくるビッタート卿だったが、まだ自分の置かれた立場が分かってなくて思考がまとまってないようだ。
体が少しふらつくぐらいのダメージはまだ残ってるしな。
俺はビッタート卿にしか聞こえない声で優しく語りかける。
「魔装術はダークエルフにしか使えない技じゃないですよ。俺にもできますんで。それに・・・魔装術は完全無欠の防御術ではありません。爆発的に防御力を高めてくれる技ですが、自身の防御力を超える攻撃には当然ながらダメージが入ります。」
「・・・」
「なので、防御力を過信しすぎな戦い方をしている今のビッタート卿では、魔装神殺拳の完成には程遠いですね。」
「それはまるで・・・早乙女君は完成させてると聞こえるのだが?」
「ハイ。完成した魔装神殺拳が見たいのですか? 魔装神殺拳の弱点はたった今の攻撃で体感できましたしね。」
「弱点があるのか?」
「技の弱点ではなくて、精神的な弱点ですね。魔装神殺拳は防御力のレベルが上がり過ぎて、刃物の武器攻撃ですら生半可な攻撃では皮膚すら切れなくなります。ワイバーンの急降下攻撃ですらガード可能なので、敵の全ての攻撃を無効とすることができると『過信しすぎ』てしまいがちなんですよ。先ほどのビッタート卿のように、無防備な状態で敵の攻撃をまともに食らってから、ダメージの深刻さに後から気づかされる事になりやすい。」
「・・・」
「その過信は状況によっては命取りとなりやすくて、場合によってはその後の戦いをハンデを背負った状況で戦い続けないといけなくなるのは、今の置かれた現状からビッタート卿には理解できると思います。」
「それを気づかせてくれたと?」
「ビッタート卿の最初の攻撃で自身の防御力を過信しすぎな姿が見えましたんで、かなり強引な手法なんですがビッタート卿が普段している戦法を"あえて"真似して攻撃しました。」
「う〜〜〜ん」
俺の説明でやっと理解できたようで、全身から溢れだしていた殺気が収縮していった。
過信しすぎて高くなり過ぎていたプライドが垣間見えたから、わざとビッタート卿の攻撃を食らいながらの投げ技で、天狗の鼻をへし折ってやったからな。
自身の攻撃は一切効果なく投げ技からのダメージは実感できるってレベルじゃない・・・実際に石畳に後頭部から落とされた瞬間、意識が一瞬飛んだんだろう。
そういう攻撃をあえてしたんだしね。
これで天狗の鼻はボッキリ折れた。
ビッタート卿が立ち上がって、俺と目が合うが・・・さっきまでの怒りに燃えたぎった瞳とは打って変わって、スッキリした綺麗な目になってる。
まぁ、自分自身の全てを掛けて俺に挑戦しようと考えてたが、全く通用しない相手だとは想像すらしてなかったのだろうな。
そんなところにも自身の能力への過信がある。
魔装神殺拳には確かに王者となりえる強さを得られる。
それにここ10年ほどはアマテラス達の新しい神々の影響で命を削るような実戦から遠ざかっていたんだろうしな。
天狗になるには充分過ぎるような期間を、格下の指導のような戦いばかりで実戦から遠ざかっていたからこそ、図星を指摘した俺に過剰過ぎる反応を示して・・・ブチ切れしちゃったんだろう。
こりゃ、かなりな重症だと思ったが・・・すぐに天狗になった鼻がへし折れてくれて助かる。
やっと指導を”受ける側”としての準備が整ったようなので、スパーリング指導を開始する。
魔装神殺拳はその名の通り拳の技。
ノルシアム・ビッタートが一番得意だったボクシングが主体となっている。
魔装神殺拳の中には投げ技も絞め技も存在してるが、攻撃の主体は格闘技最速の技といわれる『ジャブ』だ。
魔装神殺拳の基本にして決め技でもある。
魔力として放出できない暗黒魔力を用いて、ジャブで敵とつながった瞬間に敵の生命力を”削り取る”異質な技。
マスタークラスにまで到達すると、敵の痛覚や触覚などの感覚すら削り取ってしまう。
魔力で自身の体を強化するのは、その削り取るための暗黒魔力を全身に身にまとった『副産物』でしかないのだ。
その異質さは敵が攻撃してきて自分の体に触ったという感覚すら奪い取る。
この他に類を見ない異様な格闘技センスを持っていたので、ノルシアム・ビッタートは『武神』とまで言われていたのだ。
それに魔装神殺拳のマスタークラスにまで到達できたのは、イーデスハリスの世界においてノルシアム・ビッタート以外には存在してない。
まぁ、俺の場合はさらにその上の武神スキルまでマスターになってる・・・全部貰いもんだけどね。
ノルシアム・ビッタートが魔装神殺拳のマスタークラスにまで成長できたのは、五月雨暁子との誓いで闇魔薬『狂乱』の撲滅のために100年以上の年月の間、迫害を受けながらもエルフ達や闇魔薬業者達と戦い続けていた・・・実戦の中で研ぎ澄まされていたからだろう。
それに彼の場合はもう一つの誓い『4人の神の抹殺』という無理難題への挑戦があったので”挑戦者”としてより上へと昇り続けることができたからだ。
ビッタート卿もそれなりに戦いの中で魔装神殺拳を磨いてきたんだろうが、如何せん最近の平和な世界では”絶えることない実戦”なんて無理だろうしな。
そこにきてアマテラスやほかの神々が仕掛けた大粛清の終わった後じゃ後輩への指導ばかりになるのも仕方がないといえば仕方がない。
ビッタート卿は魔装神殺拳の技は既にマスタークラスなのだが、ノルシアム・ビッタートが生前に告げた謎の言葉"敵の生命力を『削り取る』という感覚"がまだつかめてなくて、どうしていいのかわからずに思い悩んでると素直になって言ってくれた。
・・・なるほどね。
確かに打撃技で生命力を『削る』という感覚は他の格闘技にもない異質なものだ。
俺は素直に話を聞く気になったビッタート卿に告げる。
「何とかして”削り取ろう”としてるからできないんですよ。自分の体内にあって放出できない『暗黒魔力』を敵の体に触った瞬間に『置いてくる』ってのが正しい感覚ですね」
この言葉とともに俺はビッタート卿にジャブを放って、実際に削って体感させてあげた。
ジャブを食らった鼻先を指で触りながら・・・雷に打たれたかのように驚愕しているビッタート卿。
「簡単にわかりやすく説明しますと・・・暗黒魔力は自身の体内から放出された瞬間に消滅するんですけど、その消滅を敵の体内で行ってるんですよ。暗黒魔力が消滅するときに勝手に敵の生命力を奪っていきますんで。」
やっと理解できたようだな・・・ビッタート卿の両目に光が宿った瞬間だった。
完全に覚醒したな。
ビッタート卿が俺の顔面にジャブを放ってくる・・・まだ少量だが暗黒魔力を俺の体内に”置いて”いくことができたようだ。
おお・・・流石、武神とまで言われた男の孫だな。
たったこれだけのヒントで使えるようになるのは・・・才能だけならノルシアム・ビッタートを超えてるかもしれん。
俺の中にあるノルシアム・ビッタートが持っていた『魔装神殺拳』をアクセル・ビッタートに伝承しきれなかった無念な思いが昇華していく。
あとは実践あるのみ・・・ってことで、そこからはお互いにジャブの応酬。
なんだけど・・・先程までのリュドミラとのスパーリングと違い・・・観客はあまりのスピードで行われるジャブの応酬という高等技術で目で追いきれない技に・・・あまりの地味さに戸惑ってる。
お互いのステップやジャブのスピードが速すぎて、何が何だか・・・よく見えないってのもある。
まぁ、正確には俺はジャブしか放ってないんだけど、ビッタート卿はストレートやフックも織り交ぜてるんだけどね。
俺は変化球的にわざとパンチを食らって・・・ビッタート卿の拳の感覚を奪った。
自身の右手を見ながら動きがストップするビッタート卿。
「まぁ、こんな応用も効くのが魔装神殺拳の神髄です。攻防一体型の格闘術で、その副産物が魔装術ってのもうなづける高等技術のオンパレードですよ。」
10分以上続くジャブの応酬の変化をつけたのは俺だった。
「このままの戦いでもいいんですけど、ギャラリーが増えましたんで、ここからは少々変化しますね。」
俺が魔装術を解除してからとったファイティングポーズは、先ほどのリュドミラとのスパーリングで見せていた『功』だった。
ギャラリーとは失神からようやく復活してきたリュドミラと、付き添っていたイワノスの事だ。
俺の真意に気づいたビッタート卿は数メートル下がってから、俺の動きをよく見ようとして急に慎重になる。
彼はよく知らない格闘術の怖さを知ってるんだろう。
俺が先ほど見せた功スキルの技はほんの触り程度だしな。
俺は功スキル独特の16ビートの細かい動きの中で、全身に気をまとって薄く光りだす。
俺がファイティングポーズで両手を目の高さに持ってきてるので、顔面に来た全てのジャブを気をまとった両手ではじく。
俺に当たるタイミングを上手く外すかのように、様々なリズムのタイミングではじくのでビッタート卿は俺に暗黒魔力を”置けない”ようだ。
それが狙いだし・・・まぁ、こんな芸当ができるのは『魔装神殺拳』と『功』の両方がマスタークラスの俺しかできないだろうけどな。
俺がビッタート卿の全てのジャブを捌きだしたので、観客は『おおおおおおおおおお』という歓声を上げる。
ワンツースリーで顔面へのジャブを捌かれた後に、ボディーに右のショートフック、さらに左のローキックを使って変化をつけてきたが、俺は後ろへのステップと同時に左足を膝の高さまで上げて、何事もなかったかのように避ける。
俺に簡単にかわされたことで作戦変更したのか・・・ビッタート卿の構えが少し変化した。
今まではオーソドックスなサウスポースタイル(ビッタート卿は左利き)だったが、両手を胸の高さに下ろして構えた・・・
お! この構えだとカウンターを主体にした迎え撃つ形だな。
功スキルは超攻撃型なので、あながち間違った選択ではないのだが・・・あくまでそれは通常での場合に過ぎない。
相手から来ないなら自分から行くだけ・・・一歩でビッタート卿に肉薄すると低い構えから伸びあがるようにして右のアッパーカット。
ビッタート卿は俺のアッパーカットを左に体を捻りながらかわしたついでに右フックを上からかぶすように打って迎え撃つ。
俺がまいた餌にかかったな。
右手はアッパーカットで流れたまま、気を込めた左手でビッタート卿の右フックを文字通り弾き飛ばした。
ビッタート卿の体勢が後ろに崩れ、ガラ空きとなったボディーに一歩踏み込んでからの左の膝蹴り。
魔装術をまとったまま吹き飛んだあとで、崩れ落ちるビッタート卿。
功の作り出す気の攻撃ダメージは魔装術すら通り超えるのだ。
イワノスとリュドミラは驚愕した顔のままで固まってる。
つーか、第三闘技場にいる観客もほぼ全員が固まってしまった。
ボディーに膝蹴りを食らったビッタート卿がダウンしたままピクリとも動けないでいるんだからな。
俺は瞬時に元の功のファイティングポーズに戻ってビッタート卿に話しかける。
「先ほどのリュドミラさんとのスパーリングで見せた『功』スキルの威力はマスタークラスが手加減なしだと、魔装術を簡単に超えてダメージを残せるんです。俺が魔装術を解除したからって油断してちゃダメですよ。」
「うぐぅ・・・」
「気で与えられたダメージなんですから、全身の気を整えないことには回復まで時間がかかりますよ。」
俺が気を整えないとダメージから回復できないことを教えると、すぐに気を整えて立ち上がるビッタート卿。
リュドミラとは違い・・・ビッタート卿の合気道のレベルは上級に達してるので、瞬時の気の回復が可能だ。
立ち上がりながら・・・両目に闘志が宿ってる。
しかも全身に魔装術をまとわせたまま、俺と同じように全身に気をまとわせはじめている。
魔装術の黒いオーラをまとわせたまま、全身に気が張り巡らされて・・・全身が薄く光る。
格闘技の申し子という天才の才能が開花し始めた瞬間だな。
ビッタート卿はノルシアム・ビッタートが魔装神殺拳を伝える気になった、たった一人の弟子。
その才能は自分を越えているとして、100を超える弟子の中で唯一愛した才能だ。
俺とのスパーリングの中で、進化してノルシアム・ビッタートを越えようとしてくるほどだ。
ただ、まだ才能のみで功のような気をまとわせてるだけなので、気の量がまだまだ歪で厚すぎな所と薄い所、穴が開いてる部分もある。
俺はスパーリングを再開させ、歪な部分に攻撃をしながら指導する。
ビッタート卿の右ジャブを放ってきて、右拳には綺麗に気をまとわせてるんだが、ガードしてる左手の肘に気の穴があったので、俺は今までと違いジャブをはじかずに少し屈んでかわして、ビッタート卿の左肘に右のショートフックを当ててビッタート卿を吹き飛ばした。
「合気道がマスタークラスではないビッタート卿では仕方がないのですが、全身の気にムラがありすぎて歪になってます。今は左肘に穴が開いてましたね。」
また立ち上がり今度は一見全身に上手くまとわせてるようだったが背中側がまだら・・・穴だらけだった。
ビッタート卿が右ジャブを打ってきたんで、俺は上半身を後ろに反らしてかわした。
俺の誘いに簡単に引っ掛かり、ビッタート卿が全体重が乗った左ストレート。
ステップで避けて、ビッタート卿の右膝の裏側にローキックを当てると、功の威力でビッタート卿の両足が天井を向き、腹から落ちて瞬間的に転ばせる。
「今のは一見は全身に気をまとわせたようでしたが、背中側が雑でしたね。特に踏み込んだ右膝の裏側には気も魔装術もありませんでした。」
なるべく手加減して攻撃してるが、功スキルの持つ攻撃力は生半可ではないし、気の穴の開いた部分からの攻撃なので、ダメージは体の内部を駆け回ってる。
ビッタート卿の全身の気を整えるという作業にも支障がでてくるほど、ダメージは蓄積していき精神的には疲労困憊のようだな。
しかも今は魔装術をまといながら、全身に隙間なく気を巡らせるという・・・今まで経験したことのない複雑な作業をしている最中なので、精神的な疲労は魔装術だけの状態と比べると、数倍になるだろう。
けどそれでも、ビッタート卿は止めようとはしない。
今まで10年以上もの長い間、殻の中で自分が閉じ込められ成長することができなくなっていた・・・不安だらけの暗闇の中から解放された喜びが爆発してるようだ。
今の疲労困憊状態よりも、暗闇から光の世界へやっと抜けられたことの方が大きい喜びなんだろう。
俺も『功』と『魔装神殺拳』が癒合したらどうなるのかわからない。
彼が今歩いてるところは未知の世界だ・・・俺もノルシアム・ビッタートも見た見たことがない世界。
もしかしたら、新しいスキルが発眼する可能性もある。
ビッタート卿に対する目的は達成できた・・・ってより、ノルシアム・ビッタートの悲願と言った方がいいのかもな。
このスパーリングから得た経験で、彼が閉じ込められていた殻をブチ壊して、今後はより飛躍する事ができるだろう。
リュドミラも・・・俺が目の前でビッタート卿の魔装術の上からの攻撃で、ビッタート卿がダウンする姿を見せつけられて、自分が追い求める功スキルの威力に感動してる。
脳内では自分だったらこうするなどの様々なイメージトレーニングをおこなってるんだろう。
イワノスはまだ自分の順番が来ないことに、少しだけ悔しそうな顔をしてるけどな。
俺が見せた功というスキルには興味津々なんだけど・・・なんだけどっ・・・まだ? って顔だ(笑)。
イワノスの少し悔しそうな顔を見たらちょっと笑いそうになっちゃったけど、そんなに待たなくてもいいだろうな。
ビッタート卿は限界を突破したとはいえ、気力&精神力は観客の大声援の後押しがあっても・・・既にダメージの蓄積は限界を超えてるし、体力も気力も限界を超えたところでスパーリングしてるのだ。
功の場合はかすっただけでもダメージが残るのに、俺は何度も気の穴に攻撃してるので、ほぼ無防備な状態で攻撃されてるのと違いがない。
合気を整える事で全身に回ってるダメージをある程度までは打ち消す事ができるが、合気道マスタークラスでも完全には消せないほどの攻撃力を誇るのが功スキル。
合気道の上級者レベルのビッタート卿では何割かは残ってしまうのは仕方がない。
精神力のみで戦ってるのはすでに明白だ。
意識も無いような状態で、ビッタート卿が気力を振り絞って立ち上がったところで・・・限界を越えたようだ。
フラっと倒れるところをレフリーの青木が抱き抱えると、スパーリングの終了を宣言してビッタート卿のスパーリング時間が終了。
孫のペスカト・ビッタートがビッタート卿をおんぶして治療室まで運んで行くのだか、ペスカトは複雑な顔をしている。
最強だと信じていて自負もしていた祖父のビッタート卿が、何も出来ないで一方的に負けたのを目の当たりにしたんだからな。
けど、ビッタート卿自身は凄く満足そうな顔をして失神してるし、それに・・・自身も格闘家として、俺の功スキルに興味津々なのだろう。
だからこその複雑そうな顔なんだろう。
俺はビッタート卿をおんぶして去っていくペスカトの事を思いながらも、並立する思考で早速闘技場の舞台の上に上がってきた次なるスパーリング相手の『イワノス・ゲッペンスキー』の事を考える。
そもそも、この公開スパーリングイベントのスタートは・・・イワノスの回復リハビリ終了のご褒美的な何かだったはずなのだが・・・
何をどうなってとかよく分からないまま転がっていくうちに、お祭り騒ぎのビッグイベントになっちゃった。
イワノスからすると、ビッグイベントとなったのはどうでもいいのだけど、散々オアズケされて知り合いの楽しそうに戦う姿を見せつけられていたんだからな。
戦闘体制は等の昔に出来てるのにな(笑)。
レフリーの青木から再度、注意事項や説明を受けてるのだが、ほとんど聞いてないって感じで気が逸りすぎてる。
俺はアイテムボックスから取り出した冷たい水をグビグビ飲みながら、イワノスを観察してるけど・・・
イワノスが今現在修行中の『覇獣拳』の育成を手伝った方が良いのか、それとも覇獣拳の先を見据えて指導した方が良いのか判断に迷うな。
イワノス自身は覇獣拳特有の全身に闘気をまとわせた状態で、戦闘モードに突入してる。
覇獣拳は・・・
闘気を全身にまとって獣人しか持っていないスキルの『野生の感』をフルに発揮して戦うスキル。
なので、戦闘スタイルは決まった型などほぼ存在しないし、変幻自在というよりも『自由気まま』と表現した方が分かりやすい戦闘スタイル。
レフリーの青木からスパーリング開始の掛け声が上がったが・・・
俺もイワノスもお互いを注視しながら出方を伺ってる。
イワノスの構えは、両手は胸の高さにあって拳は握らずに少し開いてる。
両足は右足が少し後ろに開いていて、体を前後にリズム良く揺らしてる。
俺は両足は肩幅に開いた状態で膝を少し曲げてちょっとだけ前屈みの姿勢。
両手はダラリと下げて肩を少し揺らしてリズムをとってる。
お互いは少し姿勢は違ってるが、覇獣拳特有のリラックスした構えで、相手ののどんな攻撃にも対応出来て、自分からも瞬時に攻撃に移り変わる事ができる。
お互いがお互いの構えた姿勢を見て口を開いて笑ってる。
イワノスも初めは俺のリラックスした姿勢を見て、目を見開いて驚いたが今は俺と同じように笑ってる。
覇獣拳は獣人しか出来ないスキルと言われているし、俺自身もそう思っていたが・・・武神スキルマスターの俺には使えるようだ。
先に動きを見せたのは俺。
ノーモーションで体を低くコマのように回転させながら後ろ回し蹴りで足払い。
イワノスはジャンプして足払いを避けながら体を横に回転、側宙しながら俺の後頭部に蹴りを放ってくる。
俺は地面の石畳に手と顔をついて回転軸を変化させてイワノスの蹴りをかわすと、空中にいるイワノスが避けられない側宙の軸部分の胸に、地球のブレイクダンスのような後ろ蹴り。
イワノスは両手でガードして吹き飛んでいく。
イワノスは着地した瞬間に俺に向かって飛び、体を捻りながらの右フックを起き上がりつつあった俺の顔面に入れてきた。
瞬時に体を捻るが避けられずに左手のガードの上に当てられる。
お互いは相手を避けるようにして前回りして、体を離して立ち上がり元の構えに戻る。
さっきと違ってるのは、さらに大きく口を開けている笑顔だ。
覇獣拳の凄いところは大技がノーモーションで出てくる。
しかも凄まじいまでの威力で。
俺がイワノスと遜色ないレベルで覇獣拳を使いこなしている事に、観客席の観客達は驚きすぎで口を開いたままパクパクしてる。
レフリーの青木と舞台袖の特等席から見学してるリュドミラは目を見開いたまま固まってる。
今回のスパーリングで俺が見せてるスキルは『功』『魔装神殺拳』ときて『覇獣拳』。
その一つ一つのスキルですら伝説レベルなのに、若干15歳の少年と言っていい見た目の男が見せつけているのだ。
スパーリング相手となってる伝説の格闘家達を相手にして、遜色ないどころか伝説の格闘家を指導してるレベル。
ま、固まるのも無理はないわな。
イワノスの頭の中からは観客の存在は消えてそうだけどね。
イワノスは俺とのスパーリングが楽し過ぎて、何もかもの感覚が消え去ってる。
ただ、目の前にいる俺をどうやって倒そうかと考えるのも面倒な感じで・・・全身の闘気が一気に膨れ上がる。
体をすくめるように・・・全身のバネを溜め込むように少し屈んで小さく構えるイワノス。
全身が白く光る中、両手の指先から3cmほどプラチナのように輝きだす。
最初に気づいたのは妻のリュドミラだった。
「えっ・・・ここで?」
レフリーの青木が大声で叫ぶ。
「おい! イワノスさん。殺し合いは無しだ! ここでは不味いって!」
「青木さん、大丈夫ですよ」
「早乙女君、わかって言ってるか?」
「ハイ。そもそもこのスパーリングはイワノスさんのリハビリ全快記念なんですから。なので危険ですから青木さんは少し下がって見ててください」
「ちっ」
青木が4mほど後ろに飛んで下がる。
もう一人気づいた人がいた。
思わず魔導マイクで呟いてしまうエスコだった。
「これが伝説の覇獣拳、究極のバトルモード・・・『野獣』」
理性のタガを外して闘気を指先で獣の爪のように切り裂く刃物のようにして戦う覇獣拳のバトルモード。
俺はイワノスとは違い闘気を頭に集中させて髪の毛がプラチナのように白く輝きだす。
お互いが口を開けて顔が笑ったまま向かい合う。
俺の構えは変わってないが、イワノスは小さく屈んだ構えに変化してる。
イワノスが突撃してきたが、すでに技ではない攻撃。
両手で上から手を振り下ろしてきただけだった・・・ただ、スピードが今までの3倍以上だ。
俺はバックステップでギリギリ避ける。
威力も凄まじい・・・地面の石畳を指先で削り取ってる。
イワノスはそのまま俺に突撃した足を止めずに、バックステップした俺にタックルのように・・・抱きつくようにして両手を左右に開いて指先で攻撃してきた。
俺はイワノスの頭を両手でつかみ体を回転させながら、イワノスを飛び越えてまたもギリギリでかわす。
ギリギリ過ぎてたびびとの服が少し切り裂かれてる。
凄い威力だな。
だけど・・・野獣は究極ではない。
野獣は覇獣拳の上級レベルでの初期の技であって、マスタークラスの究極のバトルモードは指先ではなく脳味噌と全身の神経に闘気を集中させて・・・全身の反応速度と動きのスピードを爆上げさせること。
敵の攻撃の威力を感じて安全に避け、安全な状態で攻撃を加えるのが目的だ。
感覚的には『剣客』とすごく似てる。
今のイワノスからの連続攻撃もかわしながら、数発のジャブをイワノスに当てている。
お互いが向かい合って口を大きく開けて笑っている中、イワノスからタラリと鼻血が出てきたことで・・・俺が攻撃を避けながら、誰も気づかないパンチを当てていたことが観客に伝わったようだ。
「おおお・・・」
という声があちこちから上がってる。
覇獣拳の闘気がイワノスの鼻血をすぐに止血して止めたのだが、回復速度が上がってる覇獣拳のバトルモードですら鼻血を出させるジャブの威力ってのは観客には伝わってないだろう。
青木とリュドミラは近い距離から目を離さずに見ていたのに、俺がジャブを打ったことすら視認できなかったので驚愕してる。
俺からも攻撃させてもらうか・・・イワノスは野生の感が全開になってるので何かを感じた瞬間に行動に移り、瞬間移動のような瞬足ステップで近づいた俺の顔面に左フックのような爪攻撃。
イワノスの攻撃を読んでた俺は爪が当たる寸前に姿勢を低くするために両足を開いて屈み爪攻撃をかわしながら、ボディに3連続左フック。
ボディにパンチを食らいながらイワノスが反撃の右のミドルキックを繰り出してきたが、その頃には俺はバックステップで安全圏に離脱してる。
攻撃も防御もスピードが尋常じゃないので、先ほどまでのスパーリングと違い観客は目で追い切れていない。
青木やリュドミラでさえイワノスが動いてるのがわずかに見えるのだが、俺が何をしてるのかまで見えてない。
当事者のイワノスですら野生の感のみで反応してるだけで、俺のスピードは見えてない。
しかし、イワノスが望んだスパーリングがこれなのだろう。
今は歯をむき出して笑ってる。
ここまでの高レベルでの戦闘はそうそう体験できないのだ。
命のやり取りはないという、俺にハンデがある中で自分は全力で戦える。
その喜びが顔に出てる。