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楽しみだったスパーリングが始まったっす。

第三格闘場内を見回りながらワクワクとした期待を膨らませた笑顔で歩いてる俺。


スパーリング相手の3人も俺と同じように歩き回ってる。

控室代わりのテントが会場わきに設置されていて用意をした聖騎士団から、準備が整うまでそちらで休んでいてくださいと言われてるんだが、テンションが上がり過ぎてジッとして座ってなどいられないのだろう・・・俺もそうだし。

テントの中には俺達4人の家族が控室に入っていて、にこやかに歓談しながら休憩中だったりする

会場も俺達と同じようにボルテージは上がりっぱなし。


会場内の熱気につられてビールや酒、おつまみもバカ売れしてるようだ。


会場では先程まで記念式典の司会進行役をしていた『エスコ・ペッカ・バンゴ』が、そのままこちらでも司会進行役をすることになったようで、魔導マイクを持って記者席にいる格闘記者たちに話を聞いて回って会場に流している。


このエスコって人は多才だな。


オペラ歌手のように歌はすっごく上手いし、司会進行のMCもかなり上手い。

しかも、格闘関係も詳しいようで・・・かなりツッコんだ質問で格闘記者達から情報を引き出そうとしてるのに、記者が答えた格闘関連の難しい用語などを素人にもわかりやすいように説明まで加えてる。


・・・そういえば、教会でアマテラスがエスコは司会者として首都シーパラで一番人気だと言ってたな。


彼の天職なんだろう。


エスコが会場の熱気を覚めないように上手くあたためてるので、余計にビールが売れるという・・・飲食関係者からボーナスがもらえそうな司会っぷりだ。


格闘場の中心にある石畳でできた舞台の上に最初のスパーリング相手である『リュドミラ・ゲッペンスキー』が既に上ってきて、ウォームアップで柔軟をしながら、時々シャドーキックボクシングで体を温めているんだが、空気を切り裂くようなハイキックの音が俺にも聞こえてくる。

イワノスやビッタート卿は体の柔軟を行いながら、うろうろ歩き回ってる。

俺は武神スキルのおかげ・・・つーか、スパーリングを行う4人とも、戦闘に関してのウォームアップなんて全く必要ないのだが、今ははやる気持ちを抑えるかのように手足と体の柔軟を自然と行いながら会場を見て回ってる。


先ほどのシーパラ教会の大礼拝堂の幻想的なパイプオルガンの音色とは違い、闘技場内では大小さまざまで複数の太鼓が打ち鳴らす原始的なリズム音が、より純粋なまでの格闘意欲を沸きたててくる。


観客席の観客が大きな声で騒ぎ始めたのは、舞台上にいるリュドミラのシャドーのスピードがますます上がって、風を切り裂く連続キック音が観客席にまで響き始めたからだろう。

しかし、リュドミラが手に装備してるのはキックボクシングのグローブではなく、総合格闘技用のオープンフィンガーグローブだ。

着ているのは作務衣に帯をまいたような、イーデスハリスでは立ち技・寝技・総合格闘技など、なんにでも使えるオーソドックスで一般的な胴衣なので、恰好からは目指してるものがまだ見えない。

エスコと記者との話によると・・・リュドミラは最近、合気道のとある道場に通い詰めていて新しい格闘スタイルを探しているらしい。

理想が漠然とし過ぎていてボンヤリとした形すら、まだ思い描けていないようで・・・壁にブチ当たってると当人が周囲の人に漏らしているという情報が格闘系の雑誌記者から出てきた。


う~~ん、立ち技の空手とキックボクシングのマスタークラスで、次は合気道・・・リュドミラの目指してる先がよくわからないな。

寝技も含めた総合格闘系なのか?

本人にもよくわかってなさそうだし・・・これはこれで指導が難しい。

本人と実際に戦いながら探っていくしかないのかな?

などど思案していたら、次の記者が大きなヒントをくれた。


「合気道の持つ気を含めた攻撃で一撃の『重さ』を倍増させたい」


そっちかよ・・・なるほどね。

性格的に立ち技にこだわりもあって、さらに極めたい。

だが組まれた時や寝た状態からでも、合気道が持ってる『気を含めた攻撃』はどんな体勢からでも相手に触りさえすれば確実に相手にダメージや致命傷を与えられる。

リュドミラの性格が見えてきたな・・・あくまでも打撃にこだわり続ける気だな。

この考え方だと『こう』だな。


合気道スキルと空手スキルとキックボクシングの3つがマスタークラスにならないと発現しない上級のスキル・・・『功』。


相手に自身の体の一部でも触れてさえいれば、確実にダメージを与えることができる『超攻撃型スキル』で、合気道とムエタイとボクシングのマスタースキルでも発現するスキルだ。


ただ この上級スキルの唯一と言っていい弱点は・・・全ての打撃攻撃を無効化することが可能な『守護者ガーディアンのマスタークラス』には効果がない・・・まぁ、守護者スキルマスターに打撃攻撃可能なのは武神スキルが必要だけどな。

そもそも守護者も伝承されてなくて、現在のイーデスハリスの世界においては消え去ってしまったスキルらしいけど。


功スキルを学ぶことができる道場って最近はないんだろうか?

ヘルプさんに確認したら、今のところヨークル・シーパラ・ドルガーブ・シグチスなどでは功の道場は存在しないようだ。

無論、道場が全くない『バイド村』『ゾリオン村』『マヅゲーラ』『ブランディックス』『マイアートン』は最初っから省いてる。


守護者でもそうなんだけど・・・合気の重要性って近年のイーデスハリスではかなり軽視されてるみたいだな。

青木さんの親戚の合気道道場もそうなんだが・・・子供が学ぶとっかかりの武道、もしくは女性の護身術として位置付けられてるような・・・武道としては少し軽く扱われてるような印象すらある。

武器スキルにしろ格闘スキルにしろ、合気道というスキルって上級スキルを目指すうえで結構重要なスキルなんだけどね。

気の取り扱いにけると探索スキルなども身に着けやすくなるし、応用の効く便利なスキル・・・その後の発展も数多くあり、結構使い勝手の良いスキルなんだけどな。


リョドミラが目指したい方向性が分かったので俺の思案がまとまってくる。

彼女が目指してる格闘スタイルの完成形をスパーリングの中で見せつけるべきだな。

俺がはっきりとした完成形の功を使って彼女と戦い、身をもって体験させてあげたほうが・・・今後、自分自身の目指す道が見えてくるだろう。


俺の思案がまとまった頃を見計らったかのようにスパーリングの開始時間が迫ってきたので、俺も格闘場の中央にある直径20mほどの舞台の上に上がる。


リュドミラは武道着に着替えてるが、俺はキャンピングバスの中で記念式典中に装備していたサイラスの甲殻鎧からたびびとの服に着替えたままのスパーリング・・・ってか道着なんて必要とすら思ってなかったので作ってないしな。

たびびとの服もゾリオン村で購入したモノなので装備品ではなく、極一般的な『服』だ。

そんな俺の装備(?)を見て、俺の15歳という見た目もあいまって観客席からぽつぽつブーイングが出ている・・・もうすでに嫌われてるなぁ俺。


レフリーから『両者ともに中央に集まって!』と指示を受ける。

レフリーが青木さんだった。

青木さんからこのスパーリングの概要を再度レクチャーされる。

『命のやり取りはないこと』

『参ったと言うか 戦闘不能だと判断したレフリーがスパーリングの終了を宣言すること』

などなど。


レフリーは青木さんか・・・まぁ、青木さんぐらいしか冷静にジャッジできないだろうから、今回の3連続スパーリングでは絶妙な人選だろう。

それに・・・目の前で見てる青木さん自身にも良い経験になるだろうし。


『それではスパーリング開始!』


青木さんの掛け声でスパーリングの第一試合が始まった。

リュドミラは俺が突き出した両拳りょうこぶしにオープンフィンガーグローブの両拳をポンと当てると3mほど後ろに飛び下がってキックボクシングのファイティングポーズで構えた。


やや後ろの左足に重心を寄せて右足でリズムをとりながら徐々に近寄ってくる。

オーソドックスなサウスポースタイルだ。

しかしリュドミラは右利き。

なるほど・・・右利きのサウスポースタイルか。

右利きのサウスポースタイルの利点は利き手でのジャブで通常以上の”重さ”を加えられるし、自由に通常の右利きのスタイルに変化させられるので変幻自在となる超攻撃型となる。

ここらへんにもリョドミラの打撃攻撃一辺倒な性格が出てるな。


俺はオーソドックスな構えで・・・右足を後ろにやや引いた構えで、少し前かがみで両手は少し開いて目線の位置。

『功』の標準的な構え。

しかしながら、功はこの上に全身に気を張り巡らせるので、今の俺は体が全身が薄く光ってる。


俺を攻撃の射程圏内に入れたリュドミラが

「シャッ」

っと息を吐きながらリョドミラが牽制の左ミドルキックを放ってきた。

俺は右手で内側から外へとリョドミラの左足を軽くはたく。


リュドミラの牽制で軽くはなったミドルキックだったんだが、リュドミラから見て小さな体の俺の右手で軽く払っただけの捌きに体ごと逆回転しながら1mほど吹き飛ばされ、会場にいる全員が驚愕の声を上げ息をのむ。


超攻撃型スキルの『功』に防御なんて存在しない。


この通常なら何気ない防御ですらも攻撃となるのが『功』なのだ。

相手の体勢を崩し自身の攻撃につなげていく・・・

てのひらにある気がリュドミラの攻撃を弾く程度じゃなく、文字通り全身を吹き飛ばすだけでなく、体の内部にまでダメージを残す。

ごく自然な行動にでも気を加えることで攻撃に変化していく・・・これこそが『功』。

俺の”攻撃”をまともに食らい吹き飛ばされたリュドミラは両目を輝かせて・・・自身の崩れた体勢を瞬時に戻すと目を輝かせたまま俺を睨みつける。

今、彼女は天啓を受けて覚醒した顔をしてる。

俺が今した攻撃だけで自分の追い求めてきた『未来』が垣間見えたんだろう。


さすがは伝説レベルの格闘家だな。


さらに驚いたことに、リョドミラはキックボクシングの構えから、俺と同じような構えへと自分で無意識のうちに少しずつ変化してる。

そして・・・自身が体内に持っている気を少しずつ練り始めた。

これはこれは・・・彼女の持って生まれた才能なんだろう。

リョドミラの格闘スタイルの変化に気づいたのは、今のところ格闘場内ではビッタート卿とイワノスだけっぽいな。

両者とも驚愕の目で格闘場中央にいる俺たちを見つめてる。

格闘関連の記者や格闘に詳しい司会者のエスコもまだ何かを感じた程度だろう。

俺の嫁4人とおやっさんも気づいた側だな。

レフリーの青木さんは流石に気づいた側。


・・・この変化に気づくには俺(神を凌駕するレベル)への理解度か、物凄く豊富な戦闘経験が必要なようだ。


リュドミラは今度は右足で前蹴りを放ってきた。

彼女の成長がうかがえるのは・・・既に右足に気をまとい始めてたからだ。

だがしかし合気道の初級者レベルのリュドミラでは、まだ気は薄くまとってる程度なんで俺の左手で軽く弾かれる。

しかしリュドミラも前蹴りをした右足に気をまとい始めたおかげで体勢を少し崩されるが、さっきほど体ごと吹き飛ばされはしない。


しかし、少し体勢を崩されたことにリュドミラは焦りを隠せない。

をいをい・・・いくら何でもぶっつけ本番でいきなりは無理だろ。

俺は教師スキルが発動してリュドミラにしか聞こえない声で話し始める。

「『功』というスキルをリュドミラさんは、初めて体験したんです。見よう見まねでやってみて上手くいかないからって焦らないでくださいね。」

「功・・・ですか?」

「はい。先ほど私が見せたのが『功』というスキルです。このイーデスハリスの世界では既に廃れたスキルのようですが、空手とキックボクシングと合気道のマスタースキルがあると発眼するスキルなんです。なのでリュドミラさんが使いこなすにはまだまだ早いとしか言えません。今は俺がリュドミラさんが追い求めるスキルの完成形を見せてあげますよ。」

「ハハハ、それは楽しみだ。」

「期待は裏切りませんので、リュドミラさんは自身が持つ全てを俺にぶつけてください。」


俺の言葉でリュドミラは俺の真似をするのをやめて自分の慣れ親しんだスタイルで攻撃を始めた。

両目に闘志を込めて。


が、しかし・・・見たことすらないスキルの怖さを味わうのはこれからだったりする。


リュドミラが右のジャブを放ってそのまま踏込んで下から突き上げるような右のボディーアッパー。

しかし俺は功のスキルマスター。

ジャブをくらってもまったく動揺するどころか瞬きすらすることなく顔面でジャブを受けとめ、何事もなかったのかのように左手で左から右に払うようにボディーアッパーを捌く。

全体重を乗せたショートアッパーを軽く捌き、リュドミラが少し体が流れて崩れた体勢に追い打ちをかけるかのように、右のビンタのような掌底をショートフックのようにオデコに当てると・・・リュドミラのオデコを支点にして両足が持ち上がって背中から地面に落ちた。


俺はそのまま追い打ちすることもなく、一歩下がって元の体勢に戻って、そのままリュドミラが起き上がるのを待つ。


俺が軽く捌いてるだけで伝説の格闘家が転がされてることに、観客席は水を打ったかのように静まり返る。

司会者のエスコですら呆然として開いた口が塞がらない。

自分たちが思い描いた光景とは全く違う場面を見せられてる観客には理想と現実のギャップが大きすぎて脳がついていけてない感じだな。


リュドミラとイワノスとビッタート卿・・・ついでにレフリーの青木だけが爛々と目を輝かせてる。

おそらく生まれて初めて見た功スキルの持っている攻撃力に興味津々なんだろう。

ま、俺の想像した通りの展開になったな。


リュドミラは俺から離れるように横に一回転して素早く立ち上がるが、捌きだけでこの威力って事に期待が膨らんでニヤニヤとしてる・・・自分が夢に描いて理想としていた体術なんだからな。


・・・今度は俺の攻撃を見せますかね。


俺もリュドミラが初めにやったように素早い踏み込みからの左ミドルキックを放つ。

リュドミラはとっさにキックボクシングの要領で右足と右手でガードするが、ガードした体勢のまま3m近く後ろに吹っ飛び・・・今度は膝からガクンと崩れ落ちて両手を床となってる石畳につけた。


これが功の攻撃力。


功の場合、ガードの上からでもダメージが通るんで・・・全く持って意味がない。


まともな攻撃をガードしても衝撃が内蔵すら通り越して、脳や背骨にまでいってるだろう。

功のマスタークラスになると、その攻撃力は・・・フルプレートアーマーをフル装備した盾職タンクの盾の上からの攻撃でダウンを奪えるレベルとなる。

合気の持つ気をすべて攻撃に向けると、このようなありさまとなる。

まぁ・・・これでも俺の場合は、結構手加減したんだけどな。

ガクガクとする膝を強引に押さえつけて、必死に起き上がろうとするリュドミラに優しく語りかける。


「これが『功』というスキルの攻撃力です。この攻撃の前ではガードは無意味となります。打撃力ではなく気の力を相手に叩き込む技なんで、フルプレートアーマーや硬い甲殻を持つ魔獣にでも、生物の内部に大きなダメージを与えられます。」

「ぐぅ・・・がっ・・・」

「まだまだ時間はありますので慌てて立ち上がらなくてもいいですよ。これは殺し合いではなく、あくまでスパーリングなんですから。まずは呼吸をしっかり整えて自分の中の乱れた気の流れを落ち着かせてみてください。」


俺の直接指導の下でリュドミラは自らの意思でもって、自分の体内を流れてる気の流れを整え始める。

いくら類いまれなる格闘センスを持つリュドミラといえど合気道が初級者レベルでは、すぐに気の流れを整えることはできない。

リュドミラは意識を集中させ、徐々に気の流れをコントロールし始めて・・・乱れた気の流れとともに息も整い始め、ゆっくりと立ち上がることができた。


「先ほども言ったように、この功の攻撃に対してガードはまったく無意味です。かすっても内部にダメージが入りますので、かすらせないようにかわすしかありません。」


俺が話しかけながら、功スキル独特の16ビートの細かいリズムをとり、小さな動きの小さな歩幅でリュドミラに近寄っていく。



~~~リュドミラ 視点~~~


彼に言われた通り呼吸と気を整えることで、なんとか立ち上がることはできたが、頭の中は混乱の極みにある。

相手の攻撃力は今さっき身をもって味わった。

明らかに手加減されているにもかかわらず、まともな攻撃ですらないような数発の攻撃で意識が飛びかけるレベルのダメージだった。


ガードの上からの攻撃なのに、いまだに目がチカチカしてる・・・気の内部に与えるダメージの深刻さは自分で予想していダメージをはるかに超えている。


相手にかすることすらさせずに攻撃するしかない状況の中で・・・自分の持つ数々の技でも、なにもさせてもらえそうにない。

何もかもの自分からの攻撃が捌かれてカウンター攻撃を食らいそうだ。

捌きそのものにもダメージが残る攻撃力なのだ。


彼が作り出す独特な早いリズムの波に飲み込まれそうになる。

解決策どころか糸口すらが全く見いだせないまま焦りながら後ろに下がり続ける私に、彼は懐かしい事を言った・・・


『頭で考え続けても無意味ですよ。ガムシャラになって体で肌で全てを”感じて”ください。貴女はその感じたモノを全身で学べるんですから。』


まだ10歳にもなってない頃・・・自分が師匠から言われた言葉だ。

記憶の片隅にほんの少しだけ残っていた超絶懐かしい言葉だった。

300年以上前に言われたわね。

・・・自分自身が挑戦者ですらなかった時代の頃の記憶が呼び覚まされた。

フッ・・・確かにね。

彼が私の為に『功』という世界的にも珍しいスキルをわざわざ披露してくれてるんだ。

全身で彼の厚意を味わってこそ有意義な時間といえるだろう。


・・・そう、これは戦いではない。

私が全精力をぶつけて戦ったとしても・・・彼から見れば私は挑戦者ですらないのだ。


~~~リュドミラ 視点 終了~~~



ん?

俺が発した言葉でリュドミラが急に眼を輝かせて・・・小さくなりかけてた彼女の体内の気が膨らみ始めた。

あまりのダメージの深刻さに突如として頭にこびりついてしまってた”未知なる技への恐怖”から、ようやく吹っ切れたかな?

彼女の闘志が復活した・・・まぁ、せっかくのスパーリングが無駄にならないように、そうなるように仕向けたんだし。

・・・それに俺がリュドミラに対して行ってるのはただの攻撃じゃない。

リュドミラの体内にある気の流れが少しでも流れやすくなるように・・・パイプを太くする荒療治的な攻撃だったりする。

リュドミラの気の流れが良くなるように、流れの悪い部分を攻撃して、澱みや滞りを強引に押し出して流れやすくしている。

気の流れが色づいてみることができる『チャクラ魔眼』を使用してるからこそ可能な荒療治なんだけどな。


リュドミラの放った右ハイキックをかいくぐってから、軸足の左足を軽くビンタして転ばせる。

蹴った方の右足には気をまとってるんだが、軸足には気が入ってなかったので簡単すっころんでしまうリュドミラ。


「攻撃だけでなく全身に気を行きわたらせた状態を維持し続けないと、功スキルの意味がないですよ。リュドミラさんが知っての通り中途半端な武道は身を滅ぼす原因となりますよ。」

「・・・くっ」


何かと俺の功スキルの物真似をしたがるリュドミラを軽く注意しとく。

実験的にやってみたい気分なのはわかるんだが、ここでは意味がないので時間の無駄だ。


が、そこからのリュドミラは俺が手加減してくれるのはわかってるんだからこその無謀な攻撃も織り交ぜてくるあたり・・・結構、知能犯だな。


流れを変えようとして・・・突然に俺の頭を抱えて飛び膝蹴りをしようとしてきたときは、さすがに笑ってしまった。

しかしリュドミラも、首だけで体ごと投げられるとは思ってもなかったようだ。

それでもヤバイという予感が働いたのか・・・攻撃を中断して自らが投げられる方向に飛んでいけるのは、獣人特有の感でも働いたのか・・・


投げられそうになって自分自ら飛んだあとに体勢を整えると、今度は手法を変えて・・・キックの軌道を強引に途中から変化させるような蹴りを放ってくる。

ミドルの軌道からハイへ、ハイからローなどなど・・・

しなやかな筋肉を持ってないと数発で肉離れを起こしそうなほど、相当強引な攻撃。

隙間を埋めるように、時々パンチも加えてくる。


だが、俺はリュドミラの猛攻をかわし、捌きながら彼女の中の気の流れが悪い部分を集中的に攻撃を当ててゆく。


俺が攻撃を加える度にリュドミラの猛攻はストップしてしまうが、それでも彼女は何度でも立ち上がって向かってくる姿に、観客席の誰もがリュドミラに声援を送る。


『頑張れ~』

はわかる。けど・・・

『負けるなぁ~~』

はイミフだ。


これはスパーリングで勝ち負けのある試合でもないし・・・そもそも俺は指導してるんであって勝負じゃないし。

だけど、こういう声援って不思議と力が湧き出てくるモノだから、リュドミラもうれしそうだな。


俺は観客側から見たら・・・完全に悪役だ。

悪役の方が似合ってるのは、強すぎる宿命だろうけどね。


俺が攻撃を加えてリュドミラがダウンから立ち上がる度に、彼女自身の内部にある体内の気が大きくなってることに気づいたのは、イワノス、ビッタート卿、青木、カレン、おやっさんの5人しかいなかった。

まぁ、この第3闘技場内にいる高レベル者はこの5人だけだしな。

冒険者レベルならこの5人はイーデスハリスの世界での平均的なSクラスを凌駕してる。

しかも実戦経験も5人ともが豊富なので、目の前の現実を受け入れるのは瞬時のレベル。

実戦経験が豊富なだけ修正能力がかなり高いようだな。

現実とのギャップに悩まされてるようじゃ実戦では役に立たないからな。

見た目のファンシーさから想像ができないような極悪な攻撃を仕掛けてくる魔獣は、ダンジョンだけでなくフィールドにもたくさんいるし。


観客側から見たら悪役の俺の方が結構エグイ攻撃をされてる。


リュドミラは自分の中にあったリミッターが完全に外れたようで、先ほどと同じように頭を抱えて膝蹴りしようと見せかけておいて・・・オープンフィンガーグローブを利用して親指でのサミング(目つぶし)もさりげなく入れてくる。

もはや本能だけで戦ってるようだ。

まぁ俺の場合は防御力が高すぎて、眼球に直接当たっても効かないんだけどね。

手を振り払うかのようにして内側から両手で払った後で、頭突きを胸に当ててリュドミラの体ごと吹き飛ばす。


吹っ切れたリュドミラは、レベルの高い攻撃をいろいろ仕掛けてくる。

しかし時折、普段は使えないようなエグイ反則技を織り交ぜてくるあたりが・・・流石は伝説レベルの武人だな。

マナガルムと遜色ないほどの多種多彩な技を持ってる。


が、楽しい時間もそろそろ終わりが近づいた・・・リュドミラの体力と精神力が限界を超えたようだ。

俺の攻撃をかわし切れずにかすって転がった後、起き上がることができなくなったようだ。

慣れない気を使った攻撃や防御を繰り返していたから、自分自身が想像していたよりも早く終わりが訪れたようだ。


レフリーの青木がスパーリングの終了を告げてリュドミラとのスパーリングの時間は終わった。

観客席はまた静まり返る・・・観客にとっては不思議な光景なんだろう。


猛攻を繰り返していた伝説の格闘家のリュドミラが成すすべもなく何度も何度も転がされていて、今は立ち上がることさえできなくてノックアウトされている。

対戦相手は最近巷を騒がせている冒険者で、先ほどの昇進記念式典でSランクに昇進したとはいえ・・・わずか15歳の男なのだ。


だけど、旦那のイワノスにお姫様抱っこされて闘技場を去っていくリュドミラは・・・

『至福の時間』を心まで楽しんだかのような幸せそうな顔をしてる。


しかも、このまま次はシーパラ連合国冒険者ギルド本部のギルドマスターに就任したばかりの『アクセル・ビッタート』と立て続けにスパークリングを行う。

観客はどう反応していいのか、既にわからなくなってるようだ。


ま、観客の反応をよそに・・・俺はアイテムボックスから冷えた水を取り出して飲みながら闘技場に上がってきたビッタート卿を眺める。


既に体内の魔力を硬質化させて全身に身にまとった状態・・・『魔装術』が発動している。

レフリーの青木からスパーリングでのルール説明がされている中、眼は爛々と輝いていて戦闘態勢の準備万端って感じだな。


・・・俺はどう戦うべきか少し悩んでる。

魔装術の欠点をついて戦った方がいいのか、それともビッタート卿はまだ完成させていない魔装神殺拳を発展させるために、俺が完成してる魔装神殺拳を披露すべきなのか・・・

レフリーの青木が開始の掛け声を挙げてるのに・・・まだ悩んでた。

開始の掛け声とともに突撃してきたビッタート卿は左ストレートを全力で放ってきたのを見て心が決まる。


せっかくのスパーリングなんだから、両方狙うっきゃないな。


瞬時に俺も魔装術を全身にまとって、ビッタート卿のパンチを少し屈んでかわして左フックのクロスカウンターを決める。


右顎の下から電撃のようなフックを食らっ、一撃でがっくりと膝をつくビッタート卿。

その姿に闘技場全体がまた静まり返ってしまった。

魔装術をまとってるビッタート卿がたったの一撃でダウンさせられたのが理解できないようだ。


俺から言わせれば・・・

爆発的なまでに防御力を飛躍させる魔装術といえど、自身の防御力を超える攻撃力を食らえばダメージが入るのは必然だ。

ビッタート卿も魔装術の防御力を過信しすぎているきらいがあるような攻撃だった。

今現在のイーデスハリスの世界において、自身の魔装術の防御力を超える攻撃なんて想像すらしてなかったんだろうな。

俺は無慈悲にビッタート卿に告げる。


「魔装神殺拳は『王者のこぶし』ではないはずだ・・・神を殺すという不可能に挑戦し続ける『挑戦者のこぶし』であるはずだ」


魔装神殺拳を編み出した『ノルシアム・ビッタート』・・・アクセルの祖父の口癖だった言葉。


眼を見開いてすくっと立ち上がるビッタート卿。

ようやく本気になったようだな。

・・・つーか、全身から殺気があふれ出している・・・おいおい、殺し合いをする気かよ。


これは大幅な修正が必要かも・・・俺が指摘したことが図星過ぎてブチ切れしてるな。


右足でハイキックを放ってきたので、キックをくらっても関係なしに捕まえてキャプチュードで受け身の取れない投げ技でダメージを追加させる。

魔装術をまとっていて・・・本来なら自分が何のダメージもくらわないまま、攻撃するはずだったのだろう。

しかし現実は真逆のことが起きている。

自分でも信じられないのだろう。

今度は呆然としてそれほどのダメージでもないのに立ち上がれない。


やっとブチ切れは治まったみたい。

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