シグチスの夜の闇っす。
俺はアイテムボックスに入れてある今回のシグチス粛清の全貌を書いたレポートをレオーンに渡す。
俺が最初にした裏の組織の地下闘技場を潰した部分から始まり、昨夜の亡命政権の全滅や先ほどのドリンクギルドの皆殺し決闘まで詳細に書いたレポートだ。
任侠ギルドが吸収した全奴隷の人数ともすべて詳細に書かれてる。
流石にこのレポートを見たレオーンは唸って俺に話しかけようとしたのを静止して俺はこの部屋に掛かっている結界を俺の封印結界で強化してから話しかける。
「これで大丈夫です、レオーンさん・・・どうかしましたか?」
「厳重な結界ですね」
「このレポートは最高評議会議員のレオーンさんと信頼のおける部下でのみ管理してください。任侠ギルドの秘密は国家機密レベルでと考えて頂きたいです」
「あぁ、そういう事ですか・・・それもそうですな、まだ任侠ギルドが表の組織になる前でしたね。して・・・ここまで情報を提示して教えてくれる早乙女さんと任侠ギルド側のメリットは?」
「任侠ギルドがしてる事はドルガーブやエクステンドでで賭博ギルドを使って裏奴隷取引や裏での薬販売を壊滅させてるのと同じ事です。非合法な組織を非合法な手続きで力で叩き潰す・・・ただそれだけです。ある程度の闇の部分は残りますけど、影の部分が全くない世の中ってのもおかしい世界ですし」
「最高評議会の議員としてそれは理解できます。という事は任侠ギルドは賭博ギルドの手が届かないところをサポートしてくれるという事ですか?」
「それは俺から答える事ではないですね。あくまで俺は『任侠ギルドの協力者』という立場以外にはそこまで興味がないです・・・って事にしておいてください」
「ふ~~む、わかりました。それとこの亡命政権の全滅は・・・」
「それはアマテラス様のご神託ですね。彼らが持って逃げた莫大な資産と古代から伝わるアイテム達を本国に返す・・・そのための処置ですね。シーパラ連合国側は彼らの本国と連絡を取って国交復活に動けばいい。邪魔をしていた亡命政権は壊滅してるというのは本国の人達もすでに知ってますから」
「すでに知ってる? といいますのは、いったいどういう事なんでしょうか?」
「俺が亡命政権側から奪い返した全ての金と資産は本国に送り届けたとアマテラス様から教えてもらいましたから、間違いなく知ってるはずです。俺からのお願いはあの亡命政権の邸宅という砦があった土地は教会にて公式な浄化を行い、分割して格安でに売るというのはいかがですか? 儲けは最高評議会側で預かり本国との国交再開後に返還したらいい。できれば格安で購入した農産物を送ってあげた方が本国側は喜ばれるでしょうね。シーパラ連合国との関係が冷え込んでいたせいで本国の食糧事情はかなりキツイ状態でししょうから」
「それはいいアイデアですね。あの国は元々シーパラ連合国にとって農産物の輸出国でありましたし。シグチスに亡命政権ができた10年前から関係は冷え込んでしまってますが、これからの関係改善に最高評議会議員として約束しますよ」
「それはありがたい。俺も潰した甲斐が出てきます」
そんな感じで俺が潰した組織の個々の犯罪履歴などはすでに聖騎士団に渡してあるので、その辺の詳しい話はカットして簡単に説明だけしてさらりと流す。
俺もレオーンに疑問をぶつけた。
「俺を冒険者ギルドのSランクにするためにケミライネン家と角館家の持つ権力を一時停止させたというのは本当なんですか?」
「えぇ、まぁ本当の話です。耳が早いですね」
「俺にもよく聞こえる耳と良く見える目を持ってるという事ですよ。詳しくは言えませんけど」
「本音で言えば聞いてみたいですけど、それは答えてもらえませんでしょうし聞かない事にします」
「よろしくお願いします。して、最高評議会の真意は何ですか?」
「我らシーズの家は権力を持つ代わりに強固な自制心も持ち合わせなければならない・・・これは我が家の初代から伝わる伝承なんですけど、こういうモノはシーズの家の各家庭において伝承されていると最高評議会は信じていたんです。ただユマキ家・フォンマイ家などを筆頭に『商人が作った国』なんだから儲けを中心に考える事は当たり前だという家訓の人達も多くいたも事実でした。ですがその儲け至上主義の人達ですら激怒させたのが今回の賞金首事件ですね。我々の説得を一切応じることもなく賞金を取り消さないですし、目的が金儲けでもなく行動は金儲けと真逆の事をしてますから」
「俺は賞金を賭けられていた方だからよく彼らの主旨が全く見えないんだけど・・・結局彼らは何がしたかったんだ?」
「私は会議で彼らの話を直接に伺ってるのですけど『特権階級意識』が引き起こしてるとしか言えませんね」
「という事は、特権階級にいるシーズに逆らう奴には何をしてもいいと思ってるとかですか?」
「そんな特権階級意識が彼らを縛りつけていたのではないかと私は思います」
「何の為にウェルヅ帝国の貴族を追い出したのか・・・自分達が貴族になるためなんだろうか」
「その辺は当事者たちが生き残っていない現在では推測する事しかできませんが、今回の事件の首謀者『リカルド・ケミライネン』と『角館将仁』の2名には何度かの会議の後の結論が”説得不能”という事で今の『シーズと最高評議会議員としての権力を一時停止する』になりました」
「ケミライネン商会とテイマーギルド、角館商会と奴隷ギルドが国軍の監視下に置かれるという発表なんですが、それはどこまでの制限してるんですか?」
「軟禁するなど、行動を制限することは不可能です。ですが・・・金の流れはすべて監視下におくという話なので、自由に使える金ではあってもそのお金の流れは商売上の決済ですら、全て国軍の特別チームによって監視されて最高評議会に逐一報告がくる予定です」
「もしかしてここまでの大騒動ってシーパラ連合国の500年の歴史で初めてなのですか?」
「基本的に商人は理によって動きます。それは国の利益であったり個人的な儲けであったり様々なんですけど・・・利益を生み出す行動をすることが商売である以上、将来の為になる損失であれば我慢もできましょう。が、しかし今回のリカルドさんと将仁さんの行動には儲けも将来の為にという損失でもなく・・・被害しかないのです。彼らはプライドの為だけに全てを犠牲にするという商人とはあるまじき行動で、我々商人がシーパラ連合国を作るうえで無くした筈の『特権階級のプライド意識』の為に国を賭けようという言質しか出てきませんでした。何度も何時間も行われた会議の中で『説得できないので権力を権力によって停止させる』という事しか解決方法がないという・・・この経験はシーパラ連合国の歴史上はじめてですね。すべての最高評議会の議事録を覚えてるわけではありませんが、多分・・・歴史上、最高評議会が決裂して議員資格とシーズの停止処分は初めてなので今後どういう動きになるのかは、私はもちろんのことですが最高評議会でも読めません」
「まぁそんなことそうそうあっても困るでしょうに。それと商人なのに俺がやってる事もよく分かってないのかな?」
「と言いますと?」
「悪党潰しと儲けを他人に譲ってる事。裁判やって死刑にして死刑執行する手間を省いてるんだから、これはシーパラの儲けだろ。おにぎり販売だってアンコの販売だってチョコレート販売だって早乙女式馬車・早乙女式コンロ・早乙女式冷蔵庫・・・全部俺一人で出来たって事もわからないのかな?」
「そのへんは会議で最高評議会議員の皆から何度も言われていたんですが、早乙女さん憎しで脳内が凝り固まってる様な感じに思いました・・・というのが私が会議で感じた事です。私も船の中からの会議で何度か説得を試みましたが無駄でした」
「俺の武力もユマキ家新当主就任記念パーティーで見せたんだけどなぁ」
「あれは逆効果の可能性もあります」
「逆効果ですか?」
「戦闘レベルの低い権力者は自分の強さは武力ではないのですから、”自分より強い”という事は理解できていても・・・そこにどれほどの差があるなんてことは、考えもしませんし想像すらしないんです。だからこそそんな強い相手を権力で屈服させて悦に入りたいと考えてしまう傾向がありますね」
「あぁなるほどね。強さの底が見えない相手の恐ろしさってのは・・・最低限でも戦う訓練を少しでもしてないと理解できないって事ですか。う~~ん難しいなぁ」
「少しでも戦闘の経験があるとか、冒険者として魔獣の住むジャングルを闊歩したとかの経験があればまた違ったのでしょうけどね。でも逆に・・・私やイワノス父さん、それにガルディアさんの様な根っからの武人の血を持つ様な人達は、早乙女さんに挑んでみたいという気分にはなりますけどね」
「それは今回のシグチス制圧が済んでからにしましょう。多分ひと月は掛かるでしょうに」
「それは楽しみですね。俺にとってのご褒美と言える言葉を貰いましたね」
この後も報告と質問をお互いに交わしながら1時間以上も話し込んでしまった。
俺も聞きたいことはたくさんあったし、レオーンもこのシグチスの中に入り込んで・・・表だけでなく裏の世界にまで入り込んで掻き回してた、俺の持ってる生の情報は今後の捜査の糧になるだろう。
ビルムと秘書が俺とレオーンの弁当を持ってきてくれて、話が停まるまでは時間も忘れて話し込んでいた。
弁当は肉づくしという雰囲気で肉料理ばかりが並ぶ弁当だったが軍隊食ってこんな物なのかな?
ただ味は本当に美味しい。
とんかつと肉メインの野菜炒めが入ってる弁当は初めてだった。
スープも肉団子と野菜たっぷりのスープでここにも肉が入ってる・・・
コメが玄米だったので軍隊食と表現したが、これはビタミンバランスとかは考えられてる為なんだろうか?
と思ったら最後にデザートとしてミカン2個が渡される。
どっちにしても美味いからいいんだけど量は俺でも満腹になるほどで・・・隣の席で食べてるビルムと斜向かいにいる秘書さんは大盛り食ってるし、俺の目の前のレオーンは弁当を2個食ってる。
俺ってこの世界では小食なんだろうかと考えてしまうような光景だ。
しかも俺より食い終わるのが早いよこの3人。
俺がミカンを食い終わった時には秘書さんがコーヒーを入れてくれて4人でも雑談をしてしまった。
雑談中に並列する意識の中で4人の嫁と念輪で連絡を取った。
嫁達はアゼットダンジョンから帰ってきて、アイリの母親のカタリナ・クリストハーグのいる実家に押しかけてクリストハーグ邸でみんなで食事しているらしい。
カタリナが妊娠してるのを知ったカレンがプレゼントを買って渡しに行こうと言いだして全員が賛同。
今日のダンジョンアタックは少し早めに切り上げて、シーパラでプレゼントを購入してカタリナに会いに行っているようだ。
カレンはカタリナに生活魔法を少し習って遊んで盛り上がってるみたいだな。
ドミニアンは元々カレンのチームの盗賊退治の手伝いを何度もしていたので、カレンとアイリとミーを引合した張本人だし、全員が顔見知りなので一番付き合いの浅いのは・・・俺だな。
明日はドミニアンも休日なのでみんなで食事と買い物に行くという事を教えてもらった。
俺も一緒に行きたいけどちょっと無理そうだなぁ。
るびのは明日の早朝からウェルヅ大陸の真ん中を南北に続くウェルヅ山脈のワイバーン狩りをしに行く予定だと聞いてる。
炎虎の依頼でそろそろ周期的にワイバーンを狩っておかないと増えすぎてしまうらしい。
フォクサからのお願いでセバスチャンを貸し出すことにした。
俺もワイバーンの内臓以外の部分、革や肉などを大量に貰ってるし素材として捨てる部分が無くなってしまったワイバーンは、素材があればいくらでも使える。
セバスチャンに明日は同行するように指示をした。
前回のワイバーン狩りとは違う場所を狙ってるようなので、セバスチャンには周辺の岩場の探索と高山植物などの植生の観察をついでに頼んだ。
食後の雑談も終えて俺が帰ろうとしたらレオーンに警備隊総長のアイザックが警備隊本部の中で会議をしてて俺の話が直接聞きたいという事だったんで、俺が直接シグチス警備隊本部に出向いて話をしに行くことにした。
ゴーレム馬車で送ってくれると言われたが、同じ中央行政区域内でシグチス行政本部とシグチス警備隊本部は近すぎて歩いていった方が早いからと遠慮する。
すでに日は落ちて夜の帳が下りた夜の8時過ぎ。
しかしシグチスにとっては稼ぎ時でもある・・・のだが、今夜は事情が違うようだ。
シグチスの街道はゴーレム馬車の通行が制限されていて、警備隊や聖騎士団の護送用のゴーレム馬車がランプを照らして行き交い、すでに俺の活躍で逮捕されている犯罪者達を大量に船へと運んでいる。
かといって戦争時の戒厳令が下された時とは違い街中の明かりや店の開店まで制限されているわけでもなく、街を行き交う酔っぱらいが捕まる様な状況でもない。
ただ、昨日までの雰囲気と明らかに違うのは”空気”だな。
俺はこの街に慣れ親しんでいるわけではないけど、そんな俺でも違ってるのがわかるほど空気が違う。
裏路地にひしめいていた麻薬の売人らしき姿は消えてるし、強盗や詐欺師などの犯罪者らしき人達が煙のように消えている。
売春婦が袖を引く姿は残っているし風俗関係のお店の客引きも姿はそのまま残ってる。
カジノもそのまま開店して営業中だし、和風の賭場も開店に影響はないようだ。
ただボッタクリ店は店を閉めてるとヘルプさんに教えてもらった。
カジノも賭場も違法な行為で客から金を巻き上げてると噂のある店は軒並み店を閉めているらしい。
・・・アホだろコイツラ。逆に分かりやす過ぎるわ。
そんな街の噂を忍は調べてるし、警備隊もマークしてある店の動向を探っていたりしてるらしい。
シグチスの夜の街を歩き回るのは後でいいので今は到着したシグチス警備隊本部の中に入っていった。
正門から中に入っていこうとすると警備隊本部の立哨に身分証の提示を求められたので、冒険者ギルドカードを見せると立哨は正面玄関にいる警備隊隊員に合図を出して、正面玄関の奥の受付の職員が走ってきて俺を会議室まで直接案内してくれた。
職員は俺を待ってたようだ。
会議室の中に入っていくと・・・これはこれは、今回の制圧軍の主要メンバーが集まっていたようだった。
シグチス警備隊総長『アイザック・ゲッペンスキー』と副官4名。
シグチス駐留軍臨時将軍『マスカー・フレデリック』と副官3名。
聖騎士団派遣大隊隊長『ジャクソン・ミライジス』と副官3名。
そうそうたる面子だな。
俺は会議室の封印結界の隙間を探したが、ここはかなり厳重な結界が施してあり安全が確認できた。
全員の顔を見渡してから・・・これなら大丈夫だろうと判断してレオーンに渡したレポートと同じ物をアイテムボックス内で人数分を瞬時に複写して全員渡してから話し始た。
「これは皆さんが機密を守れると判断して渡す情報なので”国家機密と同レベル”と解釈してお読みください」
レポートを読み始めて流石に全員が『う~~ん』と唸り始める。
俺がこのシグチスに到着して丸2日の成果がここに記されている。
実際に見てない人には信じがたいほどの暴れっぷりだろう。
だけどここにいるメンバーは、俺がほかの街で今までしてきた事をある程度は知ってる連中なのでレポートの内容を疑う様なメンバーはいないようだ。
副官たちも自分たちなりに聞いているだろうし、副官の半分の5名は見た事のある人達だ。
アイザックの副官の一人は上桐係官だしな。
いくつかを質問されたので答えるが任侠ギルドの情報は答えられる部分のみの返答をした。
麻薬の関係はシグチスの場合はまだそこまでの捜査はしてない。
俺は卸先とかを潰す方が向いてるし、麻薬の売人とかは警備隊が一斉摘発で動いた方が大量に捕まえやすいだろうから、忍が調べた麻薬関係の情報はレポートにまとめて別に渡してあげた。
「早乙女さん、ありがとうございます。あとは我々が引き継ぎます。早乙女さんがこのシグチスの平和について今後はどうなっていくと思われていますか?」
「う~~ん、アイザックさん・・・まずは警備隊・行政本部・シグチス駐留軍のモラルの回復と信頼感の回復が最優先ですね。シグチス住民の根強い不信感をなくすためには時間が掛かる事ですが、不正を行った人々が厳正な処分を受けて初めて信頼回復へのスタートラインに立ったと考えるべきでしょう」
「なるほど・・・道のりは遠そうだがシグチスの平和のためには進むしかない・・・か・・・」
「アイザックさんのところは自分の信用できる部下たちを連れてきてるんでしょう? 俺の連れてきた聖騎士団は全くの逆だな。アマテラス様のチェックを潜り抜けてきた団員のみで信用は出来るんだけど・・・新人ばかりなんだ。むしろシグチス聖騎士団の団員の方が俺が直接鍛えた奴らも多いから、見知ってる部下もいるし信頼できるメンバーも多いんだ・・・これにはさすがに俺も参ってるよ」
「ジャクソンさんはこれからシグチスで新人教育するんですか?」
「早乙女君、新人教育をして欲しいというアマテラス様からのご神託です。我らは従うのみです。ですがアイザックさんとマスカーさんに言っておきたいのは聖騎士団の戦力は1ヶ月ほどは当てにできないと思っててほしい」
「それは了解した。聖騎士団の団員の皆さんのおかげでシグチスはギリギリと言えども崩壊しないで済んでいた事です。そこには感謝の言葉もありません」
アイザックはジャクソンと副官に対して素直に頭を下げる。
「では、私も正直に話させていただきますが、シグチス駐留軍はまだ粛清は終わっていません。戦力を整えるためにも、アイザックさん駐留軍にも10日ほど時間をいただけませんか?」
「それはこちらからお願いする事です。もし時間が掛かりそうな時や人手が必要な時は教えてください」
「ありがとうございます。いざという時のバックアップはお願いします」
俺は言いたい事はすでに終わったので解放して欲しかったんだけどな・・・と考えていたらジャクソンに急に話を振られた。
「早乙女君は冒険者ギルドのSランク昇格は了承していると聞いてますが、記念式典や授与式ってどうなるのですか?」
「俺にもわかりませんね。式が危険すぎるから今の状況のままでは断りますと返事をしたら、今回のケミライネン家と角館家の処分が来ましたからね」
「あぁ、早乙女さんも聞きましたか、2つのシーズの家は今の流れのままですと破滅ですね」
「マスカーさん、どういう事なんですか?」
「最高評議会側が既に見放したシーズの家を評議会側はすでに『シーズの名前剥奪』と『最高評議会の資格剥奪』に向けて動いてるんですよ。今回の緊急会議での一時停止処分は評議会側が主導で行っていまして、『シーズの名前剥奪』と『最高評議会の資格剥奪』の動きも最高評議会が少し矛先をかわす為に行ったという話です」
「矛先をかわす? ・・・あぁなるほど。会議してても全く動かない最高評議会の会議を加速させるために誰かが裏で動きましたね」
「はい。早乙女さんの読み通りですね。決して混ざり合う事のない水と油の仲で知られてるイワノスさんとマツオさんが組みました。評議会側の初めの動きは『最高評議会の議会開催資格停止処分』です。会議そのものを無効にしようという動きが見られましたので武闘派筆頭のイワノスさんと知性派筆頭のマツオさんが組んで今回の問題の元凶である角館将仁さんとリカルド・ケミライネンさんを切ることを2人で話し合って決めたようです」
「だよな。評議会が動いたら最高評議会議員と言えど動きが制限される・・・っていう危機感をマツオさんに持たせたのはイワノスさんじゃないのか? というか裏で動いてたのはマスカーさんだろ?」
「うーん、さすがですね。シナリオを描いたのはイワノスさんで、俺が裏で部下を動かして評議会の議員に早乙女さんの首に賞金を賭けた経緯を少しだけリークしました」
「通りで・・・急な動きになったんだな。全く動くことができなかった最高評議会が急に動きを見せたと思ったらこれだからな。マツオさんも知ってて動いただろうけど・・・ん? この動きって事はすでに後継ぎ候補がいるのか?」
「ええ、角館家は先代、角館将仁の末弟で現在43歳『角館祐仁』15才になってすぐに奴隷ギルドに関係が深い湾港労働ギルドに修行に行かされて今では本部のギルドマスターをしています」
「湾港労働ギルド?」
「港や駅で働く労働は奴隷やトロールやオークを使うテイマーも多く抱えていますので、2つのギルドから独立して管理しているギルドです。独立してるとは言っても仕事の関係上、下請け会社の様な扱いになってますけど。ちなみにケミライネン家の有望な人も先代のエンリコ・ケミライネンの末弟で43歳の『ライモンド・ケミライネン』は同じ湾港労働ギルド本部のサブマスターをしている・・・似たモノ同士の親友同士ですね」
「確かに生まれも育ちも今の環境も似てる2人だな・・・2人は俺に恨みはないのか?」
「有能で頭は切れるタイプの2人ですが、マツオさんの様な『冷酷』というタイプではないですね・・・どちらかと言えば『ウォーカー家』の女帝達のように『情熱・熱血』の方です。早乙女さんを怨むより本家の悪評に頭を悩ませてるでしょう」
「俺に害を及ぼさない人に2つのシーズの家を立て直してほしいよ。怨まれる理由も意味不明なんてかんべんして欲しい」
「2人は評議会の議員でもありますので今回は評議会の投票には参加してませんが、2人が参加してても賛成をしてたでしょうね。カリスマ性と切れる頭と問題を解決する能力はこの2人が抜き出てますね。それ以外は早乙女さんを逆恨みしてる様な・・・人材としては小粒が多いです」
「なるほどなぁ・・・」
と、会議中の話を脱線して俺とマスカーで盛り上がってるところに、街中の異常事態を知らせるヘルプさんからの報告が俺の念輪連絡で入ってきたようだ。
「早乙女様、街中で麻薬が切れた麻薬中毒患者が売人の家を襲うという襲撃事件が次々起こってきたとの報告です。襲撃箇所は13件。そのうち売人の死亡は2件。他は重症者が15人・・・これには売人の家族が含まれています」
「了解。引き続き情報を追ってくれ。俺は警備隊を動かす準備をさせておく」
「はっ」
俺はマスカーとの雑談を打ち切って真剣な表情でみんなに話し出す。
「みなさん、聞いてほしい。情報の出どころやどうやって手に入れたかまで説明することはできないが、今夜制圧軍がシグチスにやってきてるという事で、麻薬の売人が隠れてるという情報はすでに受け取っていると思う。それでその情報の続報がもうすぐここにやってくる。麻薬中毒患者が麻薬欲しさに売人の家を襲っている」
「麻薬中毒患者が売人の家を襲ってる? え?」
「集団で襲うんでなく単独犯による犯行だ。13人の中毒患者が13人の売人の家を襲った。言っとくけどこれはまだ氷山の一角だ。麻薬中毒患者は麻薬欲しさに何をしでかすか分からない。騒動を知った売人は数日間は姿を隠すだろう。そうなると中毒患者が町をさまよう事になるぞ?」
「それはヤバイな・・・大至急、対策本部を設置して手を打っておかないと・・・」
俺が情報を与えると即座に全員が脳をフル回転させて対策を立てる作業に入った。
俺もヘルプさんからの情報を惜しげもなく流していく。
パトロール人員を増やして連動して動くしかない。
机の上にあった俺が渡した資料を全員が自分のアイテムボックスの中に片づけると、会議室を緊急対策本部にさせて対応を始めた。
隣の控室に控えていた秘書達が俺にもコーヒーを入れてくれたので、俺はみんなの為にチョコレートチップ入りクッキーを大皿に入れて回した。
夜間に脳の使い始めにチョコは数倍美味しく感じる。
秘書さん達や連絡員も遠慮なく食べられるほどの量があるので、みんながつまんでポリポリ食べながらの緊急対策本部はちょっと異様な光景かもしれん。
パトロールから帰ってきたチームの報告や実際に麻薬中毒患者の様子を伺うと異常だとしか言いようがないらしい。
このイーデスハリスには地球と違い注射器は全世界的にも全く普及してないので、麻薬は経口や吸引から摂取してるようだが、俺の想像以上に中毒性が高く切れた時の凶暴性はバーサーカー状態みたいと報告された。
もしかして特殊な麻薬なのか?
逮捕されて牢屋に入れてる中毒患者を実際に調べさせてもらう事にして俺は中毒患者の元に案内される。
直接この目で麻薬中毒患者を目にして鑑識魔法などで調べさせてもらったが・・・麻薬じゃないぞコレ。
闇魔法の痕跡があり闇魔法の呪いを受けて精神に異常をきたしてる。
症状を見ると麻薬は麻薬でも漢字が違ってる・・・鑑識で調べた症状は『狂乱』と呼ばれる闇の魔薬に似てる。
俺は浄化魔法の上級版の聖浄化を麻薬中毒患者の全身の内側も含めた隅々まで浄化の光で包み込むと、患者は血の気が引いた顔ではありながら通常の顔に戻り意識を失った。
俺の中にある転生者から貰った記憶と知識から出てくる怒りで沸騰しそうになる・・・『ダレダ、コノクスリヲ、フッカツサセタノハ』
俺の体からあふれ出る強烈な殺気で周囲の人の動きが完全に停止した。
マズイ、これはヤバイ・・・奥歯をかみしめながら殺気を体内に収縮させはじめると、ヘルプさんが途中から手伝ってくれた。
「早乙女様、申し訳ありませんでした。ゴッデス様から急遽送られてきた情報が多すぎて、まとめるのに少し時間が掛かってしまいました」
「狂乱は小人族の転生者にして狂気の魔王『五月雨暁子』と共に消えたはずじゃないのか?」
「ゴッデス様とアマテラス様の調べによりますと、これは狂乱のかなりの劣化版ですね。初期症状は似てますがそれだけです。狂乱の製造方法も記憶などの情報もすべての伝承も転生者達の戦いの中で消滅してますし、10年前のゴッデス様とアマテラス様の魔族封印で全部知ってる魔族と共に全て消滅させました」
「でも今日になってこの薬が出てきたのは何だ? 誰か『狂乱の宴』を復活させようとしてる奴がいるのか?」
「麻薬販売の業者の中にいるイカレた研究者が生み出した劣化版みたいですね。製造方法は麻薬症状のある草や種などの組み合わせて製造した麻薬に闇魔法の『狂気』を混ぜた闇魔薬ですので、初期症状だけが似てしまってると考えられます」
「クソが! 売人も製造元も卸も皆殺しだな。これはイーデスハリスの世界中で起きてる事なのか?」
「今のところシグチスのみです。売人が一斉に姿を消したシグチスで、このことが発覚してなければ発見が遅れた可能性がありますね」
「運がいいのか悪いのかわからんな・・・これこそが天運の能力なんだろう」




